4 ダンジョンへGO!
旅の傭兵ウィンは、ゆっくりと話し始めた。
「傭兵って仕事は、信用が物を言うんだ。悪い噂が1つでも立てば、仕事のレベルは確実に下がる。いやそれは、傭兵に限らないけどな。だから俺は、黙っていると決めたらそれを貫くし、秘密があるなら口外しない。そうやって生きて来た。まぁ、口だけで信用してもらえるとは思わないけどな」
ウィンは、ビールを飲み干すと追加を注文する。
「うん、一緒にいて酒が上手いと感じる相手は、いい奴だと思うんだなぁ」
話の長い酒飲みは厄介だ、と思うエルオリーセだが、とりあえず黙っていた。
ウィンも暫く黙っていたが、2杯目のビールが運ばれてきて給仕が去ると、徐に口を開いた。
「こうして話してみて、解ったんだが・・・ただの2人と1匹の組み合わせじゃないだろ? 特にエルオリーセ、アンタとアルバだ」
その言葉に、エルオリーセはキュッと身を引き締めた。床のアルバも顔を上げ、ピクリと耳を向ける。
「ん?・・・ああ、身構えなくてイイよ。アンタは、実は結構スキルが高いんじゃないかと思うんだ。女2人で高山に採掘に行くなら、当然採掘スキルやサバイバル能力、方向探知能力も高いんじゃないかってね。経験も豊富なんだろ?何となく、解る。それにそっちのアルバは、ただの大型犬とは思えない。なんて言うか・・・もっと色々な能力がありそうな気がする」
ウィンは、観察眼に優れているのだろう。けれど、アルバがメタモルファルであることは、出来れば秘密にしておきたいエルオリーセだ。希少な動物であるだけでなく、癒しの力や変身能力があるとなれば、面倒ごとに巻き込まれるに違いないからだ。
「だが、俺にしてみれば、アルバがただのウルフドッグじゃ無くても全然問題ないと思ってる。こんな街中でも、馴染んで自然に振舞えるなら、例え魔物だって全然OKさ」
ウィンは片目を瞑って、ニカッと笑った。
「正体なんて、何でもいいし、気にしねぇ。勿論、誰にも口外しないさ。信じられるかどうかは、行ってみてから判断してもらって構わないぜ」
その気になれば、何時でも引き返してくれて構わないと言うウィンに、エルオリーセはアルバと眼を合わせる。
そして数秒後、視線を上げたエルオリーセは、ふわりと笑って言った。
「いいわ、一緒に行きます」
とあるダンジョンに挑むパーティーが、結成された瞬間だった。
装備を整えて、一行は荒れ地を進む。
先を行くのは、パーティーとしては戦士役のウィンだ。以前にも行ったことがある彼は、道案内の役も兼ねている。
その後に続くのはエルオリーセで、イレーネを挟んで最後尾がアルバだ。メタモルファルであるアルバは、ウルフドッグ姿のまま後方の警戒と前を行くイレーネに注意を払っている。
岩だらけの道だが、それなりに通行量はあるらしく、結構歩きやすい。所々に池があるのは、地下水脈があるのかもしれない。
そんな池に沿う道を歩きながら、イレーネは何となく水面を見た。澄んでいるとは言い難いが、波も水草も無い水面は鏡のようだ。
(・・・エルって、スレンダーよね)
前を行くエルオリーセの、水面に映った姿を見て思う。そして、自分の姿を確認すると、イレーネは心の中でガッツポーズになった。
(・・・勝った!)
