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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第34話「神話の一閃」

遥か遠く、王都の城壁の外。

吹き飛ばされた魔族が、アウロラ平原の地に叩きつけられ、土煙を上げていたその側へ着地した。

ドォン!!!

轟音と共に、白銀の閃光が地を割った。一つの彗星が地上に落ちたかのような衝撃だった。

爆風と土煙の中、ただ一人、ブリシンガーがその場で静かに立ち上がった。顔を上げ、ゆっくりと前を見据える。

「ここなら遠慮はいらん」

地に膝をついていた魔族もゆっくりと顔を上げ、ブリシンガーに問う。

「貴様……一体、何者なんだ……」


ブリシンガーが消えた後も、しばらく風だけが吹いていた。唐突な出来事に誰もが言葉を失い、遠くで響いた着地の轟音に耳を澄ませていた。

その中で、システィーンは静かに瞳を閉じ、両手を胸の前で組み合わせた。白い息がふっと漏れる。魔力の波が、優しく、けれど確かな気配で空気を揺らす。

「幻映の鏡:ミラージュ・スクリーン!!」

呟きと共に、彼女の手のひらから淡い光が広がった。

魔法陣が空中に浮かび、やがて透明な水面のような大きな画面が空中に現れる。

その中に映し出されたのは、アウロラ平原。そして、そこに立つブリシンガーと、地に膝をついたままの魔族の姿。

「……見える……!」

「おおっ……!」

その場にいた王族と関係者、兵士たちが、その映像に吸い寄せられるように集まり始める。

システィーンは胸に手を当て、彼の無事を祈るようにスクリーンを見つめた。


ブリシンガーが静かに拳を握った。

魔族が、ゆっくりと立ち上がった。目が見開かれ、歯をむき出しにした。

「その力、人間ではない……だが、どう見ても人間……まさか、貴様……!」

一歩後ずさる。まるで獣が本能的に“格上の捕食者”を認識したかのように。

「お前は……お前は、まさか、ブリシンガー・ヴァルディア……っ!!」

その名を吐き出すように叫んだ瞬間、魔族の顔に広がったのは恐怖ではなかった。

それは、狂気と殺意の交錯する笑みだった。

「そうか……そうかそうかそうかあああッ!!」

「ただのおとぎ話じゃなかったのなら、こちらも“殺される前提”で行くしかねぇ!!」

魔族の全身から、漆黒の魔力が吹き出し、アウロラ平原が一瞬にして禍々しい気配に包まれた。

筋肉が盛り上がる。骨が軋み、身体が膨れ上がる。

二本の腕が四本へと増え、全身の皮膚はまるで黒曜石のように変化していく。

魔族の身体は、元の二倍以上の大きさへと膨張し、禍々しい筋肉の暴君へと変貌した。


「グオオオオォォォォアアアアッ!!!」

その声はまるで雷鳴。システィーンが投影する画面も、一瞬揺らめくほどの衝撃波だった。

その気迫は、王都にまで届くほどに濃く、重く、そして殺意に満ちていた。

だが、ブリシンガーの表情は変わらない。


そして、次の瞬間─魔族は消えた。

魔族の巨体が、信じられない速度で突進してくる。

四本の腕すべてに宿した異なる属性の魔法を、殴打と共に一斉に放つ。

「デス・レイン!!」

空から大小様々な魔法が降り注ぐ、まるで隕石のように、雨のようにブリシンガーへ襲いかかる。

「うおおおおおおおおおっ!!」

その間隙を縫って、魔族自身も拳を構え、超速度の肉弾戦に突入。

ブリシンガーは飛び退きながらも、冷静にその動きを読み、手で受け止めたり流したりして応じる。爆裂音、閃光と黒煙がアウロラ平原を覆い尽くす。

画面の中では、黒と金の残光だけが交差していた。誰も追えない。音だけが遅れて届く。


ブリシンガーは、かすかに口元を吊り上げた。

「面白い。ならば……こちらもその先を見せてやろう」

彼の全身から、金色の光が静かに、しかし確かに輝き始めた。

魔族の拳が、もう目の前に迫っていた。

それは山をも砕く破壊の塊。だが─

「甘い」

ブリシンガーはわずかに重心をずらし、その拳を肩先で滑らせて避けると、そのまま踏み込みと共に、鋭く、重く、正確に腹部への蹴りが炸裂した。

「グッ……おおおおおおおおッ!!?」

魔族の身体が再び宙を舞う。

重厚な肉体があり得ないほどにたわみ、稲妻のような衝撃波が辺りを巻き込む。

魔族は周囲の大木や巨岩を貫通しながら吹き飛ぶ。


そしてブリシンガーは、ようやくその腰の剣へと手を伸ばした。

「……付き合ってやったが、そろそろ終わりだ」

ゆっくりと、だが確実に剣を引き抜く。

キィィィィィィィン……

金属が空気を裂く音と共に、抜かれた剣身が陽光を浴びて煌めく。

だが、光ったのは剣だけではなかった。

ブリシンガーの全身から、神々しき金色の光が噴き出す。

彼の足元の大地は、ただ立っているだけでひび割れ、砕けて浮き上がる。

草原の表土が剥がれ、空気がきしみ、空が光を照り返す。金色の光が周囲を焼き尽くすかのように、まるで太陽の化身が、その姿を現したかのように。

