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3「私をサイラス領に連れて行って!」

「昨日のことのように思い出せるわ。アナタといっしょに歩いた庭園の、花の香りを。アナタと初めてデュエットした時の、アナタのつたない歌声を」




 カルメン王女殿下の目。


 サイレンを見つめる、熱い眼差し。




「全部覚えている。都合が悪くなると目をそらす癖も、高音を歌おうとするとどの音階で上擦るのかも、剣の太刀筋も、背中のホクロの位置も、私に笑いかけてくれた回数も」




 殿下の目は本気だ。


 ちょ、ちょっと怖い……。




「12年前、護衛騎士見習いとして現れたアナタは、とても格好良かった。一緒に成長していって、私がアナタを好きになるのはごくごく自然のことだった。


 私からの度重なる求婚を『おままごと』としてあしらいきれなくなったアナタは、私との交際のことを真剣に考えてくれた。それで、誕生日のあの日、お父様に直談判してくれて。とても嬉しかった。けれどお父様は、交際するなら最低でも独力で伯爵位を手にしろ、って」




 歌うような、カルメン殿下の声。


 心地良い。


 サイレンと殿下の馴れ初め、関係の構築という耳をふさぎたくなるような残酷な内容なのに、心地良い。


 私は情緒がぐちゃぐちゃになる。




「それからアナタは軍に入り、次々と戦功を上げていって、西部方面軍の将軍にまで上り詰め、晴れて伯の地位を得ることになった。


 けれど、その直後にアナタは喉を失ってしまって……」




 殿下の悲しげな眼差し。




 ……まさかの展開だった。


 ここに来るまで、私は殿下のことを泥棒猫だと考えていた。


 だが、実は逆だったのだ。


 私の方こそが、カルメン殿下から大切な幼馴染を奪い取った泥棒猫だったのだ!




【鼓舞】の力を失ったサイレンを、捨てるようにして死地に追いやったのは王家だ。


 だが、それはカルメン王女本人が望んだ展開ではなかった可能性が高い。


 この、本気で懐かしんでいる様子の顔を見る限り。


 彼女はむしろ、被害者だ。




 だが、だからといって、私にどうしろと言うのだろう?


 大人しくサイレンを差し出せ、とでも言うつもりなのだろうか。


 ……いや、殿下の立ち居振る舞いは恋敵であるはずの私に対してすら、真摯だ。


 地位や付き合いの年数を盾にして離婚や重婚を迫るようなことはしてきていない。


 せめて、そういう分かりやすい悪役ムーブをしてくれれば良かったのに。


【美声】スキルの効果も相まって、私はどうしようもなく、殿下に同情してしまう。




「……ねぇ、サイレン。一生のお願いなのだけれど」




 殿下が言う。


【美声】の載った、歌うような声色で。




「一夜だけでいいの。私にくれない?」




「「!? !? !?」」




 私とサイレンが、同時に顔を上げた。


 殿下、それはいわゆる、ワンナイト的な――!?




「ち、違うのっ」




 殿下がわちゃわちゃと手を振る。


 その奇跡的な美貌も相まって、悔しいことに、ちょっと信じられないほど可愛らしい。




「ただっ、オペラを見に来て欲しくって。今夜ちょうど、腕の良いソプラノが入っているのよ」




『お前のことだろ?』とサイレン。




「あはは、バレちゃった?」




 いかにも幼馴染然とした距離の近いやり取りを見せられれて、私は苦しくなる。




「ね、どうかな。いいですか、ライトさん?」




 殿下が私を上目遣いに見つめる。


 美少女の上目遣い、破壊力がえぐい。




 助けを求めるように隣のサイレンを見上げると、サイレンもまた、私の方を見ていた。


 困った表情で。




『どうしよう?』と手話で尋ねてくるサイレン。


 私はぶっ倒れそうになる。


 ちょっとサイレン、私に判断を委ねるな!


 家父長はアンタだ!