何を勝ったのかと言うと、それは胸の大きさである。
(うん、私の方が大きいし、腰も細いわ。メリハリのある、女性らしい体形ってことで・・・勝ったわね)
確かに、イレーネの胸は豊かだ。巨乳と言うほどでは無いが、平均よりは大きいだろう。追放された後の厳しい生活でも、身体の線は崩れていない。寧ろ、引き締まったかもしれない。
イレーネは背筋を伸ばし、足取りも軽く歩き続けた。
何でもいいから、少しでもエルオリーセに勝った物が欲しかったのだろう。居候になってから、何から何まで、手取り足取り教わって生活してきた。世話になったエルオリーセには、ありがたいと思うようになったが、それでも自分より年下のくせに大人の振る舞いが出来る彼女に、コンプレックスも感じている近頃なのだ。
だから、たかが胸が大きいと言うことだけでも、勝ったと思いたいイレーネである。はっきり言って、精神的にはまだまだお子様のようだ。
「今晩は、ここいらで野宿するか。目的地はすぐそこだが、しっかり休んでから入った方がイイしな」
ウィンが指さした場所は、小さいが綺麗な池が傍にある場所だった。近くに灌木の茂みがあり、その奥には木立もある。使えそうな水もあるし、危険も無さそうに思えた。
「そうね・・・でも、ここは見覚えがあるわ。来たこと、あったわよね、アルバ?」
「ゥオン」
「確か・・・あの木立の奥に、温泉があったと思うわ」
「へぇ、そりゃ知らなかったな。硫黄の臭いはしねぇけど・・・」
「泉質が違うんだと思うわ。温度も低めだし、地下水と混じって出て来てるんだと思う」
ウィンはそれを聞いて、自然な態度でエルオリーセに言った。
「だったら、先に2人で入ってくるとイイぜ。俺はその間に、火おこしと食事の下拵えをしておくからさ。アンタたち、料理は出来るんだろ?仕上げを頼めるか?」
料理と聞いて、イレーネは一瞬ギョッとするが、エルオリーセは微笑んで承諾した。
茂みをかき分けて木立の中に入ると、岩に囲まれた場所に小さな溜水のような池があった。
荷物を置いたエルオリーセは、さっさと落ち葉や小枝を片付け、水に手を付ける。
「ぬるめだけど、ちゃんと温泉よ。水よりも気持ちが良いと思うわ。前に来た時に、アルバと一緒に底を掘っておいたけど、まだ充分な深さがあるから、中に入れば肩まで浸かれるはずよ」
そう言いながら戻って来た彼女は、アルバに声を掛けた。
「アルバ、荷物番と警戒、お願いね」
そして、くるくると衣服を脱ぎだす。裸になることに余り抵抗が無いエルオリーセを見て、イレーネもつられるように慌てて服を脱いだ。
一糸纏わぬ姿になったエルオリーセは、さっさと暖かい池の中へ入ってゆく。その後ろから、羞恥心に目を背けて、平静を装うイレーネが続いた。
「・・・アルバって、便利ね」
「道具みたいに、言わないで」
「そんなつもりじゃ・・・・あ~~~、気持ちいいわぁ」
「こういう場所は滅多にないけど、今回は運が良かったわね」
肩まで湯につかって、のびのびと手足を伸ばせば、旅の埃も疲労も流れ去っていくようだ。イレーネも最初こそ緊張気味だったが、バスタブでは味わえない開放感を堪能している。
泉質は単純泉で、湯は透明だ。辺りは静かで、風もない。
パシャリ・・・パシャパシャ・・・
エルオリーセは、湯をすくって首筋や肩に掛けている。
イレーネは何気なく彼女の方を見て、えっ?と驚いた。
(あるじゃないの、胸)
さっき見たエルオリーセのスタイルは、スレンダーで女性らしい凹凸はあまり無いように見えた。特に胸に関しては、貧乳と言うか板と言うか、とにかく存在感が無かったのだ。
「・・・何?」
イレーネの視線に気づいたエルオリーセは、怪訝な顔をして問いかけた。胸をまじまじ見られていても、まったく気にしていない。
「あ・・・あるじゃない・・・胸・・・」
思わず指さすイレーネに、エルオリーセはきょとんとして答えた。
「いつもあるけど?」
「そうじゃなくて!・・・その、さっきはもっと小さかったって言うか・・・」
「あ、そう言うことね。あの服装の時は、平たくしてるから。その方が、上着の胸ポケットを使いやすいし、元々あれ男性用だしね。それに町中だと、変な男に絡まれることも少ないでしょ」
そう言う事か、とイレーネは納得する。平たくするという事は、晒などで胸を潰しているのだろう。ショートヘアもあって、一見少年にも見せているのは、理由があってのことなのだ。
