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13話 『嫌な予感』

 リズエルという名の魔法大臣が残した言葉に頭を悩ませつつも、観光ツアーは続いている。

 目の前にある大きな魔法炉に、ツアー客を初めとした大勢の人々が釘付けになっていた。

 

 怪しげな青色に光るそれには、国民から集めた魔力がぎっしりと詰まっている。

 恐らく街中の街灯などに使うエネルギーも、ここから賄っているのだろう。

『王都のコア』と呼ばれるだけ有り、この国にとって最も重要な設備だ。


「それでは皆さん、ツアー最後の場所へ向かいましょう!」


 妖美な光を放つ魔法炉に惹かれていると、ツアーガイドが声を上げた。


「次に向かうのは、アスタリオン王国の政治の中心。

 あの大きな純白の宮殿です!」


 やはり、と言いたくなる程に期待通りの答えだ。

 この国に来てからというもの、ずっとあの城から目が離せない。

 陽の光に照らされ、純白の外壁を輝かせる宮殿は、まさに憧れ。

 創作物でしか見ることの出来なかった代物を、この世界では生で見れる。

 最高だ──としか言いようがない。


 ツアー客の一団は、煌びやかな魔法炉に後ろ髪を引かれる思いで足を進めた。

 ガイドの示す方向には、荘厳な純白の宮殿がそびえ立っている。


 だんだんと近づくにつれ、その壮麗さはより際立ってきた。

 装飾の施された大理石の外壁、天空を目指すかのように伸びる塔。

 そして何より、宮殿を囲むように展開された淡い光の膜。

 それが防御結界であることは、一目見ただけで理解できた。


「こちらがアスタリオン王国の王宮です!」


 ツアーガイドが誇らしげに言う。


「この宮殿には、国王陛下と王族の方々、さらには国政を担う高官たちが住まわれています。もちろん、一般の方が中へ入ることは許されておりませんが……」


 その言葉に、ツアー客からは落胆の声が上がる。

 それも無理はない。

 ここまで壮麗な宮殿を目の前にして、内部を見られないとなれば悔しさも募る。


 だが、ツアーガイドはすぐに微笑を浮かべ、付け加えた。


「ですが!本日は特別に、入り口近くの謁見の間までならご案内が可能です!」


 その瞬間、どよめきと歓声が上がった。

 ツアー客の興奮は最高潮に達する。


「では、皆さん。宮殿へ向かいましょう!」


 ツアーガイドの言葉とともに、宮殿の大門が音を立てて開かれた。

 金色の刺繍の施された紅色のカーペットを渡り、奥へ奥へと進んでいく。

 陽炎の灯るシャンデリアに、立てかけられた甲冑。

 その権威を見せつけるかのように正面に置かれた肖像画には、国王と見られる男と共に、数名の女性が描かれていた。


 ── 凄い⋯⋯⋯


 そんなチープな感想しか出ないほどに、圧巻の景色だった。

 その壮大さは、俺が今まで見てきたどんな観光名所にも勝る、まさに頂点。

 俺は興奮気味にリュナに話しかけた。


「流石アスタリオン王国の城だな……」


「そうですね……私もいつか、こんな所に住んでみたいです」


 もし俺がいつか、国を救った英雄──なんかになったら、自分の城を建てよう。

 そして美人メイドを雇って、毎晩あんな事やこんなこと……


「またエッチなこと考えてるでしょ」


「なぜ分かった……?」

 

 顔には出づらい方だと思っていたのだが、リュナにはお見通しなようだ。


「さて、観光ツアーはここまでとなりますが、何か質問はありますか?」


 ツアーガイドが質問を募るものの、発言者は出なかった。

 なにせ、疑問の余地が無いほどに分かりやすい説明だったからな。


「それでは、本日もアスタリオン王国観光ツアーにご参加頂きありがとうございました。またご縁があれば是非、当社のツアーをご利用ください」


 ガイドが改めて深い礼をすると、ツアー客の集団ははけていった。


 それにしても、中々に有意義な時間だった。

 リズエルとかいう魔法大臣に声を掛けられるというイレギュラーもあったが、実に楽しい一日だった。

 

 ツアーが終わった後、俺とリュナは適当な食堂に入ることにした。

 観光地なだけあって、どこもそれなりに賑わっている。


「ふう……やっぱり歩き回るとお腹が空きますね」

 

「だな。せっかくだし、この国の名物でも食べてみるか」


 メニューを眺めていると、『王都名物・魔獣ステーキ』なるものが目に入った。

 どこかのゲーム作品で見たような名前だが、せっかくなので頼んでみることにする。


「これ、美味しそうですよ!」

 

「おう、じゃあそれと……適当にスープも頼むか」


 注文を済ませ、しばし談笑しながら料理を待つ。


「しかし、まさか宮殿の中に入れるとはな」

 

