10話 『爆発オチでは終わらない』
『予想的中』とは、この事なのだろう。
考察通り、俺はバッグを持ち込む事が出来た。
起爆剤としての小麦粉に、マッチ。そして古びた消火器。
俺の考えた作戦には十分な代物だ。
さて、早速作戦を遂行したいのだが、ユルギスの姿が無い。
まさかエーデルの方へ向かったのかと思い、窓の外を眺めてみると、暇そうに立ち尽くすユルギスが居た。
なぜお利口に待っているのか等疑問は残るが、考える前にまず行動。
作戦開始の時間だ。
「リュナ、行くぞ」
「はいっ」
その合図と共に、俺達は宿屋を飛び出る。
小麦粉の袋を開け、中身を宙へとばら撒く。
「んっ...なぜ貴方が生きている...?」
視界を塞がれ、鎌をやみくもに振り回すユルギス。
これだけでも十分効果はあるが、当然これで終わりではない。
バッグの中からマッチを取り出し、小さな火の粉を投げ入れる。
リュナに合図し、安全な場所に隠れたその時────
ドカンッ!!
地面を揺らす大爆発が起きた。
急な攻撃に、ユルギスが防御を展開するが、こちらにとってはむしろ好都合。
カイルの身体が火傷を負っては元も子も無いからな。
「今だ!」
「了解ですっ...フランメ・ザイル!」
リュナの詠唱と共に、ユルギスは炎の縄に縛られる。
必死に逃れようとするが、堅く結ばれた拘束は、そう簡単にほどけない。
その間、村の住居に火が燃え移らないよう、消火器で鎮火する。
勝利を噛みしめ、リュナとハイタッチをしていると、ユルギスが重々しく口を開いた。
「何故...なぜあなた達が生きている?腹を裂かれたら死ぬという秩序を...知らないのですか?」
「秩序がどうとかうるせーよ。早くカイルに身体を返せ」
俺の言葉を聞き、さらに暴れるユルギスだが、所詮は子供の身体。
縄を千切るには力不足だ。
「この美しい世界を...汚らわしい特異で乱さないでもらいたい...消えてもらえますか?」
狂気と殺意に満ちた目で俺を睨むユルギス。
秩序がどうとか、特異がどうとか。本当に訳の分からない奴だ。
出来る事なら今すぐにでもおさらばしたい。
しばしの間、堅い睨み合いを続けていると、ユルギスが突如空虚を眺め喋りだした。
「あぁ...そうですか。了解しました..."今すぐ"向かいます」
「おい、何処に行くつもりだ?」
独り言のような言葉を呟くユルギスは、俺の問いに答えない。
代わりにこちらを向き直し、話を続ける。
「さて、私はそろそろお暇させて頂きます。くれぐれも、これ以上秩序を乱さぬように」
「おい...ちょっと待っ」
俺が言葉を続けようとした時、ユルギスはもう去っていた。
代わりに残されたのは、地面に横たわるカイルの身体。
リュナと互いに顔を合わせて、一先ず安堵の息を吐く。
「なんだかよく分かりませんが...一先ず一件落着ですね」
「そうだな」
ユルギスが残した意味深な言葉の数々に、多様な思考を巡らせながらも、俺はカイルに目をやった。
地面に倒れて動かない彼に、軽く手を触れるとその瞬間。カイルは目覚めた。
「ここは...」
「もう大丈夫だ。ユルギスは出て行った」
「すみません...どなた、ですか?」
そうか。俺とあの森で出会った時にはもう。カイルはユルギスに乗っ取られていたのか。
つまり今のカイルにとっては、これが初対面。
困惑する訳だ。
俺は仕方なく、これまであった出来事を全て伝えた。
「本当に...そんなことが?」
「ああ、本当だ」
俺の言葉を聞き、信じられないといった表情になるカイル。
心配そうに俯く彼に、リュナが声を掛けた。
「この村の人達は、既に避難しています。だから安心してください」
「そう...ですか」
リュナの慰めに、少しだけ笑顔を取り戻す。
そうして今日もハッピーエンド...といきたい所だが、まだやることは残っている。
村人達との合流だ。
「エーデル達はどこに居るんだ?」
「そうですね...」
分からない。とでも言いたげな顔で古びた地図を眺めるリュナ。
何か思い立ったかのように顔を上げると、地図上の一点を指さした。
「村の近くの廃教会です。あの人数を逃がすなら...ここしかないかと」
「じゃ、行くか」
そうして俺達は、カイルを連れて、森の中にある廃教会へ向かった。
