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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第25話「ミスリルの導き」

夜が明けると、霧の谷に長く漂っていた靄はようやく姿を消し始めていた。空気は澄み、岩肌に差し込む朝日が細い黄金の筋となって落ちてくる。


ドゥガルの案内により近道を通り、飛躍的に時間が短縮された。そしてその視線の先に広がっていたのは、まさに尾根の名にふさわしい景色だった。

両脇は切り立った崖、足元は無骨な岩が剥き出しになった細い一本道。風が常に吹き抜けており、衣服の隙間から容赦なく入り込んで肌を刺す。

その風が吹くたび、尾根道に積もった細かな砂粒がさらさらと流れていく。

「……ここが、風裂きの尾根……ここを越えれば、平野に出られるんだよね……?」

システィーンが、風を遮るように肩を抱きながら問う。

「この尾根の向こう側には王都を囲む平原が広がっている。王都までもう少しだ」

ドゥガルのその言葉に、システィーンの顔に少しだけ光が差した。

「王都……ついに……!」

「……あの巨大都市が、ようやく見えてくるのか」

バルダーも静かに言ったが、どこか緊張を含んだ声だった。

風裂きの尾根を越える最後の段差を踏みしめた時、四人の前に突如として、霧が晴れた。


遮っていた岩の稜線が崩れ、道は急にひらける。

そしてその先に広がっていたのは、信じられないほど雄大な風景だった。

眼下に広がるのは、果てしない緑の平野。

なだらかな丘が幾重にも重なり、点在する森や湖、遠くには風をはらんだ草原の波。

その中に、遥か地平線に遠く小さく、高くそびえる尖塔―グランヘイム王都の影が見えた。

「……!」

誰からともなく、声を失ったままその景色に見入る。

今までの山岳の重苦しさとはまるで違う、開けた空間に身体ごと解き放たれるような感覚だった。

「……本当に……」

システィーンが口に手を当てながら、ぽつりと呟いた。

「王都……あれが、グランヘイム……!」

「すげぇ……」

バルダーも思わず足を止め、感嘆の息を漏らした。

「地図でしか見たことなかったけど、もうすぐなんだな……!」

「……あの城壁の向こうには、何でも揃ってるんだぜ」

ドゥガルがにやりと笑って肩をすくめた。「俺の取引先も、あそこにいる」

システィーンは、しばらく立ち尽くしていた。山を登り、霧の谷を抜け、いくつもの命の危機を超えてきた先に、ようやく辿り着いた文明の象徴がそこにあった。

「……こんな日が、来るなんて」

彼女の目に、うっすらと涙がにじむ。

隣で、ブリシンガーが静かに立っていた。風に吹かれながら、眼下の景色を見つめている。

「ここからが本番さ。ここまで来りゃ、もう霧の渓谷は終わりだ。あとはこの山岳地帯を下って、一晩過ごせば―平野に解き放たれる」

ドゥガルが陽気に応じる。


風が、草原の匂いを運んできた。鳥の声も遠くで聞こえる。

山道を慎重に下りた四人は、翌朝、ついにその地に辿り着いた。

広大な平野が広がっていた。金色の朝日が、草原一面を柔らかく照らしていた。風に揺れる草はまるで波のようで、その風景はまさに世界が開けたという言葉にふさわしかった。

「……ここが、アウロラ平原だ」

ドゥガルが口を開く。

「朝陽の名を冠した草原……ようやく来たな」

「アウロラ……」

システィーンがその響きをかみしめるように繰り返した。

旅の苦しさを思い返すように、バルダーが小さく息を吐く。

だがその時―

「……ちっ、あれは……!」

ドゥガルが急に腰を低くした。

草原の先、茂みの陰で小さな商人の荷車が襲われていた。相手は野盗。二人組だったが、武器を持っており、護衛らしき人物は既にやられて倒れていた。

「くそ……距離がある。ここから魔法を撃ったら全員に当たってしまう!」

バルダーが焦るが、ドゥガルがふっと笑った。

「へへ、出番だな。俺の投斧の腕、見せてやるよ」

彼は背から重そうな斧を抜き、片手で握ったまま腰を沈める。

「……風読み、力留め、重さ調整―よし。っと」

風を読み、目標を定め―ドゥガルが腕を振り抜いた。

斧が風を裂く。空気を切り裂く唸りと共に、一直線に飛翔したその斧は一人の野盗の背中に見事命中し、地面に倒れた。

「一撃……!」

システィーンが息を呑む。

もう一人の野盗が驚き、こちらを見て走り出すが―そのときにはすでに、ドゥガルが前に出ていた。

「悪いけど、逃がさんよ」

一人目に命中して空中を舞っていた斧をキャッチし、一瞬で二発目を二人目に喰らわせる。その盗賊は悲鳴と共に倒れた。

