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12話 『明示の魔女』



 「さて皆さん、本日もアスタリオン王国観光ツアーにご参加いただきありがとうございます」


 ツアーのガイドと見られる男性が、俺達に向かってお辞儀をする。

 観光ツアーと言うだけあって、王都の名所をほぼ全て回るらしい。

 その中には、あの中央の城も入っているそうだ。


 「楽しみですね!」


 「だな」


 ウキウキとした足取りでツアーガイドを追っていくリュナ。

 表には見せていないが、正直俺も高揚している。

 活気あふれた街並みに、ずらりと並ぶ露店。

 そのどれもが、現世では見られない光景だ。


 「向かって右手に見えますのが、アスタリオン王国、王都騎士団の大本部です」


 ガイドが指さす建物には、 勇ましい騎士の紋章が掲げられている。

 城を基調とした壮麗な石造りの建物は、歴戦の戦士達の威厳を示すかのように堂々と立っていた。

 扉の前には鎧をまとった衛兵たちが厳かに立ち、鋭い視線を周囲に巡らせている。


 カイルが夢見る騎士団の本部、これは確かに憧れてしまうな。

 初めて目にした俺からしても、その勇将かのような勇ましさが強く感じられる。

 流石、王都騎士団だ。


 「凄いですね...」


 リュナが思わず感嘆の声を漏らす。


 「では、また進みましょう」


 ガイドが俺達客に向かって大きく手招きをする。

 それに続いて歩き始めた。


 「ファンタジー世界ってどうしてこうも魅力的に見えるんだろうな」


 「ふぁんたじぃ...?なんですか、それ?」


 「いや、こっちの話だから気にしないでくれ」


 俺が口にした現世の造語に、首を傾げるリュナ。

 この世界にも当然、存在しない言葉はあるようだ。


 「さて皆さん、ご注目!」


 ツアーガイドが立ち止まった場所にあったのは、何の変哲もないケーキ屋。

 特に変わった所は無く、ガラス製のショーケースに美味しそうなスイーツが並べられていた。


 「ここは、かの有名な明示の魔女。リズエル様の行きつけの甘味処です」


 ”リズエル”という名前が出るなり、ツアー客がざわめき出す。

 当然俺は知らないが、有名人か何かだろうか?

 そんな俺の様子を見かねて、リュナが俺に声を掛ける。


 「もしかして知らないんですか?」


 「まぁな...全く知らん」


 「転生者ですもんね...」


 ── 仕方ないですね、と前置いてリュナが説明してくれた。


 【明示の魔女】という二つ名を持つ【リズエル】という人物は、この国の王宮直属の女官で、王都の発展に大きく貢献したらしい。

 その功績が認められ、今では魔法大臣まで登りつめたのだとか。

 いわば成り上がり。逆転大出世という奴だ。


 そんなに凄い人物の行きつけの店となると、観光名所になるのも良く分かる。

 日本にも、文豪が通った名店...みたいなのが幾つもあったしな。


 「ではここで、一度自由行動とします。おすすめは、ダブルシュークリームです」


 ガイドの合図と共に、俺達は自由行動を開始した。

 店内にはイートーインスペースのような場所もあるようで、沢山の客が賑わっている。


 「ユウリ様ぁ...」


 口から盛大によだれを垂らし、ショーケースを眺めるリュナ。

 まるで親に駄々をこねる子供のような姿に、思わず庇護欲が刺激された。


 「しょうがねぇな...これ、二個ください」


 「かしこまりました」


 店員に指さし、買ったのはガイドが勧めたシュークリーム。

 生地の隙間からは、たっぷりのクリームがあふれんばかりに詰まっているのが見えた。

 外側は黄金色に焼き上げられ、ほんのりとした甘い香りが漂ってくる。

 カリッとした表面に対し、内側はふんわりと柔らかく、まるで雲をちぎったかのような軽やかさだ。

 指でつまむと、サクッとした手応えがありながらも、しっとりとした感触が指先に伝わる。


 「シュークリームが二点で、6ゴールドになります」


 「えっと...」


 エーデルから貰った小遣い袋に入っているのは、いくつもの大きな金貨。

 6ゴールドだから6枚出せば良いのかと思い店員に手渡すと、困惑とした表情を浮かべられた。

 

 ── 貨幣価値むっず....


