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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第47話「静謐なる休息」

一行は王の命により、旅立ちまでの数日間を「完全休養」として与えられた。

そして今、白銀の城の豪華な客室には、全力で戦い抜いた三人の姿が、豪奢なベッドに文字通り沈み込んでいた。

「……なぁ、ドゥガル。死んでないよな、これ」

「死んではない……が……筋肉痛で、明日が……来ない気がする……」

「それは生きてるって言うんだよ……!」

バルダーが横で呻きながら、腕をダランと投げ出す。その顔は汗と土で汚れたまま、満足そうに揺れていた。


その様子を見ていたブリシンガーが、ふと笑って歩み寄り─無言で、バルダーの頭に手を置き、優しく撫でた。

「……よくやった」

「な、何だよ……やめろよ……っ子ども扱いするんじゃねぇ」

バルダーが、まるで子犬のように目を細めてされるがままになっている。


(あっ……)

システィーンはそれを見て、なぜか胸の奥がモゾモゾとした。

(バルダーズルい……!っていうかあのブリシンガーが、ナデナデって……そんな優しさ見せるとか……ズルい……!!)

膨れっ面で視線を逸らしながら腕を組んでそっぽを向く。

だが。ブリシンガーはそんな様子をちらりと見て、すぐに察した。

「システィーン」

「……な、なに?」

「お前も、よく頑張った」

そう言って、彼は迷いなく、システィーンの頭にもそっと手を置き、柔らかく撫でた。

(来たああああああああああああああああ!!!!)

(キターーーーーーー!!!!!!!)

(この時を、何回妄想したと思ってるのよ私いいいいいい!?)

システィーンの内心は、大歓喜の花火大会。だが、外見上はなんとか平静を保っていた。……多分。

「ふ、ふふん……当然でしょ。私の魔法がなかったら、全滅してたかもしれないんだから」

頬を染めつつ、わずかに胸を張る。ブリシンガーは少しだけ、微笑んだ。

「その通りだ。ありがとう、システィーン」

(あ、ダメだ。今のありがとうで、完全に昇天したかもしれない)


彼女が顔を真っ赤にしてぐるぐるしている横で、ドゥガルが半目を開けてぼそりと呟いた。

「……俺にそれをするなよ」

「斧が……でかいな。良い斧だ」

「ほめるとこ、そこかよ!」

部屋には、静かな笑い声と、安堵の空気が満ちていた。血を流したあの戦場とはまるで別世界。けれど、この一時こそが、戦い抜いた者たちだけが手にできる、最高の報酬だった。

(本当に、皆が無事で良かった)

ブリシンガーが内心、その気持ちで満たされていた。


その夜、四人は広大な石造りの浴場へ案内された。

天井には淡く光る魔晶石が星空のようにちりばめられ、湯面には無数の金の葉が浮かび、湯けむりと共に静かに揺れている。

「……ひゃああああ……極楽……」

ドゥガルが肩まで浸かり、今にも溶けそうな声を出していた。

「この湯、ほんのり魔力入りじゃねぇか……癒やし効果マシマシだぞ……」

「少しは骨が戻った気がする……」

バルダーもタオルを乗せて目を閉じていた。

一方、女子風呂ではエルフの侍女がシスティーンの背中に湯を注ぐ。

(あんな戦いをしたのに……こんなご褒美が待ってるなんて……生きててよかった……)


