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手綱と絆 ~追放された元公爵令嬢は気性難  作者: 甲斐 雫
第1章 ロートホルン城

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3 衣食住の「衣」 お金の返済

 居間を追い出されたイレーネは、自室に飛び込んでベッドに身体を投げ出した。

「目障りだなんてっ・・・私だって、心配してるのにっ・・・」

 枕に顔を押し付けて、悔し紛れにボフボフと拳を叩きつける。


(私のせいじゃ無いわ・・・足を滑らせたけど、助けて欲しいなんて言ってない。手を伸ばしたのは、確かだけど・・・)

 エルオリーセを怪我させたかったわけじゃないし、自分の癒しで苦しめたいと思ったのでもない。

(足を滑らせなければ良かった、とは思うけど・・・不可抗力ってやつじゃない。それなのに・・・まるで全部私の責任みたいに・・・)

「何だって言うのよ~~~っ!」

 イレーネは体を起こして、本格的に枕を殴り始めた。



 イレーネが居間を飛び出した後、オリビエは急いでエルオリーセの着替えとお湯を用意する。壁や階段を突き抜けて行き、帰りは用意したものを持って宙を飛んできた。自分は通過できるが、持っている物質はそうならないからだ。

 そして『癒しの力』を使って彼女の傍に寝そべるアルバの邪魔にならないよう、優しく汚れた服を脱がせ始めた。ポルダーガイストを行使する力を使えば、人間と同じように触れることも出来る。

 エルオリーセの怪我は、傷口が内部から弾けた様になっていたが、出血は既に止まり腫れも少しずつ引いているように見えた。


 消毒や縫合は不要だが、完全に治るまでは保護した方が良いだろう。オリビエは、彼女の左腕に包帯を巻き、寝間着に着替えさせた。

「エルオリーセ、どんな感じ?」

 心配そうな眼差しで、優しく問いかけるオリビエに、ソファーに横たわったエルオリーセは、微笑んで答えた。

「ありがとう、オリビエ。痛みも引いたし、もう大丈夫よ。明日には、完治するから」


「寝室のベッドに運ぼうか?」

「ううん、まだ寝るには早い時間でしょ」

 大分回復したらしいエルオリーセは、しっかりした口調だ。

「それじゃ、詳しい事情を聞かせてくれるかい?」

 エルオリーセは小さく頷いて、スレーブ村で昼食を取った時のことから話し始めた。



「・・・・ふぅ」

 ひとしきり枕に八つ当たりしていたイレーネだが、やがてむくりと起き上がりベッドの上に座り直した。

(でも、エルオリーセの怪我を悪化させちゃったのは私だし・・・そこは反省するべきだわね。それにしても、こうなると・・・私はどうなるのかしら?)

 口封じを免れて居候となっている現状だが、秘密を守るためなら追い出されたしないだろうと思う。死人に口無しを男爵が実践しようとしても、エルオリーセは止めるに決まっている。

(・・・考えても仕方が無いかしらね。だったら・・・やりたい事をやってしまいましょう)

 少しばかり破れかぶれな気分になって、イレーネは自室を出て居間に向かった。


(・・・あら?・・・音楽?)

 居間の前の廊下で、イレーネは微かに美しい音色を聞いた。

(クラヴサンかしら?)

 誰が弾いているのか、流れるような優しい音が連なっている。イレーネは、そうっとドアを少しだけ開けて、中の様子を窺った。


 カーテンの隙間から、月の光が静かに差し込んでいる。ほの暗い室内には、蠟燭さえ灯っていない。

 けれど満月の明るさは、室内の様子を薄ぼんやりと照らしている。

 セレナーデの様な曲は、思った通りクラヴサンからで、その前に座り鍵盤に指を走られているのはオリビエだった。

 優しく愛に溢れた音色は、室内を滑るように流れている。

 その中で、エルオリーセがソファーに横たわって聞いていた。


(凄く素敵な演奏・・・だけど、幽霊がクラヴサンをあんなに上手に弾くなんて)

