第40話「それぞれの答え」
霧が晴れた。
まるでそれまでの濁った空気が嘘のように、清々しい風が頬をなでる。
古木の香りが立ち、遠くから小鳥のさえずりがかすかに届いた。
バルダーは、剣を肩に担いだまま立ち尽くしていた。
しばらく空を見上げて、ようやく小さく息をついた。
「……まったく、心が休まる暇がねえ」
その言葉に、横から声が返る。
「同感だよ……精神的に殴られるなんて、久しぶりだった」
木の影から、システィーンが現れた。彼女の髪は乱れていたが、その瞳には明確な光が宿っていた。
「……システィーン」
バルダーが目を細めて言う。
「うん、バルダー……おかえり」
小さな言葉が、妙に胸に染みた。そして二人の前に、三角に草をはね飛ばしながら、ドゥガルが登場した。
「おっせぇな、二人とも。お前らが出てこないから、ちょっと迷ったじゃねぇかよ!」
「お前が最後だろ」
「うっせ! 俺はこう見えて心の旅路が長かったんだよ!!」
三人は、顔を見合わせた。
それぞれが、何かを乗り越えた顔をしていた。だけど─まだ口に出すには、少しだけ勇気が要る。
ふと、前方の大樹の根元に、人影が座っていた。
「……やっと来たか」
振り返ったその姿─ブリシンガーだった。
変わらぬ凛とした気配。落ち着いた表情。だが、どこか微笑んでいるような目が、三人を静かに迎えていた。三人は、同時に口を開けず、少しだけバツが悪そうに立ち尽くした。
バルダーは唇を噛んだままそっぽを向き、システィーンは視線を落としながら裾を握りしめ、
ドゥガルは鼻を鳴らしてごまかすように咳払いをした。
ブリシンガーは、それを見て、ゆっくりと立ち上がる。その表情には、安堵と、どこか、嬉しさのようなものが滲んでいた。
「……“通ってきた”顔をしてるな」
その一言に、三人がわずかに顔を上げた。
「幻影の森は、心を試す場所だ。通れたということは─今のままのお前たちで、十分だという証だ」
「……でも、俺は……」
バルダーが何かを言いかけたが、ブリシンガーは静かに首を振る。
「お前は、過去を背負った上で、進もうとしている。その剣は、もう過去のためじゃない。未来のために振るわれるものになった」
「……システィーン」
彼女の名を優しく呼ぶ。
「お前の魔法は、誰かの命を救う。それは戦う力とは別の、希望を繋ぐ力だ。お前は、それに気づいたはずだ」
「ドゥガル」
「なんだよ、泣かせるつもりか?」
「お前が打つ剣は、心で打つ剣だ。鍛冶屋がどんな素材であれ、守りたいものがあるなら、それが最強の武器になる」
三人は、少しずつ顔を上げる。
気まずさも、恥ずかしさも、どこかで少しだけ溶けていた。それは、ブリシンガーが変わらぬ眼差しで、自分たちを見てくれているとわかったから。
「……俺たち、変われたのかもな」
バルダーがぼそりと呟いた。
「うん。きっと……この旅で、もっと強くなれる」
システィーンも頷く。
「しゃーねぇな! 俺のハンマーが火を噴くのはこれからだ!」
ドゥガルが笑い、ブリシンガーが頷く。
そんなブリシンガーを、バルダーがちらりと見る。
「……そういやさ。お前はこの試練を通らなかったと言ってたな」
その一言に、空気がわずかに止まった。
「俺たちは、心を引きずり出されて殴られた気分だったのに……最初から、ここにいたんだろ」
ドゥガルも腕を組み、鼻を鳴らす。
「不公平って言いてぇわけじゃねぇが……理由ぐらいは、あるんだろ?」
ブリシンガーは一瞬だけ視線を伏せ、やがて静かに答えた。
「森は、エルフが“疑う者”を試す場所だ」
三人の視線が集まる。
「かつて俺は、この森を越え、彼らの国を守るために剣を振るった。……それだけのことだ」
それ以上は語らなかった。
だが、森が彼を拒まなかったという事実が、何より雄弁に、彼がこの地でどう見られているかを物語っていた。
そして木々の向こう、霧が完全に晴れたその先に、遥かなる光景が広がっていた。
エルセリオン王国─精霊の都が、ついにその姿を現した。




