14話 『朝露の喧騒』
「うおらぁぁぁぁぁ!」
拳を構えるクローク姿の男に、走りながら飛び掛かる。
勝算があるかは微妙だが、武器を持つ他の相手と比べたら幾分かマシだろう。
俺に向かって打撃を放ってくる男の腕を掴み、豪快に投げ落とす。
地面に叩きつけられた男は、一瞬だけ怯むが再びすぐに立ち上がった。
畳でもない石畳に向かって柔道技で投げられたのなら、ダメージは相当な物だと思うのだが……
相手は未だにピンピンしている。
── やるじゃねぇか
心の中で拳同士を重ねると、ラウンド2の始まりだ。
ちょこまかとステップを踏みながら、男の周囲を取り囲む。
そうして相手が打ってきた所に、すかさずカウンターといった作戦だ。
よし、相手が打ってきた。ここは一本背負いで…………
「ぐはっっ!」
男の拳が俺の顎を盛大に砕いた。
先の打撃はフェイントだったようで、俺の腕は透かされてしまった。
これ、骨折れてるんじゃないか?
マジで痛い……
口の中が血の味でいっぱいだ。
「随分と苦戦しているみたいだね。助けてあげようか?」
「いいや、まだだ」
俺が見ていない間に、リズエルはもう相手を片付けていた。
流石は魔法大臣。その実力は本物だ。
正直手伝ってもらいたい気持ちも有るが、俺とてプライドはある。
己の手で勝利を掴み取ってこそ、真の漢ってもんだ。
「しゃあっっ!!」
気合を入れ直し、勇猛な雄叫びを挙げる。
審判こそ居ないが、ここはまさに試合場。
畳の上で根を上げる柔道家など、日本男児らしくない。
俺は相手の裾を掴み、小技で体勢を崩した。
前傾姿勢になった所で、足を広げて体落。
「うおらぁっ!!」
相手の頭を、固い石畳に向かって打ちつける。
しかし相手は依然息を荒げている。
念には念を入れて、絞め技を掛けてとどめを刺した。
「お見事」
パチパチパチと、小さな拍手を重ねるリズエル。
その達観している態度に、俺は少しだけ苛立ちを覚える。
── 強者の余裕ってヤツかよ
リズエルと協力し、襲撃者達を縛り上げると、その身柄を衛兵に受け渡した。
兵士が去り際に、俺のことを不審げに睨んでいたのは見なかった事にしておこう。
「はぁ……やっと終わったぜ」
「そうだね」
懐から取り出したハンカチで顔を拭うと、リズエルはベンチに腰掛けた。
「ユウリ、彼らに心当たりは?」
『無い』と言ったら嘘になる。
というかめちゃくちゃ覚えが有る。
俺の命を狙う一団といえば……
「『真世旅団』」
「やはりね」
リズエルの口から意外な答えが出た。
リュナですら知らなかった組織を知っているとは流石だな。
「私も詳しくは知らない。でも名前だけなら聞いたことがあるよ」
「未来視の力で見れたりしないのか?」
「ユウリ。たかが未来視の能力に、そんな利便性を期待しないでもらえるかな?」
何故か腹をたてたかのような態度で、眉をひそめるリズエル。
彼女の地雷に触れてしまったようだが、正直よく分からない。
未来が見れても、全知になれる訳では無いのか。
「まあとにかく。今日はお開きにしよう」
ドレスの埃を払いながら立ち上がると、こちらへと身体を向けた。
「明日ここで待っているよ。カオルヤ・ユウリ」
『どういう意味だ』と、声を掛けようとした時には、彼女の姿は無かった。
それどころか、先程まで王宮に居たはずの俺は、宿屋の部屋に戻っている。
「わあぁぁっ!ユウリ様が瞬間移動してきたっ!?」
相も変わらず甲高い声を響かせるリュナ。
彼女の反応から見るに、俺はいきなり飛ばされたらしい。
それが明示の魔女リズエルによる物である事は、明らかに明白だった。
「魔法ってすげぇな……」
攻撃魔法に転移魔法。更にはエネルギーとしての活用まで幅広い使い道がある魔法。
俺に出来るかは分からないが、いつか学んでみるのも良いかもしれない。
■ ■ ■ ■ ■
「それで、ユウリ様。リズエル様との対談はどうでしたか?
