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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第18話「二人の試練」

旅立ち前日の朝。

森の訓練場は、まだ薄暗く、ひんやりとした霧に包まれていた。だが、その空気は、ここ数日のどの朝よりも張り詰めていた。

システィーンとバルダーが並んで立つ前で、ブリシンガーは静かに剣を抜いた。

それはいつもの枝や木剣ではない。刃を抜き放った、銀の長剣。光に煌めくその姿に、二人の背筋がぴんと伸びる。

「今日が、最終日だ」

ブリシンガーの声は低く、だが確かに響いた。

「お前たちは、よくここまでついてきた。文句一つ言わず、歯を食いしばって、俺の稽古に耐えた。それだけで十分、認めるに足る」

だが。彼は剣を肩に担ぎ、システィーンに鋭く言い放った。

「システィーン、これは本で読むようなおとぎ話ではない。戦場に出るということだ」

「……!」

「敵は待ってはくれない。こちらの未熟さを測ってはくれない。強者は容赦なく牙を剥き、弱者はあっけなく死ぬ」

システィーンは静かに呼吸を整えていた。ブリシンガーは真剣な声色で続ける。

「それでも戦うという意志を見せてみろ」

空気が、凍りついたかのように静まる。

「出発前の最後の特訓だ。俺に、本気でかかってこい」

その一言が、森に木霊した。バルダーが目を見開いた。

「今まで俺はずっと本気だったぞ」

「システィーンも含めて本気で来いということだ。殺すつもりで来い」

淡々としたブリシンガーの声。だが彼は冗談で言っていなかった。

「お前達の連携を確かめる為の試練でもある。システィーン、怖いと感じたのなら逃げてもいい。それも生き延びる立派な一つの手だ」

システィーンが、きっぱりと答えた。

「……逃げるつもりはないです」

その目に、恐れはあった。でも、それ以上に、強い光が宿っていた。

バルダーも剣を抜き、肩を回しながら口元を引き締める。

「よし。やってやろうじゃねぇか……!」

風が止む。森の鳥たちも、どこかへ逃げたように静まり返る。ブリシンガーの剣が、わずかに輝きを放つ。

「来い」

その声とともに、模擬戦が始まった。ブリシンガーの気配が、明らかに変わった。

炎を出したわけでもない。風を巻き起こしたわけでもない。ただ、剣を構えただけ―それだけで。

(……重い……!)

システィーンは、思わず息を詰めていた。“圧”という言葉では足りない。

たった一人でそこに立っているだけで、まるで巨大な壁に対峙しているような錯覚を覚える。

肌を刺すような緊張感が、骨の奥まで伝わってくる。

「行くぞ!」

隣でバルダーが叫ぶ。先に動いたのは彼だった。

軽快なステップから、一気に踏み込む。

剣が鋭くうなりを上げ、ブリシンガーの肩口を狙って一直線に振り下ろされた。

音速を超える剣技。だが―

「……っ!」

いつものように、剣が空を切る。

「……システィーン!」

バルダーが叫ぶ。

「はいっ!」

呼応するように、システィーンが構える。

深く息を吸い、呼吸を整え、掌に魔力を集中させる。

(怯まない。怖くない……私も、戦うって決めたんだ!)

生成した火球を連続で放つ。炎が矢のようにブリシンガーへと飛び、視界を覆う。

だが、彼はわずかに身を翻し、バルダーの一撃を盾にするようにしてすべてを躱した。

ただ強いだけじゃない。冷静、無駄がない。

一瞬だけ怯む彼女、それに対して、バルダーが叫ぶ。

「システィーン!ここでお前も戦えるって所をブリシンガーに見せてやろうぜ!」

「……はい!」

恐怖に呑まれそうになりながらも、彼女は再び心に火を灯した。

バルダーが斬りかかり、ブリシンガーの注意を引きつける。その隙に、システィーンが雷撃を放ち、後方から追撃する。

二人の動きはやがて重なり合い、初めて“連携”と呼べるものに変わりつつあった。

「まだだッ!!」

バルダーが吠えた。

汗と泥にまみれながら、それでも倒れず、斬りかかる。その声が、姿が、システィーンの背を押した。

(怯えてる暇なんて……ない!)

彼女の中で何かが弾ける。ただの火球ではない。魔力を集中し、軌道と加速を極限まで調整した、渾身の一撃。

(二人の役に立たないと、私が一緒にいる意味なんて……ないっ!)

