表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の伝承  作者: 銀の伝承
47/60

第46話「立ち続けた者たち」

ブリシンガーが戦場に踏み込んだ瞬間、その場の空気が震える。


「……これは……」

ヴィルザの喉が、かすれた音を立てる。

「この圧。やはり、異次元だな」

ゼルオルの指先が、わずかに震えていた。仮面の奥の眼差しが、冷静でありながらも焦燥に染まる。

「……無理だ、我々では勝てまい」

ヴィルザが静かに言った。

「命を落としてまでここに留まる意味はない。我らの使命はあくまで“封印”。それが失敗した今、ここにいても無意味」

ゼルオルが頷くと、掌に転送の印を刻み始める。

転送陣が足元に展開され、黒い風が彼らの身体を包み込む。次の瞬間─二人の魔族は、闇と共にその場から姿を消した。


残されたのは、静まり返った泉と、魔力の余波が揺れる空気だけ。

戦いが終わったことを告げる静寂が戻る。

その場に残ったのは、ボロボロになった三人と、静かに立つリゼルフェインとブリシンガー。

バルダーは剣を杖代わりにして膝をつき、ドゥガルは斧を背に倒れ込み、システィーンはほっとしたように座り込んでいた。

そして─ブリシンガーがゆっくりと、リゼルフェインと三人の前に歩み寄る。

「お前たち、よく持ち堪えた。封じ込められている間でも、状況は見えていた」


その言葉に、三人が顔を上げる。ブリシンガーの表情には、笑みだけではない。

だがその目には、心の底からの敬意が込められていた。

「相手は二人の魔族だった。生き延びるだけでも奇跡だというのに足を止めず、剣を振るい、魔法を紡ぎ、互いを守りきった。これは、偉業だ」

その声は低く、しかし温かく響く。

「リゼルフェイン、お前にも感謝しないといけない。お前がいなければ三人は死んでいた」

それを聞いたエルフは目を細めた。

「当然のことをやったまでです。あのような穢れた存在がエルフの国に入るなど、想像するだけで虫唾が走ります」

声は冷静だったが、確かな魔族への憎悪が聞き取れた。

ブリシンガーが続いて三人の方を向く。


「バルダー。お前の一撃が戦況を動かした。誰よりも早く恐れに打ち勝ち、自分の力で道を開こうとしたその意志は、まぎれもなく戦士のものだ」

バルダーが顔を背け、照れ隠しのように鼻をこする。

「ドゥガル。斧を投げるタイミング、的確だった。システィーンの魔力との連携を、瞬時に理解して放った一撃。仲間を信じたその判断、素晴らしかった」

ドゥガルが、もごもごと「照れるだろうが……」と呟きながらヘルメットを深くかぶる。

そして、ブリシンガーは最後に、システィーンを見つめる。

「システィーン」

彼の声が、少しだけ柔らかくなる。

「魔族が、お前の魔力を“美しい”と評した。俺もそう思う。力だけでは届かない場所へ、お前の魔法は届いた。未完成でも、必死に積み重ねてきたものは、どんな完成された魔法よりも強かった」


システィーンの目に、熱いものが溢れる。

「……ありがとう。でも私、まだ怖かった……すごく、怖かった……」

「それでいい」

ブリシンガーが頷く。

「怖さを知った上で、前に進めた。それは、お前が“魔法使い”になった証拠だ」

そして、ようやく彼はほんの少しだけ微笑んだ。

「それは俺らが頑張ったってことで」

バルダーが突っ込みを入れ、ドゥガルが苦笑する。システィーンも、泣き笑いのように微笑んだ。


午後の陽が差し込む、静謐なる謁見の間。一行は再び玉座の前に立っていた。

戦った三人の衣服は破れ、身体の節々が悲鳴を上げていて何とか立っている状態だったが、堂々としていた。

アリュセール王は彼らをじっと見据える。その視線は、以前とはまるで違っていた。外の者を見る目ではない─対等な戦士を見つめるまなざしだった。

「……報告せよ」

ブリシンガーが一歩前に出る。

「やはり魔族の手によるものでした。イシュカンダル帝国がこの地へ刺客を送り込んでいました」

王の顔が険しくなる。

「確かに、精霊の泉から感じていた穢れをもう感じない。その狙いは……」

「俺の封印です。彼らの目的は、俺をこの地で葬ることでした。あとは憶測の域を出ないですが、聖域を穢し、幻影の森を不安定にし、魔族がこの国に入る為の突破口を開くことでしょう」