 俺は仕方なくリュナにアイコンタクトをして、支払いを手伝ってもらった。

 最終的に支払ったのは、金貨3枚。

 つまり金貨1枚につき2ゴールドという訳だ。

 正直、凄く分かりづらい。


 二人分のシュークリームを受け取ると、近くにあった席に座った。


 「いただきまーす!」


 リュナは待ちきれなかったのか、すぐにシュークリームにかぶりついた。

 すると、その瞬間──


 「んんっ……おいひいっ!」


 目を閉じ、頬をほころばせながら小さく揺れるリュナ。

 口いっぱいにクリームを含みながら、幸せそうに呟く姿は、まるで小動物のようだった。


 俺も一口食べてみる。

 サクッと軽い音を立てる生地の食感に続き、中から溢れ出したクリームが舌の上で広がる。

 濃厚でコクのあるカスタードに、ほんのり甘酸っぱい生クリームが混ざり合い、口の中で絶妙なハーモニーを奏でる。

 しかも、クリームの温度がほんの少し低めに保たれているおかげで、甘さがくどくなく、後味もすっきりとしている。


 「……美味い」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 ガイドが推すだけのことはある。

 このバランスの取れた甘さと軽やかな食感、ついついもう一口食べたくなる中毒性がある。


 「おいしすぎますぅ……!」


 リュナは両手で大事そうにシュークリームを持ち、小さくかぶりついている。

 口の端にはクリームがついているのに、本人はまるで気にしていない。


 「ほら、口にクリームついてるぞ」


 指で拭ってやると、リュナは一瞬固まり、それから顔を赤くして慌ててぬぐった。


 「ゆ、ユウリ様! そういうのは言ってください!」


 「いや、言う前に拭ったんだけど」


 そんなやり取りをしながら、俺たちはシュークリームを最後まで堪能した。

 店内には甘い香りが満ち、客たちも皆幸せそうな顔をしている。


 有名人の行きつけという事だけが、この店の人気の秘訣という訳ではなさそうだ。

 ちゃんと美味くて、店も清潔。人気店の二大原則を完璧にクリアしている最高の店。

 この国に滞在している間、また何度も来てしまいそうな程、俺はこの店にすっかり魅了されてしまった。


 「この店、美味しいよね」


 突然、隣の席から声をかけられた。


 視線を向けると、そこにはローブのフードを深く被った女性が座っていた。

 顔のほとんどは影になって見えないが、細身のシルエットと涼やかな声からして若い女性のようだ。


 「えっと……はい。すごく美味しいですね」


 俺がそう答えると、女性は微かに笑ったような気がした。


 「でしょう? ここのダブルシュークリームは絶品だよ。クリームの配合が絶妙で、甘すぎず、それでいて満足感がある。あと、生地の焼き加減も職人技だよね」


 「え、詳しいですね」


 思わず感心してしまう。

 確かに、シュークリームの味に感動していたものの、そこまで細かい分析はしていなかった。


 「私もこの店には、長い間通ってるんだ」


 「へぇ...」


 適当に相槌をする俺に愛想を尽かしたのか、ローブ姿の女性はそっと席を立ってしまった。

 しかし、彼女は去り際に『また今夜』と、意味深な一言を残していった。

 その言葉が何を意味するのか。今の俺には分からないが、初対面の彼女と縁があるわけがない。

 アレなお誘いにしては、場所すらも聞かされていないし、期待するだけ無駄そうだ。


 「ユウリ様...まさかエッチなこと考えてませんよね?」


 「そんな訳ないだろ!」


 そんな訳大有りだわ...。

 綺麗なお姉さんに夜のお誘いらしき物を貰って喜ばない思春期男子がどこにいる?

 いいや居ないね!絶対、居ない!



