9話 『死に渡り』
絶体絶命なこの状況で、ユルギスが突如笑い出した。
「何がおかしい...」
「いえいえ...ただ癪に障りましてね...」
「あぁ?」
癪がどうとか意味が分からない。
こいつは何故俺の命を狙ってる?
転生して間もない俺が買った恨みなど、一つも無いはずだ。
「随分と焦燥とした顔をされていますね」
ユルギスは肩を揺らしながら、楽し気に笑っている。
まるで上手い冗談でも聞かされたように。
不快感に苛まれながら、彼の事を睨んでいると再び口を開きだした。
「さて、問題です。私が何故...あなたのような弱者の命を刈らねばならないのでしょうか?」
「は...?」
「残念不正解!答えは無いのです...」
とんだ自己満に浸る自己陶酔野郎に、堅い鉄拳を食らわせたかったが、こいつの身体は一人の少年。
こいつを殴れば、カイルを殴ったことになってしまう。
流石の俺でも、子供を殴るほど下衆ではない。
いや、待てよ?
別に俺が仕留める必要はない。
リュナが回復するまでの時間さえ稼げれば、何とかなるんじゃないのか?
魔法の事は良くわからないが、催眠魔法の一つや二つあるだろう。
そうして彼を元に戻せば、一件落着。
思い立ったら即行動。俺はユルギスに飛び掛かった。
「言語両断...!無駄な事だと分からないのですか?」
── 痛ぇっ...!
手が...手が切られた!
毎日夜を共にした俺の右手が切られた...
なんだあの速度は...?刃の先が見えなかった。
右手の断面を見てみても、その滑らかさが彼の練度を物語っている。
「まあ良いです。それなら貴方は...何処まで壊れる事が出来ますか?」
不愉快そうに眉をひそめるユルギスは、再び鎌を振り上げた。
まずい ──そう思った頃には既に遅く、俺の身体は切り刻まれた。
両腕、両足。臀部に眼球。そして耳までもが、彼の刃で切り落とされる。
ユルギスがまた俺に鎌を振りかざそうとした時、俺は既に息絶えていた。
■ ■ ■ ■ ■
「あぁ!死んだ!」
毎度の様に、俺はイカ臭い寝床で目覚めた。
これで死ぬのは4度目。既に恐怖が薄れつつある。
「ユウリ...様?」
不思議そうに首を傾げるリュナの腹部は、傷つけられたのが嘘だったかのように治っていた。
当然、俺の身体も健康体に戻っている。
「察しの通りまた死んだよ...」
「そう...ですか」
視線を落とし、己の腹部を眺めるリュナに、俺は仮説を説きだした。
「やっぱり今回もそうだ……死ぬたびに、元通りになってる。」
「そうですね...。これも力の一つなのでしょうか?」
「そうだろうな」
俺のこの能力を、仮に【死に渡り】と名付けて、効果と条件をまとめてみる。
効果①:現世と異世界を渡る
効果②:発動する度、俺とリュナの身体が治癒される
条件:死
以上が今分かっている範囲での情報だ。
この能力を持っている以上、今の俺は実質不死身。
一見チートスキルにも成り得る便利な力だが、戦闘能力は0に等しい。
ユルギスという強敵を前にしては、あまりにも非力過ぎる。
リュナの力でも、あれに勝てる望みは正直薄い。
この状況、どう切り抜けたものか……
「とにかく、村の人達は大丈夫だと思います。ちゃんと逃げられていれば...」
"ちゃんと逃げられていれば"という条件が付け足されているように、彼らが襲われるのも時間の問題だ。
今この瞬間も、死に渡りを使って戻りたいと思ってはいるが、無計画に突っ込んだ所でまた殺されるのが関の山だろう。
ならば、もう少し冷静に分析して確信を得てから挑んだ方が合理的だ。
── 何か見落としてないか...?考えろ、考えろ...カオルヤ・ユウリ
小さな頭で考えを巡らせながら頭を掻いていると、ポケットから財布が転げ落ちた。
── あれ、そういえばこれって...
初めて転生した日の夜に、俺がコンビニへ持っていった財布。
俺は初日に困惑しながらも、異世界でその中身を確認していた。
つまり俺は、異世界に現世の物を持ち込んだという事になる。
「そうか...そうだったのか...!」
俺は興奮気味に、家中の物置を物色し始めた。
キッチンの戸棚に仏壇...家中あらゆる場所を探して必要な物が全て揃った。
いくつかの袋に詰められた小麦粉に、マッチ。そして埃を被った消火器。
それらを一式並べると、リュナが小さく首を傾げる。
「これで何をするつもりですか?」
「まあ見てなって!」
荷物をバッグにまとめて、そっと背負う。
「待ってろユルギス...!汚ぇ花火を上げてやらぁ...!」
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