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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第31話「笑っていい場所」

「今日はほんと、いっぱい歩いたね……」

システィーンが手にした紙袋を胸に抱えながら微笑む。

「菓子に魔道具に果物まで……お前、買いすぎだろ」

バルダーが半ば呆れ顔で呟く。

「だって……王都に来るの、初めてなんだもん」

ブリシンガーは無言で歩いていたが、その足取りはどこか柔らかい。

そして、彼がフードを被らないで歩いていることに、システィーンは気づいていた。

「……裏路地を通るのって、そういうことよね?」

「人通りが少ないほうが、目立たなくて済む」

ブリシンガーが簡潔に答える。

その時だった。


「ちょっと、そこのお兄さん♡夜はこれからよ?」

「疲れてる?私たちが癒してあげる♪」

角を曲がった先、暗がりの中から現れたのは、装いも露わな二人の女性だった。濃い化粧と慣れた仕草。彼女たちは、まっすぐにブリシンガーを見て妖艶な笑みを浮かべた。

「……」

ブリシンガーが完全にフリーズした。

システィーンも目を瞬かせ、思わずブリシンガーと女性たちを交互に見る。

「ねぇぇ、どう? 銀髪の美形って最高じゃない?」

ブリシンガーは真顔のまま淡々と答える。

「お断りする」

「えぇ~、つれないこと言わないでよ」

「さ、さすがにちょっと……!」

システィーンがぴしっと彼女たちの前に出た。


「ブリシンガーは、そういうのじゃないんですっ!失礼します!」

女性たちは面白がるように笑って、肩をすくめる。

「はいはい、邪魔しちゃってごめんなさいねぇ~♪」

そう言って夜の路地へ消えていった。

沈黙。そして―

「……すまない」

ブリシンガーがやや困った顔で謝った。

「べ、別に謝ることじゃないよ!」

システィーンが焦って言い返す。

「でも、その……あんな格好の人たちに、声かけられたりして…その…すごく…」

「?」

「…目立ちますね、あなた…」

その声は少しだけ小さくなっていた。頬は赤く、視線は落ち着かず、どこかそわそわしている。

「ん?あれ…もしかして…」

バルダーが全力の冷やかしの表情で二人の間に割り込んでくる。

「お前、まさか嫉妬し―」

「してませんっ!!」

バルダーは満面の笑みでブリシンガーを見る。彼は「?」という表情をしていた。


王都の喧騒が静まり、宿の談話室にも落ち着いた空気が流れていた。

小さな暖炉の炎がぱち、ぱちと音を立てて薪を弾き、三人は今日一日の疲れをそれぞれの方法で癒やしていた。

「今日はほんと、いろいろあったね……」

システィーンが、両手で包んだ湯気の立つマグカップを見つめながら、ぽつりとつぶやく。

「伝説の戦士、人に優しい事件とか、モテモテ事件とか?」

バルダーがニヤニヤしながらからかい口調で言うと、システィーンは思わずむっとした。

「べ、別に……それは……っ」

「お前が慌てると面白いんだよな」

バルダーが楽しそうに笑い、椅子から立ち上がる。

「さて、俺は先に休む。明日も早いしな」

「おやすみなさい、バルダー」

「おやすみ」

ブリシンガーとシスティーンが静かに言う。

その背を見送り、談話室には二人、ふたりきりの静寂が戻ってきた。


薪のはぜる音が、かすかに響く。ブリシンガーは窓際に立ったまま、静かに星のない夜空を見ていた。

システィーンもそっと席を立ち、彼の隣に並び、そっと問いかけた。

「ブリシンガー。今日の街、楽しかった?」

彼は少しだけ目を細めた。

「……騒がしいのは、苦手だ。だが、お前たちが笑っていた。それで十分だ」

その言葉に、システィーンの胸が、じんわりと温かくなった。

「……楽しかったって素直に言えばいいのに。貴方って、ほんとに不器用だね」

彼女がクスッと笑う。それをブリシンガーが空を見上げ続けながら答える。

「そうかもしれん」

「でも、そういうところ、嫌いじゃない。むしろ、なんだか…落ち着く」

静かに笑ったシスティーンに、ブリシンガーは少しだけ視線をそらす。

「お前のように素直に笑える人間は、貴重だ。俺には、眩しすぎる時もある」

彼女は少し頬を赤らめながら、でもうれしそうに笑った。

しばしの沈黙が流れる。

その後、ブリシンガーがふと、呟くように言った。

「……今日の街の中で、思ったことがある」

「え?」

「俺は、ああして人に囲まれて笑う世界には、もう縁がないと思っていた。だが、ほんの少しだけ、あの空気が、懐かしいと感じた」

その言葉に、システィーンの胸が締めつけられる。その言葉の裏には凍てつくような孤独な道を歩んできた彼の姿があった。

「……これからは、あるよ」

「……?」

「あなたの笑っていい場所は、きっとたくさんできる。……私もその一部でいたいって、思ってる」

ブリシンガーは何も言わなかった。だがその瞳に、一瞬、柔らかな光が灯った。

「……だといいな」

彼がシスティーンと目を合わし、頷いたあとに寝室へ向かおうとした時にシスティーンが彼に静かに話しかけた。

「……明日も、一緒に歩いてもいい?」

彼は少ししてから、静かに答えた。

「ああ」

彼が背を向けて歩き出した時、彼の口元には、ごくごく僅かに、笑みに似た表情が浮かんでいた。

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