第44話「残された三人の激闘」
静寂が、鋭く張り詰めていた。
ブリシンガーを失った後の空気は、まるで戦場ではなく、処刑場だった。
バルダー、システィーンとドゥガルはブリシンガー不在で大きな不安と恐怖に飲まれるが、それでも先程の彼の言葉を信じて、戦う姿勢を崩さなかった。
目の前に居る二人は、グランヘイム王国でブリシンガーが対峙した魔族程の力は感じないが、それでも明確な”格上”。
三人の脳内には唐突な出来事で混乱していたが、先ずは一つの疑問が浮かんでいた。
魔族が、どうやって幻影の森を突破できた?
だが、今はその答えを詮索している場合ではない。
「くく……面白いな」
ヴィルザが仮面の奥で笑みを浮かべる。
「人間の小隊が、この私たちに勝てると?」
「やってみなきゃ分かんねえだろ!」
ドゥガルとバルダーが最初に動いた。
叫びと共に大地を蹴り、剣と斧を左右から横一閃。だがその斬撃は、ヴィルザの前に張られた魔障結界に触れた瞬間、爆風となって二人に跳ね返った。
「ぐあっ……!!」
重く、鋭い一撃がそのまま倍となって身体を打つ。地面に転がった彼らの口から血が飛ぶ。
「ドゥガルさん!バルダー!」
システィーンが動揺していたが、すぐにその魔法の正体を見破った。
「あれはただの反射じゃない。空間ごと、魔法を鏡写しにして戻してる!」
システィーンが叫ぶ。
「二人共、空間を操る魔法使い……だったら……!」
彼女の手から、無数の雷の矢が撃ち放たれた。全てがヴィルザに向かって飛ぶ。
「その程度の魔法、倍にして返すにはむしろ丁度いい」
ヴィルザの前に再び魔紋が浮かび上がる。
光の矢は全て反転し、さらに膨れ上がって三人に襲いかかった。
「ディメンション・ヴェール!」
直前に展開されたシスティーンの防御結界が、三人を覆う。跳ね返った魔法が結界に衝突し、重い音と共に砕け散る。
「……ふぅ……っ」
システィーンの顔に浮かぶのは、恐怖ではない。それを上回る意志だった。
その後ろ、ゼルオルがゆっくりと動いた。掌を掲げ、足元に次元の渦が展開される。
「空間収束……この場すべてを、“圧殺”する」
地面が歪み、空間がまるで折り紙かのように畳みながら縮まる。
「こいつら……桁が違ぇ……!」
ドゥガルが歯を食いしばる。
「私が止める!!」
システィーンが一歩、前へと出た。
両手を広げ、足元に魔法陣が広がる。
「ディメンション・フォートレス!完全障壁展開!!」
まばゆい光が辺りを包み、空間の歪みを中和していく。
「……ほぉ。面白い」
ゼルオルが笑った。
結界の中で息を整える三人。
体制を整えるバルダーの心の中に、あの姿が蘇る。
ブリシンガーのあの魔族を消し飛ばした、まるで神の化身のような一撃。
そして今、仲間が命を賭して立っているこの瞬間。その熱が、彼の中で形になった。
バルダーが走った。剣に赤黒い炎のような魔力を纏わせ、真っ直ぐに二人の魔族へ。
ブリシンガーとの特訓で伝授された、呼吸法により極限まで筋力を活性化させた斬撃。それに、自らの魔力を限界にまで乗せた、渾身の一撃。
「ツォルン・ファング!!」
叫びと共に、巨大な斬撃が放たれた。
斜めに振り下ろされたその一撃は、空間を切り裂くような音の衝撃波を生み出す。
突風が巻き起こる。土が吹き飛び、衝撃波で二人の足元が不安定になる。
ヴィルザが反射結界が咄嗟に展開する。だが、
「……ッ遅ぇんだよ!!」
斬撃は、形成されたばかりの不安定な結界を砕き、そのままヴィルザとゼルオルの左肩から腹にかけて深く斬り裂いた。
「─がッ……!!?」
驚愕に見開かれる。刹那、彼らの身体が数メートル吹き飛び、背後の木に激突。大地がえぐれ、土が巻き上がる。
「バルダー……今のは……」
「ハァ、ハァ……っ、腕がビリビリする……っ!」
膝をついたバルダーの剣は、限界寸前まで魔力を吐き出していた。
(到底及ばない。でも、届いたぞ。あの壁の向こうに、牙の先だけ……引っかけた)
ヴィルザとゼルオルの二人がひるんでいる間ーこの、ほんの一瞬の「空白」。それを見逃さなかったのはシスティーンだった。
「今よ、ドゥガルさん!」
システィーンの声が戦場に響く。
バルダーの攻撃で裂かれた空気の残響の中、彼女はすかさず詠唱に入った。
「斧を投げて!!魔力を乗せる!!」
「了解ッ!!」
ドゥガルが咆哮と共に斧を構える。
システィーンの指先が素早く宙を描き、斧に接触した瞬間─
「エンチャント!」
青白い魔紋が斧に浮かび上がり、光のような魔力が刃に纏わりつく。
「いっけええええぇぇぇッ!!」
ドゥガルの全身がしなり、斧が放たれた。
巨大な刃が唸りを上げて空を裂く。放たれたそれはもはや投擲というより“砲撃”だった。
ヴィルザとゼルオル、両名の間を狙ったその斧が、地を這うような魔力を伴い、周囲を吹き飛ばしながら走る。
「ッ──!」
回避の余地はなかった。斧が爆音と共に命中。
