3 衣食住の「衣」 お金の返済
居間を追い出されたイレーネは、自室に飛び込んでベッドに身体を投げ出した。
「目障りだなんてっ・・・私だって、心配してるのにっ・・・」
枕に顔を押し付けて、悔し紛れにボフボフと拳を叩きつける。
(私のせいじゃ無いわ・・・足を滑らせたけど、助けて欲しいなんて言ってない。手を伸ばしたのは、確かだけど・・・)
エルオリーセを怪我させたかったわけじゃないし、自分の癒しで苦しめたいと思ったのでもない。
(足を滑らせなければ良かった、とは思うけど・・・不可抗力ってやつじゃない。それなのに・・・まるで全部私の責任みたいに・・・)
「何だって言うのよ~~~っ!」
イレーネは体を起こして、本格的に枕を殴り始めた。
イレーネが居間を飛び出した後、オリビエは急いでエルオリーセの着替えとお湯を用意する。壁や階段を突き抜けて行き、帰りは用意したものを持って宙を飛んできた。自分は通過できるが、持っている物質はそうならないからだ。
そして『癒しの力』を使って彼女の傍に寝そべるアルバの邪魔にならないよう、優しく汚れた服を脱がせ始めた。ポルダーガイストを行使する力を使えば、人間と同じように触れることも出来る。
エルオリーセの怪我は、傷口が内部から弾けた様になっていたが、出血は既に止まり腫れも少しずつ引いているように見えた。
消毒や縫合は不要だが、完全に治るまでは保護した方が良いだろう。オリビエは、彼女の左腕に包帯を巻き、寝間着に着替えさせた。
「エルオリーセ、どんな感じ?」
心配そうな眼差しで、優しく問いかけるオリビエに、ソファーに横たわったエルオリーセは、微笑んで答えた。
「ありがとう、オリビエ。痛みも引いたし、もう大丈夫よ。明日には、完治するから」
「寝室のベッドに運ぼうか?」
「ううん、まだ寝るには早い時間でしょ」
大分回復したらしいエルオリーセは、しっかりした口調だ。
「それじゃ、詳しい事情を聞かせてくれるかい?」
エルオリーセは小さく頷いて、スレーブ村で昼食を取った時のことから話し始めた。
「・・・・ふぅ」
ひとしきり枕に八つ当たりしていたイレーネだが、やがてむくりと起き上がりベッドの上に座り直した。
(でも、エルオリーセの怪我を悪化させちゃったのは私だし・・・そこは反省するべきだわね。それにしても、こうなると・・・私はどうなるのかしら?)
口封じを免れて居候となっている現状だが、秘密を守るためなら追い出されたしないだろうと思う。死人に口無しを男爵が実践しようとしても、エルオリーセは止めるに決まっている。
(・・・考えても仕方が無いかしらね。だったら・・・やりたい事をやってしまいましょう)
少しばかり破れかぶれな気分になって、イレーネは自室を出て居間に向かった。
(・・・あら?・・・音楽?)
居間の前の廊下で、イレーネは微かに美しい音色を聞いた。
(クラヴサンかしら?)