荷車の陰で怯えていた商人が顔を上げる。

「た、助かりました……!」

「礼はいい、無事ならそれで十分さ」

ドゥガルが苦笑しながら斧を肩に担ぐ。

倒れた護衛はブリシンガーが回復魔法で治療し、盗賊二人は縄で縛り上げた

盗賊の身包みと武器はブリシンガーが相変わらず金になると剥いだ。


「助かりました、本当に……!」

商人の男は何度も頭を下げながら、荷車の傍に戻った。

「運んでいた荷は……無事ですか?」

システィーンが尋ねると、男は少しだけ表情を曇らせて言った。

「狙われるってことは、相当貴重なもんを運んでるんだろう?見せてくれや」

ドゥガルが聞く。

「ええ、なんとか。でも……盗賊が狙っていたのは、間違いなくこれです」

そう言って、彼が荷車の奥から慎重に取り出したのは―

銀白色に光る、小さな金属の塊。淡く光をたたえたその輝きは、ただの銀とは明らかに異質で、存在そのものに力を宿しているかのようだった。

「こ、これは……!」

システィーンが思わず声を上げる。

「も、もしかしてミスリル…!?初めて見たぜ…」

ドゥガルの声も低く震えた。

「ええ。王都に納品する予定だったんですが、ああやって狙われてしまったんです……」

システィーンは、金属のきらめきを見つめながらふと、過去に読んだ一節を思い出していた。

「これって、ブリシンガーの剣になってた素材じゃ……絶対に破壊不可能と言われている金属……ガウレムとの戦いで砕けた剣……」

かつて、エアリンデルの隣に存在した大陸パングラスを消し飛ばした戦い。ブリシンガーが神から与えられたと言われる剣の素材。

「……まさか、また目にするとはな」

背後から、ブリシンガーの低い声が響く。彼は無言でそのミスリルを見つめていた。

懐かしむようでいて、どこか悲しげな瞳だった。

「お前の剣も、あれと同じ素材で……?」

ドゥガルが更に驚いたように問いかける。ブリシンガーは、しばし沈黙したのち、短く頷いた。

「そうだ。だが、もうこの手にはない」

空気が、少しだけ張りつめた。ブリシンガーは、その光をしばらく見つめたあと、低く口を開いた。

「この素材を、どこから手に入れた?」

問いかけは、鋭さこそなかったが、声にこもる重みが違った。それを受けた商人は一瞬びくりと身を引き、慌てて言葉を探す。

「この素材は……今まで沢山の商人の手を渡っているので、どこまでが本当かはわかりませんが、東の帝国から、王へ献上するものとして運ばれていると聞きました……」

「イシュカンダル帝国……!」

ブリシンガーが目を細める。

イシュカンダル帝国は武器や魔道具等の輸出国で、様々な国と貿易を行っている経済大国でもある。だが、幾ら貿易大国とは言え、ミスリルほどの素材を彼らが無償で提供する訳がないとブリシンガーは一瞬で見抜いた。


絶対に何かを企んでいる。王族が絡むとなれば尚更だ。

厄介なことに、王族でも権力もない彼らでは、いきなりこの商人の間に割って入って止めることなど、できない。

商人は続ける。

「王のレオニダス・ヴァルクリア様の息子である、ロズベルク様の娘が生まれたということで、王都で”誕生祭”という祭典があるとのことです。そしてこのミスリル……“北の山脈”から採れたという噂です」

その言葉に、ブリシンガーの表情がわずかに動いた。バルダーも驚いたように眉を寄せ、システィーンが小さく息を呑む。

「北の山脈って……まさか、アゼルグラム山脈のことですか?」

アゼルグラム山脈。エアリンデル大陸最北部に広がる広大で険しい山脈。ドラゴンが住まう地。足を踏み入れようにも、見つかれば生きて帰れる者はいない禁断の地。

ドゥガルが腕を組む。

「あのドラゴンがいるアゼルグラム山脈なんて、排他的で有名なエルフの国を経由しねえと入れねえ。一体誰がこんなこと、出来るんだよ」

エルフですら、ドラゴンに畏怖して山には入らない。

謎は深まるばかりだった。

「……これは、何かあるな」

ブリシンガーがぽつりと漏らす。ミスリルはどんな宝石や貴金属よりも高く取引される幻の素材。

固いだけではなく、膨大な魔力を溜め込むことが出来る性質を利用され、軍事利用に転換された歴史がある。

過去に人間とエルフが争ったのも、このミスリルが原因だと言われている。

これは、きっと大きな事件へと繋がる。

全員がそう思っていた。

商人と共に王都へ向かうことにした一同は静かに歩き出した。

平穏な王国に黒い影が忍び寄っていると、全員が確信した。

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