1頁 デアイ
「……何で俺の名前知ってるの?」
開口一番、彼は言った。
自分が有名人なのを理解していないらしい。
「この学校唯一の魂所持者だから。あとただ単に変わってるからって有名だよ貴方」
「ふーん」
あまり興味がなさそうだ。
「ところで君は誰なの?俺は君のこと別に知らない」
そりゃあそうだろう。
「別に普通の学生だし、この学校生徒数多いから。僕は疾石臣做。」
「変わった名前」
「よく言われるけど貴方も変わった名前だと思う」
話してみると結構普通の人かもしれない。
魂所持者と関わったことが今までなかったが、天才すぎて話が通じないものかと思っていた。
――――魂。
それは所謂神からのギフトである。
発生したのは約200年前と言われているが真実かは定かではない。まだあまり研究が進んでいないのだ。
僕のイメージでは特殊能力。例えば炎を操る事が出来たりするとか、普通では出来ないことが出来る。まあ、人生の『勝ち組』だろう。
しかしそれを持って生まれる人間はそこまで珍しくないそうで。50%の人間――。全人口の半分くらいの人間は所持して生まれる。
「貴方――暁月さんはどんな魂を?」
それは僕ではなく、他の生徒も気になっていることだと思う。
暁月は普通のクラスメイトと共に同じクラスで勉強しているわけではない。だからといって彼のための特別な教室や授業が用意されているわけでもない。
彼は『留年生』なのだ。
聞いた話では誰も利用していない美術室で、いつも1人で何かを描いているような人間で、授業には全く参加していない。そもそも美術室の外に出ている所を滅多に見ないような、そんな人。
そのため、誰も彼と関わらない。関わろうとしない。
『怖い』のだ。その得体の知れなさが。なので彼が魂所持者なのは周知の事だが詳しい内容は知らない。
「んー、あんまり聞かれたことないしよく解らないよ。絵を描くのが好きってだけで」
「え?」
驚いた。
自分の魂を理解していないだなんてまさかの回答である。
正直拍子抜けだ。
「じゃあそろそろ俺は絵描くから、また」
「あ!ちょっ……まだ話が――」
もう少し彼と話してみたかったのだが、彼はそれ以上に絵を描くことに夢中らしい。
追い掛けようと思ったが、朝礼のチャイムが鳴り響いたのでその場を泣く泣く後にした。
――――――――
「ハーイ!今日は前々から伝えていた通り転校生が来ていますよ!皆さん快く受け入れてあげてくださいね!」
そうだった。すっかり暁月のことで忘れていたが今日は転校生が来るという話だった。周りがざわつく。
「どんな人かな」
「私、女の子がいいな!お友達になりたい!」
そう言ったのはクラスのムードメーカーの月日要萌さん。彼女は誰にでも優しく公平に接してくれるのでクラスの男子からも、女子からも好感度が高い。僕も彼女のことが人間として好ましいと思っている。
「まあ男の子でもお友達になるんだけどね〜」
「要萌ちゃんお友達作るの上手だもんね!」
そんな話を女子たちがしていると、ガラッと扉が空いた。古い校舎で建付けの悪い扉なので大きな音が鳴るのは日常茶飯事だ。
「?」
入ってきた転校生を見て全員が唖然とする。
それは彼の肩だ。
(ひよこだ……ひよこが乗ってる……)
月日さんの期待とは異なり、転校生は男性だ。
白い髪に青い瞳。それはまあ解る。問題はやはり肩に乗ったひよこだろう。
「えーっと……喰々流くん?この学校ね、ペット禁止で――」
「……食料」
「ん?」
A.「これペットじゃなくて食料」
ざわつく。
何か凄い人が転校してきた。
「そ、そう……とりあえず自己紹介しましょうか」
先生もよく理解出来ていないのか、諦めたのか。というかひよこは今認識したのか。
自己紹介を促す。
A.「喰々流惡ト、名探偵だ。よろしく頼むよ」
普通の名探偵は恐らく自分のことを名探偵と言わない。
多分この人は相当な変わり者だ。
「……はい、喰々流くんの席は疾石くんのとなりね」
いつもはテンションが高く、明るめの先生も相当参っているようだ。
しかもこの転校生が僕の隣の席になるのか。騒がしくなるのは、正直あまり好きではない。
だが意外と喰々流は大人しく、授業はスムーズに進んだ。
そして本日最後の授業。僕が苦手とする授業である。
「最後の授業は『魂学』よ!」
この授業は去年の春から新しく導入されたものだ。
名前の通り、魂の知識を深めようというものなのだが所持者じゃない僕にとってはあまり興味の持てる分野ではない。
「今日の内容は最近問題になっている『激情ドラッグ』について」
――『激情ドラッグ』はニュースでもよく取り上げられているから皆知っているよね?
