003 うちのクラスのトップカースト女子
月曜日の朝、いつもの様に学校へと向かう。
俺の通っている学校は、自宅から15分ちょっとの徒歩圏内。
この学校を選んだ理由?
もちろん徒歩で通える事に決まってるだろ?
「はぁぁ、寒っむぅ」
そろそろ春が近づいているとはいえ、このあたりの3月はまだ寒い日が続く。
学校が近いのはありがたいけど、身体が暖まる前に着いちゃうんだよなぁ。
そんな贅沢な悩みをボヤきつつ…ふと先週末の事を思い出す。
「あの羽根倉が…ねぇ」
『羽根倉 晶』うちのクラスのトップカースト女子だ。
1年生で生徒会副会長に就任し、成績も入学以来、常に学年首位をキープ。
なのにすごく可愛くて、男女構わずファンがメッチャ多い。
しかも実家は地元の大手食品会社『ハネクラ』の創始者一族で、現在の代表が彼女の父親だとか。
つまりは才色兼備の社長令嬢ってヤツだ。
なにその完璧超人。
「生徒会長も、どこかの企業の御曹司なんだっけ?」
そんな家同士の繋がりもあって、ふたりは婚約者として交際中…と、もっぱらの噂だ。
まぁじっさい、一緒にラブホに入って出てくる仲なんだが。
「だったらあの余裕の笑みは…両家公認って訳か?」
そう考えたら、ストンと腑に落ちた。
しかも羽根倉は、生徒会でもバリバリ業務をこなすシゴデキガールらしい。
多少の不利益なんざ、自分でサクっと対処しそうだ。
俺という路上の石ころに見られたところで、どーって事はないんだろうよ。
「はー、どいつもこいつも仲のよろしい事で」
そんな愚痴をこぼす俺に、一緒にラブホに行ってくれる女子はもちろんいない。
そう考えるとますます…この寒さが身にしみてこたえてきた。
◇◆◆◇
「うぃーす」
そんな雑な挨拶をしながら、自分のクラスのドアをくぐる。
予冷の10分前ということで、おおむね8割のクラスメイト達が居て──
「………ん?」
俺の席に…人だかり?
座れないじゃないかと様子を見れば、俺の席に小柄な女子が腰掛けていた。
あー、またうちのクラスに来てんのか。
おかげであいつのファンが、集まっちまってるじゃねーか。
「あっ、かずくんっ、おはよー♪」
その女子は俺に気づくと、立ち上がってとことこと駆け寄ってくる。
『治水 流花』、俺の幼馴染で…政紀の彼女。
そして水泳部のエースで、県大会で個人優勝したアスリートでもある。
「おはよう流花」
「あー、みんなちょっとゴメンねぇ、わたしかずくんにお話あるからー」
強制解散させられたファンの何人かが、俺を恨みがましく睨む。
お前ら文句なら流花に言え。
俺はそんな流花に手を引かれ、なすがまま廊下に連れ出された。
「えとえと…これっ、政紀くんから、でっす!」
流花はスカートのポケットから、よいしょと財布を取り出して、数枚の千円札を差し出した。
政紀のヤツ、流花に預けておいたのか?