 覗いた時はその光景にうっとりしたイレーネだが、ふと我に返るとあまり思い出したくない過去が頭に浮かぶ。

 イレーネも貴族令嬢のたしなみとして、音楽に関する教育は受けた。

 けれど楽器を弾くことだけはあまり上達せず、人前で披露するには気が引けるような腕前だった。教養としての知識はあるし、名演奏家の音楽を聴く機会も多かったので、耳は肥えているが。


 夜のひと時を、こうやって過ごすことも多いのだろう。

 幽霊男爵は、溺愛する娘に想いを込めて美しい曲を聴かせる。


 イレーネは、聞き入り、見入ってしまい、その場を動けずにいた。

 やがて曲は、古い子守歌の調べに変わった。

 イレーネにも聞き覚えがあるクレイドルソングは、暖かくゆったりとした音色で、懐かしさをもたらす。


(以前はあんな風に、音楽を聴いたものだったわ・・・)

 屋敷のサロンで、美しいドレスに身を包み、自慢の髪を結い上げて、自分をもてはやす人々に囲まれながら、優雅に演奏を聞いた。あの頃は、こんな状況に陥るなんて、夢にも思わなかった。

 イレーネは、ターキン子爵の屋敷を飛び出してから今まで、無我夢中で過ごしていた。お陰で思い出すことも無かった以前の暮らしを、今鮮やかに思い出す。


 やがてクラヴサンの音色は、静かにフェイドアウトし、オリビエは音もなく立ち上がった。

 エルオリーセは眠ってしまったようだ。

 彼はそっと彼女を抱き上げ、2階へ向かう階段があるドアへ向かう。その途中、チラッとイレーネの方へ視線を投げると、困ったような溜息を小さく漏らした。

 アルバもその後を付いてゆく。今晩はずっと、彼女に『癒しの力』を与え続けるのだろう。


 イレーネはそっとドアを閉め、俯きながら寂しそうに呟いた。

「・・・・あの頃に、戻りたい」



 翌朝、イレーネはいつも通りに身支度を整えると、居間に向かった。当然だが、厨房にはエルオリーセも、アルバの姿も無かったからだ。

「・・・・・・あ」

 ドアを開けると、寝間着姿で毛布を掛け、ソファーに横たわるエルオリーセがいた。アルバもその傍で、泰然と伏せている。

「おはよう、イレーネ」

 いつもと変わりない口調で、エルオリーセが口を開いた。

「あ、あの・・・エルオリーセ、もう大丈夫?」

 もう夜は明けているので、男爵はいない。イレーネは、ホッとして小走りにソファーに駆け寄った。

「ええ、もう傷も塞がってるし腫れも引いたわ。普通に動けるんだけど、オリビエとアルバが心配性で、今日一日は大人しくしているように言われているの。だからもう、気にしないで。それに、私のことはエルって呼んで良いのよ、イレーネ」

