16話 『剣聖の血』
銀色に輝く真剣を持つ相手とは対に、俺は丸腰。
それでも、俺は怯まない。
片膝を地面につき、両手を同じく地べたにつける。
そして────
教室に向けての全力ダッシュ。
「おい、逃げるんじゃねぇ!!」
戦略的撤退を選んだ俺に向かって捨て台詞を吐くレオンを背に、俺は必死に走り続けた。
──甘いな、童よ。時には撤退を選ぶのも勝利への道というものよ
俺は死ぬ気で走り続け、校舎の扉をくぐり抜ける。
そしてしばらく進んでいると、ようやく教室に辿り着いた。
── ふう……3回連続肉弾戦とかご勘弁だっつーの
■ ■ ■ ■ ■
広間ほどの小さな教室には、俺以外にも数名、制服姿の生徒がいた。
上下灰色のスウェットという、街中ですら浮くような服装の俺がなんだか異質に見えてくる。
「おお、ユウリ君!来てくれたのか!」
嬉しそうに笑みを浮かべるその男は、俺を無理矢理この学校に入学させた張本人だ。
「いやぁ、いきなり連れて来ちゃって悪かったね」
謝るなら最初からするな──と文句を付けたくもなるが、今更抗議をした所でもう遅い。
俺の様子にご満悦な男は、教壇の方へと歩いていった。
「さてみんな。今日でようやくこの特待クラスの席が埋まった」
『ユウリ君、前に』そう誘われると、俺は教壇の前へと移動した。
「彼が今年最後の特待生だ。みんなも噂には聞いているだろう」
そんな男の紹介を退屈そうに聞き流す生徒たちを尻目に、話を続ける。
「とにかく、このユウリ君はとても有望な生徒だ。
みんなも仲良くしてやってくれ」
男に背を押され、先程の席へと戻る。
「では改めて。
このクラスを担当するアレクシス・ヴァルターだ。
以後、覚えておくように」
アレクシスと名乗る美形の教師は、服のほこりをはらいながら教壇を降りる。
そして俺達に向かって手招きをすると、外の庭へと歩いていった。
夕日が照り指す中庭には、訓練用の人形や、障害物のコースなどが置いてある。
壁際に立てかけられたラックには、数本の木剣が刺されていた。
「さて、早速だが実技テストを行っていく」
両腕を広げ、俺達に向かって口を開くアレクシスの後ろにあったのは、古びた機械人形。
所々に錆が見られ、その歴史が垣間見える。
「ヴェルナー君、前に」
アレクシスが口にしたその名前に、俺は思わず身を固める。
ヴェルナーとは、今朝激闘を交わしたばかり。
優秀な生徒であるとは聞いていたが、まさか同じ特待生だとは……。
つくづく不運である。
「この人形を起動させるから、戦闘不能にしてみてくれ。
それにかかった時間で、成績を決める」
そう言うアレクシスは、機械人形の後ろを弄り、小さな赤いゼンマイを巻く。
アレクシスが赤いゼンマイを巻き終えると、機械人形の目が淡い青色に光り始めた。
──ギギ……ギギギ……。
金属の擦れる不快な音が響き、機械人形の体がゆっくりと動き出す。
古びた関節が軋みながら、まるで長い眠りから覚めるかのように震えた。
そして、次の瞬間。
ガシャン!!
機械人形の背中から突如として蒸気が噴き出し、その場にいた全員の空気が張り詰める。
鋼鉄の手足が完全に可動域を取り戻したのか、一度、大きく腕を広げた。
──ブンッ!!
鉄の拳が空を裂き、重厚な風圧を生み出す。
ヴェルナーが一歩前に進み出ると、機械人形はまるで待っていたかのように動きを変えた。
青い目が一瞬赤く明滅し、今度はヴェルナーに向かって拳を振りかぶる。
──ガシャン!!