誰が弾いているのか、流れるような優しい音が連なっている。イレーネは、そうっとドアを少しだけ開けて、中の様子を窺った。
カーテンの隙間から、月の光が静かに差し込んでいる。ほの暗い室内には、蠟燭さえ灯っていない。
けれど満月の明るさは、室内の様子を薄ぼんやりと照らしている。
セレナーデの様な曲は、思った通りクラヴサンからで、その前に座り鍵盤に指を走られているのはオリビエだった。
優しく愛に溢れた音色は、室内を滑るように流れている。
その中で、エルオリーセがソファーに横たわって聞いていた。
(凄く素敵な演奏・・・だけど、幽霊がクラヴサンをあんなに上手に弾くなんて)
覗いた時はその光景にうっとりしたイレーネだが、ふと我に返るとあまり思い出したくない過去が頭に浮かぶ。
イレーネも貴族令嬢のたしなみとして、音楽に関する教育は受けた。
けれど楽器を弾くことだけはあまり上達せず、人前で披露するには気が引けるような腕前だった。教養としての知識はあるし、名演奏家の音楽を聴く機会も多かったので、耳は肥えているが。
夜のひと時を、こうやって過ごすことも多いのだろう。
幽霊男爵は、溺愛する娘に想いを込めて美しい曲を聴かせる。
イレーネは、聞き入り、見入ってしまい、その場を動けずにいた。
やがて曲は、古い子守歌の調べに変わった。
イレーネにも聞き覚えがあるクレイドルソングは、暖かくゆったりとした音色で、懐かしさをもたらす。
(以前はあんな風に、音楽を聴いたものだったわ・・・)
屋敷のサロンで、美しいドレスに身を包み、自慢の髪を結い上げて、自分をもてはやす人々に囲まれながら、優雅に演奏を聞いた。あの頃は、こんな状況に陥るなんて、夢にも思わなかった。
イレーネは、ターキン子爵の屋敷を飛び出してから今まで、無我夢中で過ごしていた。お陰で思い出すことも無かった以前の暮らしを、今鮮やかに思い出す。
やがてクラヴサンの音色は、静かにフェイドアウトし、オリビエは音もなく立ち上がった。
エルオリーセは眠ってしまったようだ。
彼はそっと彼女を抱き上げ、2階へ向かう階段があるドアへ向かう。その途中、チラッとイレーネの方へ視線を投げると、困ったような溜息を小さく漏らした。
アルバもその後を付いてゆく。今晩はずっと、彼女に『癒しの力』を与え続けるのだろう。
イレーネはそっとドアを閉め、俯きながら寂しそうに呟いた。
「・・・・あの頃に、戻りたい」
翌朝、イレーネはいつも通りに身支度を整えると、居間に向かった。当然だが、厨房にはエルオリーセも、アルバの姿も無かったからだ。
「・・・・・・あ」
ドアを開けると、寝間着姿で毛布を掛け、ソファーに横たわるエルオリーセがいた。アルバもその傍で、泰然と伏せている。
「おはよう、イレーネ」
いつもと変わりない口調で、エルオリーセが口を開いた。
「あ、あの・・・エルオリーセ、もう大丈夫?」
もう夜は明けているので、男爵はいない。イレーネは、ホッとして小走りにソファーに駆け寄った。
「ええ、もう傷も塞がってるし腫れも引いたわ。普通に動けるんだけど、オリビエとアルバが心配性で、今日一日は大人しくしているように言われているの。だからもう、気にしないで。それに、私のことはエルって呼んで良いのよ、イレーネ」
昨日のことを覚えているエルオリーセは、慈母のような笑みで答える。
「そっ、それじゃ、今日は私が食事の用意をするからっ」
勢い込んで宣言したイレーネは、今日やりたい事が出来たのを嬉しく感じていた。
だが・・・・・・
想像通り、イレーネが作った食事は、悲惨な物だった。
パンが小麦粉から作られるという事は知っていて、焼くものだという事も解っている。ここしばらくの間に、エルオリーセがパンを焼くところを、垣間見てもいた。