やっぱり凄い人でしたか?」
「凄い人ではあったけどな……嫌味ったらしい奴だったよ」
「それはユウリ様もでしょ!」
生意気な口を聞くリュナの頬を軽くつねる。
『ひどいですぅ!』と涙目になるリュナを見ながら、俺は高らかに笑った。
ここ最近、予測できないトラブル続きだったが、こういうくだらない会話で癒されている。
不満が無いわけではないが、リュナは最高の旅仲間だと常々思う。
俺だけだったら、ここまで進んでこられなかったかもしれない。
本当に、この出会いには感謝だ。
「さて、もう寝よーぜ」
「……はい」
先の一件にまだご立腹なようで、不機嫌そうに拗ねている。
布団に入ったリュナの身体を後ろから抱きしめてやると、恥ずかしそうに顔を押さえて小さく震えた。
「まさか照れてんのか?」
「ちっ違います!ただ……」
何かを言いかけたリュナだったが、途中で言葉を切る。
布団を頭まで被り、俺に対して背を向けるリュナを眺めると俺も続いて眠りについた。
■ ■ ■ ■ ■
朝日の白い陽光と共に、俺とリュナは目を覚ました。
「おはようございます……」
眠い目をこするリュナを背に、俺はぐんと背伸びをする。
昨日の出来事が嘘だったかのように、静かな朝が訪れた。
窓から差し込む朝日の温もりが、肌に心地良い。
「ふわぁ...眠い」
リュナがあくびをしながら俺に寄りかかってくる。
いつものことだが、こうして甘えられると悪い気はしない。
「さて、そろそろ支度するか」
少し面倒くさいが、朝飯を抜くのは不健康。
適当な露店で軽く済ませようか。
「リュナ、さっさと準備しろよ」
「えぇ~……もうちょっと寝てたいです……」
ベッドに潜り込もうとするリュナの頭を軽く小突いて、無理やり起こす。
渋々ながらも、彼女は準備を始めた。
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まだ朝露が残る街中は、静寂ながらも活気があった。
「今朝は冷えるな……」
そう言って街の露店へ向かうと、朝の市場には芳ばしい匂いが漂っていた。
焼きたてのパンが山積みにされ、黄金色に焼けた皮からほのかにバターの香りが広がる。
「お兄さん、焼きたてだよ!」
パン屋の主人が勧めてくるのは、ほんのり甘い蜜がかかったデニッシュ。
試しに一つ齧ると、外はサクッと軽やかに弾け、中からバターのコクがじんわりと滲み出る。
「ん~~っ! これ、美味しい!」
リュナが幸せそうに目を細めながら頬張る。
俺は隣の店で煮込みスープを買い、ゆっくりと啜った。
トロトロに煮込まれた野菜が口の中でほぐれ、スパイスの香りが鼻を抜ける。
程よい塩気が効いていて、胃の奥から温まってくる感じだ。
「ごちそうさま」
朝の陽射を浴びながら、俺たちはしばしの間、食事の幸せを噛みしめた。
腹ごなしがてらに、街を散歩しているとカイルが通う騎士学校が見えてくる。
その勇猛さは何度見ても衰えない。
彼は今頃、上官にこっぴどくしごかれているのだろうか。
軍学校とかのイメージで言えば、かなりのスパルタな印象がある。
応援してるぞ、カイル ───
そう心の中で考えながら歩き進めていると、通行人と肩がぶつかった。
謝罪をしようと思い、相手の方をみるとそこに居たのは俺の倍ほどはありそうな大男。
白い制服を身にまとい、こちらを鋭い三白眼で睨んでいる。
「ごっ、ごめんなさい!」
何度も大げさに頭を下げ、誠意を伝えようとするがそれも虚しく。
目の前の大男は俺の襟を掴んできた。
「どこ見て歩いてるんだよガキ」
そんな俺たちの様子を見て、周囲の騎士学校の生徒と見られる集まりがざわめきだす。
『ヴェルナー先輩だよ……』
『あいつも飛んだ災難だな』
