第14話「はじめての魔法」
呼吸の訓練を続けるうちに、システィーンの魔力は、少しずつ輪郭を現し始めていた。
ブリシンガーはしばし黙ってシスティーンを見つめ、落ち着いた声で言葉を紡ぐ。
「……お前の魔力には、特徴がある」
「特徴?」
システィーンはゆっくりと目を開け、彼を見る。
「量も膨大だが、“質”が異常に高い」
ブリシンガーは、彼女の前にしゃがみ込んだ。
「普通の魔力は、火のように燃え、風のように流れ、水のように循環する。だが……お前の魔力は、“深く静かに、澄んでいる”。触れた者の内側にまで染み渡るような、そんな感触だ。包み込むように、支えるように……だが、それだけではない」
ブリシンガーは続ける。
「底が見えないほど深く、そして密度が高い。それは母性と呼ばれるものに、極めて近い質だ」
「母性……」
システィーンは思わず呟いた。
それは彼女が昔から村の女神と呼ばれていた所以と、どこか重なる言葉だった。
しばし沈黙したのち、ブリシンガーはシスティーンの方へ向き直り、淡々と語り出した。
「魔法には、大きく四つの分類がある」
その声は、知識を授けるというよりも、静かに事実を示すようだった。
「まず一つ目が―攻撃魔法。
炎や雷、氷、風……自然の属性を操り、敵を直接打ち倒す魔法だ。最も基礎的で、最も破壊的」
彼は指をもう一本立てる。
「二つ目は―防御魔法。
バリアやシールド、力場の形成などで攻撃を防ぎ、味方を護る魔法」
「三つ目―回復魔法。
傷を癒やし、失われた力を取り戻させる魔法だ。これは単なる修復ではない。細胞の活性化や再構築、魔力の流れの再調整など、高度な理解と繊細な制御が求められる」
バルダーが少し目を見開いた。
「回復魔法は繊細なんだな」
「当然だ。血の一滴、神経の一本まで扱う魔法だ。誤れば治すどころか殺すこともある。俺とて回復魔法を完全に御しきれない部分がある」
ブリシンガーは淡々と続けた。
「そして最後が―状態変化魔法。
味方や自身の力を強化したり、敵の動きを鈍らせたりする干渉系の魔法。筋力や敏捷性を一時的に増幅させたり、魔力の流れを操作して支援・妨害を行う」
彼はふっと息をついた。
「これらすべての魔法は、使用者に備わる魔力と練度に大きく依存する。同じ火球でも、魔力が強ければ家ごと焼き払えるし、弱ければ松明にもならない。回復魔法も、熟練者なら一瞬で重傷を治せるが、未熟者なら傷を悪化させる」
そして、目線をシスティーンに戻す。
「だがシスティーン、お前の魔力は、それらすべてを高水準で実現できる“質”を持っている」
彼女はは驚きで、ほんのわずか口を開けた。
「特に、癒やす力―回復魔法における素質は、群を抜いている」
「その魔力の純度と密度は、治癒の際に必要な再構築の精度を極限まで高める。対象に深く寄り添うという性質……それが、お前の魔力の核心だ」
「これまで他者に優しく、寄り添う理由は、単なる性格だけではない。その魔力の“質”が、お前の在り方を育てたのだ」
それを聞いていたバルダーが静かに口を開く。
「人格にまで干渉する魔力とは、めちゃくちゃ強いってことじゃないのか?」
「強いというのもあるが、それ以上に密度と純度が、見たことが無いぐらい高く、重い。俺が感じていたシスティーンの底知れない力は、この魔力の重さだ」
数秒の静寂の後、彼は続けた。
「人を救う為に有る―そんな力だ」
その言葉を受け、バルダーがふと疑問を口にした。
「でも……システィーンの両親は普通の村人だろ?なんで彼女だけ、こんな異常な魔力を持ってるんだ?」
ブリシンガーは答える。
「“突然変異”だ。どんな種族でも一定の確率で、突出した才能を持つ個体が現れる。…システィーンは、その一人だ。この規模のものとなると、俺が生きてきた中でもそう多くはない」
その言葉に、システィーンは小さく唇を噛んだ。自分の中にある、そんな大きなもの。触れてしまえば、戻れなくなるかもしれない。けれど—彼女は静かに、でもはっきりと答えた。
「私が持っているものが、人助けになるのなら……知って、受け止めて、使えるようになりたい」
ブリシンガーの瞳が、少しだけ細められる。
「……ならば、形にする訓練に入る」
呼吸法と魔力の気配を掴んだシスティーンに、ブリシンガーは次の課題を与えた。
