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003 そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました

「お願いしますっ、お願いですからぁぁっ!?」

「んなっ!?」


 土下座なんて、ドラマや漫画で何度も見てるし? どうって事なくね?

 …そう思うだろ?

 うん、俺もそう思ってた。

 例えば女の裸、ネットで見慣れてるだろ?

 でもさ? ただの知り合いの裸をいきなり生で見せられたら、余裕なんて吹き飛ぶだろ?

 そう、それと同じだったんだよ…


「ちょ…土下座とかっ、マジでやめてぇっ!?」


 いや今回の場合、じっさい半裸だけどな!?

 そのダブルパンチで俺は、マジで余裕なんて吹き飛んでいた。


「って、なにか羽織るものは…」


 慌ただしく視線を巡らせ、真っ先に目についたのは、床に脱ぎ捨てられたセーターとブラウス。

 それを上から掛けようと、思いついたその直後。

『女子の脱いだ服に触っていいいのか?』

 そんな疑問にぶち当たり、また金縛りにあった。


「あ…あの? 上江(かみごう)くん?」

「………はっ!? いや羽根倉(はねくら)さんっ、それホントにダメなヤツだからっ」

「っ!?」


 俺のセリフに、羽根倉がびくりと震える。

 なんだか俺が恫喝したみたいでココロに来るから、お願いですから止めてください。

 つか俺の願い、羽根倉に届け!


「わ…判っているの! 駄目なのは判ってはいたけれど私…」

「は、羽根倉、さん?」

「けど上江くんの顔を見てたら、余裕なんてなくなってしまって…うぅぅ」


 俺…そんな女子を脅すような顔、してんのかな?

 というか今朝の流花の時とは、比べ物にならないくらい罪悪感がすごい。

 校内屈指の美少女の半裸にも、勃つどころかタマヒュンしてるんだぜ?


「わ…判ったから──」

「ええ、本当に判っているの! まだ下着が残っているのが気に入らないのよね?」

「違うから!?」


 頼むから、後ろ手でブラを外そうとするのは止めて欲しい。

 そりゃオッパイは見てみたいけど? 今は罪悪感の方がキツいから!


「これでは全裸土下座とは言えないものね…でも私には彼氏がっ、うぅぅ」

「いやそれもっとダメだからっ」

「ごめんなさいっ、これでは誠意が無いと思われても仕方ないわね…」

「…は?」

「脱いだ服を畳んでいないから、駄目なのよね?」


 なんで服をたたむと誠意になるのか?

 まったくわからん!


「脱いだ服は畳んで重ねて、一番上にショーツを置くのよね?」

「それどこ情報なの!?」

「え? その際クロッチの裏側部分を、広げて見える様に配置するのが…正しい作法なのではなくて?」

「初耳だよそんな作法!?」


 羽根倉が顔を上げ、戸惑いの表情で俺を見ている。

 というかそれ以上顔を上げないでくれる?

 胸の谷間がチラチラ見えてるから!


「と、とにかく羽根倉さんの覚悟はわかったから、まずは服を着てよ!」

「え? せっかく脱いだのに?」


 なに残念なカオしてるんだよ?

 拗ねたカオも可愛いけどさぁ!


「とにかく! 羽根倉さんの誠意は受け取ったから、次は交渉に入るべきでしょ?」

「………交渉?」

「そして交渉するなら、お互い対等であるべきだ。だから服は着ておこうよ」

「…ふむ、成程」


 ふぅ、なんとかなりそうだ。

 俺のネゴシエート、結構やるじゃん。


「ええ…裸って、本当に駄目よね」

「だろ?」

「しかも上江くんは着衣しているから、私だけ裸なのは…」

「…なのは?」

「自分がとても脆弱な存在に思えてしまって、つい…興奮、してしまったわ▽」


 なにその理論!?

 というか頬に手を添えながら、うっとり恥じらわないでくれる?

 メッチャ可愛いから!?