ともあれありがたく受け取って、自分の財布にしまった。
「つか…さすがに頭、冷えたみたいだなw」
「うぅっ、まだはずかしいよぉ」
泣きそうな顔で、真っ赤になる流花。
俺がいじめてるみたいだから、お願いだから止めて。
そもそも悪いのは政紀で、金を持ってきたのが俺だと、わざわざ流花に話したらしい。
そこは『知り合い』とかボカしておけよ、アホか。
「ま、気にすんな。とにかく政紀が全部悪い」
「かずくぅん」
おかげであの晩、流花からはニャインのメッセがガンガン届き、しかもテンパってるから内容もイミフで…
電話で話そうと提案したが、まだ恥ずかしいからダメ…と。
だったら週明けに改めて話聞くからと、冷却期間? を置く事にした。
結局、土日にもニャインで何度かやりとりしたが…さすがにだいぶ落ち着いてきたっぽい。
「うぅ ほんとゴメンねぇ? かずくん巻き込んじゃって」
「ま…俺に頼むのがいちばん無難なのは判ってるし? とにかく気にすんなって」
「…うんっ、ありがと、かずくん♪」
ただでさえ小柄な流花が謝ると、なんだかもっと小さく見えて罪悪感が半端ない。
気づけばつい…流花の頭をポンポンしていた。
「えへへ♪」
だが、この小さな身体に騙されてはいけない。
この細い手足だってみっしり筋肉が詰まってるし、腹筋だってバキバキに割れてたりする。
ただそれが、『ぷにっ』とした女子っぽい脂肪に包まれてるから、ぱっと見はそう見えない。
「それより、あれから問題なく帰れたのか? 人質に取られたって聞いたけど」
「う…うん。お部屋はね? もぉ使えなくなっちゃったから、スタッフの人? の事務所? っぽいところで待ってたの」
「ほう?」
「でもそしたらね? スタッフさんがお茶とおいしーお菓子くれてね? 食べてたら政紀くん来たから、すぐ帰れたよぉ♪」
「そっか、よかったな」
スタッフの人…ホントにありがとう。
もし俺がラブホ行く事があったら、絶対御社を使わせていただきます。
もちろんレビューも☆5にしときますから。
「えっとね? それで政紀くん、かずくんに借りができたーって言ってたから、ぜったい返すって」
「ん? あぁ聞いてるぞ? 何で返すかはまだ聞いてないけどなー」
あいつはイケメンなだけじゃなく、交友関係の広いリア充だ。
せいぜい便利に働いてもらおうじゃないか、ククク…
「だ…だったらね? わたしもかずくんに、なにかお返したほうがいいのかなぁ? って」
「ん? そうなのか?」
「うんっ、だってわたしも、かずくんに助けられたし?」
「あー、そうかもだが…」
政紀はともかく、流花にまで恩を売るつもりはなかったんだがな。
というか親友の彼女にあれこれ世話されても、気まずくなるだけだしなぁ。
んー、だったら…
「あぁ、なら俺、流花に頼みたい事があるんだ」
「ふぇ? なになに?」
ションボリ気味だった流花のカオが、ぱあっと明るくなった。
かわいい。
「今度俺と、ラブホ行こうぜ」
「………えっ!?」
「もちろん俺が奢るし、現金もしっかり持ってくからさw」
「ちょちょぉっ!? わわわっ、わたし彼氏、いるんだよぉ!?」
「もちろん知ってる。だから内緒でさ」
「だっ、ダメだよぉっ、そそっ、そんなの浮気で…うぅぅっ」
かぁ~~~っ、っと音が聞こえそうなくらい、耳まで真っ赤になった。
そして激しく動揺しつつも、なにやら謎のポーズをビシバシキメている。
かわいい。
「なぁ? どうしてもダメか?」
「うっ、うぅぅっ、か…かずくんっ、そんなわたしと、したいの?」
「あぁ、したい」
「かっ、かずくぅん」
流花の潤んだ目が、じっと俺を見つめる。
かわいい。
と…いかん、そろそろオチを付けねば。
「俺さぁ、ラブホの室内チェックとか、しときたいんだよなぁ」
「………ふぇ? ちぇ、チェックぅ?」
「あぁ、将来彼女が出来た時に備えて、どんな感じか下調べしときたい訳よ」
「将来の、彼女ぉ? わたしとじゃ…なくて?」
「は? ひとりじゃ入れないらしいから、一緒に入ってもらうだけだが?」
「え? じゃあ、わたしはなにすれば…」
「おいおい、まさか俺と浮気…したいのかなぁ? んんw」
「う…かずくぅん?」
ニヤニヤと返す俺のカオを見て、流花もやっと気づいたらしい。
流花のほっぺがぷぅぅっと膨らむ。
かわいいw
「もぉもぉっ、わたしをからかったなぁっ」
「ははっw 悪かったよ。貸しは政紀に返してもらうから、気にすんなってw」
「もぉっ、かずくんのいじわるぅっ」
とまぁ俺が流花をからかうのも、いつもの事だったりする。
で、コンビニとかで甘いものをお詫びに奢って、仲なおりするまでが俺らのルーティンだ。
じゃあ今日の放課後、部活終わりに待ち合わせよう。
そう提案しようとした、その時──
「治水さん、上江くん」
「えっ?」
「そろそろ予冷が鳴るから、教室に戻った方が良いわよ?」
「羽根倉、さん」
艷やかな黒髪がキラキラ光る、我がクラスのトップカースト女子。
羽根倉は先週末のラブホ前と同じ、大人っぽい天使の笑みでそう言った。
「あ…いっけなーい。じゃあかずくん、またねぇ♪」
「あ? あぁ」
羽根倉のエンジェルスマイルに浄化され、毒気を抜かれたんだろう。
流花は元気良く、とことこと駆け出していった。
ああ見えても流花は、陸上トレーニングの時はメッチャ速かったりする。
25メートルの短距離を無酸素で、何十本も疾走してるし。
「うふふ♪ 可愛いわよね、治水さんって。確か上江くんとは幼馴染なのよね?」
「へぅ? あぁ、そうだけど」
突然の問いに、ヘンな声が出た。
おいおい羽根倉よ…俺ら業務連絡以外、話した事なかったよな?