 ■ ■ ■ ■ ■



 そんなこんなで甘味のひと時を満喫していると、ガイドの声が響いた。


 「皆さま、お時間です! そろそろ次の目的地へ向かいましょう」


 店内にいたツアー客たちが、名残惜しそうに席を立ち始める。


 「さて、次に向かうのは……王都のコアです!」


 その言葉に、ツアー客たちは再びざわめいた。


 「王都のコア?」


 俺が小声で呟くと、リュナが目を輝かせながら説明してくれた。


 「王都のコアは、この都市の中心部にある大魔法炉のことですよ! 王都に魔力を供給している、いわば心臓部です!」


 「ほぉ……そんなものがあるのか」


 魔法炉というワードに、自然と興味が湧く。

 魔法が当たり前に存在する世界ならではの設備なのだろう。


 「それでは皆さま、こちらへどうぞ!」


 ガイドの掛け声と共に、俺たちは再び賑やかな街並みの中を歩き始めた。

 途中、活気あふれる露店や大道芸を目にしながら進んでいく。


 やがて、街の中心へと近づくにつれ、周囲の雰囲気が変わってきた。


 道行く人々の服装はどこか格式高く、建物も洗練されたデザインのものが目立つ。


 「この辺りは王都の中でも高位の魔術師や貴族たちが住むエリアです。そのため、治安も非常に良く、魔法の研究施設も多く存在します」


 ガイドが説明すると、ツアー客の間から感嘆の声が上がる。


 確かに、街の景観にはどこか威厳があり、歩いているだけで場違いな気分になってくる。


 「そして、こちらが『王都のコア』です。この施設は、王都の魔力の循環を管理する最も重要な場所になります」


 ガイドが指差した先には、巨大なドーム状の建造物がそびえ立っていた。


 その表面には魔法陣のような紋様が輝いており、天井部分には透き通るクリスタルが埋め込まれている。

 そして中央には、青白く発光する巨大な球体が浮かんでいた。


 ツアーガイドが説明しながら、堂々とそびえる建物を指さす。

 石造りの壁には魔法陣が刻まれ、建物全体がかすかに光を帯びている。

 それはまるで、内部に膨大な魔力が蓄えられていることを示しているようだった。


 「皆さんもご存じの通り、王都には魔法を動力とする施設や装置が多く存在します。

 この『王都のコア』は、それらのエネルギー源となる膨大な魔力を集め、管理するためのものです」


 「なるほど、魔法都市ならではの設備ですね」


 誰かが感嘆の声を上げる。


 「ですが、その魔力はどこから来るのか、皆さんはご存じですか?」


 ガイドがそう問いかけると、ツアー客たちは顔を見合わせた。

 どうやら、詳しくは知らないらしい。


 「実は、この王都の魔力は市民の皆さまから徴収されているのです」


 その言葉に、一瞬の静寂が訪れる。


 「えっ……?」


 俺も驚きを隠せなかった。


 「王都に住む者は、生まれた時から一定量の魔力を『王都のコア』に納める義務を負っています。

 魔力の徴収は専門の魔導士たちによって行われ、安全に管理されています。

 これにより、王都の発展と安定が保たれているのです」


 魔力の徴収……。


 それはつまり、税金のようなものか?

 いや、むしろ日本史で言う『刀狩り』に近いのではないか。


 ── 魔力というのは、この世界における戦闘力そのものだ。


 それを王都が管理し、市民たちの自由に使わせないようにしているのだとしたら……。


 王都の発展のため、というのは表向きの理由に過ぎない。

 本当の目的は、反乱の抑止。


 民衆が多くの魔力を持たなければ、クーデターを起こす力も湧いてこない。

 そして、支配者層にとって都合の良い統治が続く。


 「なるほどな……」


 俺はガイドの説明を聞きながら、そんな考えを巡らせていた。


 「それでは、中に入りましょう」


 ツアーガイドが先導し、俺たちは王都のコアの内部へと足を踏み入れることとなった。


 王都のコアの内部は、外観以上に神秘的な雰囲気を漂わせていた。


 巨大な魔法炉の中心には、青白い光を放つ魔力の球体が浮かび、静かに脈動している。その周囲には、複雑な魔法陣が刻まれた柱が円形に配置されており、定期的に光が走るたびに、魔力が循環していることが分かる。


 「おお……すごい……」


 ツアー客の誰もが圧倒されたように呟く。

 リュナも興奮した様子で目を輝かせながら、球体を見つめていた。


 「この魔法炉があるおかげで、王都の魔力は常に安定しています」


 ガイドが説明を続けるが、俺は別のことが気になっていた。


 ── これほどの魔力が集められているのに、何か異変が起きたらどうなる?


 もしこの魔法炉が暴走したら、王都はどうなるのか。

 膨大な魔力が一気に解放されれば、一瞬で都市ごと吹き飛んでしまうのではないか。


 「ちょっと待ってください」


 俺は思わずガイドに声をかけた。


 「この魔力炉に異常が起きた場合、暴走を防ぐ仕組みはあるんですか?」


 その問いに、ガイドは少し困ったような顔をしたが、すぐに笑顔を取り戻した。


 「ご安心ください。王都のコアには強力な封印術が施されており、万が一の事態にも備えています。また、魔法大臣リズエル様が定期的に調整を行っており、過去に暴走したことは一度もありません」


 リズエル。

 先ほどのケーキ屋でも名前を聞いた魔法大臣。


 「ふーん……」


 納得したような、しないような気分で俺は再び魔力炉を見つめる。


 と、そのとき──


 「……待っていたよ」


 静かな声が背後から響いた。


 振り返ると、そこには昼間のケーキ屋で出会ったローブの女性が立っていた。


 「……君は?」


 彼女はローブのフードをゆっくりと下ろし、美しいパステルブルーの髪をあらわにした。

 そして、涼しげな紫の瞳が、まっすぐ俺を見つめる。


 「私はリズエル。明示の魔女、と呼ばれることもあるね」


 ツアー客がどよめく。


 「まさか……本物のリズエル様!?」


 驚きの声が上がる中、俺は言葉を失った。

 まさか、あの店で隣に座っていた女性が、王国の魔法大臣その人だったとは。


 「やはり君だね。カオルヤ・ユウリ」


 リズエルが問いかける。


 「えっと……?」


 俺は戸惑った。

 初対面であるはずの彼女に、何故名前を知られている?


 「分からないよね。世の中は分からないことだらけだ」


 リズエルは微笑んだ。


 「君はたぶん、知りたがり屋さんでしょ?もし私の事をもっと知りたくなったら今夜お城の裏庭に来てね」


 そう言い残し、彼女は再びフードをかぶると、静かにその場を去った。


 「ユウリ様……」


 リュナが不安げに俺を見つめる。


 「行くんですか?」


 俺はしばらく考えた。


 ── 王都の魔力管理

 ── なぜか俺の名を知る魔法大臣


 俺は静かに息を吸い込むと、リュナに向かって頷いた。


 「……行くしかないだろ」


 こうして、俺は知らず知らずのうちに、この国の核心へと足を踏み入れていくこととなった。


 ── 夜の城の裏庭で、俺は何を知ることになるのか。


 それはまだ、誰にも分からない

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