けれど、それだけではまともなパンは出来ない。
黒焦げで平たく、丸い盾のように固い物体。それがイレーネの焼いたパンだった。
長い時間を掛けて何とか作り上げたスープも、野菜は不揃いで剥ききれなかった皮が所々に残っている。塩味は付いていたが、大きなニンジンの欠片は生煮えだ。
それらの料理を目の前にして、エルオリーセはそれでもイレーネを労った。
「ありがとう、イレーネ。パンは・・・スープに浸したら柔らかくなるかもね」
カチコチのパンを力を入れて割り、スープに入れてみたが、焦げが溶け出して火事場の溜池のような色になってしまった。
「う・・・・・」
イレーネ自身も、自分でさえ食べたくないような代物だと思い、呻くしかない。
するとアルバがひょいと首を伸ばし、皿の中身と残りのパンを、アッと言う間に飲み込んでしまった。
「えっ、ア、アルバ⁉・・・大丈夫なの?」
エルオリーセは。堪え切れずに笑い出す。
「大丈夫。メタモルファルは雑食で、人間の食べ物も普通に食べるから。消化能力も高いし、お腹も壊さないから心配しないで」
そしてアルバは、窓の近くに置いてあった籠を咥えて戻って来る。
それは夜明け前、エルオリーセのことはオリビエに任せて、城の外で集めて来た果物が沢山入っている。イレーネは凹んでいたが、とりあえずはその新鮮な果物に救われたような気分になった。
「イレーネ、今晩、オリビエと一緒に話を聞きたいの。捜索されている事情をね。それによって、今後どうするかを考えたいから」
果物を食べながら言うエルオリーセに、イレーネは覚悟を決めたように頷いた。
夜になり、3人と1匹は居間に集まった。
エルオリーセはティーセットを用意して、お茶を淹れている。
「昨日、小麦粉を買う時に良い茶葉を見つけたの。これなら、オリビエも楽しめるでしょ?」
3つのティーカップに透き通った琥珀色のお茶を注ぎ、1つを幽霊男爵に勧めた。
「ありがとう、エルオリーセ。・・・うん、良い香りと味だ」
嬉しそうにカップに口をつけた彼に、思わずイレーネは言ってしまう。
「幽霊のくせに、お茶を飲むの? って言うか、飲めるの?」
オリビエは憮然として答えた。
「五感はちゃんとある。香りも味も、人間と変わらずに感じられる。栄養を取ると言う意味での食事が、必要ないだけだ」
飲んだお茶はどこへ行くのだろう、と不思議に思うイレーネに、彼は言葉を続けた。
「それよりも、説明して貰おうか。お前は『お尋ね者』なのか?」
ウッと言葉に詰まったイレーネに、自分もソファーに座ったエルオリーセが、淡々と言葉を紡いだ。
「王命で王都から追放された謀反人の娘、と言うことだったわよね。預り先のターキン子爵・・・だっけ? 彼にしてみれば、逃げられましたでは済まされないでしょう。普通は定期的に報告を書かなくてはいけないだろうし、どこかに嫁いだとしても、嫁ぎ先はその報告を引き継ぐでしょ。だから、イレーネがいなくなったら直ぐに、探し始めると思う。予定していた支度金も、貰えなくなるんだし」
ひと口お茶を含んで、彼女は続けた。
「大っぴらに手配書を出すことは出来ないから、人づてに探しているっていうのが今の状況なんだと思うけど・・・金品を盗んだって、本当?」
イレーネは顔を真っ赤にして、反論した。
「ち、違っ・・・だって、あれは元々私の物なんだからっ!」
王都から追放された時、身の回りの物は持ってゆくことを許されていた。最小限の枚数のドレスや、アクセサリーなどだ。けれどターキン子爵の館に着くと直ぐ、それらは取り上げられていた。
「あの脂ぎった豚みたいな商人との顔合わせの時だけ、返されたけど・・・逃げ出したのは、その晩よ。流石にドレスは着替えたけど、ネックレスや指輪、髪飾りは持って出たの」