 お願いだから、雨に打たれた子犬みたいな目で私を見ないで……。




『分かりました』根負けした私は、サイレンに手話でそう答えた。『一晩だけなら』










   ◇   ◆   ◇   ◆










 諸々の手続きを終えた後、サイレンと殿下は本当に夜の街へと繰り出してしまった。


 馬車に乗り込む際、殿下をエスコートするサイレンの姿が、胸に突き刺さった。




 ……数時間後、サイレンは一人で戻ってきた。


 殿下には座長としての後片付けその他の仕事が残っているから、とのことだった。


 言葉のとおり、本当にただ観劇してきただけなのだろう。


 私はサイレンを信じる。




 そうして夜もふけて、そろそろ寝るかとなった頃、サイレンと私のために割り当てられた客間のドアがノックされた。


 ノックの主は、




「「で・ん・か!?」」




 仰天する私とサイレン。




「私をサイラス領に連れて行って! 絶対に邪魔にならないようにするから」




 え?


 ええええええええええ!?










   ◇   ◆   ◇   ◆










 翌朝、宣言のとおり、殿下は私たちの馬車に乗り込んできた。


 このまま王都に向かうはずが、サイラス領へとんぼ帰りする羽目になってしまった。


 だが殿下曰く、これは陞爵や両領統合に関する意思決定にどうしても必要なプロセスなのだとか。


 つまり、サイレンと殿下が婚姻するかどうかを決める――殿下が決心を固めるために必要なことなのだろう。


 確かに、嫁ぎ先を見ておきたいという思いは十分に理解できる。




『邪魔にはならない』という宣言のとおり、道中の殿下は文句一つ言わなかった。


 内臓が揺さぶられるような馬車の揺れにも、


 お風呂のない生活にも、


 硬いベッドにも、


 粗食にも。


 強い女の子だ、と思った。


 この子なら、サイラス領の過酷な生活にも耐えられるかもしれない。




 一方の私は、馬車の中でサイレンとの会話を楽しんだ。


 手話で。すでに【沈黙】の呪いの範囲内だったからだ。


 本来は忌まわしいはずの呪いだが、今この時だけは私の味方だった。


 馬車内には殿下もいるが、殿下には手話が分からないからだ。


 だから私は、サイレンを独り占めすることができた。


 サイラス領では激務に追われるサイレンなので、こうしてゆっくりお話できるというのは本当に貴重で、幸せな時間だった。




『すまない』




『何の謝罪ですか?』




 私はサイレンに、怒ったふりをしてみせる。




『ライトには、いつも苦労ばかりさせている』




『別に、苦労だとは思っていません』




 と返しつつも、怒った顔は解除しない。




『違う、言葉を間違った。ガマンばかりさせている、だ』




『ふぅん?』私はいたずらっぽく微笑んでみせる。『じゃあ、どうすれば私が満足すると思いますか?』




『それはもちろん、今以上に夜の営みを――』




 ――バチーン!


 と、サイレンの手をはたき落とす私。




『殿下の前でなんてことを!?』




『どうせ伝わらないさ』




 ニヤリと微笑むサイレン。


 彼のこういう、たまにしか見せない子供っぽいところが最っ高に可愛い。




『それはそうかもしれませんが……。でも、それだけでは駄目です。昼の営みも要求します』




『昼にも!?』




『ではなくて。二人きりのピクニックを要求します』




『なるほど。城壁内の公園でも良いのなら、近いうちに一緒に行こう』




『公園……でも不満はありませんが、せっかくなら城壁外の川や山などにも行ってみたいです』




 サイレンが剣の柄に手をやって、ニアリと微笑む。




『魔物とのピクニックをお望みなら、それでもいいが』




『前言撤回。公園でいいです』




 そう言って、たまらず二人で笑いあった。




 カルメン王女殿下は、頭の上に『?』マークを浮かべながらも、羨ましそうな顔で私たちを見ていた。




 こうして私たちは、領都サイラスへと入った。


 はてさて、どうなることやら……。

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