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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第28話「グランヘイム王都」

朝日がゆっくりと平原を照らし始める頃、一行は、ついにその姿を目にした。

「……っ」

思わず、バルダーとシスティーンの足が止まる。

そこにそびえていたのは、巨大な門と、城下を取り囲む高く分厚い石壁。陽光を受けてその灰白の壁面が輝く様は、まるで要塞そのものだった。

グランヘイム王都。

「す、すごい……これが、王都……」

システィーンが圧倒されたように息を呑む。

「壁……高すぎねぇか? 」

バルダーも驚き混じりに呟いた。


城門の前にはすでに多くの人々が行き交っていた。 商人、旅人、農民、演奏家、修道士、貴族風の馬車。平和な国らしく、通行自体は自由で、誰もが門を通って王都の中へと入っていく。

だが、門の左右には重厚な鎧を纏った騎士が数人、無言で配置されていた。

肩当てには王国の紋章である金獅子の意匠が施され、手には長槍。彼らは言葉を交わすことなく、通行人を静かに見守っているだけだったが、その威圧感は十分だった。

ドゥガルが、にやりと笑って後ろから続く。

「いやぁ、久々に来たな……デカい街の空気。よっしゃ、ここから始めるぞ!」

こうして、四人と商人は、ついに王都グランヘイムの大門をくぐった。

その瞬間、空気が変わった。

いや、正確には密度が違った。

「…………っ!」

システィーンは思わず立ち止まった。視界に広がるのは、今まで彼女が一度として見たことのない光景だった。


石畳の大通り。

それを左右に分けて並ぶ商店や屋台、品物の並ぶ露天市場。その背後にある建物も全て、厳かで光り輝いているように見えた。

通りの遠い先には噴水のある大広場があり、さらに奥には王城へと続く道が真っすぐ伸びている。

喧騒の中を行き交う馬車、人々の笑い声、鍛冶の音、鐘の音。

「こんなに……人がいて、建物が高くて……にぎやかで……!」

システィーンの瞳が、驚きと輝きで満ちていた。

彼女はまるで夢を見ているような顔で、きょろきょろと辺りを見回していた。目に映るものすべてが、新鮮で、刺激的で、息を呑むほどに美しかった。

「すげぇだろ、王都ってのはこういう場所だよ」

ドゥガルが笑い声を上げた。

「無理もねぇな。ここは西方最大の都市だ。見るもん、聞くもん全部が濃い」

「……本当に……すごい……」

システィーンは小さく呟き、まるで小さな子どものように瞳を輝かせていた。

一方で、ブリシンガーは、街の構造や通行人の服装、周囲の衛兵の配置を静かに観察していた。

すると―

「すいません、ここで私はお別れということで」

後ろから声をかけてきたのは、一緒にここまで旅してきた商人の男だった。

「私はこれから、例の品を王宮に届けに行かないとなりません。貴方たちには本当に助けられました。命の恩人です、感謝します」

「そうか。気をつけて行け」

ブリシンガーが簡潔に応える。

「またどこかで会えるといいですね!達者で!」

彼は雑踏の中に消えていった。その背を見送った後、バルダーが一言呟く。

「……あれが、王族の元に届くんだな」

「何かが起こるために、ここまで届いた」

ブリシンガーの低い声が、そう断じた。

「……俺も一度、ここで抜けるわ」

「えっ?」とシスティーンが驚く。

「心配すんな。ちょっとな、王都に住んでる鍛冶仲間に顔を出してくる。今後の拠点とか材料の仕入れ先とか、色々話しておきたいこともあるしな」

「そうか、王都で鍛冶場を開くって言ってたもんな」

バルダーが頷く。

「ま、数日したら戻るさ。それまでに宿くらいは決めといてくれよ?」

とドゥガルはにやりと笑う。

「……分かった。気をつけてね、ドゥガルさん」

システィーンが微笑みながら手を振ると、

「おう。じゃ、しばらくの間またな!」

そう言って、ドゥガルも王都の人波へと姿を消していった。


システィーンがふと気づく。ここへ来てから、ブリシンガーはずっとローブのフードを深く被っていた。バルダーも同じように顔を隠している。

「そういえば……ブリシンガー、バルダー、なんでずっとフードを被ってるの?」

システィーンが不思議そうに尋ねると、彼は一瞬だけ視線を巡らせ、静かに答えた。

「ヴァルハイトでのことだ。あれが噂になって、この王都にも届いている可能性がある。無用な騒ぎを避けたい」

システィーンはハッと息を呑んだ。以前ブリシンガーとバルダーから説明された、二人の出会いのきっかけとなったコロセウムでの出来事。死刑囚のフリをして王国を戒めたあの日。

ブリシンガーは続けた。

「バルダーも同じだ。今まで彼が活躍した戦争を含め、顔が知れ渡っている可能性もある」

「……そうなんだね」

システィーンは納得しつつも、改めて彼らの過去に思いを馳せる。

確かに、噂にならないわけがない。そして、今彼らはイシュカンダル帝国という更なる脅威へと向かう道の途中にいる。

その姿を明かすことが、今後の障壁になる可能性がある。だからこそ今、フードの下にその素顔を隠しているのだ。

一行が向かった先は市場だった。

「よし、売るか」

ブリシンガーが静かに呟き、旅の途中で盗賊団から文字通り剥いできた衣類、武器、防具、小物類をまとめて大袋に詰め、無言で露店の前へと進む。

たどり着いた露店主が眉をひそめたかと思うと、次の瞬間、目の色を変える。

「こ、これは…一体どこで手に入れたんだ!?」

「拾った」

即答するブリシンガー。

(ファルデン村と同じ理由を使うんだな……)