放たれた火球は、巨大な火矢のようにうねり、一直線にブリシンガーの死角を突く。

その瞬間、ブリシンガーの目が僅かに細まった。

剣が動く。刃が空気を切り裂く鋭い金属音と共に、その一閃が火球を斬った。

爆風と煙が辺りを包み込む。煙の中から、ゆっくりと現れた彼は、僅かに口元を緩めていた。

「……悪くない」

爆風が収まり、森に再び静寂が訪れる。煙の向こうから歩み出たブリシンガーは、剣をゆっくりと鞘に収めた。そして、その場に立ち尽くすふたりを見て、静かに口を開く。

「システィーン。よくやった」

その一言が、張り詰めていた空気をほどいた。バルダーはその瞬間、全身の力が抜けたように地面に膝をついた。

「っはぁ……はぁっ……ちくしょう……」

肩で荒く息を吐きながらも、目はしっかりと前を見据えていた。

そのすぐ横、システィーンもゆっくりと地面に腰を落とした。息は乱れ、顔には汗と土がこびりついていたが、目は澄んでいた。

「……やりきりました……!」

その言葉に、バルダーがちらりと彼女を見る。

「お前、やばいな……俺より根性あるんじゃないか?」

「ふふ……今日だけは、そうかもしれません」

ふたりの間に、ほんの僅かな笑みが浮かぶ。その様子を見ていたブリシンガーは、何も言わずにしばし視線を落とした。

そして、ほんの僅かに口元をゆるめる。

守るべき存在ではない。共に戦う者だ。命を預ける相手。背中を任せられる戦士。

彼の中で、確かな線が引かれた。

「立て」

ふたりに向かって、ブリシンガーが声をかける。

「今日はこれで終わりだ」

バルダーが目を細めて笑った。

「ったく……汗一つかかないで、ムカつくぜ」

システィーンも、笑いながら立ち上がろうとし―その足元がふらつく。

だが、彼女が倒れるより早く、ブリシンガーが支えていた。

「……っ、ありがとうございます……」

「体は正直だ。今日は休め」

「はい……」

並んで森を後村へと戻る道。

バルダーは「今日は全身バキバキだ……」と呻きながらも、どこか晴れやかな顔をしていた。

その横で、システィーンは静かに前を歩くブリシンガーの背を見つめていた。

(すごかった……)

身体はもう鉛のように重い。身体にどっとした疲労が広がる。それでも、システィーンの胸の奥は、不思議と静かだった。

彼女は思い返していた。

あの模擬戦。全力で、必死で食らいついた。持てる魔法の技を全て使った。連携もした。精神も集中させた。それでもブリシンガーは相変わらず涼しい顔をしている。

それでも、まだ気は抜けない。ブリシンガーがいるという安心感に頼り切ってはならない。自分の身は自分で守るということを、この数日間で嫌と言うほど実感させられた。


村に戻り、いつもシスティーンと二人が別れる宿の前に差し掛かると、ブリシンガーが立ち止まって彼女の方を向く。

「システィーン。少しだけ時間をくれ。これからのことを話す」

「……はい」

彼女は思わず少しだけ緊張した。こうして仲間として宿へ招かれるのは、初めてだったからだ。

宿の扉を開けると、馴染みの食堂の空気が広がった。普段は村人の笑い声で賑やかな場所も、今日は静かだった。

宿の主マスターが三人に気づいて、にこりと笑って会釈する。

ブリシンガーはいつもの席に腰を下ろすと、まっすぐにシスティーンを見る。

「出発は明朝。陽が昇る直前に村を出る」

「はい」

「目的地はイシュカンダル帝国だ」

その名に、システィーンは少し目を見開いた。あまりにも遠い国、ブリシンガーの伝説と、地図でしか見たことがない場所。

「そこに向かう細かい理由は……道中で説明する」

ブリシンガーは声のトーンを更に落とす。

「予め言おう、 生きて辿り着くことが最優先だ」

ブリシンガーの目は真剣だった。彼は仲間として認めたが、それと甘さは別だった。

「経路には、盗賊や獣、魔物、強力な戦士や魔術師と遭遇するだろう。一歩でも気を抜けば命を落とす」

「わかっています。私は……覚悟しています」

彼女の返答に、ブリシンガーはひとつ頷いた。その横で、バルダーが頭を掻きながらふっと笑う。

「堅い話ばっかしてるけどさ。とりあえず今日は風呂入って、飯食って、ぐっすり寝ようぜ。正直、今の俺たち、もう少しで気絶しそうだ」

「……ふふ、ですね」

三人の空気に、少しだけ柔らかい温度が戻った。こうして、計画は静かに整えられていく。


戦う準備は済んだ。

あとは、歩き出すだけだ。

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