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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第33話「誕生祭」

その朝、王都グランヘイムはいつにも増して早く目を覚ました。

夜明けとともに街を包み込んだのは、鐘の音と朝陽に照らされた金と青の装飾だった。

王城の高き尖塔や街の至る所に掲げられた王家の紋章旗が、朝風を受けて誇らしくはためく。

城の壮大な門の前にある大階段の通りには豪奢な絨毯が敷かれ、両脇には色とりどりの花束や織物が丁寧に飾られていた。


王都の民たちは、朝早くから大通りを埋め尽くしていた。

空には紙吹雪が舞い、音楽が風に乗って街中に響き渡る。

王都の空気そのものがまるで神聖な儀式のように澄んでいた。

大道芸人たちが通りのあちこちで妙技を披露していた。

広場中央にある大きな噴水の周囲では、荘厳な鐘の音が王都全体に響き渡った。

軍のパレードも始まる。

槍兵、剣士、魔導騎士―整然と並び、訓練された美しい動きで通りを行進していく。

祝福の声、歓喜の笑いと歓声。王都はまさに、栄華の象徴とも言える美しさと熱気に包まれていた。


「……本当に、祭りなんだな」

バルダーが思わず呟く。目元を覆うフードの下、その真紅の瞳はどこか落ち着かずに周囲を見回していた。

「警備も手厚いな」

ドゥガルが低く唸るように言う。

システィーンの金髪が陽光を受けてふわりと光る。けれど、その碧い瞳は、どこか影を帯びていた。

ブリシンガーは言葉少なに、一歩後ろから街の様子を見渡していた。

三人はそれぞれ、戦いが起きた瞬間に動けるよう、無言のまま備えていた。

城門前の広場には、すでに民衆が集まり始めていた。

城門の上部に設けられた白い石造りのバルコニーから、王族が姿を現す手筈になっていた。

護衛兵たちの槍の先端に掲げられた紋章が、風に揺れる。その上に立つ護衛兵たちの槍の先端に付けられた紋章が、風に揺れる。

バルダーがフードを深く被り直す。

「……本当に何も起きなきゃいいけど」

ブリシンガーは一言も発しなかった。ただ、城の上部にある白いバルコニーを見つめている。


─パァアアアァァァァン!

高らかなトランペットの音が、城下の空を切り裂いた。

次の瞬間、バルコニーの両扉がゆっくりと開き、絹のように滑らかな白と金の垂れ幕が風に舞う。

「おおおおおおおおっ!」

民衆の歓声が一斉に巻き起こった。まるで、長く閉ざされていた雲の切れ間から、光が差し込んだかのようだった。

その中央に現れたのは、グランヘイム国王レオニダス。

筋骨隆々、長身にして威厳を湛えた風格。

銀混じりの髪をきちんと撫でつけ、深紅の王衣が陽光に照らされて煌めいている。彼はにこやかな表情で片手を高く掲げ、広場を埋め尽くす人々に優雅に手を振った。

子どもたちが歓声を上げ、若者たちは帽子を取り、年配の者は手を合わせてその姿を見上げる。

兵士たちは一糸乱れぬ敬礼を捧げる。

「……出たか」

バルダーが唇を引き結ぶ。

「民が本気で喜んでやがる。いい王様、ってやつか?」

「演出としては完璧だな。感情の誘導、場の統制、そして守りも万全。表面上はな」

ドゥガルが鼻を鳴らすように言いながらも、その眼光は護衛の動きと配置を一瞬たりとも見逃さない。

「……この男、ただの王じゃない。グランヘイム王国の平和と発展に貢献してきた、民衆の心の拠り所だ」

ブリシンガーがぽつりと呟いた。


レオニダス王の背後に並ぶのは、後継者たる長男ロスベルク王子。精悍な顔立ちに青の軍装を纏い、静かに民を見下ろしていた。その隣には、妹である王女レオナ。緑色のドレスに身を包み、胸に手を当てて丁寧に頭を下げる姿は、まさに王家の品格を体現していた。

