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銀の伝承  作者: 銀の伝承
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第17話「強き意思」

朝の森に、しんとした静寂が満ちていた。

システィーンは、その中でまっすぐに立っていた。彼女はすでに、瞳の奥に決意の火を灯していた。その気配に、ブリシンガーがふと足を止める。

バルダーも何かを感じ取ったように、声をかける。

「今日の顔、ちょっと違うな」

彼女は静かに深く頭を下げ、そして顔を上げる。その目は、もう昨日までの迷いを一切湛えていなかった。

「……もう一度だけ、聞いてください」

その声音には、震えがなかった。

「私は……本気で、旅に出たいんです。昨日、ブリシンガーさんに言われた言葉……きっと、優しさからのものだってわかってます」

「でも、それでも……私は、自分で外の世界を見たい。この目で、現実を、痛みを、戦いを、誰かの涙を見て……その上で、選びたいんです」

彼女は一歩前に出た。

「私はずっと、この村しか知らなかった。けれど今、初めて自分にできることがあるかもしれないと思えた。それを、知らないまま見送るなんて……嫌なんです」

「力があるなら、誰かのために使いたい。ただ憧れるだけの女の子じゃなくて、自分で選んで、自分で歩ける―そんな人になりたい」

「怖くないと言ったら嘘になります。でも、守られるだけのままじゃ、今のままじゃ自分の何も変えることが出来ない気がして……」

彼女の喉が詰まり、でも強く拳を握って続ける。

「だから、連れていってください。私にこの“命”があるなら、それをちゃんと、誰かのために使える自分になりたいんです!」

その瞬間、風が吹いた。

彼女の金の髪が揺れ、朝陽がその姿を照らす。その姿は、もはやただの村娘ではなく、戦う覚悟を持った一人の女性が立っていた。

しばしの沈黙の後、ブリシンガーはゆっくりと目を閉じる。その表情には、かすかな痛みと、深い尊敬が同時に浮かんでいた。

「俺達が、なぜ旅をしているのかを、少しだけ言おう」

ブリシンガーは真剣な眼差しをシスティーンに向ける。

「俺の過去に詳しいお前なら、多少は察しているかもしれない。だが、俺達は世界の平和を脅かす”とある国”と戦うことになる。危険で、暗く、途中で死ぬことも十分にあり得る。事実、今までの旅でそういう仲間を、何人も見てきた」

数秒の沈黙のあと、ブリシンガーはゆっくりと問う。

「その上でお前に聞く……もう、迷いはないんだな」

システィーンはその言葉を聞いても、視線を逸らさなかった。その瞳には恐怖よりも、決意が強く宿っていた。

「ありません」

ブリシンガーは質問を続ける。

「守られるだけの旅ではなく、自分の力で歩き、守り、痛みを知る覚悟はあるか」

「はい。……私が選んだ道ですから」

ブリシンガーは、ほんのわずかだけ微笑んだ。

「……ならば」

「……?」

「ついて来い」

その一言が、彼女の世界を変えた。システィーンの目に、涙が浮かんだ。けれど彼女は泣かなかった。それは悲しみの涙ではない。長年の思いが報われた想いと、これから歩き出す未来への確信だった。

バルダーはにっと笑った。

「……ついに正式加入だな。システィーン、“仲間”ってやつだ」

「……はい!」

バルダーが笑みを浮かべて空を仰ぐ横で、ブリシンガーはもう一度だけ言葉を紡ぐ。

「……だが、言っておく」

その声音は、静かで、鋼のように冷たく重かった。

「この旅は、お前が想像しているよりも遥かに過酷だ。強大な敵と戦う。命を奪うこともあれば、目の前で奪われることもある。それを拒めば、自分や仲間が死ぬ。それが現実だ」

システィーンは黙って聞いていた。

「痛みは消えない。戦ったあと、心に残るのは栄光ではなく、後悔や喪失ばかりだ。守れなかった命。届かなかった想い。それを胸に抱えて、それでも前に進まなければならない」