湯上がりの一行が案内されたのは、星の光が差し込む開かれた饗宴の間だった。

広大な大理石のテーブルには、エルフたちが用意した極上の料理が美しく並んでいた。

どれも美しすぎて手をつけるのが惜しいほどだった。

「おい……これ……食っていいのか……?」

「遠慮しないでください。これは全部、貴方達への贈り物です」

テーブルの向かいに立つリゼルフェインが静かに微笑んだ。

「では……いただきます!」

一行が一斉に料理へと手を伸ばす。

「……っ!? な、なんだこれ……!?とろける……」

口々に驚きと感動の声が上がる中、ブリシンガーも静かに一口、銀のナイフで果肉を口に運んだ。

「……なるほど。これは……心がほどける味だな」

その何気ない一言に、エルフの給仕たちが誇らしげに微笑む。テーブルには笑い声が戻り、賑やかな時間が流れていく。

戦いが残した傷はまだ癒えない。それでも、この夜だけは、誰もが戦士ではなく仲間として食卓を囲んでいた。


饗宴が終わり、食器が静かに下げられていく。

ふと、バルダーが天井を見上げたまま口を開いた。

「……なあ」

その声は、さっきまでの軽さとは違っていた。

「ずっと引っかかってたんだけどさ」

ドゥガルが、半目のまま視線を向ける。

「なんだ。今さら改まって」

バルダーは一瞬だけ言葉を探し、それから言った。

「あの二人の魔族……どうやって、幻影の森を抜けてきた?」

その瞬間、空気がわずかに張り詰めた。

システィーンが、はっとして顔を上げる。

「……確かに」

彼女は小さく頷いた。

「幻影の森は、エルセリオンに入るのに相応しくない者を弾く結界。魔族が入れるわけがない……」

ドゥガルが腕を組む。

「俺たちでさえ、相当きつかったんだ」

そこで言葉を切り、ブリシンガーを見る。彼は、静かに頷いた。

「理論上は可能だ」

淡々とした声だった。

「常識外の魔力を纏う存在なら、その理を一時的に曲げて入ることは”無理”ではないが、この世ならぬ強さを持っていなければ、出来ない」

バルダーが眉を寄せる。少なくとも、並大抵の種族では出来る芸当ではない。

「あの二人は滅茶苦茶強かった……だけど、俺達でもある程度は戦えてた」

システィーンも同意する。

「強力だった。でも、森を無視できるほどでは……」

バルダーがハッとする。

「もしかして、前に言っていた”三柱”じゃあ……!!」

だが、ブリシンガーがすぐに首を横に振る。

「三柱も相当に強大だろう。だが……あの森を歪めるとなると、話は別だ」

沈黙が落ちる。

その時、静かに声が重なった。

「……正しい認識です」


リゼルフェインだった。

彼女は給仕の動きを見送りながら、ゆっくりと続ける。

「幻影の森は、力技で突破できる場所ではありません。邪な存在は、必ず弾かれる」

ドゥガルが低く唸る。

「じゃあ……どうやって」

リゼルフェインは、ほんの一瞬だけ言葉を選んだ。

「ブリシンガーの言う通り、想像を超える力の持ち主が、理そのものに手を入れた。森の外側からー」

その言葉に、システィーンが息を呑む。

「……そんな存在が……?」

リゼルフェインは答えない。ただ、静かに目を伏せた。

全員は密かに気付き始めていた。それほどの力を持つ種族は、一つしかいない。

「……あくまで仮説です」

そう前置きした上で、きっぱりと言った。

「ですが、あれは偶然ではありません。結界である幻影の森を越えたという事実そのものが、警告です」

ブリシンガーが、短く息を吐く。

「今は考えてもわからない。だが、今まで以上に帝国の動きが活発化していることは間違いない」

「グランヘイム王国での出来事といい、今後も予測不能な行動をしてくるだろう。備えるに越したことはない」

彼は仲間たちを見渡した。

その言葉は、静かだったが、重く残った。やがて話題は途切れ、夜風が流れ込む。

一行は、それぞれの思考を胸に秘めたまま、席を立った。


そして―星明かりの中庭へと、場面は移る。

星明かりに照らされた中庭にて、花香る風が静かに揺れ、空気は冷たくも澄んでいた。

ブリシンガーは一人、剣を背に佇んでいた。

その背に、音もなく近づく足音。

「……やはり、ここにいらしたのですね」

声をかけたのはリゼルフェインだった。装束のまま、月明かりを浴びてなお気品を漂わせている。

「静かな場所は、考え事に向いている。そうだろう?」

「はは、そうですね」


ふたりは並んで立ち、しばし無言で月を見上げた。

やがて、リゼルフェインがゆっくりと話を切り出す。

「アゼルグラム山脈にいよいよ行くんですね……あの地は、かつてガウレムが生まれた場所。今となっては我らエルフですら、近づくことの少ない地」

ブリシンガーは黙って耳を傾けた。

「ドラゴン属は一枚岩ではありません。ガウレムが生まれるに当たって、ドラゴンは二つの派閥に分かれました。ドラゴン族を生物系の頂点として再び君臨させるガウレム派。そして、それに反対する平和主義的な思想を持つ反対派の二つに分類しました。ガウレムがいなくなった今、ガウレム派はほぼいなくなったと聞いていますが、魔族が森を越えた理由を予想する限り…危険です」

「……だろうな」

低く、呟くような声だった。

「神の戦士でありながら、竜をも斃した者。それが、ブリシンガー・ヴァルディアという名の重さ。ガウレム派が残っていたら、彼らの誇りにとって、あなたは災厄に他ならない」


リゼルフェインの言葉は、あくまで理知的で冷静だったが、どこかその奥に哀しみが滲んでいた。

「ドラゴンは、我々エルフより遥かに長い時間を生きてきた種族。その誇りもまた、時として理を超えた感情となって形を取ります。かつてガウレムがそうであったように」

ブリシンガーが目を閉じた。

「…ガウレムは、俺を倒すために、ドラゴンの誇りと命を重ねた。その想いを、俺は否定する気はない」

沈黙。

風が揺れ、夜の花がひとつ散った。

やがて、ブリシンガーが続ける。

「あの地には、必要なものがある。世界を守るために、剣を持たないというわけにはいかない」

リゼルフェインが少しだけ微笑んだ。

「貴方らしい理由ですね。危険を承知で前に進むー私もようやく理解しました」

「守るために戦うという意味を。あなたがこの戦いに帰ってきた理由もすべて、そこにあるのですね」

ブリシンガーは答えない。

ただ、少しだけ微笑んだまま、月を見上げたままだった。

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