2話 『酒好きな代理魔女』
さて、噴水に触れたことにより兵士に追われている俺。
とっさに路地へと逃げ込んだのは良いが、追いつかれるのも時間の問題だ。
行く当てもなく、ただひたすらに走り続ける。
軽く振り返ってみるが、兵士の姿は見えない。
上手く巻けたのだろうか?
そんな俺の期待を打ち砕くかのように、鎧が揺れる音が聞こえる。
── まずい...追いつかれる
せっかく転生してきたのに、早速ムショ暮らしだなんて御免だ。
俺は突き当たりの角を曲がり、懸命に走り続けた。
「おい、入れ!」
正面から声を掛けられた。
その声の主は、兵士ではなく、エプロン姿の初老の男。
酒場の扉から体をせり出し、こちらへ手を振っている。
なんだかよく分からないが、他に当てが有るわけでもない。
俺は店主の招きに応じ、店の中へと駆け込んだ。
■ ■ ■ ■ ■
「はぁ...助かった」
「おう、間に合って良かったな、兄ちゃん」
息を切らす俺を尻目に、バーカウンターへグラスを置く店主。
「まあ、座れよ」
「悪いな...」
席に着くと、店主は目の前のグラスに、リンゴの絵が書かれたジュースを注ぎ始めた。
「おいおい、俺、金持ってないぞ」
そんな俺の言葉を無視し、グラスにジュースを注ぎ終わる。
「俺からの奢りだ」
「えっ、良いのか?」
「あんたその服装、よそ者だろ?」
「そうだけど...」
グラスに注がれたジュースを眺める。
匿ってもらった上に、飲み物を奢ってもらうだなんて。
「にしてもあんた、なんで兵士に追われてたんだ?」
「実は...」
俺は店主に、これまでの経緯ざっと話した。
そんな俺の語りを聞き、店主は軽く溜息をつく。
「なるほど...うちの国則、厳しいからな...。
せっかく他所から来てくれたのに申し訳ない。
とりあえず、飲んでくれ」
「あぁ...ありがとな」
軽い感謝の言葉を述べ、俺はジュースを豪快に啜る。
薄黄色に透き通るそれは、乾き切った俺の喉を、さらりさらりと潤していく。
あぁ...人生でこんなにも美味いリンゴジュースはあっただろうか?
俺はジュースを飲み干すと、コップを盛大にカウンターへ叩き置いた。
「良い飲みっぷりだな、兄ちゃん」
店主のその言葉と同時に、扉の外で鎧の揺れる音が通り過ぎた。
「うわ...マジかよ」
この店に匿われなければ、俺は今頃捕まっていたかもしれない。
改めて、この店主には感謝だ。
「ところで兄ちゃん、名前は?」
「俺は...ユウリ。カオルヤ・ユウリだ」
「俺はバルガン。見ての通りこの店のオーナーだ」
”バルガン”。この世界に来て、初めての恩人だ。覚えておこう。
「それにしても兄ちゃん、変わった名前に服装だな。出身は?」
「あぁ...それが...」
転生前の俺なら、迷う事無く”横浜”と答えていただろうが、通じるわけがない。
ここはなんとか誤魔化して....
───口を開こうとしたその瞬間、店の扉が開かれた
扉の方へ顔を向けると、そこに立っていたのは千鳥足の少女。
頬を赤らめ、フラつきながらこちらへ近づく。
「マスターぁ...お酒ぇ...」
おいおい、この子飲もうとしてるのか...?
どう見ても、年下にしか見えないんだが...。
そしてバルガンはなんで酒を出そうとしてる?
未成年飲酒は良くないって、小学校で習わなかったのか?
「あんたか...酒は程々にしておけよ?ほらよ、葡萄酒だ」
「ありがとぉ...」
酒のボトルを受け取るなり、口に加えて直飲みする。
こいつマジかよ。
未成年飲酒の上に、ボトル直飲みとか...どんだけませてんだよ。
「ああ、!私はもう終わりだぁ!」
ボトルを半分ほど飲み干し、カウンターに叩きつける。
身にまとったローブの裾で口を拭く仕草は、まるでビール好きなおっさんだ。
── こいつ...ませてるどころか酒豪じゃねえか!
「お兄さん...わたしぃ...代理魔女やってるんですぅ...」
【代理魔女】ってなんだ?
”魔女”は分かるが”代理”魔女、とは初耳だ。
関わりたくないような気もしたが、俺は渋々話に応じた。
「代理魔女ってなんだ?」
「えっ...知らないんですかぁ?」
俺は無言で頷いた。
「随分と世間知らずな人も居たもんですねぇ...まぁ良いですよぉ。教えてあげますぅ」
その後、俺は彼女の説明を聞いた。
どうやら、【代理魔女】というのは、魔法が使えない契約者の代わりに、契約者の魔力を使用し魔法を使う魔女の事だそうだ。
つまり、本人は魔法が使えなくても、代理魔女を雇えば魔法が使える。そういう事らしい。
「それで、君はどうして”終わり”だなんて言ってるんだ?」
「そう!それなんですよぉ...。実はわたしぃ、契約を切られちゃってぇ!もう五回目なんですよぉ!」
五回も契約を切られるとか...何やらかしたんだよ...。
とはいえ...今の俺は無力だ。この世界でやっていけるとは思えない。
それならいっそ、この子と契約するのもありなんじゃないか?
そうだ、それでこの子に魔法を習えば良い。
そんである程度身についた頃にサヨナラすれば...俺も晴れて魔法使いに。
よし、決めた。この子と契約をしよう。
「なら俺が、君と契約するのはどうだ?」
「えっ!良いんですかぁ?」
俺が小さく頷くと、彼女の表情は明るくなった。
「そうと決まったら祝い酒ぇ!ほらほら、飲んで飲んで」
「ちょっ...まっ...」
こいつ...俺の口に酒を注ぎやがった!
ヤバい...なんか、頭がぼーっとして....。
なんか...眠い...
バタンッという打撲音を最後に、俺の意識は闇へと落ちた。