表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の伝承  作者: 銀の伝承
25/57

第24話「ドワーフの鍛冶屋ドゥガル」

三人は、再び慎重に霧の山道を進んでいた。

バルダーの傷はブリシンガーの魔法で癒えていたものの、まだ痛みは完全に消えていないのか、少し苦しそうだった。念のため歩みはゆっくりだ。

その時だった。

「おーい、そこに誰かいるのか?」

突然、岩陰から低くくぐもった声がかけられた。

ブリシンガーが反射的に剣の柄に手をかける。


だが、霧の向こうから姿を現したのは、ずんぐりとした体躯に、豊かな赤毛の編み込み髭。背にはごつい両刃の斧。筋肉の塊のような鎧姿の男だった。

「……ドワーフ……!」

システィーンがぽつりと呟いたその声には、驚きと、興奮が混ざっていた。

(ほんとにいた……本でしか見たことないのに……!)

思わず彼女がはしゃぐ。

「ね、ねぇ、見た!?ドワーフ!本物だよ本物!髭すごい!斧もでかい……!」

「わかってるから落ち着け」

バルダーが苦笑いを浮かべる中、ドワーフの男は首を傾げた。

「ほう、俺を見るなりそんな反応とは、ドワーフすら見たことねぇのかお嬢ちゃん?」

「あっ、ご、ごめんなさい!あなたがドワーフは……初めて見たんです!」

「ははは、いいんだ。俺は王都に向かう予定なんだが……今日はやたら魔物の気配が濃いな」

彼もブリシンガー達と同じく、王都を目指している旅人だった。

「奇遇だな、我々も王都を目指している所だ。だが、さっき強力なゴーレムに遭遇した」

ブリシンガーが淡々と返すと、ドゥガルは目を細めた。

「ゴーレム……!人里近くに出現したら国が全兵を挙げて討伐するやべぇ魔物だろ、よく無事だったな」

そう言った彼の目が、ふとバルダーへと向けられた。

「……ふむ。そこの兄ちゃんも、やられてるな?」

バルダーが驚く。

「いや、もう大丈夫だよ。治療も終わってるし―」

「いやいや、歩き方を見れば分かる。肩のあたり、鎧がほんのわずかに歪んでる。魔物の攻撃で受けた衝撃、完全には抜けてねぇな?」

「……ちょっと、まだ鈍いだけだよ」

「ちょっとの怪我でも命取りなんだよ、山の中じゃな」

ドゥガルは鼻で笑いながらも、どこか親身な眼差しで続けた。

「ま、でもちゃんと治療されてるみたいだし、無理せず進むことだな。何より、お嬢ちゃんの気持ちもあるしな?」

「えっ」

「いやぁ、“守られるだけの女”って顔じゃねぇんだ。目に力がある。なにかあれば、きっと助けに走るタイプだろ?」

「……っ」

その言葉にシスティーンは頬を赤らめ、バルダーは何も言えずに頭をかいた。

「ちなみにこの山岳地帯、抜けるにはあと二日ってとこだ。“風裂きの尾根”を越えれば平野が広がってる。王都までは、そっから三日ってとこだな」

「助かる、地形の情報はありがたい」

ブリシンガーが頷いた。

「……お前ら、王都まで行くんだろ?ここから先は危険が多い。俺も王都を目指してるんだ。もしよければ、しばらく同行させてくれ。人数が多い方が安全だからな」

システィーンがぱっと顔を輝かせる。

「本当!?一緒に旅してくれるんですか!?」

「お、おう。なんだその目……妙にまぶしいぞ」

「ごめんなさい、初めてのドワーフとの同行旅なんです!本とか絵では見たことあるけど、実物は初めてで……!」

「……本物は案外汗臭いぞ?」

ドゥガルがぼやくと、バルダーが吹き出しそうになるのをこらえた。

こうして、三人の王都の旅路まで、ドワーフの「ドゥガル・グリムフォルド」が加わった。


夜が来るのは早かった。

岩陰に設けた仮の野営地。

そこに、パチパチと音を立てて燃える小さな焚き火があった。

