第27話「名を問われ、夢を語る」
アウロラ平原は、どこまでも続いていた。助けた商人と護衛を連れている。
風が優しく草を撫で、空にはゆったりと雲が流れていた。だが、その穏やかな景色とは裏腹に、ドゥガルの視線は前を歩くブリシンガーに向けられていた。
「なあ、兄ちゃん」
ふいに、彼が口を開いた。
ブリシンガーがわずかに振り返ると、ドゥガルは斧を担ぎ直しながら、少しだけ眉を寄せて、深刻なトーンで聞いていた。
「ずっと気になってたんだ。あんた……一体、何者なんだ?」
その言葉に、前を歩いていたバルダーがぴくりと反応し、システィーンも一瞬だけ足を止めて振り返る。
「俺は今まで、旅の中で色んな戦士を見てきた。身体が強ぇ奴も、魔法が上手い奴も……でもよ」
ドゥガルは続けた。
「ゴーレムを素手で一撃で破壊して、ミスリルの武器を持ってて……普通、そんな奴がいたら伝説級の戦士だ……それにだ」
ドゥガルは、言葉を探すように一度だけ視線を落とした。
「強い奴ってのはな、普通は“圧”があるもんだ。近くにいるだけで、肌がざわつくような、嫌でも分かる“強さ”がよ。ほら、あの若造や、あの嬢ちゃんみてぇにな」
彼はもう一度、ブリシンガーの背中を見る。
「……でも、あんたからは、近くにいなくても分かる。あんたから感じる“何か”が……でかすぎる。でかすぎて感じ取れない程だ。強ぇとか、ヤバいとか、そういう次元じゃねぇ」
「だから、余計に気になるんだ。こんなモン背負って歩いてる人間を、俺は見たことがねぇ」
ブリシンガーは、少しの間だけ黙っていた。風の音だけが、草原に吹き抜ける。
だが―その沈黙こそが、言葉よりも重く、ドゥガルの胸を打った。
「……言えねぇか」
「言わないだけよ」
システィーンが静かに呟いた。
「でも……あの人は、世界のために歩いてる」
バルダーも軽く息をついて、ドゥガルの肩を叩いた。
「無理に聞かなくていいさ。あんたが疑うような奴じゃねぇよ、俺が保証する」
「ふん……信じてねぇわけじゃねぇよ」
ドゥガルは肩をすくめ、わずかに笑った。
「ただ……知りたいと思っただけさ。あの背中を見たらな」
ブリシンガーは、空を見上げたまま一言だけ呟いた。
「そのうち、嫌でも知ることになるさ」
その声には、悲しみのような、諦めのような、けれど確かな覚悟があった。
翌朝の朝靄の中、アウロラ平原を照らす柔らかな光が、静かに地面を撫でていた。
まだ他の旅人たちが眠っているであろう時間。だが、ある一角では、風を裂く音と気合の声が響いていた。
「……はっ!」
バルダーが剣を振り、システィーンが風の魔法を手に集中している。
ブリシンガーは腕を組み、静かに二人を見守っていた。日課となっていた毎朝の稽古。
霧の渓谷ではこの特訓をする余裕が無かったが、平原に着いてからまた再開していた。
そのとき―
「おいおいおい、朝っぱらからこんな面白そうなことやってんのか!」
どすんどすんと地響きのような足音と共に、ドゥガルが寝袋から寝癖のまま飛び出してきた。
「何やってんだ、特訓か!?それ俺にも混ぜろや!!」
「うわ、急に来たな……!」
バルダーが思わず剣を構えたまま笑う。
「ドゥガルさん……さっきまで寝てたじゃないですか」
システィーンが呆れながらも笑みを浮かべる。
「うるせぇ、寝起きでも戦えるのがドワーフ流だ!」
斧を片手に肩に担ぎ、ドゥガルは仁王立ちで叫んだ。
「お前ら毎朝こんなド派手に鍛錬してんのか!?いいなそれ!俺も混ぜろ!」
と、謎の強調で声を張り上げるドゥガル。
「ま、本人がやる気ならいいんじゃねえの」
バルダーが笑いながら、斧を構えるドゥガルに対峙する。
「いいぜ、来なよドワーフの大将。受けて立つ!」
「へっ、かかってこいや、若造!」
剣と斧が激突する。その衝撃で、少し離れて見ていた商人とその護衛達が思わずのけぞった。
「こ、この一行、なんなんですか……」
火花が飛び、風が唸り、地面が抉れ、空気が震える。それでも彼らは、楽しそうだった。