けれどそれらの金品は、逃げる間に食料と物々交換してしまった。パンとネックレス、水と指輪のように、交換レートなど知りもしないイレーネは、高価なアクセサリーを全て失ってしまっていた。
エルオリーセは、アクセサリーの特徴を詳しく聞き、概算でその金額を纏める。
「・・・金貨にして、50枚くらいかしらね。流石に、大金ね」
「そうなの?」
イレーネは、そもそも貨幣価値と言う物をよく理解していない。
「ええ、農民なら金貨1枚で1年暮らせるくらいだから」
なので、農村などでは、銀貨と銅貨しか流通していない。
イレーネは、プンプン怒りながら吐き捨てるように言った。
「何で、誰も教えてくれなかったのよ。知ってたら、もっと有効に使ったのに」
しかし今更、それを言ってもどうしようもない。
「でもそれじゃ、私はどうすれば良いの? ずっと城にいるしかないの?」
「城にいる? 居させてもらっている、だろうが!」
オリビエの怒鳴り声に、部屋の空気が一瞬で凍った。イレーネの怒りも、瞬間冷凍される。
すると、暫く考えた後で、エルオリーセが言った。
「先ずは、お金を返すことを考えたらどうかな。ターキン子爵は貧乏貴族で、お金はいつも必要なんでしょ? 彼は、アクセサリーは自分の物と思っているから、それを糺すのは難しいと思う。金貨50枚を渡せば、交渉できるかもしれない。イレーネを連れ戻すことを、諦めさせるように」
上手くいくかは解らないが、金貨を渡すと言えば会ってくれるような気はする。
「・・・・・・でも、そのお金は・・・ええと・・・ロートホルン男爵、私にいただけるかしら?」
しれっと言うイレーネに、オリビエから雷のような怒声が飛んだ。
「誰がやるかっ! 金があったとしても、お前にだけは絶対にやらん!」
「じゃ、じゃあ、貸してくれたりは・・・・」
「貸さんっ! 返す当てがあるのかっ?『お尋ね者』が稼ぐなら、娼婦にでも身を落とさなければならんぞ。それだって、金貨50枚を稼ぐには、何十年も掛かるんだ」
「・・・しょ、娼婦って」
「なっても、客が付くかどうか疑問だな、その性格じゃ」
「しっ、失礼ねっ!」
イレーネとオリビエが言い争っている間、エルオリーセは喧騒を無視して考えていた。
「・・・所有権が無い、換金価値がある物を手に入れればイイかな」
彼女の呟きに、イレーネは振り返ったが首を傾げる。
「・・・解るように、言いなさいよ」
「レア鉱石とか宝石の原石を採りに行って、お金に換えるということ。質と量にもよるけど、良いのが手に入れば、1個で金貨1枚で売れたりするから。鉱山に行くことになるけど、人目には着かないから、見られて通報されたり連れ戻されたりはしないでしょ」
エルオリーセの提案に、イレーネは表情を明るくする。
「悪くないわね」
だがオリビエは、不服そうだ。
元々エルオリーセは、時折アルバを連れて、採集や採掘のために城を出ている。それは自分たちの生活費を、稼ぐためでもあった。幽霊城主のオリビエは、自分自身に関して金が要るわけでは無いし、実際資産と呼べるような物も無い。代々伝わるお宝などは、エルオリーセと暮らすようになって、彼女が居心地よく暮らせるようにと、城を改修する費用に使ってしまっていた。
溺愛する相手を養う事もできない訳だが、情けないと思ってもどうしようもないオリビエなのである。
「こんなトラブルメーカーと一緒じゃ、危険すぎはしないか?」
エルオリーセとアルバだけなら、今までは何も問題なく帰って来ていたが、それでも待つ間は心配していたのだ。これにイレーネが加わったら、とんでもない事が起きそうな気がする。昨日だって、彼女は怪我をした訳だし。
「う~~ん、私とアルバだけで行ってもいいけど・・・」
「私も行くに決まってるでしょ! そこまで図々しくはないのよ!」
