第29話「消えた者の記録」
王都の陽は高く昇り、街は昼の喧騒に包まれていた。
ブリシンガーたち三人は、広場から市場、宿屋の並ぶ小路、そして裏通りの酒場まで―人々の話に耳を傾けながら、足早に王都を巡っていた。
「王子の娘の誕生祭?そりゃあ、今じゃ街中の注目だよ。三日後にやるって話だ」
鍛冶屋の職人が汗を拭きながら答える。
「中央広場が舞台になるそうです。花火もあるとか!」
布屋の女性がうれしそうに語る。
「イシュカンダル帝国からの献上品?聞いたことあるよ。珍しく王族を祝福してるって噂だね」
通りすがりの行商人たちからも、断片的な情報が集まっていった。
そうして、正午を迎える頃。
「情報はほぼ一致してるな。誕生祭は、三日後の朝だ」
ブリシンガーが整理するように静かに言った。
「その“献上品”って、私達が見たあのミスリルのことだよね」
システィーンが不安げに呟き、バルダーとブリシンガーが頷く。
彼女は胸の奥にじわじわと広がる不安に指を組んで押さえるように、ただ目を伏せていた。
張り詰めた空気が、いつしか沈黙を生んでいた。
そんな中で、不意に。
「……当日まで、可能な限り情報を集める」
ブリシンガーの静かな声が、空気を破った。
「敵が仕掛けてくるなら、どこかに前触れがあるかもしれない。引き続き警戒しよう」
その声音は、どこまでも冷静で、どこまでも頼もしかった。
でも、それだけじゃなかった。彼の言葉には、もう一つの想いが込められていた。
「―だが、ただ警戒して過ごすだけでは、あまりに味気ないだろう」
バルダーとシスティーンが顔を上げる。
ブリシンガーが、ゆっくりと彼らを見た。
「せっかく、王都まで来たんだ。食べたい物があるなら、食えばいい。行きたい場所があるなら、行ってみればいい。今のうちに、出来ることはやろう」
それはまるで、遠い昔を思い出すような言葉だった。
「ブリシンガー……」
彼の見せる優しい笑顔で、先ほどの話で重くなっていた心中が軽くなった気がした。
「なら、決まりだな」
バルダーが小さく笑った。
「何か食いたい。ずっと携帯食ばっかりだったしな」
「ふふっ、じゃあ、王都の名物から攻めてみましょうか」
システィーンも、ようやく微笑んだ。
三人は宿を出て、人の波に紛れるように街を歩き始めた。まず向かったのは、市場だった。
「すっごい……っ、こんなに広い市場、見たことない……!」
システィーンが両手を胸元に当てて、相変わらずキラキラとした目で見回していた。
露店では人々は活気にあふれていた。
「ね、ブリシンガー、バルダー、あれ見て!砂糖がかかった焼きリンゴ! あれ絶対おいしい!」
「買ってやるから落ち着け」
はしゃぐシスティーンを、ブリシンガーが苦笑しながら小銭を取り出す。
そんな中でも、ブリシンガーは人々の会話に耳を傾けていた。
「……今日も王城に出入りする馬車が多いな」
「ああ、なんかやたら警備が厳しくなってる気がする」
細かな言葉が、まるで水滴のように彼の耳に落ちていく。その中から、不自然に繰り返される“護衛”や“警備”という単語だけが浮かび上がっていった。
次に向かったのは、魔道具屋。
石造りのアーチをくぐると、店内にはさまざまな古びたアイテムが並んでいた。まさに魔術師の宝庫だった。
「この杖……すごく繊細な魔法陣が刻まれてる……」
システィーンが、興味津々で目を輝かせていた。
店主の初老の魔術師は、柔らかい口調でこう告げた。
「最近、帝国方面の品が多く流れてきていてね。恐ろしい国だということは知ってるけど、作る武器も段々と恐ろしくなってるよ」
ありふれた魔道具屋の棚に、戦場向けの品が混じっている。それだけで、ブリシンガーの中に小さな警鐘が鳴った。
その日の最後に、三人が訪れた王都の中央に構える王立図書館は、荘厳な石造りの建物だった。ある程度までは一般の人間も自由に出入りが出来る。
天井まで届く本棚には、何世紀にもわたって蓄積された文献が整然と並び、大きな窓から入る光が背表紙を照らしていた。
「こっちの棚、帝国の外交史の記録があるみたい」
システィーンが背伸びして一冊の重厚な書物を取り出す。
卓上に広げると、黄ばんだ羊皮紙に丁寧な筆跡が記されていた。
「……あった。イシュカンダル帝国と、グランヘイム王国との関係……」