 昨日のことを覚えているエルオリーセは、慈母のような笑みで答える。


「そっ、それじゃ、今日は私が食事の用意をするからっ」


 勢い込んで宣言したイレーネは、今日やりたい事が出来たのを嬉しく感じていた。

 だが・・・・・・


 想像通り、イレーネが作った食事は、悲惨な物だった。

 パンが小麦粉から作られるという事は知っていて、焼くものだという事も解っている。ここしばらくの間に、エルオリーセがパンを焼くところを、垣間見てもいた。

 けれど、それだけではまともなパンは出来ない。

 黒焦げで平たく、丸い盾のように固い物体。それがイレーネの焼いたパンだった。

 長い時間を掛けて何とか作り上げたスープも、野菜は不揃いで剥ききれなかった皮が所々に残っている。塩味は付いていたが、大きなニンジンの欠片は生煮えだ。


 それらの料理を目の前にして、エルオリーセはそれでもイレーネを労った。

「ありがとう、イレーネ。パンは・・・スープに浸したら柔らかくなるかもね」

 カチコチのパンを力を入れて割り、スープに入れてみたが、焦げが溶け出して火事場の溜池のような色になってしまった。

「う・・・・・」

 イレーネ自身も、自分でさえ食べたくないような代物だと思い、呻くしかない。


 するとアルバがひょいと首を伸ばし、皿の中身と残りのパンを、アッと言う間に飲み込んでしまった。

「えっ、ア、アルバ⁉・・・大丈夫なの?」

 エルオリーセは。堪え切れずに笑い出す。

「大丈夫。メタモルファルは雑食で、人間の食べ物も普通に食べるから。消化能力も高いし、お腹も壊さないから心配しないで」


 そしてアルバは、窓の近くに置いてあった籠を咥えて戻って来る。

 それは夜明け前、エルオリーセのことはオリビエに任せて、城の外で集めて来た果物が沢山入っている。イレーネは凹んでいたが、とりあえずはその新鮮な果物に救われたような気分になった。


「イレーネ、今晩、オリビエと一緒に話を聞きたいの。捜索されている事情をね。それによって、今後どうするかを考えたいから」

 果物を食べながら言うエルオリーセに、イレーネは覚悟を決めたように頷いた。



 夜になり、3人と1匹は居間に集まった。

 エルオリーセはティーセットを用意して、お茶を淹れている。

「昨日、小麦粉を買う時に良い茶葉を見つけたの。これなら、オリビエも楽しめるでしょ?」

 3つのティーカップに透き通った琥珀色のお茶を注ぎ、1つを幽霊男爵に勧めた。

「ありがとう、エルオリーセ。・・・うん、良い香りと味だ」

 嬉しそうにカップに口をつけた彼に、思わずイレーネは言ってしまう。

「幽霊のくせに、お茶を飲むの? って言うか、飲めるの?」

 オリビエは憮然として答えた。

「五感はちゃんとある。香りも味も、人間と変わらずに感じられる。栄養を取ると言う意味での食事が、必要ないだけだ」

 飲んだお茶はどこへ行くのだろう、と不思議に思うイレーネに、彼は言葉を続けた。

「それよりも、説明して貰おうか。お前は『お尋ね者』なのか?」


 ウッと言葉に詰まったイレーネに、自分もソファーに座ったエルオリーセが、淡々と言葉を紡いだ。

「王命で王都から追放された謀反人の娘、と言うことだったわよね。預り先のターキン子爵・・・だっけ? 彼にしてみれば、逃げられましたでは済まされないでしょう。普通は定期的に報告を書かなくてはいけないだろうし、どこかに嫁いだとしても、嫁ぎ先はその報告を引き継ぐでしょ。だから、イレーネがいなくなったら直ぐに、探し始めると思う。予定していた支度金も、貰えなくなるんだし」

 ひと口お茶を含んで、彼女は続けた。

「大っぴらに手配書を出すことは出来ないから、人づてに探しているっていうのが今の状況なんだと思うけど・・・金品を盗んだって、本当?」


 イレーネは顔を真っ赤にして、反論した。

「ち、違っ・・・だって、あれは元々私の物なんだからっ!」


 王都から追放された時、身の回りの物は持ってゆくことを許されていた。最小限の枚数のドレスや、アクセサリーなどだ。けれどターキン子爵の館に着くと直ぐ、それらは取り上げられていた。


「あの脂ぎった豚みたいな商人との顔合わせの時だけ、返されたけど・・・逃げ出したのは、その晩よ。流石にドレスは着替えたけど、ネックレスや指輪、髪飾りは持って出たの」


 けれどそれらの金品は、逃げる間に食料と物々交換してしまった。パンとネックレス、水と指輪のように、交換レートなど知りもしないイレーネは、高価なアクセサリーを全て失ってしまっていた。