鋼の足が地面を踏み鳴らし、突進する機械人形。
しかし、ヴェルナーは動じない。
「……面白い」
小さく呟くと、彼は懐から一本の短剣を抜いた。陽の光を反射し、その刃は一瞬だけ銀色に輝く。
そして──
ヴェルナーの姿が掻き消えた。
次の瞬間、機械人形の背後に立つヴェルナーの姿があった。
「終わりだ」
刃が閃き、機械人形の首元に深く突き刺さる。
──ガガッ!!
機械人形は一瞬、痙攣するように動きを止めると、そのままガクンと膝をついた。
そして、目の光がふっと消え、完全に沈黙する。
その場にいた生徒たちは、誰もが息を呑んでいた。
「……見事だ、ヴェルナー君」
アレクシスが満足そうに微笑む。
ヴェルナーは短剣を鞘に戻し、無表情のままゆっくりと後ろを振り返った。
「記録は……24秒。素晴らしいじゃないか」
その言葉に、ヴェルナーが自慢げに鼻を鳴らす。
懐中時計の針を戻すと、アレクシスが再び口を開いた。
「次は、ミーナ君。前に」
ミーナと呼ばれる少女は、名前を聞いて前に出る。
長い青髪をたなびかせ、背には弓矢を背負っている。
腰にさされた矢の束が、時折白い光を反射する。
「では行くよ。よーい、はじめ」
アレクシスの合図とともに、人形が再び動き出す。
先の重剣を受けてもなお、機敏な動きを保つ人形の作りに、俺は少し感激を覚えた。
ミーナは震える機械人形に向けて、弓矢を放つ。
颯爽と風を切る矢だが、鋼鉄の肌を前に弾き返される。
「チっ……」
不満げな表情で舌打ちをするミーナは、再び弓を構える。
次に彼女が矢を放ったのは、関節の間のスペース。
蒸気を通す管が通るその場所は、機械人形にとっての急所。
その急所を貫かれた人形は、再び目の光を消し動きを止めた。
「記録は……43秒。まずまずだね」
記録を聞き、再び怪訝そうな表情を浮かべながらも、ミーナは後ろへ下がった。
「ではユウリ─── 君の番だ」
遂に呼ばれた俺の名前。
緊張に肩を揺らしながら、一歩一歩と前へ出る。
「それでは、よーい、はじめ」
アレクシスがゼンマイを巻き直すと、機械人形が再び牙をむく。
固い鋼鉄の身体で俺の方へと打撃を放つ。
すぐに手で受け止めようとするが、その力強い打撃を前に俺の手はズキズキと痛む。
その痛みを噛み締めながらも、俺は人形の腰を掴み背中に乗せた。
そうして腕を取り、豪快に投げる。
「大腰っ!」
まるで漫画の主人公かのように技名を叫びながら、重厚な機械人形を叩き落とすと、その動きが完全に止まった。
痛みに遅れを取ってしまったが、中々に良い戦いっぷりだった。
「記録は……23秒。流石だね」
─── チッ
機械人形を豪快に投げ飛ばし、俺は勝利の余韻に浸っていた。
ヴェルナーの舌打ちが耳に心地よい。
「やはり見込んだだけあるね。僕の目は間違って無かったみたいだ」
アレクシスが満足そうに頷いたその時──
「……先生、私も」
小さく、しかし確かに響く声がした。
庭の隅、夕日の届かない薄暗がりに、一人の少女が立っていた。
その存在に気づいていた者は、どれほどいただろう。
まるで影のように静かに佇む彼女は、俺の目にもぼんやりとしか映らなかった。
紅色の髪。長い前髪に隠れた赤い瞳。
目が合った気がしたが、その表情はまるで読めない。
制服の上から黒いケープを羽織り、細身の剣を腰に下げている。
誰だ、こいつ……?
「……エリーゼ?」
アレクシスが彼女の名を呼ぶと、少女は無言のまま前へ出た。
その仕草すら、どこか現実感がない。
何者なんだ、この子……?
生徒たちがざわめく中、エリーゼは静かに機械人形の前に立つ。
その姿は、ひどく儚げで、しかしどこか恐ろしくもあった。
「……先生、あれ、もっと強くして」
ぼそりと囁くような声。
アレクシスは小さくため息をつき、機械人形の背中に手を伸ばす。
先ほどとは違う、蒼いゼンマイを巻いた。
──ギギ……ギギギ……!!