女性らしい体形だと再認識して見れば、エルオリーセは素肌も美しい。野外活動をする割には色も白いし、透明感があって艶がある素肌は、湯を弾い眩しいほどだ。
(で、でもっ・・・私だって肌は美しいわ)
イレーネはお湯から片腕を出して、もう片方の手で二の腕辺りを摩る。
シュバルグラン王国の王族貴族の女性たちは、『癒しの力』を持つが、その力は常に自分自身に働いている。病気に罹り難いとか、怪我をしても早く治るとか、それ以外にも24時間健康維持を無意識に行っているのだ。当然、肌も常に健康で、吹き出物や染みには縁がない。
イレーネは、それでもまだ、もう少し優越感が欲しかった。
(それに・・・ちょっとだけだけど、やっぱり私の方が胸は豊かよ。少しだけだけど・・・)
そんなこんなで湯浴みを済ませ、さっぱりして戻って来たイレーネとエルオリーセだが、ウィンはちゃんと野営の支度を整えて待っていた。その辺り、パーティー仲間に対する礼儀や、するべき事はちゃんと実行する真面目さはあるらしい。
食事を済ませると、一行はイレーネを除く2人と1匹で交代しながら不寝番をして、何事もなく朝を迎えた。
「あの辺りが、山崩れで埋まった館がある場所だ。この先に廃坑があって、そこから入る。坑道は複雑で落盤箇所も多いが、上手くルートを辿れば、館に近い場所に出られる。先ずは、そこまで行こう」
ウィンは、山裾の一角を指さして、解り易く説明した。山崩れで埋まった古い館へ辿り着くには、そのルートしか無い。
「坑道自体は、まだ慣れていないパーティーが、練習の意味で時々利用しているらしいな。危険な生き物もいないし、複雑だがトラップなんかも無い。そのお陰で、歩きやすくもなってる」
入り口から中に入ると、確かにそこそこ広い道だ。松明は必要だが、イレーネにとっても気楽に歩けるだろう。
けれど、暫く進んだ時、いきなり金切り声が響いた。
「キャァァッ!何っーーーー!」
その声に、周囲は騒然となる。
松明の光の中に、無数のコウモリが飛び回っていた。天井から下がっているコウモリの1匹に、イレーネが偶然触れてしまったようだ。
甲高い声に反応して、坑道内のコウモリが凄い勢いで跳び回っていた。ぶつかって来ることは無いが、イレーネの方は半ばパニックになり、悲鳴を上げ続ける。
「イヤッ! イヤーーーッ!あっち行って~~~!」
(あ~~、もうコイツ、猿轡でも噛ましておこうか・・・)
ウィンは内心うんざりしながら、イレーネの腕を引っ張って無理やりその場を離れさせた。
落ち着いてみると、流石にイレーネにも解る。自分のせいで、大騒ぎになってしまったことを。
(私・・・来ない方が良かったかも)
無害なコウモリだと教えては貰ったが、この先どんな生き物が出て来るか解らない。一緒に来たは良いけれど、役に立つどころか邪魔にしかならないと思う。
(いっそ、ここから私だけ引き返そうかしら・・・)
公爵令嬢だった頃のように、誰かにやって貰って自分は待っている方がいいのかもしれない。
そんな事を考えて足が鈍るイレーネに、先を歩いていたウィンがふいに足を止めて彼女の前に来た。
「なぁ、ちょこっと治してくれない?壁の出っ張りに、引っ掛けちまったんだ」
ウィンは、イレーネの目の前に人差し指を差し出した。指の腹に傷が出来、小さな血の玉が付いている。
「え?・・・こ、このくらい舐めとけば良いでしょ!」
つい、つっけんどんに言い返すイレーネだが、ウィンは真面目な顔つきで答えた。
「指先ってのは、結構大事なんだぜ。武器を扱うにも、ちょこっとでも血で滑ったりしたら不便だしな。頼むぜ。王国の元公爵令嬢なら、『癒しの力』を持ってるんだろ?」
ニカッと笑うウィンに、それでもイレーネは躊躇する。
「私・・・下手だから・・・」
「この程度の傷なら、下手でもオッケーなんじゃないか?」
半ば強引に治癒を頼むウィンに、イレーネは根負けしたように手を前に出した。
(ええと・・・この程度の傷なら、確か・・・)
久しぶり過ぎる『癒し』に、記憶を引っ張り出しながら集中し、短い呪文を呟く。
彼の人差し指は、あっと言う間に元通りになった。
「お!流石だな。助かったぜ、ありがとな」
手をグーパーしながら、さらりと、けれど素直に感謝の言葉を口にするウィンに、イレーネは少し驚いていた。
(ちゃんと出来た・・・確かに難しい怪我じゃなかったけど・・・出来た。じゃぁ、何でエルの時は失敗したの?)