 エルオリーセは、アクセサリーの特徴を詳しく聞き、概算でその金額を纏める。

「・・・金貨にして、50枚くらいかしらね。流石に、大金ね」

「そうなの?」

 イレーネは、そもそも貨幣価値と言う物をよく理解していない。

「ええ、農民なら金貨1枚で1年暮らせるくらいだから」

 なので、農村などでは、銀貨と銅貨しか流通していない。


 イレーネは、プンプン怒りながら吐き捨てるように言った。

「何で、誰も教えてくれなかったのよ。知ってたら、もっと有効に使ったのに」

 しかし今更、それを言ってもどうしようもない。

「でもそれじゃ、私はどうすれば良いの? ずっと城にいるしかないの?」


「城にいる? 居させてもらっている、だろうが!」

 オリビエの怒鳴り声に、部屋の空気が一瞬で凍った。イレーネの怒りも、瞬間冷凍される。

 すると、暫く考えた後で、エルオリーセが言った。

「先ずは、お金を返すことを考えたらどうかな。ターキン子爵は貧乏貴族で、お金はいつも必要なんでしょ? 彼は、アクセサリーは自分の物と思っているから、それを糺すのは難しいと思う。金貨50枚を渡せば、交渉できるかもしれない。イレーネを連れ戻すことを、諦めさせるように」


 上手くいくかは解らないが、金貨を渡すと言えば会ってくれるような気はする。

「・・・・・・でも、そのお金は・・・ええと・・・ロートホルン男爵、私にいただけるかしら?」

 しれっと言うイレーネに、オリビエから雷のような怒声が飛んだ。


「誰がやるかっ! 金があったとしても、お前にだけは絶対にやらん!」


「じゃ、じゃあ、貸してくれたりは・・・・」

「貸さんっ! 返す当てがあるのかっ?『お尋ね者』が稼ぐなら、娼婦にでも身を落とさなければならんぞ。それだって、金貨50枚を稼ぐには、何十年も掛かるんだ」

「・・・しょ、娼婦って」

「なっても、客が付くかどうか疑問だな、その性格じゃ」

「しっ、失礼ねっ!」


 イレーネとオリビエが言い争っている間、エルオリーセは喧騒を無視して考えていた。

「・・・所有権が無い、換金価値がある物を手に入れればイイかな」

 彼女の呟きに、イレーネは振り返ったが首を傾げる。

「・・・解るように、言いなさいよ」


「レア鉱石とか宝石の原石を採りに行って、お金に換えるということ。質と量にもよるけど、良いのが手に入れば、1個で金貨1枚で売れたりするから。鉱山に行くことになるけど、人目には着かないから、見られて通報されたり連れ戻されたりはしないでしょ」

 エルオリーセの提案に、イレーネは表情を明るくする。

「悪くないわね」

 だがオリビエは、不服そうだ。


 元々エルオリーセは、時折アルバを連れて、採集や採掘のために城を出ている。それは自分たちの生活費を、稼ぐためでもあった。幽霊城主のオリビエは、自分自身に関して金が要るわけでは無いし、実際資産と呼べるような物も無い。代々伝わるお宝などは、エルオリーセと暮らすようになって、彼女が居心地よく暮らせるようにと、城を改修する費用に使ってしまっていた。

 溺愛する相手を養う事もできない訳だが、情けないと思ってもどうしようもないオリビエなのである。


「こんなトラブルメーカーと一緒じゃ、危険すぎはしないか?」

 エルオリーセとアルバだけなら、今までは何も問題なく帰って来ていたが、それでも待つ間は心配していたのだ。これにイレーネが加わったら、とんでもない事が起きそうな気がする。昨日だって、彼女は怪我をした訳だし。

