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第2章 1『陞爵?』

『陞爵?』




『そうだ』




『それは、おめでとうございます!』




『めでたいだけで済めば良いのだがな……』




 手話で応答しながらも、私の夫サイレン・フォン・サイラスは渋面一色だった。




 あの、地獄のスタンピードからさらに数日が経った日のことだ。


 いつものように熱い夜を交わした後で、サイレンが話しはじめたのだ。




『責任が重くなるのがつらい、とか?』




『それはいい。西方では、もっと大きな軍を率いた経験もあるしな。だが……』




 サイレンは歯切れが悪い。


 結論を言うのを避けているように見える。


 なぜだろうか?




『スタンピードの直後にここを離れるのが不安、とか?』




『それも大丈夫だ。副官がいるし、ライトが構築してくれた【うぇぶかいぎしすてむ】? とやらのお陰で、戦闘の精度が格段に上がったからな』




『あ、あはは。その名前は冗談ですので忘れてください』




 名前に『フォン』と付いているとおり、サイレンはサイラス領を収める領主であり貴族だ。


 その爵位は、『城伯』。


 ファンタジー世界に馴染みのある人でも、聞いたことがない爵位ではないだろうか?


 上から示すと、こうなる。




 ポメラ王


 公爵


 侯爵(私の実家も侯爵)


 辺境伯


 伯爵


『城伯』


 子爵


 男爵


 騎士




 城伯はその名のとおり、一つの城――城塞都市を治める地位だ。


 ここ、城塞都市サイラスとその周辺のみが領土であるため、『伯』と付いていてもその支配領域はごく限定的だ。


 この地は、東の境界線を魔王国と接している。


 つまり、『辺』境なのだ。


 辺境と言えば辺境伯を思い浮かべるが、サイレンは辺境伯ではない。




 辺境伯領は別にある。


 ポメラ王国第七王女が治める、アイゼンリッター領だ。


 アイゼンリッター領は城塞都市サイラスから馬車で西に数日の距離にある。


 もちろん、【沈黙】の呪いの対象外だ。




 つまりこの地は、国境警備を任されたアイゼンリッター辺境伯領の、さらに突出した最前線基地なのだ。


 そのため、人々に曰く『捨てられた地』。


 ポメラ王国にとって、本来の最前線であり主要防衛戦はアイゼンリッター領境。


 ここサイラス領は、いざ魔王国が本格的に攻めてきたその時、耐えて耐えて、アイゼンリッター領が防衛体制を完成させるまで時間を稼ぐことを求められているのだ。




『ということは、サイレンは伯爵になるんですか?』




『いや、辺境伯だ』




『二階級特進!?』




『二階級……? 何だって?』




『い、いえ、こちらの話です。……あれ? でもそうなると、ダブル辺境伯になってしまうのでは?』




『だから、困っているんだ』




 どういうこと?




『国王陛下は、私と第七王女の婚姻を望んでおられるんだ』




『そ、それって――』










 離婚?










 私の全身から、嫌な汗が溢れ出す。


 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!


 私はここで、やっと愛を見つけたんだ。


 それを今さら、取り上げられるなんて!




 ――ぎゅっ




 と、抱きしめられた。


 力強い抱擁だった。




『大丈夫だ。ライトを手放すなんて、絶対にしない』




 手話でそう伝えられ、再び抱きしめられた。


 緊張が、すっと和らいでいく。


 胸の中が暖かくなる。




『ただな……』




 私を落ち着かせてから、サイレンが再び歯切れ悪く言葉を繰りはじめた。




『最悪、王女との婚姻は避けられないかもしれない。その場合、ライトは側室ということになってしまう。済まない』




『そんなこと』




 私は全忍耐力でもって、微笑んでみせる。




『私は気にしません。サイレンの妻でいさせてくれるのなら。それに今の話ってつまり、サイレンがアイゼンリッター領とサイラス領の両方の領主になれるということですよね?』




『そのとおりだ。王女は戦に疎く、然るべき将軍がその地位に就くまでの飾りに過ぎないんだ。もっとも、王女は俺の【鼓舞】に似たスキルを持っていて、士気を高めるのを得意としているが』




『つまり、【鼓舞】の力を取り戻し、然るべき将軍となったサイレンと、士気上昇のスキルを持つ王女様を組み合わせることで、強い軍隊を作ろうと』




『そういうことだな』




 そ、そうだ。


 悪い話じゃないはずだ。


 サイレンが辺境伯になれば、アイゼンリッター領の軍や物資も自由に動かせるようになる。


 サイラス領はきっと豊かになるし、対魔物戦も楽になるだろう。




 悪いことではない。


 良いこと尽くめじゃないか。


 そうだ。そのはずなんだ――。



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