第45話「臨界点に立つ者たち」
「リゼル……フェイン……さん!?」
バルダーが呆気にとられる。
「申し訳ありません。実は遠くから見ておりましたが、いよいよここは私も介入せねば危ないと判断しました」
その姿にゼルオルとヴィルザが舌を打つ。
「チッ、厄介な奴が来た。王直属のリゼルフェイン。こいつは強いぞ」
「ああ、だが所詮はエルフ。魔力で我等に敵うまい」
リゼルフェインの両手に魔法陣が展開され、冷然と二人の魔族を見据える。
「精霊の地を穢す存在よ、我が王国への侵入は許されざる罪。ここで消すーアルセイド・レイン!!」
一言の詠唱と共に、空に数百の魔法陣が瞬時に浮かび上がり、矢のような光線が雨のごとく二人に降り注ぐ。
「くそっ、数が多すぎる……!」
ヴィルザが反射しようにも、圧倒的な速度と密度に押される。
ゼルオルは後ろに飛んで距離をとるが、その先に、すでにリゼルフェインが回り込んでいた。
ゼルオルは呪文を唱えていたがー
「遅い!!」
リゼルフェインが回し蹴りでゼルオルの足を払い、術式の完成を妨げる。
同時に三つの魔法陣が同時にゼルオルの側面に展開し、槍が時間差で撃ち込まれるが、魔族の並外れた反射神経で間一髪で躱す。
(こいつ……!二人相手でも一歩も引かないだと!?)
魔族二人が、リゼルフェインの予想外の強さに感嘆していた。
「……我々エルフを見下しているな……」
リゼルフェインの目が冷たく光る。
「私は王の側近であると同時に、この森の守護者。貴様らのような外敵には、負けぬ」
風が吹き荒れる。
叫ぶような詠唱と共に、巨大な魔力陣が地面に浮かび上がる。
「セラ・ヴェル・グランディス!!」
その瞬間、ゼルオルとヴィルザの周囲の重力が倍増し、二人が地面に押しつぶされる。
「ぐっ……!」
「っち……!」
魔族の体に重力が圧し掛かり、足元の空間が軋む。
―だが。
「こんなものッ!!」
ヴィルザが獣のような咆哮を上げ、重力場の中心から力業で跳ね上がる。
圧縮された肉体から爆発的に解放された魔力が空気を焼き、リゼルフェインに向かって一気に突進。
「くっ……リフェル・シュバルツ!」
防御魔法を瞬時に発動するも、咄嗟に間合いを詰めてきたヴィルザの拳がそれを砕き、身体に直撃する。
リゼルフェインの体が後方に吹き飛び、地面を滑って木々をなぎ倒す。だがその途中、空中で体勢を整える。
ヴィルザが追撃をかけようとしたその瞬間、リゼルフェインの姿が無数の残像に分裂する。
「……ミラージュ・トレース!」
「小癪な真似を……!」
その後ろにいるゼルオルがサポートに回る。
「俺の番だ」
ゼルオルが静かに呟く。魔法解除を唱え、リゼルフェインの分身が霧散する。
「これで終わりだ」
ゼルオルの魔法が空間を捻じ曲げ、エルフの周囲の空間で圧殺しようとする。
だがリゼルフェインは、一瞬で対応する。
「ディメンション・ヴェール!」
術式同士が激突する。両者とも一歩も引かない。
「面白い。だったら、もっとやってやる」
ヴィルザとゼルオルの二人が再び突進。二対一の肉弾戦を仕掛ける。
リゼルフェインも咄嗟に徒手空拳に切り替える。目にも止まらない高速の格闘戦。
微差でリゼルフェインが押されつつも、拮抗する。
「っ……すごい、まるで一対一じゃなくて、三すくみの戦場みたいだ……」
バルダーが見守りながら呟く。
「本当に一人で、魔族二人と戦ってる……」
システィーンの声が震える。
互角。けれど、それは長くは続かない。
魔族も、リゼルフェインも、限界が近づきつつある。
戦場の空気は、今まさに、臨界点へ向かおうとしていた瞬間―
ズドンッ!!と空間が裏側から破裂する音が響いた。
少し離れた位置の空間に亀裂が入り、まるでガラスかのように割れながら広がった。そこから、閃光を纏って一人の男が、歩いて出てきた。
「遅くなってすまない」
「ブ、ブリ……シンガー……!?」
リゼルフェインと三人が見上げた。
確かに彼本人だった。約束した通り、戻ってきたのだった。
だが、魔族たちの目には異なるものが映った。
「ありえん。完璧だったはず……!」
ゼルオルの声が揺れる。
「お前は封印された。あの術式は、貴様専用に設計されていたはずだ!どうやって出てきた!?」
ブリシンガーは立ち止まった。
「確かにお前たちの封印は完璧だった。”これ“が無ければ俺は出てくることが出来なかっただろう」
彼は突然、喉の奥に手を突っ込んだ。
ズルリ、と吐き出されたのは、鈍く光る、濃い紫色の鎧の欠片だった。
「っ……あ、アイゼンヘイムの……!」
バルダーがハッとする。
まだ、二人が旅立ったばかりの時に見せてくれたアイゼンヘイムの鎧の一部。
「お前たちの作った結界は"人間の俺"だけを閉じ込めるように出来ていた、言わば俺のために作られた魔術。俺は人間、だが、"人間でなくなった時"にどうなる?」
「まさか……それを飲み込んだことで魔族化した……!」
「そうだ。この鎧の一部を飲み込み、俺の力を抑えた。そうしたら俺から放たれる力は必然的に”魔族”のものになる。お前たちの結界は魔族を閉じ込める為に出来ていない」
言葉を失う魔族たち。まさか、ここまで想定外の機転を利かせるとは想定されていなかった。
呆然としながらも、バルダーが笑う。
「……無茶苦茶だよ……この人は」
「……でも、帰ってきてくれた」
システィーンが、安堵の涙をこぼす。
ブリシンガーは鋭い目つきをしながら、ザッと一歩前に踏み出す。
「さて─続きを始めようか。俺も混ぜてもらおう」