これまで奉仕されるのが当たり前で、誰かにやってもらうのが当然だったイレーネだ。けれど、こう言えるようになったのは、進歩なのかもしれない。
「エルオリーセに、迷惑は掛けないから。絶対に!」
自分に必要なお金のために、採掘に行かせる時点で、既に迷惑は掛けてるのではある。
けれどエルオリーセは、嬉しそうに微笑んでオリビエに頼んだ。
「充分気を付けるから、行かせてね。アルバもいるから、きっと大丈夫よ」
オリビエは渋々だが、承諾するしかない。
アルバはそれを聞いて、こっそりと深いため息をついた。
そして数日後、イレーネとエルオリーセはアルバと共に出発する。
夜明け前のロートホルン城はまだ薄暗かったが、その間に少しでも城から遠くへ行くつもりだ。
「気を付けて行っておいで、エルオリーセ。無事を祈りながら、待っているから」
オリビエは、エルオリーセを抱きしめてキスをする。けれど直ぐに、顔だけをイレーネに向けて言い渡した。
「絶対に、エルオリーセに迷惑を掛けるなよ。高い山で滑り落ちるなら、1人だけでこっそりやれ」
酷い言葉だが、彼はとにかくエルオリーセを溺愛している。
「解ってるわよ!」
しっかり言い返すイレーネは、先日の言い争い以来、幽霊男爵に対しての敬意など何処かへ吹き飛ばしたらしい。
それを微笑んで見ていたエルオリーセだが、アルバが傍へ来ると声を掛けた。
「それじゃ、お願いね」
ウルフドッグ姿のメタモルファルは、パートナーの言葉に応じて変身を始める。
そしてあっと言う間に、大きく強い翼を持つ巨大な鷲の姿になった。
オリビエが手を振って見送る姿を眼下に見て、鷲は空高く舞い上がる。
「イレーネ、高いところは大丈夫?」
気遣うエルオリーセは、鷲の翼に付け根辺りに跨っている。その後ろに座り、彼女にしがみついているイレーネは、急な浮遊感に閉じていた目を開けて答えた。
「はっ、初めてだけどっ・・・へ、平気よっ!」
やせ我慢ではあるが、今更怖いとは言えない。
地平線が薄紫に色づき、やがて少しずつ光の色に染まってゆく。
やがて太陽がその姿を現し始めると、景色は一気に色を帯びて眼下に広がった。
「・・・ぁ・・・ぅわ・・・・」
イレーネの口から、思わず声が零れる。
「す、凄い・・・っ」
野山の緑と、遠く小さく見える村。茶色の街道が糸のようで、景色は美しい布地のように見えた。
「こんなの・・・世界って、こんな・・・広くて美しい・・・」
イレーネの呟きを聞きながら、エルオリーセは黙って嬉しそうな笑みを浮かべていた。
それから数時間、山脈の稜線を北に向かって飛び、やがてアルバは人気の無い野原に舞い降りる。
「ここからは歩きね。ノームコアって言う町に行くわ」
採掘に向かう前に、準備を整えなければならない。そう、イレーネの準備だ。
先ずは、自慢の髪は、切るのも染めるのも嫌だと言うイレーネなので、彼女を変装させる必要がある。その後町の商店で、ある程度採掘が出来るような装備を整えなければならない。
ノームコアと言う町は、ターキン子爵がいるゲレイロ村からは相当に距離がある。捜索の手が伸びていることは無いと思うが、用心に越したことは無い。
イレーネは、歩きながら髪をきつく縛り、エルオリーセから借りたキャスケットの中に押し込めた。
町に着くと、エルオリーセは早速、心当たりの服屋に向かった。ノームコアには、以前も何度か来たことがある。
採掘を生業とする人々や、彼らを警護するハンターたちが多いこの町は、洗練された雰囲気とは程遠い荒々さが漂う。
「何か、埃っぽくない?」
イレーネの感想は、あながち間違ってもいないだろう。町の周囲は荒野が多く、緑は町中にも少なかった。
小さな服屋は、良心的な価格で質も悪くない品が揃っていた。