あの時、エルオリーセは「知らなかったから」と言った。自分は、何を知らなかったのだろうか。
(・・・あ!もしかしたら、エルは貴族の令嬢なのかも)
それなら納得できる。貴族令嬢が持つ『癒しの力』にはタイプがあり、相性が悪いと反発して悪影響があると言う。だから基本的に、『癒しの力』を持つ者同士では、その力を使わない。
(今度、機会があったら聞いてみようっと)
落ち込みから浮上する切っ掛けでも、と考えてかすり傷の治癒を頼んだウィンだったが、思い通りに事が運んだのは良いとして、その後何やら考え込み始めたイレーネを見て思う。
(今度は何を考え込んでいるんだ?・・・それにしても、解り易いと言うか何というか・・・気分はコロコロ変わるし、表情も変わる。面白い元公爵令嬢様だぜ)
イレーネとウィンの一連のやり取りと、その後の彼女の様子を見ていたエルオリーセは、母親のように穏やかな笑みを浮かべていた。
やがて一行は、地に埋もれた館に最も近いと言う場所に到着した。
そこは深い亀裂で道が断たれている場所で、少しばかり開けている。
「ここだ。ここから先は進めないんで、皆ここで引き返す。落ちないように気を付けて、見てみな」
ウィンの言葉に亀裂の下の方を覗き込むと、底など見えず、どれだけ深いのかも解らない。亀裂の幅は20メートルくらいはありそうで、更に向こう側の様子も見えなかった。
エルオリーセは、ふと上を見上げて尋ねた。
「亀裂は、地上から出来ているのね。上の方、空が見える」
「ああ、そうだ。今は夜だが、朝になると多少光が入って、向こう側の様子も見えるようになる。なので今晩は、ここで休んで朝を待つつもりだ」
周囲を見回せば、幾つもの焚火跡がある。初心者パーティーたちがここに来て、引き返す前に食事や休憩をしたのだろう。
「上の方が開いているなら、換気も心配ないわね。それじゃ、火を起こして食事にしましょ」
エルオリーセは、テキパキと作業を始めた。幸い坑道を少し戻れば、補強のための木材や朽ちた木切れが幾つも拾えた。
そして一行は、携帯食料を利用して、暖かい食事をとる。コウモリ騒ぎの犠牲になった1匹を、こっそり持って来てスープの出汁にしたのは、イレーネには内緒。
僅かばかりの星明りだが、特に危険も無いので、焚火は消して横になる3人だが、毛布に包まったイレーネの傍にエルオリーセが近寄って、その隣に横になる。するとアルバもやって来て、2人を包むように伏せた。
「もっと、こっち。アルバのお腹に、上半身を預けると楽よ」
エルオリーセの言うとおりに身体をずらすと、すっぽりと毛皮に包まれるようになった。
「あら・・・気持ちいいじゃないの。暖かくて、柔らかくて・・・」
イレーネは、そのまま寝そうになるが、ふと思い出して肩を寄せ合うエルオリーセに聞いてみた。
「ねぇ、エルってもしかして、貴族令嬢?」
「え?・・・全然違うけど?」
「隠してるんじゃないの?だって・・・」
以前、怪我を悪化させたことや、知らなかったと言われたことを説明する。
「ああ、ごめんなさい。確かに私、多少の『癒しの力』はあるけど、生まれつきなの。シュバルグラン王国の貴族女性は、胎児洗礼を受けるのよね。でも、私は受けてないから」
「え?生まれつきって・・・」
「うん、そう。でも私の場合、誰かを癒す程のものでは無くて、病気に耐性があったり、怪我なんかの回復速度が早いっていう程度だから。アルバはメタモルファルで『癒しの獣』って言われるくらいだから、もっと色々出来るけどね」
生まれつき『癒しの力』を持つ者がいるとは、思いも寄らなかったイレーネだが、何しろ世間知らずなので、そう言う事もあるのかと納得する。
(だとすると・・・私が癒せるのは、ここではウィンだけってことか・・・)
役に立てる対象が、よく知らない男1人と言うのはちょっとナンだが、それでも全くの役立たずでは無いだろう。
イレーネは自分を納得させるように目を瞑ると、直ぐに眠りの世界に飛び込んでしまう。エルオリーセも、後は全てをアルバにゆだねるように眠った。
(・・・畜生、羨ましいじゃねぇか)
頭を寄せ合うように眠り、ふっかふかの毛皮に包まれているイレーネとエルオリーセを見て、ウィンは心の中で呟く。
極上のベッドで眠るような寝姿は、毛布に包まって土の上で寝る自分にとっては羨ましすぎる。
(あったけぇんだろうなぁ・・・)
ウィンはつい手を伸ばし、メタモルファルの豊かな尻尾に触ってしまった。
ギロリ!