彼女の指が走る。
「“両国は建国以来、明確な戦争状態に至った記録はない。だが、局地的な衝突は、過去数百年の間に幾度か発生している”……」
「小競り合い、か」
ブリシンガーが低く呟く。
「でも、続きがあるよ。“特に、グランヘイム王国や周辺の王国が保有していた多数の魔術師が、長い年月をかけて突然消息を絶った”……」
システィーンがその部分をゆっくりと読み上げる。
「“当時の記録者は、使者の返答を得られず、魔術師たちは任地を離れたまま戻らなかった。だが、亡命の記録も、戦死の報告も存在しない”」
静かにページをめくる。そこには、魔術師たちの名と種族、そして最後に確認された地が記録されていた。多くはイシュカンダルの国境沿いで姿を消している。
帝国と国境を面している砂漠貿易国家、”ザラハート王国”がある。
「……こんな砂漠の所に街なんてあるんだな」
バルダーが本の地図に指を指しながら問う。
「ああ、オアシスを中心として発展した国家だ。イシュカンダルに入る前にここが最後の経由地となる。彼らは、常にイシュカンダルと上手く貿易や政治的な交渉を行い、侵略されずに中立を保ってきた国だ」
この本は過去の歴史を記録するのと同時に、行方不明者を探す為の一種の手配書としても機能していた。
「ほぼ全員が、似たような場所で消息を絶っているね……」
システィーンの声が、かすかに震える。
「確実に帝国が関与しているとしか思えん。人間やエルフ……拉致された者は種族を問わない。不自然だ。ザラハート王国なら、より詳細を知っているかもしれない」
ブリシンガーの言葉に、システィーンは思わず唇を噛む。
「……じゃあ、帝国には、表に出ていない“戦力”がある……ってことになるよね」
「それもあるが、イシュカンダルは世界で最もミスリルの所有量が多い国だ。ミスリルは膨大な魔力を溜め込むことが出来る素材としても知られている。拉致された者と、そのミスリルに紐づいているかもしれない」
ブリシンガーが続ける。
「だか、仮にそれらに魔力を溜め込んで、戦争の時の為の、魔術師達の魔力切れを防ぐ魔力タンクにするような、そんな弱小国のような真似をするとは考えにくい」
ブリシンガーが目を細め、声のトーンを落とす。
「それにしても、わからねぇことだらけだな」
バルダーが両手を頭の後ろで組んで答える。
「ああ、そうだな。それまで周囲で得られる情報をできるだけ入手して、街へ繰り出そう。まだ、お前達も行きたい場所が沢山あるだろう」
ブリシンガーが本をパタンと閉じ、二人に向かって明るいトーンで話した。
「「賛成ー!!」」
二人の表情がパッと明るくなる。
王都グランヘイムの中心にそびえる城。
白い尖塔と重厚な回廊、警備兵たちが立ち並ぶ大広間の奥、
王族の血を継ぐ者たちのみが集う玉座の間に、その日、一つの箱が運び込まれた。
重々しい足取りで進む数人の従者。
その中央には、小さな黒檀の箱。王国には存在しない素材でできた異国の細工。
「イシュカンダル帝国よりの献上品にございます」
執事が恭しく膝を折り、そう告げる。
高い壇上に座すのは、グランヘイム王レオニダス。
鍛え上げられた肉体を豪奢な王装に包み、鋭い眼差しで目の前の箱を見つめていた。
彼の隣には、正妃と、まだ生まれたばかりのロズベルク王子の娘。誕生祭を控えた赤子の姿があった。
「……これが、話に聞いていたミスリルか」
王が箱の蓋を開かせると、中にはミスリルの原石が納められていた。薄銀の光が宝石のように淡く光を放ち、思わず臣下たちも目を奪われる。
「帝国がこれを贈ってくるとは、随分と……気の利いた真似をするものだな」
王の声に皮肉が滲み、参謀役の老臣が静かに答える。
「イシュカンダル帝国は礼儀を尽くす時ほど、何かを企てている」
王座の背後では、王の長男にして軍を率いるロズベルク王子が、口を閉ざしたまま深く考え込んでいた。
グランヘイム王国とイシュカンダル王国、それぞれ西と東の大国同士。それぞれ歴史的にも貿易がある。だが、今回のあまりにも貴重な献上品に王族たちは困惑していた。
「イシュカンダルとは過去から交流があるとは言え、完全に信頼してはならん。引き続き、誕生祭でも最大の警備を配置するのだ」
「はっ!!」
忠義に厚い家臣たちばかりだったーそう誰もが思っていた。