そして、ロズベルク王子の妻が立っていた。その腕には、まだ産着にくるまれたばかりの新しい命─王家の未来たる幼子が、静かに抱かれていた。

その光景に、広場の人々から一層の歓声が湧き上がった。

そして、レオニダス王が一歩前に出た。手をゆっくりと上げ、民衆に向けて厳かに口を開く。

「グランヘイムの民よ」

彼の声は、風に乗りながらも明確に広場の隅々まで届いた。

太く、よく通る、老いたとは思えぬ確かな声だった。

「今日、我らがこの地に在るのは、神と祖先の恩寵あってのこと。幾星霜を経て、我がグランヘイム王国は、いまだ揺るぎなき繁栄を保ち、こうして民と共にこの日を迎えられること、王として誇りに思う」

人々の表情に敬意が広がる。帽子を脱ぐ者、膝をついて祈る者もいる。

「だが、我らは忘れてはならぬ。繁栄の陰に、常に危機が潜むことを。敵は剣だけではない。疑念、不安、奢りといった内なる闇こそ、真の敵である。この地を守るのは、我らだけではない。お前たち一人ひとりが、この王国の柱だ」

その言葉に、民の多くが息を呑んだ。

「この国を託すにふさわしい未来を、共に築こう。そして、我らの子らが、誇りを持ってこの大地に立てるよう、我らは今を守り抜くのだ」

最後の言葉と共に、王は手を高く掲げる。そして、バルコニーに並ぶ王族たちが、一斉に礼を取った。

大きな拍手が、まるで雷鳴のように広場を包んだ。


その時だった。

「レオニダス王!貴方の命を持って我らが世界を制する!!」

突如、王のすぐ背後にいた男が叫び、銀のナイフを抜き放った。

それは王に最も近い位置に仕えていた者、外交官アレスだった。

「父上!!」

咄嗟に気付いたロズベルク王子が叫び、手を伸ばした。だが間に合わない。

王の命が絶たれるかと思われた、その瞬間─


突風と共に、銀の閃光が走った。

王のいるバルコニーへ向け、水平に空間を切り裂くように飛び込んできたブリシンガーが、刹那のうちに王とアレスの間へ割って入り、迷いなくその顔面に強烈な一撃を叩き込んだ。

元々彼がいた民衆では、あまりの速さに遅れて突風が吹き荒れ、ブリシンガーが纏っていたローブが外れる。

殴られたアレスの体は勢いよく後ろに吹き飛ばされ、部屋の中にあるの柱に激突する。

「父上!ご無事ですか!?」

ロズベルク王子が駆け寄る。

「私は無事だ……それより、アレス!何事だ!?」

王は困惑した表情で倒れた男に問いかける。


アレスは長年仕えてきた忠臣であり、誰もが信頼していた存在だった。

地面に倒れていたアレスが、不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がった。

(……こいつは)

ブリシンガーの脳裏に、冷たい警鐘が鳴る。

加減したとは言え、あの一撃はどれほど鍛えた兵士でも一瞬で気絶する威力だった。それを受けて平然と立ち上がるのは、明らかに人間ではない証。

「全員、ここから距離を取ってくれ」

ブリシンガーが声を張る。ドゥガルとバルダーはシスティーンを抱えて大きくジャンプしてバルコニーに着地した。

「お前は……魔族だな」

ブリシンガーが彼に問う。

話すアレスの声色が、まるで別人のように低く、荒かった。

「どうしてバレた、変身は完璧だったのに」

その声と共に、アレスの顔がゆっくりと崩れ始めた。

肌が粘土のようにうねり、血色は毒々しい紫に変化し、頭部からは巨大な角が生え、鋭い爪と牙が覗く。身長は膨れ上がり、二メートルを超える異形の魔族が現れた。

「ま、魔族……!貴様、アレスはどうした!」

王の側近が叫ぶ。

「クク……そんな奴ならこの前殺して、姿を借りたさ。王国に入るまで、色んな人間をぶっ殺して、姿を借りながら王国に入ったさ。まさか外交官が置き換わっているとは、誰も思わないだろうな」