「う~~ん、私とアルバだけで行ってもいいけど・・・」


「私も行くに決まってるでしょ! そこまで図々しくはないのよ!」

 これまで奉仕されるのが当たり前で、誰かにやってもらうのが当然だったイレーネだ。けれど、こう言えるようになったのは、進歩なのかもしれない。

「エルオリーセに、迷惑は掛けないから。絶対に!」


 自分に必要なお金のために、採掘に行かせる時点で、既に迷惑は掛けてるのではある。

 けれどエルオリーセは、嬉しそうに微笑んでオリビエに頼んだ。

「充分気を付けるから、行かせてね。アルバもいるから、きっと大丈夫よ」

 オリビエは渋々だが、承諾するしかない。

 アルバはそれを聞いて、こっそりと深いため息をついた。



 そして数日後、イレーネとエルオリーセはアルバと共に出発する。

 夜明け前のロートホルン城はまだ薄暗かったが、その間に少しでも城から遠くへ行くつもりだ。

「気を付けて行っておいで、エルオリーセ。無事を祈りながら、待っているから」

 オリビエは、エルオリーセを抱きしめてキスをする。けれど直ぐに、顔だけをイレーネに向けて言い渡した。

「絶対に、エルオリーセに迷惑を掛けるなよ。高い山で滑り落ちるなら、1人だけでこっそりやれ」

 酷い言葉だが、彼はとにかくエルオリーセを溺愛している。

「解ってるわよ!」

 しっかり言い返すイレーネは、先日の言い争い以来、幽霊男爵に対しての敬意など何処かへ吹き飛ばしたらしい。

 それを微笑んで見ていたエルオリーセだが、アルバが傍へ来ると声を掛けた。

「それじゃ、お願いね」

 ウルフドッグ姿のメタモルファルは、パートナーの言葉に応じて変身を始める。

 そしてあっと言う間に、大きく強い翼を持つ巨大な鷲の姿になった。


 オリビエが手を振って見送る姿を眼下に見て、鷲は空高く舞い上がる。

「イレーネ、高いところは大丈夫?」

 気遣うエルオリーセは、鷲の翼に付け根辺りに跨っている。その後ろに座り、彼女にしがみついているイレーネは、急な浮遊感に閉じていた目を開けて答えた。

「はっ、初めてだけどっ・・・へ、平気よっ!」

 やせ我慢ではあるが、今更怖いとは言えない。


 地平線が薄紫に色づき、やがて少しずつ光の色に染まってゆく。

 やがて太陽がその姿を現し始めると、景色は一気に色を帯びて眼下に広がった。


「・・・ぁ・・・ぅわ・・・・」

 イレーネの口から、思わず声が零れる。

「す、凄い・・・っ」

 野山の緑と、遠く小さく見える村。茶色の街道が糸のようで、景色は美しい布地のように見えた。

「こんなの・・・世界って、こんな・・・広くて美しい・・・」

 イレーネの呟きを聞きながら、エルオリーセは黙って嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 それから数時間、山脈の稜線を北に向かって飛び、やがてアルバは人気の無い野原に舞い降りる。

「ここからは歩きね。ノームコアって言う町に行くわ」

 採掘に向かう前に、準備を整えなければならない。そう、イレーネの準備だ。

 先ずは、自慢の髪は、切るのも染めるのも嫌だと言うイレーネなので、彼女を変装させる必要がある。その後町の商店で、ある程度採掘が出来るような装備を整えなければならない。