アルバは視線だけで、射殺すような眼差しを向けた。
「あ・・・すまん。いや、その・・・ただ、あったかそうだなって・・・」
言い訳をするウィンに、これ見よがしな溜息をついて、アルバは気づかれないように少しだけ尻尾を伸ばして、ウィンの方へ差し出してやった。
翌朝陽が昇ると、辺りはかなり明るくなっていた。
相変わらず亀裂の底は真っ暗で、底は見えない。けれど向こう側の様子は、かなりよく見えるようになった。
「・・・断崖絶壁って感じ?」
向かい側まで20メートル程度だが、正面は垂直な壁だ。まさかここを飛び越えるとか、言わないでしょうねと思うイレーネだ。
「少し斜め下の辺りなんだが、見えるか?」
ウィンが指さす先には、確かに小さな岩棚があるようだ。壁の途中に、少し狭いが窪んでいる部分がある。
「あそこが気になってな、以前火矢を打ち込んだことがあるんだ。で、どうやらあの岩棚の奥に、扉みたいな人工物があると解った。だが、1人ではどうにもならなかったんだ」
それでイレーネ達を誘ったのだと解ったが、それでどうするかと言う具体案は無いらしいウィンだ。何とかなるという考えよりも、エルオリーセとアルバが何とかするのではないかと言う、漠然としたカンによるものだ。
しかしそのカンは、どうやら正しかったようだ。
エルオリーセは、アルバと視線を交わして頷いた。
昨晩寝る前に、彼らは心話で話し合っていた。ウィンが信用に値するかどうかという事を。ウルフドッグの姿を取っているアルバは、その鋭敏な嗅覚と相手の害意を見極める能力がある。この有能なメタモルファルの判断は、信頼がおけた。
そして、エルオリーセは結論を出していた。
「向こうが見えるのは、長く見積もっても30分くらいだから、行くなら急いだほうが良いですね」
自分の体内時計による今の時刻と、太陽の動きと方角、全て解ったうえで計算したエルオリーセだ。
「先ずは、アルバに偵察してきて貰います」
え? と怪訝な顔になったのはウィンと、そしてイレーネもだった。
そんな2人の前をスタスタと歩き、絶壁の様な端まで進んだアルバは、徐に変身を開始した。
ウルフドッグの姿は、見る見るうちに1羽の大きな梟となる。これなら、光が届きにくい場所も大丈夫だ。そして何度か確かめるように羽ばたきをすると、大きな梟は滑空するように飛んだ。
「うぉぉぉぉ~~~スゲェ!」
ウィンは、素直な感嘆の声を上げた。
「こんなレアなモノ、見れてラッキーだぜ。アルバって、変身獣だったんだな。あ、メタモルファルっつうのか。スゲェ希少な生き物だし、その変身する場面なんて、普通見れるもんじゃねぇよな。貴重な体験させて貰ったぜ」
本気で嬉しそうなウィンに、ちょっと引くイレーネだ。自分も同じように、かなり感動していたのだが。
「メタモルファルって、パートナーを決めるって昔聞いた事があったんだが、そうするとアンタがアルバのパートナーか」
エルオリーセは、静かに頷いた。
「メタモルファルは希少なうえに稀有な能力があるので、人前では滅多に変身しません。悪意を持って利用されないように」
言外に、ウィンを信用して変身を見せたのだと言うエルオリーセの眼には、厳しいものがあった。
ウィンは、それを正確に理解したようだ。
「ああ・・・ありがとよ。解ってるさ。・・・それにしても、羨ましいぜ」
そんなウィンに、イレーネは刺々しい口調で言う。
「アルバが便利だから、欲しいとか言わないでしょうね?」
「へっ? 言わねぇよ。あ~~でも、こんな感じで一緒に旅するような動物は、居たら楽しいだろうって思っただけさ。昔、旅の途中で子犬を拾ったことがあったんだけど、連れ歩くのは無理だと思って、丁度欲しがってた農家にあげたことがあった。今なら出来たかなぁって思うし、あの頃結構懐いてたから、今でも時々アイツはどうしてるかなって思う時もある」
流れ者の傭兵であるウィンは、どうやら情の深い男であるらしい。
