4話 『紐無しバンジー』
──はっ……。
胸までかかっていた布団を押しのけ、身体を起こす。
……あれ? ここは……?
カビ臭いエアコンの風。
山のように積まれたティッシュ。
机の上には、書き溜めた原稿が散乱している。
見慣れた光景。間違いなく、俺の部屋だ。
「……夢、だったのか?」
そうだよな。
俺が異世界転生なんてできるわけ──
「わぁぁぁ! ここ、どこですか!?」
耳が痛くなるほどの甲高い声。
裾を掴んで涙目でこちらを見上げる少女。
「なんでお前がいるんだよ……!」
「なんでって……当たり前じゃないですか! 代理魔女なんですから!」
代理魔女だからって...理由になってないだろ。
というか、つまり、あれは夢じゃなかったってことか?
でも、だとしたら俺はなぜここに?
それに、ダークウルフに噛み千切られたはずの四肢も、見ての通り健在だ。
「ここ、どこなんですか!」
「どこって……俺の部屋だよ」
「ええっ!?」
もう隠しようがない。
そう思った俺は、これまでの経緯を洗いざらい話した。
正直、自分でも信じられないような体験だ。驚かせてしまうだろう。
「転生……ですか。本当にそんなことが……」
「確かにわけが分からないが、俺は確かに転生した。
俺たちが今いるこの世界から、さっきまでいたあの世界にな」
せっかく転生できたのに、現世に逆戻りなんて最悪だ。
「てか、俺はあの時なんで倒れたんだ? 対して動いてもいないのに」
「あっ……それが……」
リュナはどこか言いにくそうにしながらも、続けた。
「私たち代理魔女が使うのは、あくまで契約者の魔力なんです。
だから……代理魔女がマナを使いすぎると、契約者の魔力が、枯渇しちゃうんです……」
「なるほどな……って、お前のせいじゃねーか!!」
こいつ、俺のキャパシティも考えずにバカみたいに魔法を乱発してたのか。
五回も契約を切られた理由……なんとなく分かったぞ。
「ごめんなさい……! 私、魔力の調整が苦手で……それで今までも契約を切られちゃって……」
「っ、まあいいよ……。お前がいなければギルドにも行けなかったし。それに、俺は現に生きてるからな」
思うところがないと言えば嘘になる。
だが、こいつに恩がないわけでもない。
そこは素直に感謝すべきだろう。
「そういえば、お前の名前は?」
「あっ、リュナです。代理魔女のリュナ……」
「俺はユウリ。カオルヤ・ユウリだ。これからもよろしくな」
「はいっ!」
そんな馴れ初めを交わし、俺たちは異世界に戻る方法を模索し始めた。
■ ■ ■ ■ ■
「まず、ユウリ様が最初に異世界へ渡った原因は、死ですよね?」
「ああ、多分そうだ。腹を刺されて、気付けばあの街にいた」
リュナは腕を組み、思考を巡らせる。
「そして、今この世界に戻った原因も死……ですよね」
「ああ、そうだ」
彼女は少し考え──そして、何かを思いついたように顔を上げた。
「それなら、もう一回死ねば戻れるんじゃないですか?」
「……確かに、それは一理あるが……」
俺はこの人生で、二回死を経験した。
死の瞬間の寒気や恐怖は、まだ鮮明に記憶している。
死というのは、そう気軽にできるもんじゃない。
……でも、このままじゃ終われない。
俺はガラスの窓を開け、ベランダへと出た。
マンション7階の空気は冷たく、喉を刺すように突き抜ける。
下を見下ろす俺の前髪を、鋭い北風がそっとさらった。
──怖い……。
「それえっ!」
「えっ……ちょっ、待っ!」
リュナが俺を突き落とした。
高速で落ちる俺の身体を、鋭い風がすり抜けていく。
次の瞬間──俺は三度目の死を迎えた。