機械人形の目が赤く燃え上がる。
先ほどのものとは比べ物にならない圧力。
周囲の空気が重くなる。
そして──
ドンッッ!!
地面を踏み砕きながら、鋼鉄の拳がエリーゼに向かって突き出された。
その瞬間──
彼女の姿が、消えた。
機械人形の拳が空を切る。
次の瞬間、エリーゼはもうその背後に立っていた。
「……」
何も言わず、ただ静かに剣を抜く。
──シュンッ!!
剣が一閃。
あまりの速さに、誰も疑問すら抱く事が出来なかった。
──ガギィンッ!!
機械人形の胴体に、細い赤い線が走る。
そして──
ズズ……ッ
音もなく、機械人形が真っ二つに崩れ落ちた。
「……っ!!?」
俺も、ヴェルナーも、ミーナも、その他の生徒も、誰もが息を飲む。
エリーゼは何事もなかったかのように剣を鞘へ戻し、
無言のまま、庭の隅へと戻っていった。
「……記録、2秒」
アレクシスが呆れたように呟く。
エリーゼは何も言わない。ただ、薄暗がりの中で、ゆっくりとこちらを見た。
俺の背筋に、冷たい何かが走る。
──この子、一体何者なんだ……?
「これ高いのに……」
高級そうな機械人形の損失に顔面を蒼白させるアレクシス。
その様子を見兼ねて、エリーゼが『ごめん』と一言だけ添えた。
ヴェルナーに2度も勝利し舞い上がっていた俺だが、上には上が居た。
こんなにも強い同級生が居るだなんて、正直自信が無くなりそうだ。
「まあ……とにかく。これで成績は付け終わった。
今日はテストだけだから、みんなもう帰っていいよ」
アレクシスの言葉を聞くと、その場の皆がぞろぞろと帰りだす。
しかしその行き先は全員同じ、あの城だ。
一刀両断された機械人形を目の端で眺めながら、俺もその場を後にした。
■ ■ ■ ■ ■
城へつくと、俺はすぐさま自分の部屋の扉を開けた。
しかしそこには、ベッドに腰をかける人影があった。
パステルブルーの髪を指先に絡めながらこちらを見つめる女性はリズエル。
嫌味ったらしい魔法大臣だ。
「初日お疲れ様」
「ああ……」
リズエルに誘われるがまま俺もベッドに座ると、あのエリーゼについて質問してみた。
「なあ、リズエル。エリーゼっていう女子生徒のこと知らないか?」
「……エリーゼ・フォン・ローゼンベルク。初代剣聖の曾孫にして、王国上位の実力者。
そっか。君も特待クラスだから、彼女とクラスメイトになるのか」
初代剣聖の曾孫───それなら確かに、あの強さも理解できる。
親の七光りならぬ、曽祖父の七光りではない事は明白だ。
「確かに彼女は強いけど、憧れないのが賢明だよ。
届かぬ夢を抱いても、自分を傷つけるだけだからね」
慰められたような、傷を抉られたような。複雑な気分が俺を襲う。
届かぬ夢を抱くな、か……。
俺にそんなつもりはなかった。
しかし、エリーゼの圧倒的な強さを見た後で、自分の実力が霞んで見えるのも確かだった。
「まあ、気にせずゆっくり休めばいい」
リズエルは立ち上がり、優雅な仕草で部屋を後にした。
残された俺はベッドに寝転がり、天井を見上げる。
──エリーゼ・フォン・ローゼンベルク。
俺と同級生のはずなのに、まるで別次元の存在だった。
ヴェルナーを超えたことに少し誇らしさを感じていた自分が、急にちっぽけに思えてくる。
「……まあ、いいか」
俺は目を閉じ、深く息を吐いた。
落ち込んでも仕方ない。
今日のところはもう休もう。
明日からまた、新しい一日が始まるのだから。
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