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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第38話「罪を背負う者」

三日経った後、一行はついに幻影の森と思われる場所の前に立った。

その森には、風の音すら通わなかった。

空は晴れているのに、道の先だけがまるで夜のように暗く、霧の峡谷に近い青白い霧が地面を這っていた。森の入り口には、古代エルフ語で刻まれた石碑が立っていた。

『言葉にあらず、心の真をもって通れ。汝、己を偽る者よ─森は通さぬ』

「これが噂の “試される”ってことだな」

バルダーが険しい顔で呟く。

「それぞれが“何か”と向き合わされるんだと思う。……気を引き締めて」

システィーンが深呼吸する。

ドゥガルは背負っていた工具袋を軽く叩き、

「よし、幻想だろうと幻影だろうと、ぶっ叩いて道を開けるぜ」と強がる。

ブリシンガーは、彼らを一度振り返った。

「何があっても、惑わされるな。己の“心”を見つめれば、必ず道は開く」

それだけを言い残し、彼らは一歩、森へと足を踏み入れた。


─そして。

「……あれ?」

システィーンが目を見開く。

ブリシンガーの姿が、霧の中にすっと溶けて消えた。その瞬間、三人の視界に、深い霧が迫ってきた。

空も、音も、時間すらも凍りついたような沈黙。

気付けば、システィーン、バルダー、ドゥガル─それぞれが、別々の空間にいた。

足元に広がるのは、同じ森のはずなのに、色も匂いも違う。

「はぐれちまったか……」

バルダーが周囲を見渡しながらため息を付く。予想はしていたものだったので驚きは少なかったが、やはりその場面に直面すると不安が襲う。


しばらく濃い霧の中をゆっくり探索していた時、森の中の広場に出た。

向こう側には人影が立っていた。身長は自分と同じぐらいだったが、近づきその姿が露わになった時に驚愕した。

「お、俺だと……!?」

向かい側に立っていたのは自分自身と全く同じ姿をした男が立っていた。同じ髪、同じ目、同じ服装と武器-寸分狂わぬ自分のコピーが目の前に立っていた。

だが、唯一違う部分があった。それは表情だった。

昔の、ヴァルハイト王国に所属していた時の冷たく、無表情な自分だった。

「お前は……俺!?」

バルダーが静かに自分に問う。少しの静寂の後、そのコピーは話し始めた。


「ああそうさ、俺はお前だ。今まで剣で人を殺し続けた、いわばお前の"本性"だよ」

コピーの表情はほくそ笑んでいたが、その声は憎悪と憎しみに満ちていた。

「どうやら最近の"俺"は調子に乗っているみたいだな」

「なんだと……」

バルダーが眉をひそめる。

「ヴァルハイトの時を忘れた訳じゃねえだろ。処刑人や戦争の道具として使われていた時を。お前は今まで何人戦争で殺してきた?一体どれだけの村を燃やした?」

「やめろ」

バルダーが身構える。これはただのコピーではない、昔の自分の記憶を持ち、物理的に存在している自分の影だ。

ぼんやりと暗闇の背景に浮かび上がる幻影。そこには今まで戦争で死んだ兵士たちや燃え盛る村で逃げ惑う村の民、パパ、ママと泣きながら一人歩き回る孤児など。

コピーはさらに続ける。

「戦争の為?殺さなければ自分も殺されるだと?嘘つけ、お前は我が身かわいさに無実な人たちを殺めてきた」

「薄暗い部屋、血の臭いしかしない訓練場。名前ではなく番号で呼ばれていた時」

「違う……!」

「違わねえよ!! お前は、自分のために人を殺した!命令って言葉で自分を守って、ただ生き延びるために!その手で奪った命の数、覚えてるか!? お前は地獄で咎人たちに石を投げられる側の人間だ!」

バルダーが剣を抜き、コピーに突進、剣がぶつかり合った。

「そんなクズが、今更変わりたいだと?英雄の横を歩みたいだと?笑わせやがる。お前は人殺しだ。自らの罪から目を背いて、英雄の一部になりたいなど、都合が良過ぎるんじゃねぇのかぁ?」

コピーが剣の刃を使ってバルダーの剣を受け流し、鍔を顔面に叩き込んだ。バルダーが鼻血を流しながら後ろによろけた。

「今まで自分がやってきたことが、この旅で晴れると思うのか!この旅に出る資格すらない!」

「ならばここで死んで、罪を償うがいい!」

殴打の連続。コピーは目にも止まらない連撃でバルダーを吹き飛ばす。地面に叩きつけられたバルダーは、呻きながらもなお立ち上がった。


「俺は……確かに人を多く殺した。戦争とは言え、罪のない命を奪い、たくさんの村を攻め落とした。俺は"正しい人間"じゃねえ」

「命令だから割り切った。心を捨てた。そんな俺の過去を知りながらも、ブリシンガーとシスティーンは俺を仲間だと見てくれる。バルダーという名前も与えられた」

ボロボロになりながらも立ち上がった。剣を構え、コピーと激しく剣を交える。

「だから俺は変わりてぇ!確かに今更かもしれない。この短い時間で、俺は今まで自分のやってきた重大さを思い知った!」

強烈な蹴りをコピーに叩き込む。

「英雄になりたいなど、考えたことは一度もない!俺如きがなれるようなモンじゃねぇ!英雄等ではなく、俺は俺自身として誰かを守れる人になりたい!」

語気を強めて続ける。

「俺が憎い、殺したいと思うやつなんて幾らでもいるだろうよ。そしたら喜んでこの命を差し出そう!今更この命を惜しいと思ったことはない!」

肺が焼けるように痛んだ。

それでも、剣を握る指は緩まなかった。

「だが、その前に、今まで命を奪った剣を、今度は守る為の剣に変える!ブリシンガーが示してくれた、開けてくれた道を進む!」

「俺は罪を背負って前を向く!それが、今の俺の生きる目的!戦う理由だ!」

剣を突き立てたその一撃で、幻のバルダーは砕けて霧へと溶けていった。


静けさが戻る。バルダーは、剣を突き刺したまま膝をつき、息を荒くしながら空を見上げた。

「……俺は、“あいつ”に並ぶんじゃねぇ。俺自身の意志で、隣に立ちたいと思ったんだよ……」

その背中に、かすかな風が吹いた。霧が晴れ、鳥の鳴き声と共に太陽が燦々と木の葉の間から降り注ぐ。

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