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17話 『世界一受けたい授業』



 「ご主人様、朝ですよ」


 「ん……あぁ」


 寝起きの重い瞼を開け、次第に目が光に慣れてくると───


 「うわっ!?」


 思わぬ至近距離のサラの顔に、俺は驚きの声を漏らす。

 あと少し、顔を近づければ唇同士が重なってしまいそうなほどの距離感。


 「サラ、お前な……もうちょっと距離を考えろよ……」

 

 「別にいいでしょう。起こしただけです」


 サラは特に悪びれる様子もなく、すっと身を引いた。

 驚かされた俺とは対照的に、彼女は悲しいほどに無表情。


 「朝食の準備ができています。早く支度してください」


 「ああ、わかった……」


 寝ぼけた頭を軽く振り、俺は布団を押しのけて立ち上がる。

 サラはすでに扉の前で待機しており、特に俺を待つ気もなさそうだ。


 「遅いですよ。置いていきますよ」


 そう言ってさっさと歩き出すサラに、俺は慌てて後を追った。

 朝の空気が、まだ抜けきらない眠気を少しだけ和らげてくれるようだった。



 朝食会場となる部屋につくと、既に数人先客が居た。

 俺と同じ特待組に、代理魔女のリュナ。

 そして、特待組の中でも一際異彩を放つエリーゼが小さく座っていた。


 「私はここで失礼します」


 サラは浅いお辞儀をすると、部屋の外へと去っていった。

 そしてそれにすれ違うように、料理を手に持つ王宮の侍女達が入室してきた。


 料理を各々の席の前に置き、フォークやナイフを並べていく。

 今日の朝食のメニューは、こんがり焼けたトーストに黄金色の目玉焼き。

 そして横に添えられたきつね色のベーコンだった。

 実に貴族らしい上品な品々が卓上に並べられている。


 「いただきます!」


 我慢しきれなかったのか、リュナが一番に食べ始める。

 それに続いて、ヴェルナー、ミーナ、エリーゼと流れていき、俺も食事を開始した。


 カリカリと焼けたトーストに一口かじりついてみると、そのまろやかな小麦の味が口の中に広がった。

 そしてその上に半熟の目玉焼きを乗せ、ベーコンを挟めば最高に贅沢な朝飯の完成だ。


 これから毎日こんな飯にありつけるというなら、王宮暮らしも悪くない。

 美少女メイドに、美味い飯。清潔な部屋と豪勢な装飾。

 ここにいれば、衣食住全てが最高品質でまかなえる。

 正直、とても素晴らしい。


 「やあやあユウリ。今朝の調子はどうかな?」


 後ろから、いきなり俺の肩を掴んできたのはリズエル。

 彼女も同じく寝起きなのか、髪が少し乱れていた。


 「……正味悪くない」


 「そっか、それは何よりだ」


 リズエルは、自慢げな笑みを再び見せつける。


 朝食を終え、俺たちは食堂を後にした。王宮の侍女たちが素早く食器を片付ける様子を横目に、俺は軽く伸びをする。贅沢な朝食のおかげか、体の調子も悪くない。


 「さあ、今日も学校だね」

 

 リズエルが軽快な足取りで俺の隣に並ぶ。


 「昨日のダメージがまだ残ってるけどな……」

 

 「ふふ、あれくらいで音を上げるようじゃ、まだまだだよ?」


 リズエルは小さく笑いながら俺の背中を軽く叩いた。その余裕そうな態度に、少しだけ対抗心が湧く。

 ここで俺が言うダメージとは、肉体的なものでなく精神的なプライドからくる物なのだが、リズエルは知るはずがない。


 騎士学校へ向かう道のりは、すっかり馴染みのものになりつつあった。

 石畳の敷かれた王宮の廊下を抜け、門をくぐると、広がるのは訓練場と学び舎。

 朝の陽射しが校舎の白壁に反射し、眩しいほどに輝いている。


 教室に入ると、今日も再びアレクシアが口を開いた。


 「ここに集まってもらってからで悪いけど、今日の講義は大講堂で行う。

  一般クラスと一緒にね」


 『最初に言っとけよ』との正論をヴェルナーが口にすると、申し訳なさそうに話を続けた。


 「なにせ急に決まった事だからね。

  明示の魔女リズエル様直々の願いとならば、断るわけにもいかないからさ」


 リズエル──またここでも名前が出る。

 彼女が直接講義をするとは、一体なんのつもりなのだろうか。

 

