7話 『森の少年』
翌朝、まだ日が昇りきらない早朝に、俺達は旅を再開した。
辺りは木々に囲われ、客車に木漏れ日が差す。
耳に響くのは微かな小鳥のさえずりのみで、森は静寂に包まれていた。
「ここから半日ほど進んだところに、小さな村がある。
今日はそこまで行こう」
エーデルが前を向きながら、手綱を引く。
今日も長い旅路になりそうだ。
それにしても、実にのどかな旅日和。
こんな日には、空でも見上げながら朝寝を貪りたい。
俺はそう考えながら、うとうとと眠りに落ちた。
■ ■ ■ ■ ■
ガタンッ
突然の衝撃で目を覚ます。
到着したかと思えばそうでは無い。
馬車は道の途中で止まっている。
様子が気になり前を覗いてみると、大きな岩が道を塞いでいた。
土砂崩れか、落石か...どちらにしても通れそうにない。
「困ったな...一旦経路を見直すか...」
困り顔のエーデルに、リュナが地図を手渡す。
「正規のルートではありませんが、森をこのように抜ければ着くはずです」
リュナが地図を指でなぞり、経路を示す。
道なき道を歩む事になるが、他に手立てがあるわけでもない。
「よし、じゃあそれで行くか」
再び馬車を走らせ、森の中へと進む。
木々が生い茂り、道は険しさを増していく。
俺は顔をしかめながら、客車の外を覗き込んだ。
木々の枝が容赦なく馬車の外壁を打ちつけ、ギシギシと不穏な音を立てていた。
「本当に大丈夫かよ...」
俺の嘆きを他所に、エーデルは馬に拍車を掛けた。
「きっと大丈夫ですよ。エーデル様が無事に連れて行ってくれます」
リュナが優しく微笑む、
俺は小さく息を吐き、再び木々の間に視線を戻した。
── その時、再び馬車が止まった
「...おい、誰だ?」
彼の言葉に、俺とリュナも身構える。
静かに馬車を降り、木々の隙間に目を凝らす。
すると、そこには一人の少年が立っていた。
小さな身体を震わせ、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらこちらを見つめている。
「迷子なのか?」
俺の問いかけに少年は小さく頷く。
この辺りには何も無い。恐らく俺達が向かう村の子供だろう。
「君は、この先の村の子か?」
「うん...川に沿ってここまで来たら...道がわからなくなって...それで、それで...」
言葉を詰まらす少年は、ついに泣き出してしまった、
仕方ない。俺も昔迷子になった時には、人生の終わりを感じるくらい心細かった。
「大丈夫だ。俺達が連れて帰ってやる」
「本当......?」
「本当だ」
その言葉を聞くなり、少年は泣き止み、こちらを見上げて笑顔を見せた。
そうして俺達は少年を乗せ、4人で旅を再開した。
■ ■ ■ ■ ■
「そういえば君、名前は?」
「カイルです...」
「そうか、よろしくな、カイル。
俺達が無事に帰してやるから安心してくれ」
「ははっ、ありがとうございます」
先の泣き顔から一転し、元気になったようで何より。
いつ頃着くかは分からないが、あまり遅くなってもカイルの親が心配する。
「エーデル、頼んだぞ」
「ああ、分かってる」
エーデルは馬を軽く叩き、その足取りに拍車を掛けた。
── ふぅ...俺ちょっとかっこよくないか?
そんな自惚れに浸りつつも、まぶたは重くなる。
連日の疲れが、今になって響いてきた。
「眠いなら寝て良いんですよ。着いたら起こしてあげますから」
「ああ...悪いな」
リュナの言葉に甘えて、俺は静かに目を閉じた。
■ ■ ■ ■ ■
「エーデル様、着きましたよ」
「やっとか...って、あれ?」
頭の下が妙に暖かい。
それに、なんだかリュナの顔が近い。
俺は思考を巡らせ、状況を理解した。
── 膝枕っ...!?
「なっ、何してんだよ!」
「えへへ...随分と気持ちよさそうに寝てましたね」
「っ...」
「私の足、そんなに寝心地良かったんですか?」
「....うるさい!」
俺は勢い置く起き上がる、
リュナは悪戯に笑った。
くそ...俺したことが...。
無意識のうちに膝枕されるとは。
だが、良い。すごく良いぞ。
そんな事を考えていると、エーデルが声を上げた。
「夫婦漫才も良いが、荷物降ろしを手伝え」
「ああ、すまん...って誰が夫婦だ!」
まったく...ニヤけてしまった自分が憎い。
■ ■ ■ ■ ■
カイルの両親と無事に再開し、礼を言われた俺達は村の宿へと案内された。
宿と言っても、空き家を使った簡素な物で、寝室にはシングルベッドが一つ、ダブルベッドが一つ置いてあった。
俺とリュナがダブル、エーデルがシングルをつかうことになった。
リュナと寝床を共にするのは、正直少し気にかかったが、泊めてもらった身の上、文句を付けるわけにも行かない。
俺は仕方なく彼女と共にベッドへ入った。
「エーデル様、私のこと襲わないでくださいよ?」
「するかバカ」
リュナはくすっと笑い、布団に潜る。
俺もそれに続いた。
今日も長い一日だったが、旅路はまだ半ば。
明日は野宿になるだろうから、今のうちに暖かな寝床を味わっておこう。
──そうして、俺の一日は幕を閉じた。