 ◇◆◆◇


 羽根倉は我がクラスのトップカースト女子で、校内最強のシゴデキガール。

 そんなふうに考えていた時期が、俺にもありました。


「上江くん? 本当に私を…脅さないの?」

「ああ、脅さないから」

「私の秘密を握っているのに?」

「握っててもしないから」

「脅せば私の身体を、好きに出来るのに?」

「身体って…」

「私、脱ぐと結構すごいのよ?」

「さっき脱いでたよね?」

「………むぅ」

「なにが不満なんだよ?」

「…レイプ、しないの?」

「しないよっ、そんな事!?」

「えー」


 うん、羽根倉は残念な子。

 俺、覚えた。


「とにかく! 俺は誰にも喋らないし、脅しもしないから」


 きっぱりとそう言うと、俺は羽根倉の淹れてくれた紅茶に口をつけた。

 うん、よくわからんがお高そうなお味。

 ちなみに羽根倉はすでに着衣してて、俺らはソファーに腰掛けて向かい合っている。


「でもそれでは、上江くんにメリットが無いわ」

「メリットって…」

「交渉相手としては、ギブアンドテイクのテイクだけでは不安になるの」

「…得ようと思ったらまず与えよ、って?」

「ええ、けれど上江くんは、私の身体では不服な様だけれどね」


 いやだから、頬膨らませて拗ねるなよ。

 お前がしても可愛いだけだぞ?


「あのなぁ、それで本当にカラダを要求されたらどうすんだよ?」

「あら? もちろんその覚悟はしているつもりよ?」

「覚悟…ねぇ」


 ソーサーを左手で持ち上げつつ、カップを摘んで口元へ運ぶ羽根倉。

 その手が小刻みに震えてなきゃ、実に優雅だと思う。

 どうやら羽根倉のアドレナリンも、やっと落ち着いて来たっぽい。


「でもさ? その秘密ってのが、それほど決定打じゃなかったとしたら?」

「………続きを」


 羽根倉の瞳に、好奇の光が宿った。


「そもそも羽根倉さんと会長って、婚約者とかなんでしょ?」

「婚約者、ではないわね。許嫁…樋詰先輩はそう言っているけれど」

「そうなの? でもどっちにしても将来を約束してる訳だし、問題ないよね?」

「成程…それなら私の弱みにはなり得ないわね」


 ふぅ、なんとか落とし所になったっぽい。

 というか婚約者と許嫁って、どう違うんだ?

 後でスマホで調べとこう。


「ふふ…上江くん? 許嫁というのはね…」

「お? 助かるよ、実はよく判ってなくてさ」

「その、私たちの家は、両家のお祖父さま方が仲が良くてね」

「あー、そのふたりが許嫁にしようって?」

「…いえ、お互いの孫が20歳を過ぎても独り身なら、婚約させようか? お酒の席で、そんな話があったとかなかったとか…」


 おや? なんだか羽根倉のキレがなくなってきたぞ?


「でもね? 樋詰先輩はその…私に一目惚れ、してくれたみたいなの▽」

「一目惚れ」

「ええ、まぁお互い良家の美男子美少女でしょう? 私も彼なら良いかしら? って♪」


 美少女の自覚あるんですね?

 まぁ確かに滅茶苦茶美少女だけどさぁ


「それでお付き合い、し始めたのだけれど…」

「…けれど?」

「だいぶ早い段階で、その…身体の関係になってしまったのよ」


 早い段階って、何度目のデートで──

 いや、怖いから聞かないでおこう。


「それもあって、お互い家族にはまだ、内緒にしていて…」

「そうなの? って…だったら」

「ええ、だから厳密には許嫁ですらなくて、ただの恋人同士にすぎないというか…」


 両家公認とかなかった。


「えっと…もし例の件が、親御さんに知られたら?」

「ええ…さすがに問答無用で引き離されたりは、しない? と思われるのけれど…」

「そ、そっか」

「わっ、私も先輩も、ただでは済まないわね…ガクガクブルブル」


 そんな危ない橋渡ってたのかよ!?

 でも確かに? お互い大手企業の社長の子息令嬢なんだし…

 『あ、そうなんだ? おめでとう♪』じゃ済まないんだろうなぁ


「わかった。とにかくこの件は、絶対に誰にも話さないと誓うから」

「そ、そうね…上江くんの事、私信用してるから」

「いや信用してるなら、なんで服を脱ごうとすんの!?」

「こうなったら貴方をレイプ未遂犯に仕立てて、ラブホの件を有耶無耶にするしか…ブツブツ」


 ぶっちゃけたよこいつ!?

 しかも未遂で済ます気だよ!


「とにかく落ち着いて! それだってフツーにスキャンダルでしょ?」

「ででっ、でもぉっ」

「ともあれ俺に、デカいギブがあればいいんでしょ? 羽根倉さんから」

「うぅ、胸くらいなら、我慢するわ」


 我慢しちゃうかー

 でもソレは彼氏に取っとけ?