 とはいえ、いかんせん未来視の能力者だ。俺みたいな凡者に推し量れるものでは無いのかもしれない。


 「と、いうわけだから大講堂に移動しよう」


 生徒たちは揃ってため息をつきながらも、アレクシアに続いて大講堂へと向かった。



 ■ ■ ■ ■ ■



 大学の講堂ほどの広さがある大きな大講堂には、一般クラスの生徒達がずらりと並んでいた。

 こうして改めて見てみると、生徒の数は相当な物。少なくとも1000、いや2000は越えるであろう数だ。

 

 空席を探しながら通路を彷徨っていると、後ろから声をかけられた。


 「ユウリさん!」


 「……カイル?」


 俺の方を向きながら純粋無垢な笑みを浮かべるのは、村の少年カイルだった。


 「噂には聞いてましたが、本当に特待入学したんですね!流石です!」


 「えっと、これには色々と事情があってだな、少年……」


 そんな小言を耳にしても、カイルの目は輝き続けている。

 カイルに提案され、俺は彼の隣に座った。


 しばらく教壇を眺めているが、講義が始まる様子はない。

 代わりにその場ではアレクシアを始めとした教授たちが慌ただしく何かを準備していた。


 そのまましばらく待機していると、ようやくアレクシアが教壇に立ち、講義の始まりを告げた。


 「えっと、僕はアレクシア・ヴァルター。特待クラスを担当している。

  今日は一般クラスの君たちにも、急に集まってもらってすまない。

  だけど今日は、特別講師も呼んでいるからきっといい経験になる。

  しばらくの間付き合ってくれ」


 アレクシアが発言を終わり、礼をすると講堂内に拍手が響いた。

 そしてその音は、講堂の広さを強調するかのように永遠と反響する。


 「この国の、魔法技術はここ十数年で飛躍的に進歩した。

  税としての魔力徴収に、魔力のエネルギー利用。魔法理論の見直しに、他国の侵攻の妨害。

  それらすべてを一人で実現した人物が誰か、皆は分かるかな?」


 アレクシアの問いかけに、その場の生徒達が一斉に『リズエル様』と答える。


 「そして今日はなんと、そのリズエル様本人に来てもらっている。

  みんな拍手で迎えてくれ」


 一瞬のざわめきの後に、先程とは比べ物にならない大きな拍手が鳴り響く。

 そしてリズエルが一歩一歩と教壇へ上がっていった。


 軽く咳ばらいをすると、リズエルはアレクシアを退け講義の姿勢を整える。


 「やあみんな。今日は集まってくれてありがとう。

  この偉大な学校で講義を開けることを、嬉しく思うよ」


 その言葉の区切れを聞き、再び盛大な拍手が鳴り渡る。

 流石に痺れを切らしたのか、リズエルが手を上げてその場を沈ませた。


 「今日君たちに教えたいのは、防御魔法についてだ。

  理論を長ったらしく説明するのは簡単だけど、それはつまらないよね。

  と言うことで早速、実演して見せよう」


 他人事のように観覧していると、リズエルが『ユウリ、前に来て』と俺の事を呼ぶ。

 いきなりの事に無視しようとするが、既に周囲の視線は俺に釘付け。

 流石にこの状況で断るのはKYすぎるので俺は仕方なく教壇へ上がった。

 俺が教壇に立つや否や、リズエルは軽く指を鳴らした。


 「じゃあ早速、実演といこうか」


 その瞬間、空気が軋んだ。


 リズエルの手のひらに、漆黒の魔力が凝縮されていく。

 それはまるで闇そのものを削り取ったかのような黒球──否、圧縮された魔力の塊。

 重力が狂ったかのように周囲の空間が歪み、講堂全体がざわめきに包まれる。


 「……おい、それ大丈夫だよな?」


 冷静を装って言うが、額に汗が滲むのを感じた。

 直感が告げている──あれはヤバい。

 避けるとか、受け流すとか、そういう次元の話ではない。


 「ま、見てのお楽しみってことで」


 リズエルが微笑み、指を軽く振る。


 「ほいっ」


 次の瞬間、黒球が唸りを上げて放たれた。


 ドォォォォォン!!


 雷鳴のような轟音とともに、漆黒の閃光が奔る。

 講堂全体が揺れ、強烈な衝撃波が巻き起こった。

 その圧に思わず足がすくむ──クソ、動け……!


 「──ッ!?」


 目前まで迫る閃光に、俺はぐっと目を閉じた。

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