地面が陥没し、周囲の木々が根ごと吹き飛び、二人の魔族の身体が爆煙に包まれた。
「……どうだ!?」
だが、煙の中で音がした。
カツ……カツ……という重い足音と共に、煙の向こうから現れた。
ヴィルザの片腕がダラリと下がり、ゼルオルの胸には明らかな裂傷が走っていた。だが、二人は笑っていた。
バルダーとドゥガルの攻撃で確実にダメージは通った。けれど、十分に効いていない。
「神の戦士の手がなくとも、ここまでやるか……」
ヴィルザの笑みが、狂気じみたものに変わる。
「ならばこちらも、本腰を入れる。そうだろう、ゼルオル」
「ああ、そうだな」
ゼルオルの周囲が黒く染まり、泉の大気が急速に重くなっていく。
「さっきまでと雰囲気が違うぞ……!まだ、上があるってのかよ……!」」
ドゥガルの声が震える。バルダーも、全身にぞわりと寒気が走るのを感じていた。
システィーンもまた、身体の奥が凍りつくような恐怖を感じていた。逃げ出したくなる。体が言うことを聞かなくなる。
だが、ブリシンガーの、封じ込められる言葉が頭の中で蘇る。
「ブリシンガーが、帰ってくるまで私たちに、“時間を稼げ”って……そう、言ったじゃない……!」
システィーンの声に、バルダーが歯を食いしばり、剣を握り直す。
「怖えよ……でも、ここで倒れるわけにはいかねえッ!!」
ドゥガルが、血を流しながら笑う。
「ならもう一発ぶちかまそうぜ! 本気でやるってならこっちだって、命賭けだッ!」
「……終わりだ、貴様ら」
「来るぞッ!」
バルダーが叫ぶと同時に、ゼルオルが高速で横合いから突進。
残像を引きながら突っ込み、魔力を纏った拳をバルダーの腹へ叩き込む。
魔法使いでありながら、完全に戦士の間合いだった。
「ぐっ……うあああッ!!」
直撃。防御が間に合わず、バルダーの身体が吹き飛んだ。
即座にシスティーンが防御魔法を投げるように放ち、空中で魔力の緩衝が発生。落下を受け止める。
「バルダー! 持ちこたえて!」
「……ァァ……まだ、いける……!!」
その隙にドゥガルが斧を抱えて飛び込む。ゼルオルに真上から振り下ろす。だがその瞬間、足元に魔法の罠が展開されていた。地面が沈み、足元が取られる。
「罠かよ……ッ!!」
すかさずゼルオルが掌打を放ち、ドゥガルの胸部に命中。
「ぐぉああッ!」
打撃を受けたドゥガルの身体が重く地面に落ちる。
「まだ……まだだ!!」
その瞬間、背後から雷鳴のような声。
「ツォルン・ファング!!」
立ち上がったバルダーの剣が紅く唸り、一閃。剣閃がゼルオルの横にいるヴィルザの、もう片方の肩を斬り裂く。だが、威力が大幅に落ちている。
「……やるな」
もう一撃を喰らわせようとするバルダー。
そこに割って入るヴィルザ。
「お返しだ」
三人に向けて、彼自身が受けた斬撃の軌道を完全再現した反射波動が放たれる。
「システィーン!!」
「わかってる!!」
咄嗟に展開された結界。衝撃が空気を爆ぜ、結界ごと三人が押し戻されながらも、寸でのところで受け止める。
「ハッ……!息もつけねぇ!!」
「怯むなッ!!絶えず攻撃だ!魔法を使う隙を与えるな!!」
三人が同時に飛び込む。
ドゥガルの斧が地を揺らし、バルダーの剣が空を裂き、システィーンの魔法が光を導く。
魔族二人も応じる。
攻防の応酬。
「……っ、まだ……まだよ……!」
三重詠唱、四重制御。高度な複合魔法の重ねがけ。
バルダーとドゥガルの足元から光の魔紋が拡がり動きが軽くなる。彼女の魔力が、二人の身体に“身体強化魔法”を宿した。
「……!」
ヴィルザが、僅かに眉を動かす。
「ゼルオル。彼女の魔力の質……」
「観測済。高純度の転写式補助魔法。人間の術者としては、異常な精度、美しいな」
「技術だけの話ではない……純粋な魔力量だ。普通の魔術師ならとっくに魔力切れで死んでいるだろう。大したものだ」
ゼルオルの目が、初めてわずかに細められる。
「未成熟。だが、進化の予兆あり」
「……貴方たちに感心される筋合いは、ないけどね」
システィーンの瞳は揺れなかった。
「この力は。誰かを守るために使う魔法!」
ヴィルザが笑った。皮肉ではない、心からの笑みだった。
「なるほど。だったら、守りきってみろ、魔術師!」
激化する戦い。だが、三人は魔族に押され始める。
身体強化魔法を施したバルダーもドゥガルも体力の限界が近づく。システィーンも膝をついた。魔力が限界を迎えていた。
三人の身体が悲鳴を上げる。立っているのもやっとだった。
「く……そ……!」
ヴィルザが前に出る。割れた仮面から、笑みを浮かべていた。
「悪くなかった。だが、これが現実。ブリシンガー抜きでは、こんなものだろう」
そして、トドメを刺そうとしたその瞬間─
「これ以上は、好きにさせない!」
強烈な魔法の波動が二人を直撃し、後ろ向きに大きく吹き飛ばされる。システィーンでも、バルダーでもドゥガルではない。三人が振り返ったときに居たのは、リゼルフェインだった。