「じゃあさ、俺と友達になってよ」

「それは…頭にセの付くフレンド?」


 こいつ…

 またテンパって、アドレナってんのか?


「いやごくフツーに友達」

「でもそれは、上江くんにとって本当にギブになるのかしら」

「あのなぁ、羽根倉さん、すっごい美少女なんだよ?」

「ええ、そうね」


 ちょっとは謙遜しろよ!?

 その得意げなカオも可愛いけどさぁ!


「俺みたいなフツメンが、羽根倉さんと遊びに行ったり一緒に勉強対策とかしたら、それだけで十分…」

「…じゅうぶん?」

「滅茶苦茶自慢できるし、羨ましがられる」

「…あきれた」


 困り笑みを浮かべる羽根倉。

 それが本当に困っている訳ではなくて、内心ホッとした。


「あぁ、安心して? 俺、恋愛抜きで男女の友情、成立すると思ってるタイプだから」

「それって恋愛感情抜きのセッ──」

「違うから」


 こいつは残念な子。

 もう確定でいーわ。


「そう言えば、治水さんも…」

「あぁ、そうだね。それにあいつは、政紀── 俺の親友の彼女でね」

「ええ、そのようね」

「そもそも俺、他人の彼女って段階で、横恋慕とか手出しする気ないし」

「そう…なのね」


 じっと俺を見つめる羽根倉。

 ぶっちゃけ残念そうなカオされなくて、ホントに良かった…


「じゃあ俺の秘密もいくつか教えとくよ。弱みになるかは知らないけどさ」

「ふむ、聞きましょうか」

「お、興味ある?」

「興味すら湧かない人なら、そもそも友達にはならないのではなくて?」

「お、いいねw」


 悪戯っぽい笑みを浮かべる羽根倉。

 かわいい。


「さっきの政紀なんだけど…あいつも彼女とラブホ、行ってるんだよ」

「…そうなの?」

「しかもラブホで金、足りなくなってさ。俺、金貸してくれって呼び出されたんだw」

「…あきれた」


 あ、今度は本気で呆れてるっぽい。

 政紀、しっかりしろよ?


「というかコレ、政紀に口止めされててね」

「…え? だったら何故、私に──」

「だから羽根倉さんにバラされると俺、困るんだよね」

「………そう、ね」


 政紀には悪いが、きっと羽根倉は喋ったりしない。

 それに例の貸しをチャラにしてやるから、勘弁してくれ。


「ま…秘密を握り合ってる訳だしさ? 友達になっておけば色々便利でしょ?」

「何が便利、なのかしら?」

「お互いに、近くで監視できるじゃん」

「…成程」


 じっと俺を見つめる羽根倉。

 あれ? もしかしてもう監視されてる?


「それに人間ってのは『よく判らないもの』を怖がるもんでしょ?」

「………そうね」

「だからお互いを理解し合えれば、きっと怖くなくなるさ」

「………………」


 なんだか気恥ずかしくて、ふと視線をそらす。

 けれどこれだけは、伝えておきたかった。


「そもそも友達ならさ、そいつが困る様な事、するわけないでしょ?」


 だから安心してくれよ、羽根倉。


 ◇◆◆◇


 壁の時計を見れば、そろそろ昼休みが終わりかけていた。

 お茶の残りを飲み干して、そろそろお暇することにする。

 すると腰を浮かせかけた俺に、羽根倉は改まった態度で…


「ありがとう、上江くん…私でよかったら、貴方の友達にならせて頂戴」

「あぁ、こっちこそよろしく」


 やれやれ、なんとか上手くまとまったか。

 というか羽根倉が、こんな残念な子だとは予想外だったが…


「………んー」


 いや、念の為にもう一押ししとくか?

 いかに俺が安全かって事を。


「あとさ、これは秘密って程でもないんだけど…」

「あら、何かしら?」


 警戒ではなく、好奇の表情で俺を見る羽根倉。

 つかこいつ、ホントに美少女だな。


「俺、付き合うなら歳上の大人っぽい女性って決めてるんだよね」

「………は?」

「だから羽根倉さんも、ぶっちゃけ俺の好みじゃないからw 安心して?」

「………………」


 あ…あれ?

 羽根倉さん?

 なんで汚物を見るような目で、俺を見るんですかね?

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