イレーネは、エルオリーセが勧める服を、次々と試着する。美しいドレスで無いことが面白くないイレーネではあったが、それでも少しずつテンションが上がった。
「どう? 似合う?」
細身の鹿革のズボンに、膝丈で茶色の上着を着たイレーネは、ちょっと嬉しそうに言う。
「ええ、それなら大丈夫ね。後は、それに合う帽子を探しましょ」
似合う似合わないより、実用性が大事な採掘作業なのだ。
むぅっと頬を膨らませたイレーネだが、店主の「お似合いですよ」の言葉に気を取り直し、帽子を選ぶのだった。
その他の装備品も整え、携帯食料なども買いそろえた2人と1匹は、町を出ようとする。基本、全て野宿の予定だ。できるだけ節約し、採掘が終わって城に帰る前に、もう少しイレーネの衣類などを買い揃えるつもりでいる。
けれどその時、横から声が掛かる。
「おっ、奇遇だな。また会えたか。これで3度目だ」
声の主は、スレーブ村で会った男だった。イレーネが『お尋ね者』であると教えて来た男だ。
思わず身構えたエルオリーセに対し、イレーネは彼の言葉に反応してしまった。
「はぁ? 2度目でしょ。数も数えられないバカなの?」
旅の傭兵らしい男は、けれど磊落に笑い飛ばす。
「アッハッハ、俺にとっちゃ3度目なのさ。最初にアンタを見たのはゲレイロ村の近くで、小走りに去っていくトコだったな。あ、先に言っとくけど、ターキンに報告する気は全く無いから警戒しなくてイイぜ」
そうは言われても、それなら何故わざわざ声を掛けて来るのか。
不審な気持ちでいるエルオリーセだが、そこでアルバがスッと前に出て、男の臭いを嗅いだ。そして彼女の方を向き、何かを伝える。
「・・・解った。とりあえず信用します。それで、どんなご用件でしょうか?」
エルオリーセは、警戒は解いたがそれでも距離を取った物言いで尋ねた。
「えっ?・・・ええと、とりあえずお茶でもどうだ?」
ナンパか?と返したくはなったが、この男と話してみたい気もする。眉を顰めたイレーネを宥めるように促し、エルオリーセは軽く頷いた。
町外れの店に入ると、男は3人分の飲み物を注文し、気さくに話し始めた。
「いや、何となく気になってたんだ。最初に見かけた時は、綺麗な髪の色だって思っただけだったんだが、その後すぐにターキンが『朝焼け色の髪』の女を探ししてるってのを聞いたんだ。けど何か、胡散臭い物を感じてな」
低めだが良く通る声はバリトンで、耳障りが良い。そんな声で自慢の髪を綺麗だと言われれば、イレーネの気分も良くなる。
「ターキンっつうのは、あんまり評判が良くなくてな、色々画策するくせに失敗ばかりで貧乏続きらしい。その女を使って、何か悪だくみでもしてるんじゃねぇかって思ったんだ。それに見たぞって報告しても、ケチだから大した報酬も出さねぇだろうと踏んだ。それは今も、変わらねぇよ」
男は運ばれてきたビールを自分の前に置き、2人にはワインを勧める。
「誘ったのは俺だから、奢るぜ。で、まぁそれっきり忘れてたんだけど、スレーブ村で見かけたから、教えておこうと声を掛けたんだ。まぁ、お節介なんだがな。おっと、まだ名乗ってなかったな。俺はウィン・カーネリアンだ。見ての通り、傭兵をやってる。ここには、採掘警護の求人も多いから来てたんだよ。3度も会うなら、多生の縁もあるだろうから、よろしくな」
屈託ない表情で笑う男は、少なくとも悪い奴には見えない。
アルバもその辺は解って、パートナーであるエルオリーセに心話で伝えたのだ。
「私は、エルオリーセ・ハイドランジア。こっちのウルフドッグは、アルバ」
名前くらいなら良いだろうと、エルオリーセは答える。するとイレーネも、同じように答えた。
「イレーネ・アルアインと申します」
つい名乗る時の癖で、以前の言い方が出てしまった。
「・・・・・・アルアイン?・・・あのアルアイン公爵かい?謀反を起こしたって噂の」