 ノームコアと言う町は、ターキン子爵がいるゲレイロ村からは相当に距離がある。捜索の手が伸びていることは無いと思うが、用心に越したことは無い。

 イレーネは、歩きながら髪をきつく縛り、エルオリーセから借りたキャスケットの中に押し込めた。


 町に着くと、エルオリーセは早速、心当たりの服屋に向かった。ノームコアには、以前も何度か来たことがある。

 採掘を生業とする人々や、彼らを警護するハンターたちが多いこの町は、洗練された雰囲気とは程遠い荒々さが漂う。

「何か、埃っぽくない?」

 イレーネの感想は、あながち間違ってもいないだろう。町の周囲は荒野が多く、緑は町中にも少なかった。


 小さな服屋は、良心的な価格で質も悪くない品が揃っていた。

 イレーネは、エルオリーセが勧める服を、次々と試着する。美しいドレスで無いことが面白くないイレーネではあったが、それでも少しずつテンションが上がった。

「どう? 似合う?」

 細身の鹿革のズボンに、膝丈で茶色の上着を着たイレーネは、ちょっと嬉しそうに言う。

「ええ、それなら大丈夫ね。後は、それに合う帽子を探しましょ」

 似合う似合わないより、実用性が大事な採掘作業なのだ。

 むぅっと頬を膨らませたイレーネだが、店主の「お似合いですよ」の言葉に気を取り直し、帽子を選ぶのだった。


 その他の装備品も整え、携帯食料なども買いそろえた2人と1匹は、町を出ようとする。基本、全て野宿の予定だ。できるだけ節約し、採掘が終わって城に帰る前に、もう少しイレーネの衣類などを買い揃えるつもりでいる。

 けれどその時、横から声が掛かる。

「おっ、奇遇だな。また会えたか。これで3度目だ」


 声の主は、スレーブ村で会った男だった。イレーネが『お尋ね者』であると教えて来た男だ。

 思わず身構えたエルオリーセに対し、イレーネは彼の言葉に反応してしまった。

「はぁ? 2度目でしょ。数も数えられないバカなの?」

 旅の傭兵らしい男は、けれど磊落に笑い飛ばす。

「アッハッハ、俺にとっちゃ3度目なのさ。最初にアンタを見たのはゲレイロ村の近くで、小走りに去っていくトコだったな。あ、先に言っとくけど、ターキンに報告する気は全く無いから警戒しなくてイイぜ」

 そうは言われても、それなら何故わざわざ声を掛けて来るのか。

 不審な気持ちでいるエルオリーセだが、そこでアルバがスッと前に出て、男の臭いを嗅いだ。そして彼女の方を向き、何かを伝える。

「・・・解った。とりあえず信用します。それで、どんなご用件でしょうか?」

 エルオリーセは、警戒は解いたがそれでも距離を取った物言いで尋ねた。

「えっ?・・・ええと、とりあえずお茶でもどうだ?」

 ナンパか?と返したくはなったが、この男と話してみたい気もする。眉を顰めたイレーネを宥めるように促し、エルオリーセは軽く頷いた。


 町外れの店に入ると、男は3人分の飲み物を注文し、気さくに話し始めた。

「いや、何となく気になってたんだ。最初に見かけた時は、綺麗な髪の色だって思っただけだったんだが、その後すぐにターキンが『朝焼け色の髪』の女を探ししてるってのを聞いたんだ。けど何か、胡散臭い物を感じてな」

 低めだが良く通る声はバリトンで、耳障りが良い。そんな声で自慢の髪を綺麗だと言われれば、イレーネの気分も良くなる。

「ターキンっつうのは、あんまり評判が良くなくてな、色々画策するくせに失敗ばかりで貧乏続きらしい。その女を使って、何か悪だくみでもしてるんじゃねぇかって思ったんだ。それに見たぞって報告しても、ケチだから大した報酬も出さねぇだろうと踏んだ。それは今も、変わらねぇよ」


 男は運ばれてきたビールを自分の前に置き、2人にはワインを勧める。

「誘ったのは俺だから、奢るぜ。で、まぁそれっきり忘れてたんだけど、スレーブ村で見かけたから、教えておこうと声を掛けたんだ。まぁ、お節介なんだがな。おっと、まだ名乗ってなかったな。俺はウィン・カーネリアンだ。見ての通り、傭兵をやってる。ここには、採掘警護の求人も多いから来てたんだよ。3度も会うなら、多生の縁もあるだろうから、よろしくな」

 屈託ない表情で笑う男は、少なくとも悪い奴には見えない。

 アルバもその辺は解って、パートナーであるエルオリーセに心話(テレパシー)で伝えたのだ。


「私は、エルオリーセ・ハイドランジア。こっちのウルフドッグは、アルバ」

 名前くらいなら良いだろうと、エルオリーセは答える。するとイレーネも、同じように答えた。

「イレーネ・アルアインと申します」

 つい名乗る時の癖で、以前の言い方が出てしまった。

「・・・・・・アルアイン?・・・あのアルアイン公爵かい?謀反を起こしたって噂の」


 しまった、と思ったがもう遅い。誤魔化すのが大変だ。

 けれどウィンは、そんな2人の心中など気にもせずに続けた。

「噂は王都から流れて来たんだが・・・娘は追放されたってな。確かに平民の娘には見えねぇもんな、イレーネさんは。ターキンとこから逃げ出したのも、それに関係してるのかい?」

