18話 『小さな師匠』
「──ッ!?」
目前まで迫る閃光に、俺はぐっと目を閉じた。
鼻先が黒球の熱で焼かれ、じわりじわりと汗が滲む。
そんな様子に、俺は死を覚悟した。
── あれ?
もう数十秒が経過しただろうが、俺は死んでいない。
あの何とも言えない寒気も吐き気も無く、心臓は健気に脈打っている。
「ユウリ───」
リズエルに名を呼ばれ、俺はおずおずと目を開いた。
死への恐怖に身体を震わせる俺の前にあったのは、赤く光を放つ六角形が集った半球。
リュナがあの時使っていた防御魔法と、全く同じものだった。
「なんだよ……これ?」
「君の力だよ、ユウリ」
困惑しながらキョドる俺に、リズエルが小さな声で囁く。
これが、俺の力?
魔法の使い方も知らなければ、経験もない。
そんな俺に、魔法が使えたのか?
もしかして、俺って実は天才だったりしないか?
そんな期待は、次にリズエルが講堂に放った言葉で瞬時に打ち砕かれた ───
「今彼は、無意識で防御を展開している。
このように、無意識下であれば誰でも魔法を扱うことが出来る」
『そして──』と一言付け加えると、リズエルは講義を続けた。
「それを意識的に行うのが、魔法における熟練度だ」
その言葉に、会場内の一同が一斉に息を呑む。
意識的に魔法を放つ───確かに俺はそれをしていない。
リズエルが放った攻撃に対して、俺は身を縮こめて力を入れていた。
つまり、この防御魔法の展開は、一種の防衛反応のような物、ということか。
そして、彼女の言い方から見るにそれを意識的に行えるようになれば、俺でも魔法が使えるのではないだろうか?
よし、決めた。後でリズエルに頼み込んで魔法の教えを乞おう。
そしたら俺は一段と強くなって、世界最強の転生勇者に───なんて上手くいかないのは分かっている。
しかしそれでも、少しずつ努力を重ねればいつかは必ず報われる。
それが世界のお決まりだ。
■ ■ ■ ■ ■
講義が終わった後、俺はリズエルの元を訪れた。
淑やかに立ち尽くす彼女に、俺は先の考えを伝えた。
「リズエル、俺に魔法を教えてくれ!」
「それは出来ない」
随分と食い気味に断られてしまった。
俺はあまりのショックに言葉を無くす。
「私はこう見えて忙しいんだ。でも代わりに──」
一瞬虚空を見上げると、彼女は再び口を開いた。
「君の代理魔女、リュナに稽古をつけてもらうのはどうかな?」
リズエルの思わぬ提案を聞き困惑する俺を横目に、彼女は話を続ける。
「君が思っている以上に、彼女は中々の手練れだよ。
君に教えを与える程度の事が、役不足になってしまう位にはね」
きっぱりと言い切る彼女を前に、俺は小さく頷いた。
凛とした立ち姿のリズエルの背を眺めていると、だんだんと遠ざかっていく。
そして遂には、会場を出て行ってしまった。
リュナに稽古を、か。
もはや妹分のような存在になりつつある彼女に、今更教えを乞うのは正直憚られる。
とはいえ、四の五の言っていられる身分でもない。
よし、城に帰ったらリュナに頼むか。
快く快諾してくれるかは微妙だが、物は試し。
アレクシアの解散宣言を後に、俺はリュナの部屋へと向かった。
王宮につくと、俺の姿を見るなりメイドのサラが走り寄ってきた。
「お疲れ様でした、ご主人様」
可愛らしい笑顔を見せるサラに、俺はリュナの所在を聞いてみた。
「なあ、リュナってどこにいるか分かるか?」
「リュナ様ですか…?恐らくお部屋におられるのではないでしょうか?」
「そうか、ありがとうな!」
俺の問いに答えてくれたサラに感謝を述べると、俺はリュナに部屋へと小走りで向かった。
コンコンッ
木製のドアをノックすると、寝間着姿のリュナがあくびをしながら迎えに来る。
「ユウリ様……どうしましたか?」
寝ぼけた目を擦りながら、リュナが俺を部屋に上げる。
部屋の作りは俺の物とほぼ一緒だが、そこかしこに散らかる衣服や下着が気になった。
「お前、少しは部屋片づけろよ……」
「別にいいじゃないですか!歩けるし、寝れるし……」
そういう問題じゃないだろ──とツッコミたくなる気持ちを抑えて、俺は本題を切り出した。
「それで、ユウリ様は何の用があって私の部屋に来たんですか?」
「実は、リュナに魔法を教えて欲しいんだ」
「私に魔法を?」
「ああ」
俺の返事を聞くなり、リュナはにやりと笑みを浮かべる。
自信ありげな態度は同じだがリズエルとは違い、どこか可愛げに溢れた笑顔。
そんな彼女の頭をわしわしと撫でてやった。
「良いですよ……その代わり毎日ちゃんと来てくださいね」
「おう、ありがとな!」
思わぬリュナの快諾に、俺は大きく舞い上がる。
そうして俺の、魔法の特訓の日々が始まった───