これはまさに劇薬。飲むと”何か”を対価に魂を習得することが出来る。
ただその”何か”が何なのかはまだ研究が進んでいないの。もしかしたらそれは道徳心かもしれないし、命そのものかもしれない。貴方達の大切な人かもしれない。
魂を持っていない貴方達には魅力的に感じるかもしれないけれど、決して飲んではいけない。
リスクが大きすぎるからね。
そしてもう1つの問題が、どこでこの薬が密売されているか……密造しているかわからないということ。
「だから何か有益な情報を手に入れたら、私に教えて頂戴。私から警察にお伝えしておくわ」
それで授業は終わった。
帰り際隣の席の喰々流の事が目に入ったが、やはり月日さんを始めとしたクラスメイトは興味津々のようで忙しそうだ。
いや、本人は熱心に読書しているようなのでほとんど聞いていないようだが。
僕はひよこの真意は気になるが、お腹も空いたので早く帰ることにした。
――――――
「魂かぁ……」
今日だけで色々なことがあった。魂所持者の暁月助久に転校生の喰々流。世の中には色々な人間がいる。
それは僕にとってとても魅力的に思えた。
(僕にも、魂が使えたらもっと違っていたのかな)
子供の頃夢中になったアニメのヒーロー。あのアニメの主人公は魂を使って困っている人間を助けていくといった人格者で、まさに僕の理想像だ。
(僕もそうなりたいけど、そもそもの魂が使えないんだよなぁ)
『もしかしたら』が頭の中を駆け巡る。
そんなこと考えても現実は何も変わらないのに。
「はぁ」
「お困りのようだね」
「!」
いきなり声を掛けられた。そこにいたのは白衣を着た男性。
前髪がかなり長く、右目はその長い黒髪で隠れていて左目しか見えない。
「魂――25%の人間しか持っていない特殊能力。選ばれるかどうかは神のみぞ知ると言ったところか」
「え?25、%……?」
僕の知っている話では魂を持っている人間は50%。全人口の半分のはず。
「ああ、君も『偽物の情報』に踊らされている1人か」
「偽物の情報……?」
白衣の男は続ける。
「確かに魂の所持者は全人口の50%――だがこれは半分本当で半分嘘だ」
「……まさか」
男は微笑む。御名答だと褒めるように。
「50%のうち、先天的に所持している純正の魂所持者は25%。そして残りの半分は後天的に手に入れた『虚像』の魂だ」
「劇薬、ドラッグ……!」
「そうだね、そしてそれの製造者が私だ」
「!?」
背筋が一気に凍る。
逃げないと、危険だ。
この男は危険だと本能が告げている。
だが時既に遅し。
「うわっ!」
首筋に突如注射器を押し付けられる。そして中の液体を躊躇なく注入された。
「おめでとう。これで君も魂所持者だ」
「け、警察呼ぶぞ!?」
人混みが苦手という理由で狭い路地裏を選んだのが失敗だった。
まさかこんなことになるだなんて。
だがこの路地裏を出ればすぐそこは広い道が拓ける。幸い路地裏の手前の方にいるので、走ればすぐに助けを求められる。
「いいよ」
「は?」
「いいよ。呼んで」
その真意は解らない。だが本能が告げている。
この人間を他の人達と関わらせてはいけないと。
「……」
「君結構直感が冴えているね」
そう言い、取り出したのは手榴弾。
ゾクッとする。もし自分が逃げていたら、何の罪もない人たちが皆餌食になっていたと思うと。
「じゃあ私はもう行くよ。いい人生を」
そう告げ、白衣男は去っていった。