 尋ねられても、どこまで話して良いものか、エルオリーセにも判断できない。黙ってしまった2人に、ウィンはそれ以上詮索はしなかった。


「ここには、逃げて来たってことか。それにしても、貴族令嬢が変装するにしても、勇ましい格好だな」

 揶揄うように言うウィンに、イレーネが突っかかった。

「大きなお世話よ。これから採掘に行くんだから、当たり前の格好でしょ」


「は?・・・採掘?」

「そうよ。お金が必要だから、宝石を掘りに行くの」

 穴を掘ったらもれなくお宝が出てくるような、お気楽至極な言葉だ。

 ウィンは大爆笑した。

「ワハハハハッ!こりゃイイわ。で、どのくらい採ってくるつもりなんだ?」

「金貨50枚分よっ!」


 ここまで来ると、能天気を通り越してバカなんじゃないかと思うウィンだ。

 けれどエルオリーセは、口を挟むことなく泰然としている。自分のスキルがあれば、流石に1回の採掘では無理にしても、行き先を変えて10回くらい行けば何とかるだろうと思っている。


 そんなエルオリーセと、大人しく床に寝そべっているウルフドッグを、ウィンは腕組みをして暫く考えた。そして一度小さく頷くと、テーブルの上で両手を組み、声を低くして言った。


「だったら、ひと口乗らねぇか?」


 何度も採掘に行くより、手っ取り早く金貨50枚を入手する可能性があると言うウィンの話はこうだった。

「この近くに、ちょっとしたダンジョンがある。昔、地震による山崩れと落盤で、地中に埋まった屋敷なんだが、記録によると中には金貨にして50枚はあるお宝があるそうだ。ただ、いささか厄介な問題があって、誰も手を付けていない」


 ウィンは、詳しく説明した。

 目指す屋敷に行くには、廃坑の坑道を進む必要がある。坑道自体は比較的安全だが、屋敷に一番近いと思われる場所から先は、情報も無く、危険がありそうなのだ。

 そうなると埋もれた屋敷に入った後は、罠や仕掛けがあるかもしれない。そうなると、シーフがいなければ進めなし、内部がどうなっているか解らないから、マッパー技能もいる。危険な生物が出る可能性もあるから、戦士は外せない。出来れば得意武器別に最低でも2人はいた方が良いだろう。回復役も必要だし、長時間そこで過ごせるだけのサバイバル能力も要る。

 それらを考えると、それなりの人数が必要になる。

 けれどそれに対して、得られる報酬は少なすぎた。5人で入る場合は、1人頭金貨10枚だ。人数を揃えた冒険者たちとしては、低いレベルの報酬になる。武器や装備の減価償却、持ち込む食料などの消耗品の価格。それらを差し引けば、良くてトントンな収支なのだ。


「だから俺は、いつか行かれるようになったら行こうと思ってたんだな。以前、1人で途中までは行ったことがあるんだが、引き返したんだ。金品よりも、そこに棲んでるかもしれない『ネーハイ』っつう魔物の素材が欲しかったんだがな」

 武器の強化に必要なんでな、とウィンは背に負っている大剣を指して言った。

「俺が欲しいのは、その素材だけなんで、金貨は全部そっちのモノにして構わない」


「あら、それは良いわね」

 短絡的に飛びつくイレーネだが、エルオリーセは首を傾げて尋ねた。

「何故、私たちをスカウトしようと思ったの?」

 娘2人と大型犬の組み合わせで、その内1人は誰がどう見てもド素人なのだ。


 ウィンは、姿勢を正すと真っ直ぐにエルオリーセを見て言った。

「腹を割って、話すとするか」



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