その邪悪な笑みに、周囲の空気が凍りつく。

「まさか外からではなく、内部から崩そうとしてくるとは……!」

システィーンは震える手を胸に当てた。目の前に立つ存在は、今まで見たどんな災いとも異なる。根源的な“悪”の気配が全身から溢れていた。

「貴様はイシュカンダル帝国の差し金だろう。答えろ」

ブリシンガーの声が低く響いた。

「へっ、バレてんなら、貴様らを殺すついでに教えてやる。この誕生祭で王族を殺し、王国を混乱に陥れるために俺は来た」

レオニダス王が拳を握る。

「やはりイシュカンダル……!貴様らの野望はそこまで腐っていたのか!」

アレスだった魔族な顔に邪悪な笑みが浮かぶ。

「王族不在の混乱した王国?ミスリルを抱えているなら、他国からすれば最高の標的だ。戦争が起きて、世界が混乱すりゃ、あとは帝国が力で支配するだけよ」

魔族の言葉と共に、周囲にただならぬ殺気が広がる。


平和だった会場は、一瞬で地獄のような混乱に陥った。

魔族の姿を見た民衆の間から、悲鳴が上がる。

「うわあああああっ!」「魔物だ!」「逃げろ!!」

先ほどまで笑顔と歓声に満ちていた広場は、まるで火がついたかのように騒然とし、群衆は雪崩のように城門から街路へと流れ出す。

「落ち着け!皆、こちらだ!城門へは行くな、市場通りへ避難を!」

広場に配置されていた王国兵たちが即座に動いた。指揮官の怒号が飛び、盾を構えて避難経路を作り、訓練された動きで民の誘導を始める。

兵たちの顔には緊張が走るが、鍛え抜かれた身体は怯まず、民を守るための誇りがその足を止めさせなかった。

「さすがだな……訓練されている」

上から見るドゥガルが呟きながら、斧の柄を握り直す。

「だが、あれは……素人じゃどうにもならんぞ」

魔族の体からは、目に見えるほどの邪気が溢れ出していた。それを吸い込んだ空気すら淀み、周囲の草花が瞬く間に枯れていく。

「バルダー、王族と全員の身を頼んだ。俺が前に出る」

ブリシンガーが冷たく言い放つ。鋼のような眼差しが、魔族へと真っ直ぐ向けられる。


「があああああああっ!!」

魔族が地を蹴った。

地面が砕け、突風が巻き起こるほどの加速で、ブリシンガー目がけて一直線に突進する。

その巨体が生む圧倒的な質量と魔力の奔流に、周囲の兵士たちは思わず身を引いた。

赤黒い瘴気が宙を渦巻き、牙と爪が閃光のように閃く。

だが─

「遅い」

魔族の爪が空を切る。一瞬前までいたはずの場所に、彼の姿はもうない。

気付いていたら、魔族の腹部に彼の拳が沈み込んでいた。

「戦う場所を変えるぞ」

ブリシンガーの拳からの衝撃で、空間ごと押し出された。

「がっはぁッ!!」

魔族の身体がくの字に折れ、地面を引き裂きながら一直線に吹き飛ぶ。

巨体が飛翔し、城の大理石の壁を幾度も砕きながらそのまま、王都の外れのアウロラ平原へと叩きつけられた。

遠くで、地鳴りのような轟音と、土煙が空に昇るのが見えた。

「あれは一体……!」

レオニダス王とその一族が息を呑みながら呟いた。

ブリシンガーはゆっくりと拳を下ろし、後ろを振り返る。


「あれの相手は俺がする。お前達はここで王族を見守っていてくれ」

「任せろ。ぶちのめしてこい、ブリシンガー」

バルダーが片手を挙げた。


ブリシンガーが地を蹴った。

大理石の床が爆ぜた。轟音が広場を貫き、音速の壁が破られる。

空気が悲鳴を上げ、空を裂く光の尾を引きながら彼は跳んだ。

しばらくの静寂。

この光景を見ていた誰もが、人外の戦いが始まる予感がしていた。

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