静かに、そして低く呟いた。


「イシュカンダル帝国」

剣をゆっくりと構え、金色の光がその刃にも宿る。

「貴様らは、隣国を恐怖と武力で支配するだけではなく、ミスリルを餌に争いを誘い、弱者を喰い物にする」

金の光が剣に吸い込まれていく。空すら震え、大地の鼓動が止まる。

「その罪─神の前にて、余りにも重い」

彼の眼が光を帯び、魔族を真っ直ぐに見据える。

「だから俺は断ずる。イシュカンダル帝国は、断つ」

その言葉を最後に、ブリシンガーが鬼神の如く表情で剣を振り下ろす。

「ひれ伏せ─」


ブリシンガーが放ったその一太刀は、世界を裂いた。

剣から放たれた金色の剣圧が、王都とは反対の地平へ向かって、音を遥か置き去りにしながら、広範囲を破壊し尽くしつつ走った。

遥か彼方、彼らがこれまで歩んできた谷や断崖とはまるで異なる、乾いた稜線が幾重にも連なる山塊が一瞬の後、爆ぜるように吹き飛んだ。


その中心にいた魔族は、断末魔を上げる暇もなく、光に呑まれて跡形もなく消えた。

空が眩い光に包まれ、まるで大地が怒り狂っているかのように激しく揺れた。

映し出されていたアウロラ平原の光景が、音もなく静寂へと包まれていく。

爆風が止み、剣圧の残響も収まり、ただ風の音だけがかすかに聞こえていた。

誰一人、声を発する者はいなかった。

王族たちも、兵士も、そしてシスティーンも、バルダーも、ドゥガルさえもただ、見ていた。

地平線を裂くように刻まれた広大な亀裂。

山々すらも吹き飛ばす剣の余波。

そしてその中心に、金色の光を纏いながら、静かに立ち尽くす一人の男。

「……あれが……」

システィーンが震えるように呟いた。

「ブリシンガーの……本当の姿……」

彼女の声はかすれていた。彼が圧倒的な力を宿しているということは分かっていたつもりだった。

だが、あのいつも優しく笑ってくれた彼が、あれほどの力を持っていたことを実際に目の当たりにすると、その壮絶さが改めて伝わる。

それほどまでに、“神の戦士”という名は現実離れしていた。

「あ、あいつ……強いってもんじゃねぇ……!神じゃねぇか!」

ドゥガルが肩で息をしながら言った。彼の言葉には、畏怖が滲んでいた。

「いや……違う」

バルダーがかすかに笑った。彼もあれほどの力を開放したブリシンガーを目の当たりにするのは初めてだったようで、手が微かに震えている。

「“神”なんかじゃねぇよ。あいつは……あんな力を持っていながら、ずっと人であり続けてる。そういう奴だ」

スクリーンの中で、風が止む。


ブリシンガーが剣をゆっくりと地面に突き刺そうとしたが、その瞬間、剣が砕けた。

ピシッと鋭い音を立て、剣身に亀裂が走り、パァンッ!という高らかな破裂音と共に、剣は粉々に砕け散った。

「やはりか」

ブリシンガーはしばしそれを見下ろしていた。

地面に散らばった、かつての剣の破片。ただの、ファルデン村の鍛冶屋の人間が作り、ブリシンガーに贈呈した鉄の剣。

神の戦士が放つ一閃には、あまりにも耐えられなかった。

「嘘だろ……あの一撃が……神造の武器でもないってのか……?」

ドゥガルが驚愕する。

それを見て、レオニダス王はようやく言葉を漏らした。

「まるで……神話を見ているようだな」


次の瞬間、風が巻いた。

「えっ……?」

システィーンが顔を上げたとき、もう彼は目の前にいた。

「ブリシンガー……!」

バルダーも目を丸くする。

神速。人の目では捉えられないほどの速度で、アウロラ平原から王都へ彼は一瞬で戻ってきた。

あの時、全身から金のオーラを放ち、大地を両断する鬼神のような表情をしていた彼は、今─

「ただいま」

静かに微笑んでいた。

それは、どこまでも優しい、システィーンとバルダーがよく知るブリシンガーの顔だった。服は先程の戦いで少し焦げていて爛れていたが、彼は無傷。

「……よかった……」

システィーンが胸に手を当て、小さく涙をこぼす。

「ほんとうに……無事で……」

バルダーも短く鼻を鳴らして笑った。

「どんな顔して戻ってくるかと思ったが……いつも通りかよ」

そして、ブリシンガーはゆっくりと王族の前へ歩み寄った。

レオニダス王、ロズベルク王子、王女レオナ、その家族たち─

誰もが彼の姿を見つめ、まだ言葉を失っていた。

そんな中、ブリシンガーはふと少し困ったような顔をして、軽く頭を下げた。

「……つい勢いで城壁の一部を壊してしまった。申し訳ない」

一瞬の沈黙。

王族全員がポカーンと口を開けた。

「……え?」「……あ、はい……?」「……いえ、その、どうぞ……?」

誰も怒る者はいなかった。

むしろ、あまりに常識外れな強さと、その直後に見せた普通すぎる謝罪に、混乱が追いついていなかったのだ。

「あいつ、やっぱり変な奴だな……」

ドゥガルが呟いた。

「そこがいいんだよ」

バルダーがぼそりと答えた。

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