最終的にまとめて売却し、まとまった金額を得ることに成功した。

だがそれでも宿に泊まるには、まだ足りなかった。

王都の宿はやはり高い。三人で滞在するにはもう一声、何かしらの資金が必要だった。

システィーンも両親からある程度の旅の資金を貰っていたが、王都の物価は想像以上だった。

「あと、500グランほど足りねぇな……」

とバルダーがため息をついた時。


「おーい!本日開催!腕自慢は集まれーッ!」

近くの広場から、賑やかな声が響いてきた。

見れば、大柄な男たちがずらりと並んだ特設の木製ステージ。

そこには“腕相撲大会”と書かれた布看板が掲げられており、観客が盛り上がっていた。

「参加者、どんどん募集中!優勝者には賞金1000グラン!腕に覚えのある者よ、来たれ!」

「……ちょうどいいな」

ブリシンガーがそっとフードを深く被り直しながら、ステージを見つめる。

「え?まさか、出る気なの?」

システィーンが目を見開く。

「出来れば目立ちたくなかったが、これで宿代が出るなら、やる価値はある」

淡々と歩き出すブリシンガー。

広場のざわめきが一際大きくなった。

ステージの上では、すでに腕相撲大会が始まり、男たちの野太い声と観客の歓声が飛び交っていた。

ブリシンガーが受付を済ませると、早速ステージ上に案内された。

「次の挑戦者ぁーッ!この旅人風の兄ちゃんだァ!」

主催者が彼を指差して叫ぶと、観客の視線が一斉に集まった。

「……なんだ、あの兄ちゃん。去年はいなかったよな」

「いい身体してるが、俺と比べたらヒヨっ子だぜぇ」

対戦相手は、筋骨隆々の戦士風の男。片腕だけで丸太のような腕の太さだ。

「悪いが、すぐに終わらせるぞ!」

男が気合い十分でブリシンガーと手を組む。ブリシンガーの腕も相当筋肉質だが、相手の男の腕は彼の二倍はあるであろう太さだった。

「レディ…ゴー!!!」

そして、開始の合図と同時にドゴンッ!!!と机が、爆発した。

厳密には勝負が速すぎて、相手の腕が机に叩きつけられた時に机が真っ二つに裂けたのだが、観客の目には机が爆発したようにしか見えなかった。

相手の男はひっくり返って転がっていた。

広場が、静寂に包まれる。

審判も唖然としつつ、「勝者、た、旅人の男っ……!!!」と叫んだ。

ここから先、ブリシンガーの快進撃が始まった。

二戦目:筋肉自慢の元傭兵を、ほぼ手首の動きだけで沈めた。

準決勝:相手が力を込める前に、机ごと相手の腕を沈めた。

そして決勝戦―最も強いと噂された猛者が、全身全霊でぶつかるも、0.1秒で敗北。

「優勝者は、旅人の男だぁ!!!」

「うおおおおおおッ!!」

「つえええええ!!」

観客の歓声が嵐のように響く中、ブリシンガーは賞金袋を静かに受け取り、ローブのフードを深く被ったまま、無言で壇上を降りていった。

「……あれは完全に目立ってるだろ」

バルダーが苦笑しながら呟く。

「ふふ…ブリシンガー、すごいすごい…!」

システィーンは拍手しながら、目を輝かせていた。

こうして彼らは、宿代分の資金を最速で手に入れたのだった。

賞金の入った袋を手にしたブリシンガーが、無言でステージを降りる。

その後ろを、バルダーとシスティーンが半ば呆れたまなざしで追いかけていた。

「……おいおい、あんなに目立って大丈夫なんか?さっきまであんなに周りを警戒していたのに」

バルダーが笑う。

「邪な気配は感じなかった、大丈夫だ」

ブリシンガーが端的に答える。 

「ふふっ、でも見事だったよ。あんなに堂々と勝ってるの、初めて見たよ」

システィーンもまだ興奮冷めやらぬ様子で話している。そして、ブリシンガーは賞金袋を片手に、一言だけ呟いた。

「これだけあれば、一週間泊まっても、お釣りがくるな」

街路に並ぶ宿屋の看板を眺めながら、一行は通りを進む。

少し歩いた先―静かな石畳の小道に佇む、木造の温かみのある宿に目を止めた。

「ここが落ち着いてるな」

バルダーが呟く。

「うん、静かそうでいいね……」

システィーンが扉をノックすると、中から穏やかな女性が出てきた。

「いらっしゃいませ。旅のお客様ですね?」

中は木の香りが漂い、暖炉の柔らかな灯りが迎えてくれる。

旅の疲れを癒すには、申し分ない場所だった。

中に入り登録を済ませると、荷物を一先ず置いた。

「あの商人、ミスリルを誕生祭の為にイシュカンダルが献上したって言ってたな。その誕生祭ってのはいつやるんだろう?街の雰囲気を見ても、なんか近々やりそうだな」

バルダーが窓の外を眺めながら言う。

「わからない、その誕生祭の詳細を聞くためにもこれから、街へ情報収集しに行った方がいい」

バルダーとシスティーンが頷く。

これから情報収集を行うのであれば、早いに越したことはない。

再び、三人は街の喧騒へと踏み出す。

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