しまった、と思ったがもう遅い。誤魔化すのが大変だ。
けれどウィンは、そんな2人の心中など気にもせずに続けた。
「噂は王都から流れて来たんだが・・・娘は追放されたってな。確かに平民の娘には見えねぇもんな、イレーネさんは。ターキンとこから逃げ出したのも、それに関係してるのかい?」
尋ねられても、どこまで話して良いものか、エルオリーセにも判断できない。黙ってしまった2人に、ウィンはそれ以上詮索はしなかった。
「ここには、逃げて来たってことか。それにしても、貴族令嬢が変装するにしても、勇ましい格好だな」
揶揄うように言うウィンに、イレーネが突っかかった。
「大きなお世話よ。これから採掘に行くんだから、当たり前の格好でしょ」
「は?・・・採掘?」
「そうよ。お金が必要だから、宝石を掘りに行くの」
穴を掘ったらもれなくお宝が出てくるような、お気楽至極な言葉だ。
ウィンは大爆笑した。
「ワハハハハッ!こりゃイイわ。で、どのくらい採ってくるつもりなんだ?」
「金貨50枚分よっ!」
ここまで来ると、能天気を通り越してバカなんじゃないかと思うウィンだ。
けれどエルオリーセは、口を挟むことなく泰然としている。自分のスキルがあれば、流石に1回の採掘では無理にしても、行き先を変えて10回くらい行けば何とかるだろうと思っている。
そんなエルオリーセと、大人しく床に寝そべっているウルフドッグを、ウィンは腕組みをして暫く考えた。そして一度小さく頷くと、テーブルの上で両手を組み、声を低くして言った。
「だったら、ひと口乗らねぇか?」
何度も採掘に行くより、手っ取り早く金貨50枚を入手する可能性があると言うウィンの話はこうだった。
「この近くに、ちょっとしたダンジョンがある。昔、地震による山崩れと落盤で、地中に埋まった屋敷なんだが、記録によると中には金貨にして50枚はあるお宝があるそうだ。ただ、いささか厄介な問題があって、誰も手を付けていない」
ウィンは、詳しく説明した。
目指す屋敷に行くには、廃坑の坑道を進む必要がある。坑道自体は比較的安全だが、屋敷に一番近いと思われる場所から先は、情報も無く、危険がありそうなのだ。
そうなると埋もれた屋敷に入った後は、罠や仕掛けがあるかもしれない。そうなると、シーフがいなければ進めなし、内部がどうなっているか解らないから、マッパー技能もいる。危険な生物が出る可能性もあるから、戦士は外せない。出来れば得意武器別に最低でも2人はいた方が良いだろう。回復役も必要だし、長時間そこで過ごせるだけのサバイバル能力も要る。
それらを考えると、それなりの人数が必要になる。
けれどそれに対して、得られる報酬は少なすぎた。5人で入る場合は、1人頭金貨10枚だ。人数を揃えた冒険者たちとしては、低いレベルの報酬になる。武器や装備の減価償却、持ち込む食料などの消耗品の価格。それらを差し引けば、良くてトントンな収支なのだ。
「だから俺は、いつか行かれるようになったら行こうと思ってたんだな。以前、1人で途中までは行ったことがあるんだが、引き返したんだ。金品よりも、そこに棲んでるかもしれない『ネーハイ』っつう魔物の素材が欲しかったんだがな」
武器の強化に必要なんでな、とウィンは背に負っている大剣を指して言った。
「俺が欲しいのは、その素材だけなんで、金貨は全部そっちのモノにして構わない」
「あら、それは良いわね」
短絡的に飛びつくイレーネだが、エルオリーセは首を傾げて尋ねた。
「何故、私たちをスカウトしようと思ったの?」
娘2人と大型犬の組み合わせで、その内1人は誰がどう見てもド素人なのだ。
ウィンは、姿勢を正すと真っ直ぐにエルオリーセを見て言った。
「腹を割って、話すとするか」




