002 爽やかイケメンの失態
三学期の期末試験も終わり、あとは終業式までの日々をゆるりと過ごす。
そんな緩んだ空気に、クラスメイト達ものんびりとした雰囲気になっていた。
そして俺、『上江 和哉』もその例外じゃなかった。
日頃勉強している時間を趣味に置き換え、楽しくもダラダラと過ごして──
いたんだが…
「政紀のヤツぅぅっ」
金曜日の晩、自転車でターミナル駅近くの繁華街へ、大急ぎで向かう。
俺の家からは電車で1駅だけど、この距離なら自転車の方が早い。
そうして繁華街西口へと通じる大通りを、ギコギコ南下しているんだが…
「あぁもうっ、タクシー邪魔っ」
この通りには歩行者道とは別に、自転車道が併設されている。
けど金曜の晩らしく酔っ払いとカップル、そしてウェーイw な連中で溢れてて、とても走れたもんじゃない。
なので車道の脇を走るんだが…やたらにタクシーが路上停車&幅寄せしてきて、とにかくメッチャ邪魔だった。
「この先にセブンがあるはずだけど………あれか!」
ハンドルに取り付けたスマホの地図を頼りに、路地をいくつか曲がると目的地を発見。
そしてその店先には、俺の見知ったカオがあった。
「おーいっ、こっちだ和哉ぁ」
「さんを付けろよデコ助野郎!」
「ヒデぇw でも助かったよ」
自転車から降りる俺に、背の高いイケメンが笑顔で駆け寄ってきた。
俺の友人の『高尾 政紀』だ。
こいつ、妙に気合の入った格好しやがって…
「早速で悪いが、頼んでた金を頼むよ」
「はいはい、ほらよ」
財布の中から千円札を何枚か取り出し、渡す。
おかげで土日の買い物の予定がパーだ。
そんな俺の気も知らず、政紀はソレを受け取ると嬉しそうに笑った。
ちっ、このイケメンが!
「マジ助かったよ! こんなの部の連中とか親には、絶対頼めないしさぁw」
「だろーな、ラブホ入って金足りなくなるとか!」
「ちょ…声がデカいってっ」
こいつは浮かれ気分で彼女とデートを楽しみ、その流れでラブホにしけこんだらしい。
そしてアレコレお楽しみの後、さぁ出ようか? という時点で金が足りない事に気づいた訳だ。
「いやぁ、慌てて2人分の現金集めたんだけど、足りなくてさぁ。で、ラブホの人に相談したら『コンビニで下ろして来い』って」
「キャッシュカード持ってきてなくて、結局俺が呼び出された訳だけどな!」
「いやいや、待ち合わせをラブホの前にしなかった俺、気が利いてるだろ?」
「気の利くヤツは、ラブホで金足りなくなるようなヘマしないっての」
「だよなーw でもマジ助かったよ。金は来週返すし、この借りも絶対に返すからさ」
こんなダサい失態を犯した政紀だが、その笑顔はやはりイケメンだ。
1年生にしてサッカー部のエース候補なだけあって、校内でもファンが多いと聞く。
爆発すればいいのに。
「ったく…学校じゃあ『健全なお付き合いしてまーす』みたいなカオしてるくせに、しっかりやる事やってるじゃねーか」
「まぁなw けど今日の件、誰にもナイショで頼むぜ?」
「当たり前だ。お前はともかく流花は女子なんだから、シャレにならんだろ」
「いや俺だって、学校にバレたらシャレにならんのだが…」
流花は政紀の彼女で、俺の幼馴染だ。
ご近所なだけあってその付き合いは長く、幼稚園からずっと同じ学校だったりする。
正直、政紀の彼女が流花じゃなければ、こんな大急ぎで駆けつけなかったと思う。
「俺だって知りくなかったわ! お前と流花がラブホ行ってるとか」
「俺も流花んちも、いつも誰かしらいるからさぁ、ラブホ行くしかなくてだなぁ」
「それで金足りなくなってるとか、マジありえなーい」
「だから反省してるって…」
もっと反省しろっ、この爽やかイケメン!
「じゃあ悪いけどそろそろ行くわ。流花が人質に取られてるからな」
「マジかよ政紀最悪だな」
「ヒデぇなぁw」
そんな情けない会話の後なのに、手を振って駆け出してゆく政紀は爽やかで、ドラマのワンシーンみたいに見えた。
やはりイケメンは色々得をしてる、そう思わずにいられない。
俺? どこにでも転がってるフツメンだよ。
などと見送っていると、豆粒サイズの政紀がライトアップされたビルの中に消えていった。
「うぉ あのラブホだったのかよ」
うぅ、これからこの道を通るたびに思い出しちゃうじゃねーか。
というか…
「流花が、あそこで待ってる訳か」
幼馴染とはいえ、あくまで流花は政紀の彼女だ。
そしてヤリたい盛のお年頃なんだし? そういう事をしたっておかしくない。
さらに言えば流花に対して、俺は恋愛的な感情を一度も抱いた事はない。
むしろ流花は俺にとって、女の親友…そう思っている。
「コレってもしかして、寝取られってヤツなのか?」
政紀に抱かれたと知っても、俺と流花の友情に変わりはない…はず。
だれどそんなモヤモヤした気持ちは、しばらく晴れる気がしなかった。
◇◆◆◇
政紀と別れ、帰り道。
大通りの混雑にウンザリしていた俺は、並行する裏通りを歩いていた
ここからウチまでの距離は約2キロちょい。
さっきのモヤモヤもあって、頭を冷やそうと自転車を押して歩いて、いたんだが…
「うぉ、マジか~」
俺が迷い込んだのは、怪しいネオンきらめくラブホ街。
こちらも終末なだけあって、この瞬間にもカップル達が出たり入ったり…
いやまぁ、男ひとりの俺の方が場違いなのは、わかってるんだけどさぁ!?
「おっと」
ブレーキを引いて自転車を止める
眼の前のラブホから出てきたカップルが、俺の前を通り掛かったからだ。
ってまたイケメンかよ爆発しろ!
しかも女の方もメッチャ美人で、ロングの黒髪がキラキラ光ってて…
「………ん?」
男の方は歩きながら電話してるみたいで、俺の方をまったく見ていない。
だけど女の方は俺に気づいて──
互いに目が合った。
「………(ニコっ)」
不意にニッコリと微笑んで、そのまま通り過ぎてゆく。
その笑みはメッチャ大人っぽく、天使の様に清らか。
俺は思わずぼんやりと、その背中を見送って…
「うぉ、マジか~」
さっきと同じセリフをつぶやき、その場に立ちすくんだ。
だがそれは、美人に見とれた訳じゃなくて…
「あれ…うちのクラスの羽根倉だよな?」
そして男の方は、うちの学校の2年生。
羽根倉とは許嫁同士という噂の、校内の公認カップル。
我が校の、生徒会長と副会長の2人だったんだ。