「次は、魔法として形にする。まずは、攻撃魔法だ」
彼女は思わず目を見開いた。
「攻撃……ですか?」
「攻撃魔法は、魔法体系の中でも最も単純で、最も基礎的。魔力の流れ、集中、放出、そして意志を伝えるという一連の動作を学ぶには、最適だ」
「……でも、人を傷つけるものですよね」
その言葉に、ブリシンガーは“安心しろ”と言わんばかりの声色で答える。
「魔法は“意志”の反映だ。破壊を望まなければ、人を傷付けることもない。これは、自分の力を制御するための訓練だと思えばいい」
「……はい」
その日から、システィーンは“火”を出す訓練に入った。ブリシンガーが手本として見せたのは、ごく小さな火球。手のひらに乗るほどの炎が、空中にふわりと揺らぎ、すぐに消える。
「魔力を一点に集め、“熱”のイメージを思い浮かべる。それに呼吸と意志を重ねる。焦るな。何よりもまず、明確に“出す”と決めることだ」
システィーンは両手をそっと前に差し出し、深く息を吸い込んだ。
(熱……集中……放つ……)
意識を内に向け、ゆっくりと魔力を集める。
だが—
「……っ!」
手のひらから放たれたのは、ぱちっという音とともに、火花一つ。バルダーが木陰で肩をすくめた。
「最初はそんなもんさ。俺なんて、爆発して手の毛全部焦げたぞ」
「バルダーさん……」
システィーンは笑っていいのか困った顔になるが、ブリシンガーはまったく動じない。
「悪くない。魔力の出口が一瞬開いた」
それから、何度も何度も挑戦を繰り返す。呼吸を整え、心を静め、“熱”をイメージし、前へ。
やがて—
「……!」
小さな火球が、ふわりと彼女の両手の間に現れた。それは、か細い蝋燭の炎のように揺れながら、数秒後には空気に溶けて消えた。
けれど、確かにそこに“魔法”が、あった。
「できた……!」
システィーンは思わず声を上げる。
バルダーが「おおっ!」と感嘆し、ブリシンガーは一言だけ告げた。
「……よくやった」
喜びに震えた次の瞬間—
「……っ、あ……」
足元がふらついた。目の前の景色が一瞬だけ揺らぎ、身体が一気に重くなる。
「……な、なんだか……身体が、すごく……重くて……」
額に汗がにじみ、呼吸が浅くなる。胸の奥に妙な空洞感が広がる。
ブリシンガーが倒れそうになる彼女の肩を支える。彼女の脈を取るように手を軽く添え、淡々と口を開いた。
「魔力は生命力と深く繋がっている。今のお前には、小さな火でも大技と同じだ。魔力回路が未成熟な者ほど放出量が制御出来ずに、一度に大量の消費をしてしまう。今の消費量は尋常ではない。常人なら死んでも不思議ではない」
「……っ……そんな……少し火を出しただけなのに……」
システィーンは悔しそうに目を伏せた。だがブリシンガーは、その目を真正面から見て言った。
「“少し”ではない。初めての魔法は、何よりも重たいものだ。それを乗り越えた今、お前は確実に前へ進んだ」
その言葉に、システィーンの表情が少しだけ柔らかくなった。
「……ありがとうございます」
システィーンは、柔らかな苔が敷かれた木陰に腰を下ろしていた。身体は、まるで全身に砂袋をつけたように重い。
だが、それでも達成感に包まれていた。
(……ちゃんと……できたんだ)
何度も思い返す。あの、小さな火球が自分の手の中にあった光景。それは幻でも夢でもなく、確かに自分が生み出した魔法だった。
遠く、訓練場の中央では、ブリシンガーとバルダーが特訓を続けていた。
ときおりバルダーが文句を言い、ブリシンガーが淡々と切り返す。そのやり取りが耳に届いて、システィーンの頬が自然と緩んだ。
やがて訓練が終わり、二人がこちらへ戻ってくる。
「歩けるか?」
ブリシンガーの声に、システィーンはこくりと頷く。
「はい……少し楽になりました。ありがとうございます」
バルダーが冗談めかして手を差し伸べながら言った。
「今日は“修行初日記念”ってことで、村に帰ったら何か食おうぜ。……あそこの宿の奥さん、クルミのタルトが絶品なんだ」
「そんなのがあったんですね。知りませんでした」
「常連しか知らない裏メニューってやつだ」
いや、あれ普通にメニューに載ってるとブリシンガーが即座に突っ込んだ。そんな他愛もないやり取りの中、三人はゆっくりと森を後にする。




