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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第42話「精霊の国の傷跡」

今まで経済的交流がごく僅かにあったエルフ族と人間だが、再び本格的に関わった瞬間だった。

だがその裏で、幾人かのエルフたちは静かに視線を交わしていた。どうしても人間に対する苦い思いを忘れることができない人が王国に多い。


200年前の戦い―それはブリシンガーが止めなければならない程激しい戦いだったとされる。

ミスリルを多く持つ国は、最も力を持つ国となる。エルフ族は地理的にアゼルグラム山脈に近いこともあって積極的に採掘を行っていた。

だが、自らの領域が荒らされていると判断したドラゴン属がエルフ族との関係が悪化していた所に、人間はその機会にミスリルを奪おうとしたのだった。その頃の人間は、好戦的な拡張主義を持っていた。

これが、エルフ族たちとの関係にヒビが入る決定打となった。


局地的な小競り合いから始まった戦いはやがて大規模な戦争にまで発展。エルフは強力な魔法によって善戦したが、人間の膨大な数と戦術の進化により、国土の一部を失う。

この戦争によって、多くのエルフが命を落とし、「人間は短命で傲慢な種族」という印象がより深まった。人間と親しく、武器も提供していたドワーフ属にも当然、その矛先は向かった。

両者が疲弊し切った所をブリシンガーが仲裁し、下記の条件で停戦させた。

―既に採掘したミスリルは基本的にエルフ族の管理下とする

―ミスリルの管理だけを行い、使用してはならない

―エルフの国か、他国が魔族等の外敵に襲撃される時だけ、特例としてミスリルを使用する


以後、エルフは人間との交流を最小限にし、外交的には距離を取る方針となった。

現在のイシュカンダル帝国が最もミスリルの所有量が多いのは、元々人間やエルフの王国内にあった周辺国を襲撃し、それらの国に支援で送られたミスリルを支配することで取り込んできた。

魔力を取り込む強力な兵器でもあるが、奪われると自らに牙を向くのがミスリルなのだ。


エルフ族からすれば、危険時にその金属を何処へでも提供するというブリシンガーとの契約により、却ってエルフ族を帝国の危険に晒したと見なす者も多いのだ。

彼が争いを止めた救世主として見なす者がいる一方、彼を脅威と見なす者も存在する。

だが、この戦争を経験していない若いエルフ達は人間を特に憎んでおらず、エルセリオン王国の外で見る数少ないエルフ族はほぼ若者だけなのだ。

こうした背景の中、ブリシンガーの伝説が最も知られる地域がエルセリオン王国となった。

エルフと他種族との交流の少なさから、彼の活躍はエルフを除く人間を中心に、長い歴史の中で埋もれ、忘れ去られたのだ。


ブリシンガーたち四人は、王宮の奥深くへと案内された。

光の粒子が漂う回廊を抜けた先にあったのは、木と水晶で作られた幻想的な客室。床には織物ではなく、自然に編まれた草と苔が柔らかなクッションのように敷き詰められ、壁の隙間からは風と共に小さな音楽のような自然音が入り込んでいた。

システィーンが感嘆する。だが、浮かれた様子はない。

王宮の中とはいえ、彼女たちははっきりと感じていた。


―監視されている。

部屋の外から感じる気配。歩く気配も、声もない。だが、そこにいるのは間違いなかった。

エルフたちの警戒心は、明るい顔の下に隠れている鋭利な刃のようだ。

「グランヘイム王国の時とは、ずいぶん違うな……」

バルダーが窓の外を見ながら呟いた。

「そりゃあ、ここは他所者に心を開く種族じゃないからな」

ドゥガルが、腕を組みながらぼやく。

「俺たちがこの国に受け入れられたのは、ブリシンガーがいたからだ。そうじゃなかったら、門の前で追い返されてただろうな」

「……それでも、歓迎されてるって感じじゃないわね」

システィーンは、何かを思案するように視線を落とした。

彼らは、歓迎されていないのではない。ただ、まだ信頼されていない。

ブリシンガーと行動を共にする者たちは、当然ながら慎重な評価の目を向けられる。

「……今日はもう、自由に動くのは控えておこう」

ブリシンガーが、低く静かな声で言った。

彼の表情はいつも通り落ち着いていたが、まるで森そのもののように、内側に多くを抱えていた。

「俺たちがこの地で果たすべきことは、ただ一つだ。過去ではなく、今を見せること。信じさせるしかない。エルフたちは、必ず俺達に何かしらの試練を与えて来る。それを乗り越えることでしか、アゼルグラム山脈に行き着く唯一の方法だ」

静かに、部屋の中に重みが落ちた。

一行は、しばし客間の中でそれぞれの思考に沈んでいった。

あとは、どのような試練を与えられるのか待つのみ。

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