8話 『ご都合主義は通じない』
「フランメ・ヴァント...!」
突然の詠唱に、俺は思わず飛び起きる。
寝起きのぼやけた目を擦り、音の方へと目を凝らす。
頬に汗を垂らし、必死に杖を構えるリュナの前にあったのは、六角形が連なる半球。
リュナと俺の体を囲むように広がるそれは、俺の知る限りでは防御魔法。
一体何から守っているのかと気になり、視線の先を覗いてみると……
「カイル...?」
リュナの防御に、大きな鎌を繰り返し打ち付けていたのは、昨日森で助けた少年カイルだった。
昨日の無垢な少年の面影は無く、その目つきは鋭利さを増している。
それに対して、ぐんと上がった口角が、何処か不気味に感じられた。
「どういうことだよ...」
「ユウリ様...下がって!」
リュナの言葉に、俺は思わず身構える。
彼女も防御を固めるが、鋭い鎌の矛先は、彼女の腹部を切り裂いた。
「リュナ!!」
鮮やかな血しぶきを上げ、こちらへ倒れこむリュナを、俺はそっと受け止める。
── 何が起こってるんだ……
あまりに唐突なこの状況を、俺は理解し切れない。
腹を裂かれたリュナは、嗚咽混じりに口を開く。
「村の住民は...エーデル様が避難させてくれました...」
「おい、リュナ...どうなってるんだよ」
「私にも...分かりません...いきなりこの子が...暴れだして...」
リュナの指先がかすかに震えながら、俺の腕を掴む。
息も浅く、目の焦点が合っていない。
傷の深さを見なくても、致命傷であることは明白だった。
「おい、カイル...何しやがるんだ!」
俺の怒号を聞くと、カイルと見られる少年は、気だるそうに言葉を続けた。
「"カイル"、という名で呼ばれるのは、もう飽きました」
「...は?何言ってるんだよ...」
こいつはカイルじゃないのか?
でも、そうだとしたら誰なんだ...?
「仕方が無いですね...名を名乗って差し上げましょう」
少年の意思表示に、俺は静かに息を飲む。
「私は、真世旅団 調停者。ユルギス・フィラ・キルフリント、です」
カイルの口から発せられた、俺の知らない名前の数々。
【真世旅団】に【調停者】。そして、【ユルギス・フィル・キルフリント】という人名。
そのどれもが、どこか不穏な響きを纏っていた。
「エーデル様...逃げて」
大量の血を流してもなお、俺を庇おうとするリュナの手を、俺は強く握りしめた。
「お前...どうして」
己の怒りに身を任せ、堅い握り拳を作る。
「おや...何をするおつもりで?まさか、この罪無き少年の身体を傷つけるのでは無いでしょうね?」
── クソッ、どうすればいい...!
リュナが倒れている以上、この場に戦える者はいない。
仮に戦えたとしても...それはカイルを傷つける事になってしまう...
「胸糞悪ぃな...クソ野郎...!」