そんな話をしていると、梟になったアルバが羽ばたきの音もさせずに戻って来て、ジッとエルオリーセを見つめて伝えた。
「・・・・・・・向こう側は、特に危険は無さそう。でも壁面がもろいようだから、ロープを渡すのは無理みたい。アルバに運んでもらうしか無いわね」
エルオリーセの指示で、アルバは再びウルフドッグの姿になると、そのまま翼を生やす。その姿は、異国の伝説にある羽犬のようだ。先ずはエルオリーセが、アルバの背に乗って向こう側の岩棚へ移った。
その様子を見て、ウィンは少年のように顔を輝かせる。
「ぅおおお! メタモルファルに乗れるのか」
イレーネは、彼の様子にまたもや引いていた。
(何よ、子供みたいに喜んじゃって。私なんて、1人で乗るのが不安なんだから・・・いい年して・・・アンタなんか、可愛いなんて思わないんだから)
そんな2人だったが、アルバは易々と彼らを乗せて向こう側へ運んだ。
難なく向こう側へ降り立った一行だが、直ぐに辺りは暗くなる。
松明を灯して、ここからがいよいよ本番だと気を引き締めたが、ウィンが以前見つけていた人工物である木の扉の前で、立ち止まることになった。
「やっぱり扉だな。木製だが、頑丈そうだ。鍵も掛かってる」
「形状から見ると、倉庫の扉みたいだけど、内部で館と繋がっていれば良いわね」
外付けの鍵なら、館の裏口では無いだろう。けれど古い時代のこの地方の館なら、本館に繋がっている可能性が高い。寒い冬の間、外に出ずに倉庫に入れるような工夫だ。エルオリーセは、それを知っていた。
「とりあえず、ここしか無いからな。開錠作業に入るか」
鍵は旧式の南京錠に近い。エルオリーセもピッキング技能は持っているが、早速しゃがみこんだウィンの手元を覗き込んだ。
「下手糞だが、俺も少しは出来るんだ。まぁ、力任せになる場合も多いけどな」
けれど、この場合はそれが功を奏したようだ。錆びついてしまっている錠前は、ウィンの力が無ければかなり難しかっただろう。
やがて錠前は、擦れるような鈍い音を立てた。何とか解錠に成功したウィンは、立ち上がってイレーネに笑いかけた。
「さっき、人差し指を治してくれたお陰で、解錠出来たぜ。こう言うのは、指先が大事なんだ」
ニカッと屈託なく笑うウィンに、ドギマギしてしまうイレーネだが、それでも気を取り直して言い放った。
「お役に立てて、よろしゅうございましたわ」
ツンとそっぽを向いて言う彼女に、ウィンはどこか満足そうに笑みを浮かべた。
軋む扉を開いて中に張って見れば、そこは確かに倉庫として使われている場所だった。半壊してはいたが、そこにあったであろう品々は既に風化してしまっている。壊れた木箱は朽ちかけ、割れた瓶の中身は消えてしまっている。
けれど、奥には予想通り、斜めになって壊れかけたドアがあった。
「ヨシ、ここからが本番だ。館が埋もれたのは昔のことだが、それでも何時何処で崩れて来るかは解らない。何が出て来るかも解らないから、充分注意・・・・って言うか、驚いても絶対声は出すなよ」
最後はイレーネに告げて、ウィンは最終準備を整えた。背負っている大剣を今一度確認し、必要そうな装備品を背に負ったザックからポケットに移し替える。
エルオリーセも、荷物から愛用の小型弓と矢を取り出した。攻撃力は低いが、援護程度の役には立つ。そしてウィンと同じように、役に立ちそうな物をポケットやポーチに入れた。
ちなみにイレーネには、特にこれと言った準備は無い。戦力外なのだから、仕方が無いだろう。
そしてウィンは、目くばせと共に、注意深く壊れかけたドアを開いた。
館の内部は、思ったよりも空気は澱んでいない。どこかに外部に抜ける場所が、複数あるのかもしれない。獣道程度の細い通路か、僅かな隙間が出来ているのではないかと思われる。
当然真っ暗で、足元さえ定かでは無いが、一行はゆっくりと歩を進めていった。