「システィーン、お前も遠慮すんな。風の刃でかかってこい!」
ドゥガルが笑いながら声をかける。
「え!?私、ドゥガルさんに攻撃していいんですか!?」
「いいんだよ!お嬢ちゃんの実力も見せてみな!」
システィーンも笑いながら魔法陣を展開する。彼女の成長した魔力が、風を鋭く切り裂いて飛んだ。
「おっほぉ!マジかよ、本当に村娘だったのか……!?」
ドゥガルが吹き飛びかけながらも、豪快に笑う。見守っていたブリシンガーが、ふと小さく笑みを浮かべた。その表情は、誰にも気づかれないほど淡く、しかし確かに温かかった。
アウロラ平原の果てに、グランヘイム王都の城壁が遠く霞んで見えていた。夜の帳が降りる中、一行は最後の野営を丘の上に構えていた。
焚き火の炎が、ゆらゆらと揺れている。静かな草の音と、遠くで鳴くフクロウの声だげが夜を彩っていた。商人は既に寝ている。
「ドゥガル」
ブリシンガーが木の枝を火にくべながら、静かに問いかける。
「お前が王都と取引をしているのはなぜだ?そんな所とパイプを持っている鍛冶屋も多くいない」
その問いに、システィーンも少し興味を示して顔を上げる。
ドゥガルは斧をそっと地面に立てかけ、炎をじっと見つめた。
「……ま、話すのは簡単だ」
低く、だがどこか誇らしげな声で言う。
「俺の故郷は、西の岩山の奥にある小さなドワーフの鍛冶集落。昔はそれなりに栄えてたんだが、今じゃ鍛冶屋一本で生きていくことなんざ出来ねぇ、今じゃ若ぇのも仕事もねぇ」
システィーンが静かに聞き入る。バルダーも、火越しに彼の瞳を見つめていた。
「だから俺は決めたんだ。王都で鍛冶場を開いて、その名を轟かせてやるってな」
焚き火の火が一瞬、ぱちんと爆ぜた。
「俺の作った武器が王都の兵に選ばれりゃ、そいつはもう“ブランド”だ。名が広まれば、注文は集まる。そして……いつか故郷に戻って、集落をもう一度、鍛冶の町として蘇らせるんだ」
彼の言葉には、熱と信念があった。
「それが、俺の夢だ。簡単じゃねぇが……誰かがやらなきゃ、集落は本当に終わっちまう」
システィーンは目を輝かせて頷く。
「すごい……素敵な夢ですね、ドゥガルさん……!」
「へへ」
照れくさそうに頭をかくドゥガル。
バルダーもにやりと笑って言う。
「じゃあ、俺の剣が必要になったら、その時はあんたに頼むよ。“王都の名工”に、な」
「言ったな、若造!その時は特別価格で叩き売ってやる!」
皆が笑った。皆の笑い声が一段落し、焚き火の炎がゆらゆらと静けさを照らし始めた頃、ふいに、ぽつりと声が落ちた。
「……叶うさ」
焚き火の向こうから聞こえたその言葉に、全員がわずかに動きを止める。
ブリシンガーだった。
彼は焚き火を見つめたまま、穏やかに言葉を続けた。
「お前なら、できる」
たったそれだけ。けれど、その短い一言に、込められたものは大きかった。
「その手を見れば分かる。その手は今まで数え切れない程の武器を作ってきた名工の手だ。腕は確かだろう」
ドゥガルは驚いたように目を見開いた。普段ほとんど語らない男が、そんな風に言葉を贈ってくれるなんて―
「……言ってくれるなぁ、兄ちゃんにそこまで言われちゃ……やるしかねぇな」
ふっと照れ隠しのように笑いながら、斧の柄を軽く握り直す。
その様子を見て、システィーンも胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
(ブリシンガーさん……ちゃんと、見てるんだ)
寡黙な彼の言葉の重み。それは、優しさの証だった。
だからこそ、彼にそう言わせたドゥガルの“まっすぐな夢が、より尊く思えた。
バルダーも、にやりと笑う。
「へぇ……めずらしいな。ブリシンガーが誰かを褒めるなんて。それだけ、あんたの気概が伝わったってことだな、ドゥガル」
「へっ……褒められすぎて、調子に乗っちまいそうだぜ」
笑い声が消え、焚き火の音だけが残る。
草原を渡る風が、彼らの間を静かに通り過ぎていった。
夜が、更けていく。