その周囲には、ブリシンガー、バルダー、システィーン、そして新たに加わったドゥガルが並んで腰を下ろしていた。しばらくは、誰も喋らなかった。

火の音と、時折吹く風だけが、空間を撫でていた。

先に口を開いたのは、ドゥガルだった。

「……ま、こんな風に焚き火囲んで話せるのも、悪くねぇな」

「戦いの後は……静かな時間が、ありがたく感じるわ」

システィーンが、手元の湯を啜りながら小さく微笑む。

「そういう感覚、ちゃんと持ってるのはいいことだ」

ドゥガルは火を見つめながら呟く。

「俺らドワーフは、“火”が好きでな。溶鉱炉でも、こういう焚き火でも、火のゆらぎってのは心を落ち着けてくれる」

「鍛冶屋なのか?」

バルダーが問いかける。

「ああ。王都には取引先がいてな。武具の納品と、ついでに仕入れに行ってる」

彼が横に下ろしていた大きな荷袋に入っている様々な剣、槍や斧を少し見せた。そうした雑談を織り交ぜながら、会話が一段落する。

バルダーが、湯の入ったカップを傾けながらふと、システィーンの方を向く。

「なぁ、システィーン。お前の目標って、結局なんなんだ?幼少期から旅に出たいって言ってたけど、最終的に目指す場所はあるんか?」

彼女は一瞬だけ考え―でも、迷わず答えた。

「……世界を知りたい。この目で色々見たい。でも、それ以上に……自分が何者なのか、知りたくて」

ブリシンガーと目が合う。彼は、そっと目を細めた。

「……いい目をしているな」

「へへ……ありがとう」

システィーンは少し照れたように笑った。

「―おい、なんだこの空気。若ぇもん同士で青春しやがって」

ドゥガルがわざとらしく肩をすくめて笑う。

「……なんだ、妬いてるのか?」

ブリシンガーの冗談に、全員が一瞬ぽかんとしたあと、噴き出した。

笑い声が静まると、また火の音だけが場を満たした。それぞれがカップの湯を飲み干し、夜の冷気にそっと肩を寄せる。会話が止まっても、気まずさはなかった。

その中で、皆がそれぞれに想っていたこと―


システィーンは、そっと火を見つめながら胸に手を当てる。

(……私は、ずっとこの世界のことを知りたかった。だけどそれは、ただ“憧れ”だったのかもしれない)

(今日、痛みも、怖さも知った。これからはもっと怖いこともあるかもしれない。でも、それでも私は、この道を進みたい)


バルダーは、隣にいるブリシンガーの横顔をちらと見てから、目を閉じた。

(あんたの背中は……やっぱり、デカい)

(だけど俺は、ただ目指すだけじゃ終われねぇ。いつかあんたの横に、ちゃんと立ちたい)


ドゥガルは大きな腕を組み、焚き火を見つめながらぼそっと独り言をこぼした。

「ったく……何者なんだ、あの銀髪の兄ちゃんは」

(素手でゴーレム一撃で倒した人間なんざ見たことねぇ、話しぶりはどう見てもただ者じゃねぇ。だが、妙に人間らしい部分もある……)

そう、彼はブリシンガーがゴーレムの拳を止め、倒した所を見ていたのだった。

(ま、深く突っ込むのは野暮ってもんだな)

彼は火の揺らめきの奥に、ブリシンガーの影を目で追った。

ブリシンガーは、無言のまま火を見つめていた。

霧がわずかに残る夜空の下、彼の瞳は何か遠く、果てしないものを見ていた。

(時がいくら流れても……俺の役割は変わらない。けれど―)

久々に人の温もりに触れた感覚は、悪くなかった。

(久しぶりに、この世界は思ったよりも……温かいと思える)

火は小さくなっていき、眠りの時間が近づいていた。だがその夜、それぞれの胸に灯った覚悟の火は、誰よりも強く、確かに燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