「本当に、貴重な経験でしたね。あの装飾とか、魔法炉もすごかったですし……」


 リュナは楽しそうに語る。

 確かに、ただの観光ツアーとは思えないほど豪華な内容だった。

 そして、そんなことを話している間に料理が運ばれてきた。


「うわっ、いい匂い!」


 分厚い魔獣ステーキが、じゅうじゅうと音を立てながら湯気を上げている。

 ナイフを入れると柔らかく、中から肉汁がじわりと溢れた。

 さっそく口に運ぶと……


「うめぇ……!」


 絶妙な焼き加減に、口の中に広がるジューシーな味わい。

 どこかスパイスの効いたソースも相まって、これは絶品だ。


「これは当たりですね!」


 リュナも満足そうに頷いている。

 俺たちはその後も食事を楽しみながら、しばらくゆったりとした時間を過ごした。


 ■ ■ ■ ■ ■


 食事を終えた後、俺はリュナと別れて城の裏庭へと向かっていた。

 リズエルから意味有りげに呼ばれた以上、無視するわけにはいかない。

 夜の帳が降り、純白の宮殿が月明かりに照らされる中、裏庭へと足を進める。


「……ここ、だよな?」


 城の裏庭は、昼間の華やかさとは異なり、静寂に包まれていた。

 噴水の水音だけが響き、幻想的な雰囲気を醸し出している。


 ──そして。


「ようこそ、待っていたよ」


 闇の中から、リズエルの声が響いた。

 彼女は月明かりを背にしながら、こちらに視線を向けている。


「君が言いたいことは、一言一句良く分かる。さあ、いくらでも聞いておくれ」


 彼女の口調は穏やかだったが、その瞳の奥にはどこか鋭い光が宿っていた。

 そんな澄ました彼女を、どこか不気味に感じてしまったのは、言うまでもないだろう。


「お前は何故俺の名前を知ってる?」


 昼間に出会った時、最初に頭に浮かんだ疑問をそのまま問いかけてみた。

 俺の言葉を聞くと、まるで予想通りとでも言いたげな顔で話しを続けた。


「私には未来が見えるからだよ」


 リズエルの言葉に、俺は思わず息を呑む。


「未来……?」


「うん。君がこの国で何を成し遂げるのか、どんな選択を迫られるのか──私は、その全てを知っている」


 リズエルは微笑みながら、ゆっくりと俺へ歩み寄る。


「そして君は、これからどの未来を選ぶのか……私はとても興味がある」


 その笑みは優雅でありながら、底知れぬ何かを秘めているようだった。

 まるで自分が試されているかのような感触に、思わず寒気に襲われる。


 どこか不気味でありながら、妖しさを纏う彼女の髪の色はパステルブルー。

 それに対する紫紺の瞳が、より一層美しさを増している。


 月夜に開かれた城の庭園で、優雅に舞い踊る彼女の姿に、俺はつい見惚れてしまった。

 

「預言しよう。君は明日から、このお城に住むことになる。もちろん私と一緒にね」


「……は?」


 思わず間の抜けた声が出た。


「城に住む?俺が?どういうことだよ?」


「そのままの意味だよ。明日から君は、このアスタリオン王国の宮殿に住むことになる」


 リズエルは微笑を浮かべながらも、その紫紺の瞳には確信が宿っている。


「冗談だろ?そんな急に……俺はただの観光客だぞ?」


「今はね。でも、君はもう流れに乗っている。この国に訪れた時点で、避けられない未来が始まっているんだよ」


 意味深な言葉に、俺は眉をひそめた。


「運命……? お前の“未来が見える”ってのは、そんなに確実なものなのか?」


「未来は幾つもの可能性から成っている。でも、大きな流れは決して変わらない。そして、君はその中心にいる」


 リズエルは優雅な動作で腕を広げる。


「君が王宮に住むのは、決して私の気まぐれではない。この国の未来にとって必要なことだからだよ」


「意味がわからん……」


「すぐに理解できるさ。明日になれば、ね」


 リズエルの言葉に反論しようとしたその時──


「っ!」


 突如として、裏庭の空気が張り詰めた。

 気付けば、夜の静寂を破るように、どこかから複数の気配が近づいてきている。


「……どうやら、お客さんみたいだね」


 リズエルは微笑を崩さずに言った。

 その視線の先、暗がりの中から現れたのは──黒装束に身を包んだ男たちだった。


「……くそ、嫌な予感的中かよ」


「奇遇だね。私も同じだ」


 リズエルは、まるで余裕そのものといった様子で、指先を軽く動かす。

 すると、彼女の周囲に魔法陣が浮かび上がった。


「さて、ここで君に選択肢をあげよう」


 彼女は俺に向かって、挑発的な笑みを見せる。


「ここで戦うか、あるいは王宮に逃げ込むか。どちらにしても、君の運命は変わらないけれどね」


 背筋に冷たいものが走る。


 ここで戦うのか、それとも──


「あぁ!クソっ!戦うよ、戦えば良いんだろ!」


「君はそれを選んだか……良いね」

 

 リズエルはその言葉を残しながら、ゆっくりと手をあげた。

 それと同時に地面に大きな魔法陣が浮かび上がる。

 青白い光を放つそれは、まるで月夜に薄蒼と輝く迷光のようだった。


「さて、何人で来たのかな……記念すべき夜にしようじゃないか」


 リズエルは怒鳴り上げるわけでもなく、ただ楽しそうに上品な笑みを流すだけだった。

 その笑顔はどこか不気味で、人心を惑わすような感じすらする。


 光を付けた夜深の雲間の中から、彼らが歩み出す。

 クロークに身を包んだ一衆の男達。

 誰でもそれが俺達を敵として意識しなければいけない存在であることを理解できるような、濃い殺気を浴びせていた。


「大人しく朽ちてください……」


 光を受けて音もなく微笑を流すリズエルを前にして、敵の一人がそんな言葉を流した。

 それにリズエルは、不気味で善良な笑みを増す。


「私はまだ死にたく無いかな。さて、他の選択肢もないことだし、そろそろ始めようか。」


 リズエルの手が落ちる。


 魔法陣が昇高し、我々を照らす光が月夜に腕まれる。


「さて、行くとしようか。君も、何もできずに見ているわけにはいかないよね」


 リズエルの言葉に、俺は大きく気息を吸い込む。


「うおらぁぁぁぁぁぁ!!!」



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