『ご愁傷様です』
まだ死んでも居ない俺に弔いの言葉を吐く生徒達の様子からするに、この男。
ヴェルナーは騎士学校の実力者らしい。
つまり今の俺は絶体絶命の大ピンチという訳だ。
── 強制イベント多すぎだろ……
もしこれがゲームだったら、秒速でクソゲー認定するだろう。
まともなチュートリアルも無しにボス戦連発とか、ダークソ〇ルかよ。
「おい、無視すんなよ」
ヴェルナーの握力が強まる。
まるで鉄の鉤爪のように俺の襟を締め上げられ、息が詰まる。
「……はぁ」
面倒くせぇな。
朝っぱらから喧嘩とか最悪すぎるっつーの。
軽く溜め息をついた瞬間──
「チッ」
低い舌打ちと同時に、ヴェルナーの拳が俺の顔面を直撃した。
「──ッ!」
鈍い衝撃とともに視界が揺れる。
まるで鐘を鳴らされたかのように、脳内に響く鈍痛。
バランスを崩した俺の体は、そのまま石畳に叩きつけられた。
「はっ、雑魚が」
ヴェルナーが鼻を鳴らす。
周囲の騎士学校の生徒たちは俺を見下ろしながら、半ば呆れたような視線を送ってきた。
──思いっきり貰っちまったな。
口の中が鉄の味で満たされる。
もはや殴られ慣れているとはいえ、流石にノーガードで食らえばそれなりに効く。
とはいえ、まだ立てる。
「おい、もう終わりか?」
ヴェルナーが余裕たっぷりにこちらを見下ろしている。
あー、うぜぇ。
「……」
俺は無言で立ち上がった。
まだ戦意があると察したのか、ヴェルナーがニヤリと笑う。
「いい度胸してんじゃねぇか。ならもう一発くれてやるよ」
ヴェルナーが肩を回し、踏み込んでくる。
今度は正面からのラッシュか。
だが──その勢いこそが命取りだ。
奴の拳が振り上げられる。
その瞬間、俺は意図的に一歩前に踏み込んだ。
ヴェルナーの動きを封じるように密着し、片腕を掴む。
「なっ……!」
ヴェルナーが戸惑った次の瞬間──
「うおらぁぁぁ!!」
俺はそのまま全身を回転させ、ヴェルナーの勢いを利用して巴投げを仕掛けた。
ヴェルナーの巨体が宙を舞う。
騎士学校の生徒たちが、驚愕の声を上げた。
『う、嘘だろ……!?』
まるでスローモーションのように、ヴェルナーの体が空中で一回転し、背中から石畳へと叩きつけられる。
「ぐぉっっ!!」
地響きを立てるほどの衝撃音が響き、ヴェルナーの息が止まった。
一瞬の静寂の後──
『な……ヴェルナー先輩が……』
騎士学校の生徒たちの顔に、信じられないという表情が浮かぶ。
俺は乱れた衣服を直しながら、倒れたヴェルナーを見下ろした。
「……よそ見て歩いてんのは、お前の方じゃねぇのか?」
静まり返る市場の中、俺の言葉だけが響いた。
地面にうずくまるという醜態を晒すヴェルナーを勝者の高見で眺めていると、どこからか拍手の音が近づいてきた。
少しずつ大きくなるその音の方へと顔を向けると、一人の若い男が立っていた。
体の半分以上を占めて居そうなほどに長い足に、スラっと伸びる身体。
白い短髪を風にそよがせながら、耳元のピアスを揺らしている。
それはまさに、ムカつくほどの美形。
リズエルほどとは行かないが、そのどこか達観的な態度が殴りたくなるような苛立ちを覚えさせる。
「いやぁ、見事な体術だね……君、名前は?」
見知らぬ男に名を名乗るのは少し気がかりだったが、俺は嫌々口を開いた。
「ユウリだ」
「ユウリ君か……少し時間を貰えるかな?」
「はっ?嫌だけど……」
「少しだけだからさ」
男を無視してその場を去ろうとすると、俺の腕が掴まれた。
振り払おうと暴れるが、びくともしない。
見た目とは裏腹に、とんでもない怪力だ。
なんとか逃げようと抵抗を重ねるが、それも虚しく。
俺は騎士学校へと連れ去られていった。