そんな俺の顔を見て、また彼女はにっこりと笑う。
そして…
「今日のお昼休み…12時半頃で良いかしら? 生徒会室に来てくれる?」
「えっ?」
俺を追い越すその瞬間、耳元で羽根倉がそう囁いた。
そして俺の返事を待つことなく、教室の中へ入ってゆく。
「生徒会室…」
もちろん呼び出される心当たり…滅茶苦茶ありまくりだった。
◇◆◆◇
昼飯を食い終わり、約束の時間の数分前。
俺は生徒会室のやや手前でひとり…腰が引けていた。
「やっぱ、すっぽかしたら…マズいよなぁ」
何度か逃げようと思ったが…羽根倉は生徒会役員で、校内では権力を持つ側だ。
ファンや取り巻きも掃いて捨てるほど居るし、実家の太さもハンパない。
ウン、どう考えても逆らって得、無いわー
「やっぱラブホの件、放置って訳にはいかなかったかー」
察するに…路傍の石に見られた所で、どうという事はない。
だが一応、念の為に釘くらいは刺しておくべき…そんな所か?
そもそもホントにマズいなら、あの場で口止めされてるはずだし…
「うっし! そうと決まればさっさと済ませよう」
羽根倉は校内最強のシゴデキガール。
ならここは下手な腹の探り合いなどせず、大人しく釘を刺されておくべきだ。
腹が決まれば足取りは軽く、その勢いで生徒会室のドアをノックした。
「ええと、1-Bの上江です」
(どうぞ入って頂戴)
「あー、失礼しまーす」
ドアを開け室内に入れば、そこにいるのは羽根倉ひとり。
会長と一緒かもと思っていたが、彼女だけで話を済ませる気っぽい。
「ごめんなさいね、呼びつけたりして」
「いや、それは良いんだけど…」
「…金曜日の晩の事、そう言えば判るでしょう?」
カチャ
そう言いながら羽根倉は、俺の後ろに回り込み…後ろ手でドアの内鍵をかけた。
おいおい…メッチャ怖いんですけど?
一瞬そう思ったが、やっぱり人に聞かれたくない話なんだろう。
「やっぱりアレは、羽根倉さんだったんだな」
「…ええ、そしてお相手は、私がお付き合いしている樋詰先輩よ」
『樋詰 肇』、面識はないが、生徒集会とかで何度か見た顔だ。
イケメンで生徒会長、そして御曹司…
さらにはこんな完璧美少女と婚約&セクロスしてるとか…爆発しろよもう!
「だから上江くん? 判っていると思うけれど…」
「………え?」
「私ね? あの事が公になると、とても困るの」
「あぁ、それはもちろん──えっ」
そう言いつつ、羽根倉はセーターを脱ぎ…さらにはブラウスまで脱ぎ始めた!?
大人びた感じのレースのブラが、白い肌に眩しい。
見とれているうちに、ぱさりとスカートが床に落ちる。
見上げれば羽根倉は、あの晩と同じ天使の笑みで俺を──
「── はっ!?」
色仕掛け? 口止め? そんな単語が脳内に浮かぶ。
だが違う!? これは罠だ!
部屋のどこかから、隠し撮りされているに違いない。
そして俺はレイプ未遂犯として取り押さえられ、ラブホの件なんか苦し紛れの狂言扱いされる訳で…
「こっ、こんな事しなくても、俺は──」
「かかかっ、上江くんっ、お願いですからあの事はっ、内緒にしてくだしゃいっ」
「………へっ?」
それは…およそ一切の無駄も力みもない──
見事な土下座だった。
まぁ…噛みまくりだったけど?