ざわめきが広がる。リゼルフェインが一歩進み出る。

「……王よ、彼らは乗り越えたのです」

リゼルフェインの声は、普段よりもわずかに感情を含んでいた。

「ブリシンガーが封じられた状態で、残された三人が魔族と戦い、そして、持ちこたえた」

「ほう……」

「途中で私は介入して場をなんとか持たせていましたが、それでも危なかった。そして最後、ブリシンガーが封印を破り、彼らは撤退。この国を守ったと言っても過言ではありません」


「否、俺ではありません」

ブリシンガーは後ろを振り返り、四人を見やった。

「俺が封じられている間、彼らがその場を守り、戦い抜いた。この勝利は、彼らにこそ相応しい」

その言葉に、王は沈黙し、一瞬深く目を閉じる。

「……見事だ」

重く、だがどこか温もりのある言葉が玉座から降りてきた。

「今や貴殿らは、我が王国が敬意を持って迎えるに足る者たち」

静かに立ち上がった王は、周囲に目をやる。

「今この瞬間より彼らを客人として迎え、我が民と同等の保護と敬意を与える。異議は?」

「……異議があります、陛下」

澄んだ声だったが、そこには冷たい硬質さがあった。

玉座の側列に控えていた、年嵩のエルフが一歩前へ出る。

銀白の髪を後ろに束ね、重鎮であることを示す装束を纏っていた。


「確かに、彼らは戦いました。ですが……」

その視線が、ブリシンガーへと向けられる。

「彼らがこの地へ足を踏み入れた直後に魔族が現れた。それは偶然と呼べるものでしょうか?」

ざわり、と広間が揺れる。

「神の戦士―」

エルフはその呼び名を、わずかに噛みしめるように口にした。

「その存在そのものが、強大な力を引き寄せた。彼らが来なければ、魔族が来ることもなかったのでは?」

鋭く、しかし理屈としては否定しきれない問いだった。

バルダーが思わず歯を噛みしめる。ドゥガルが低く唸り、システィーンは何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。

―その時。

「……それ以上は、言うな」

アリュセール王の声が、広間を制した。


王はゆっくりと立ち上がり、重鎮のエルフを正面から見据える。

「確かに、彼らが来たことで魔族は現れた。だが、穢れはすでに泉の内に芽吹いていた。彼らが来ようが、来なかろうが帝国はこの国への侵略の準備を整えていたということだ」

王の視線が、今度はリゼルフェインへ向く。

「彼らは命を賭して、立ち続けた」

そして、ゆっくりと四人を見る。

「人であり、ドワーフであり、エルフと肩を並べ、この国のために戦った」

王の声に、揺らぎはなかった。

「彼らは招いた災いではない。すでに在った闇に、立ち向かった者たちだ」

一拍。

「その行いを、王として否定することはできぬ」

広間は、完全な沈黙に包まれた。


異議は、もはや上がらなかった。

王は頷いた。

「北の山間に、閉ざされた鉱脈がある。古の契約により、他種族に解放することはなかったが……、お前たちならば、許可しよう。ミスリルの眠る谷へ案内させる」

システィーンの目が見開かれ、ドゥガルが思わず歓声をあげる。

「本当に……!」


「ただし―忘れてはならぬ」

一行の視線が再び王へと集まる。

「ミスリルが眠る北方の山脈……アゼルグラムは、ドラゴンたちの支配域だ。怒れば、国一つを滅ぼす力を持つ。ましてやミスリルを求めるなど、彼らは容易に受け取らないだろう」

その場の空気が、わずかに冷たく引き締まる。

「ゆえに、鉱脈への道を開くことは許す。だが、それが“生きて帰ること”を保証するものではない」

ブリシンガーがわずかに頷き、システィーンが静かに口を開く。

「その覚悟は、ここまでの旅路で、確かに私たちの中に根付いています。引く理由はもう、ありません」

王はしばし三人の顔を見つめたのち、満足そうに目を細める。

「……よかろう。その言葉を聞けただけで、我が決断に迷いはない。アゼルグラム山脈への道は開かれた。後は、そなたら次第だ」


リゼルフェインが静かに一礼し、口を添える。

「出発するまでは、しばらくその傷と疲れを癒やして下さい。また準備が出来次第、私に声をかけてください」

ブリシンガーたちは頷いた。

目指すは、神の送り給うた金属を宿す鉱脈。

そしてその先にいる、古の竜たち。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