第七章 集う影
雫と別れ、悠人は家に着いた。
ドアを開ける手が重い。恐る恐る「ガチャッ」と回す。
中から、葵の声と、どこか聞き覚えのある高いテンションの声が聞こえた。
葵「いまはあんなに頭がいいのに、昔は全然勉強できなくて」
???「ははは」
会話が盛り上がっている。怒っていない様子に、少し安心した。――大丈夫そうだな。
リビングに入ると、白衣を着た見覚えのある白髪の男がいた。シロウだ。
シロウと葵は楽しそうにテーブルで話している。
葵が耳元で囁く。
「おかえり、お兄ちゃん。いつの間にか、こんなかっこいい人と友達になったの?」
悠人はなんとも言えない気持ちで「あはは」と笑った。
(内心)『シロウ、貴様には絶対妹を上げない…そう心に誓った』
シロウはいつものテンションで言った。
「葵ちゃん、お兄ちゃんと二人で話したいことがあるんだ。いいかな?」
葵「了解しました!!」
そう言うと、自分の部屋へ向かっていった。
シロウは悠人に向き直る。
「昨日、悠人君のGPS信号がなくなったから、心配になっちゃってね」
(やはり監視されているんだな……)
悠人はあらためて思った。
「ところでさ、ちょっとショッキングな写真になるんだけど……これ、見覚えないかな?」
差し出された写真を見ると、それは昨日襲撃された巨体の写真だった。
倒れた体の中心には、大きな風穴が空いている。
悠人は唾をごくりと飲む。
何も言わずにシロウの顔を見ると、明らかに俺の反応を確認している顔つきだった。
(何しに来たんだ……どこまで知っている……何を聞きにきた……)
悠人は心の中で模索する。
とりあえず、悠人は言った。
「やー、すごい写真ですね」
⸻
シロウはにやりと笑う。
「いやー、どうやらね、この写真に写っている風穴……僕が最近カレンのために作った銃の威力とそっくりなんだよね」
目が鋭く光る。
「で、その銃を初めて使ったのが、君が目覚めた日の、あの病院なんだ」
悠人の心臓が跳ねる。
(普段はおちゃらけてるのに……大事な時だけ本質を見抜く力がある)
シロウは続ける。
「君って周りから期待されてる天才少年じゃん?
もしかしたら、悠人くんが裏で僕の銃を作ったんじゃないかなーって、思って聞きに来ちゃった」
悠人はポーカーフェイスを纏いながら答えた。
「そんな、見ただけで作れるわけないじゃないですか」
シロウはふざけたテンションに戻る。
「そうだよね!考えすぎだよねー」
悠人もいつも通りの雰囲気に戻ったことに、少し安心した。
「じゃあ悠人くん、最後に腕出して。僕が作ったやつ、多分壊れちゃったから、また付け変えるね」
悠人は少し憂鬱になりつつも、腕輪を差し出す。
シロウはテンション高く腕輪を直しながら言った。
「じゃあ僕は帰るから。じゃあねー、葵ちゃんー!」
悠人は思わず小さくつぶやく。
「もう、早く出ていってください……」
シロウはドアを開け、振り返り、片手で腕輪の起動スイッチを見せびらかしながら笑った。
「またねー!」
悠人は思った。
(俺、この人、苦手かもしれない……)
♦︎
暗い部屋の中、ネオンライトが壁に反射し、空気は冷たく緊張に満ちていた。
中央には四つの椅子と、真ん中には大きなホログラムスクリーン。4つの椅子にはそれぞれ「喜」「怒」「哀」「楽」と書かれていた。スクリーン上に男が映し出されるラース、フューリー、ジョイ、ファン椅子に向かって座れと命令する。まずいちばんに哀の席にラースが元気いっぱいの小学生のように、椅子にちょこんと座る。
「ねえねえ!何で今日集合かかったのかな」手には巨大ハサミを抱え、目をキラキラと輝かせている。
椅子が少し揺れるたびに、隣のガーディアンが柔らかく腕を差し伸べる。
「大丈夫だよ、落ちないからね」
ラースは安心した笑顔を見せる。ガーディアンは黙ってラース背後で軽く揺れ、まるでラースの小さな勇気を守る盾のようだ。
次に怒の席に座ったのはフューリーだった。
拳を組み、眉間に深く皺を寄せて低く言う。
「ラース、椅子を揺らすな。目障りだ」
サイバー強化筋肉の赤いラインが体中で光り、
怒りの感情が出力を押し上げていく。
鼻歌を口ずさみながら、喜の席に座ったのはジョイだった。
「もうさ、フューリー、もっと冷静になりなよ」
ふわりと笑みを浮かべ、椅子にもたれかかる。
「そんなにカリカリしてたら、幸せになれないよ?」
ジョイの軽やかな雰囲気に、フューリーの怒りが少しだけ揺さぶられる。
だが、その赤いラインはまだ光りを増し、圧力は衰えない。
暗い部屋の奥から、ロボット蛇の背にまたがりゆらりと現れたのはファンだった。