風が木々を揺らし、朝の静寂が二人の間を包む。

「戦いの中では、優しさは足枷になることもある。だが―それでもお前が、それを失いたくないと思うのなら……構わない。その優しさを捨てずに、生き延びてみろ」

システィーンは、少しだけ目を伏せて、深く息を吐いた。

「はい。私、どんな現実を見ても、自分で選んだってことを忘れません。傷ついても、悩んでも、全部抱えて……それでも、進みたい」

その返答に、ブリシンガーは何も言わなかった。ただ、ふっとわずかに目を細めて、静かに頷いた。

バルダーが腕を組みながら、「……強いな、お前」とぽつりと呟いた。

「出発は四日後の朝だ」

ブリシンガーは、低く静かな声でそう告げた。

「その間に、お前たちには限界まで鍛えてもらう。システィーン、お前には回復魔法を教えるつもりだったが、方向転換だ。これから自分の身を守れる為の、最低限である攻撃魔法と防御魔法を徹底的に叩き込む。いいな」

システィーンはしっかりと頷いていた。

「お願いします。できる限り、学ばせてください」

その言葉に、ブリシンガーの瞳が細くなる。彼は、ほんのわずかに口の端を吊り上げるような、苦笑に近い微笑を浮かべた。

「……いいだろう。ならば甘えは許さん」

その声には一切の揺らぎも、慈悲もなかった。それは戦士が生き延びる術を授ける時の声だった。

「魔力制御、筋力、反射、精神集中も―すべての基礎を徹底的に叩き込む。旅が楽に感じる位にな」

ブリシンガーの声音が鋭くなり、二人の背筋がぴんと伸びる。システィーンは息をのむ。その言葉は、彼女の心にまっすぐ刺さった。

「やります。……何があっても、ついていけるように」

ブリシンガーは、彼女の瞳の奥にある光をしっかりと見つめたあと、うなずいた。


こうして、出発までの四日間―過酷な訓練の日々が始まる。

太陽の下、剣が唸り、火球が炸裂し、叫びと汗が森に響く。

守られる少女ではない、戦う覚悟を持った仲間としての試練が、始まろうとしていた。

「まずは体を作り直す。魔法使いでも体力は必要だ。走れ。何も考えず、限界まで」

そう告げたブリシンガーの声に、バルダーとシスティーンは朝露を蹴って走り出した。

が—

数分後。

「っはぁ、はぁっ……お、おい……!これ、何周目だ……!?村、もう一周してねぇか!?」

「はぁっ……ふぅ……に、二周目です……」

一緒に走っているブリシンガーが横で淡々と答える。

「二周でこのザマか。なら十周な」

「鬼かてめぇ!!」

その後も地獄は続いた。

腕立て、剣の素振り、魔力の反復制御、反射訓練、呼吸法を応用した姿勢維持―

気を一瞬たりとも抜けない。

バルダーは「殺す気か!!」と何度も叫び、システィーンは息を荒げながら、地面に手をついて何度も立ち上がった。だが、日が暮れる頃には、確かに変化があった。

システィーンは攻撃魔法で火属性以外でも、風、水、雷等もあっという間に使えるようになり、それらの攻撃の威力も凄まじい勢いで向上していた。

バルダーの剣の振りと魔法も洗練され、呼吸と重心の精度が格段に向上していた。

何より、彼女の顔から“迷い”が消えていた。

翌日も、同じように陽が昇る前から訓練が始まった。

筋肉痛に悲鳴を上げながら、それでも二人は顔をしかめて立ち上がる。

ブリシンガーは一切の容赦を見せない。

むしろ、初日よりさらに苛烈だった。それでも、二人は倒れず、文句も言わず、立ち向かい続けた。

そして、その様子を遠く、森の入口から、ひそかに見守る視線があった。

「あれが訓練、なの……?」

「でも見て。システィーン……すごく、真剣な顔してる」

「変わったよな。あの子……」

彼女の両親をはじめ、村の何人かが森の影から、毎日決まった時間にそっと見守っていた。時には心配そうに、時には応援しながら。

村人たちは気づいていた。彼女はもう、ただの村娘ではない。あの背中には、確かな意志がある。

訓練の終わり。

森に沈む夕日が、三人の影を長く伸ばしていた。息を切らせながらも立ち上がるシスティーンに、バルダーがぼそりと呟く。

「……なぁ、これ……村出る前に死ぬんじゃねぇか……?」

「……でも……やりきりたいんです」

彼女の声には、強さがあった。その横で、ブリシンガーが一言だけ、低く言った。

「明日は最終日だ。泣いても笑っても、そこで終わりだ」

夕暮れの空が、茜色に燃えていた。その下で、三人の準備期間は静かに終わりを迎えようとしていた。

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