■ ■ ■ ■ ■
森をしばらく歩いていると、石造りの小さな建物が見えてきた。
その横には、エーデルの馬車が止められている。
カイルと手を繋ぎ、教会の扉を開いたものの、村人たちはカイルを見るなり腕を抱えて怯えだす。
仕方ない。つい先程まで暴れていた人物と同じ見た目をしているのだから。
「もう大丈夫だみんな。カイルは乗っ取られていただけ。彼は何も悪くない」
俺の言葉を聞き安堵する者も居れば、疑う者も居る。
しかしカイルの両親は、すぐに駆け寄り抱きしめた。
「カイル...!」
「お父さん...」
先にカイルを抱きしめた父も、後から続いた母の目にも、涙が浮かんでいる。
この光景を目の当たりにした村人の中に、もうカイルを疑う者は居なかった。
そんな感動の再会を喜び合っていると、エーデルが歩み寄ってきた。
「なあユウリ...一体何があったんだ?」
「少年が悪者に乗っ取られた。それ以外は正直分からねえ...」
ユルギスの目的や正体。口にした単語の意味など。
疑問を数え出せばきりが無い。
ただ今は、カイルを元に戻すことが出来た戦果を喜ぼう。
疑問の一つや二つなど、後からいくらでも解決できるのだから。
■ ■ ■ ■ ■
その後俺達は、カイルの両親に深々と感謝をされ、再び宿屋へ戻った。
エーデルは村人達との祝勝会に行っていて、部屋には俺とリュナの二人きり。
今日のユルギスが口にした、見知らぬ言葉について議論を進めていた。
「あいつが言った”真世旅団”って組織。リュナは何か知ってるか?」
「いいえ、まったく...。見当もつきません...」
この世界の事に詳しそうなリュナでも知らないとなると、表向きには活動しない悪の秘密結社...って感じだろうか?
どちらにしても、善意を持った組織には到底思えない。
「あーあ...分かんない事ずくしだ...」
そんな戯言を口にして、ベッドに背面ダイブすると、宿屋の扉が開かれた。
「あの...」
扉の端から、ちょこんと顔を覗かせているのはカイルだった。
「その...話がありまして」
「話?」
「はい...」
不安そうに下を向くカイルに、わしわしと頭を撫でてやると顔を上げて話を続けた。
「僕を、アスタリオンまで連れて行ってくれませんか?」
カイルの唐突な願いに、俺とリュナは思わず顔を見合わせる。
こんな小さな少年が、アスタリオンに何の用だ?
「あの国の...騎士学校に入学したいんです!だから...僕を連れて行ってくれませんか...?」
「騎士学校?」
「はい...。昔から、騎士になるのが夢で、ずっとアスタリオン王国に行ってみたかったんです。
でも、うちにはお金が無くて...夢を諦めかけていました」
なるほどな───そんな時に俺達が来たから連れて行ってほしいと……
「リュナ、どうする?」
「そうですね...カイル君一人くらいなら増えても大丈夫だと思います」
「という事だから、良いよ。一緒に行こうぜ」
「本当ですかっ!ありがとうごいます!」
目を輝かせながらお礼を言うカイルは、俺に向かって深々と頭を下げた。
まったく、この子は本当に純粋でいい子だな。
俺がカイルくらいの頃は、そのクソガキぶりを咎められたものだ...。
それも今になっては、いい思い出だが。
「騎士学校に入ったらいい騎士になって、また私達に会いに来てくださいね」
「はい!」
そう言葉を交わすと、カイルは嬉々とした足取りで宿を出た。
旅の仲間がまた一人。増えた瞬間だった。
『騎士学校』、か。
随分とスパルタなしごきを受けそうな響きだが、カイルについていけるのだろうか。
頑張ってくれ───と、心の中で応援する事しか、今の俺には出来ないな。
「ふぁぁ〜あ...私はもう眠いです」
「それもそうだな...」
思えばこの世界に来てからした事と言えば、死と戦いばかり...
疲れない方がおかしいという程に、ハードな毎日だった。
俺達はまた、布団に潜り寝床を二人で温めた。
その時、一瞬だけ見えたリュナの顔が、少しだけ。
少しだけだぞ?
愛おしく感じられた
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次回は16時更新予定です。