「お前らみたいな馬鹿どもに構ってる暇はない」
そう言い放つと、蛇型のロボットが滑るように床を進み、楽の椅子にピタリと着地する。
ファンは背もたれに寄りかかり、淡々と一言吐き捨てる。
「…お前ら、全員うるさい」
その言葉を聞いたラースは、キラキラの目をさらに大きくして立ち上がりかける。
「えっ!?うるさいって、私が!?そんなことないもん!だって楽しいもん!」
フューリーは拳を握り締め、体中の赤いラインが光を強める。
「ラース、黙れ!馬鹿なことを言うな!…ファンも黙れ。威圧感だけで話をかき乱すな!」
ジョイはふんわりと椅子にもたれ、片手を振り上げて鼻歌を再開。
「ふふふ、まあまあ、みんな落ち着いてよ。そんな怒らなくても…楽しくやろうって言ってるだけじゃん?」
フューリーの怒りが頂点に達し、サイバー強化筋肉が震えるほどの圧力を部屋に放つ。
「黙れ!お前ら全員、俺の言うことを聞け!」
ラースはハサミを握りしめ、涙目になりながらも声を張る。
「いやだー!私だって意見あるもん!聞いてよー!」
ジョイは軽く肩をすくめ、くすくす笑いながらフューリーに挑発する。
「怒るほど面白い顔になるね、フューリー。そんなに怒って楽しいの?」
ファンは冷ややかに剣の柄に手をかける。
「…うるさいな。話が進まない。いい加減にしろ」
その瞬間、フューリーの怒りが臨界点に達し、赤いオーラが部屋中に広がる。
ラースは慌ててバーサーカーに抱きかかえられる。
ジョイは椅子の背もたれから身を乗り出し、鼻歌を止めて抗議。
ファンは剣を構えながら冷静に見下ろす。
四人が感情の衝突でヒートアップし、ネオンの光が揺れるその瞬間、ホログラムスクリーン上の男がゆっくりと手を上げ、静かに手を叩く体勢を取った。
その動作を見た途端、ラースもフューリーもジョイもファンも、まるで血の気が引いたかのように急に冷静になった。部屋に漂っていた怒りや興奮の空気が、一瞬にして凍りつく。
ラースはバーサーカーにしがみつきながら小さく身をすくめ、目をぱちぱちと瞬かせる。
フューリーの赤いラインも一気に鎮まり、拳を握る力が抜けていった。
ジョイは笑みを引っ込め、椅子に深く腰掛けなおす。
ファンもロボット蛇の背で姿勢を正し、無言で剣に手をかけたまま静かに座った。
「……さて、昨夜のこの映像を見てほしい」
スクリーンに映し出されたのは、巨体と神楽、そして悠人の戦闘の映像だった。
神楽が巨大な敵に立ち向かい、華麗に剣を振るう。巨体が振るう一撃を寸前でかわし、鋭い電撃とともに反撃を叩き込む様子がスローモーションで映る。
ラースは目を輝かせ、ぴょんと椅子の上で跳ねる。
「わぁ!黒雷の神楽、すっごくかっこいい!私もあんなふうに戦いたいな!」
手に抱えた巨大ハサミを小さく振って、戦闘の真似をしてみる。
フューリーは拳を握りしめ、眉間に深い皺を寄せる。
「俺も負けてられないな」
赤いラインがサイバー筋肉を走り、怒りが内側から力を引き出す。
ジョイは椅子にふわりと寄りかかり、鼻歌を口ずさむ。
「ふふ、楽しそう……やっぱり戦いって見てるだけでもワクワクするよね」
だがその笑顔の裏には冷徹な計算が垣間見える。
ファンは背後のロボット蛇を軽く揺らしながら画面を見つめる。
戦闘狂の瞳が、映像の中の動きに反応して冷たく光った。
「お前らが見てほしいのは、そこじゃない」
スクリーンの映像に向かって声が響く。
四人がもう片方の視線を向けると、暗闇の中、悠人の姿が浮かび上がった。
彼の手には何もない――はずだった。しかし、次の瞬間、銃が掌から具現化する。
冷たい光を帯びた銃身が静かに形を成し、そのまま信じられない威力で巨体を貫いた。
ラースは思わず声を上げる。
「あー!昨日見てたけど、この男の子、いつの間にか武器を出してたのか!てっきり神楽の攻撃かと思った…」
他の三人も小さく息を呑み、静まり返る。
その場に漂うのは、戦闘映像以上の圧倒的な存在感――悠人の力が、四人の心に深く突き刺さった瞬間だった。
スクリーンの男の声が低く響いた。
「……この男は後々私の脅威になる。この男を――すぐに調べろ」
張り詰めた空気が一瞬で重くなる。
フューリーは拳を強く握り、苛立ちを押し殺しながら頷く。
ラースは大きなハサミを抱え、元気よく「うん!」と返事をする。
ジョイは鼻歌を止め、珍しく真剣な表情を浮かべた。
ファンは蛇型のロボットに軽く合図を送り、無言で立ち上がる。
「了解」――四人の返事が重なり、会議室に反響する。
その直後、それぞれの影がネオンの光を切り裂くように散っていった。
残されたのは冷たいホログラムの光と、不気味な静けさだけだった。