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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

TS転生した元イケメンと友達になるまで

作者: 塚本


モンスターの叫び声が響く。


狂暴化したゴブリンたちの討伐依頼という、よくあるありふれた依頼。

規模としては15体ほどという話で、そこそこ手こずるだろうと思いながら戦っているが、今日はいつもと違っていた。


イツキ、投石がくるぞ!」


僕の後ろから女の子の声がかけられる。


確かに前衛に隠れた、後方5体のゴブリンが、スリングで投石を仕掛けてようとするのが見えた。

ゴブリンの叫びが聞こえたかと思えば、前衛のゴブリンが一歩後ろに下がる。


僕もそれに合わせて、盾の後ろに身を隠した。

風切り音が五つ響いたかと思えば──


ガゴン!


そのうちの一つが、僕の構えた盾に直撃する。


石の大きさはこぶし大はあるだろうか、勢いをつけられた投石は、下手をしたらゴブリンの持つ棍棒より痛いかもしれない。

幸いにして、その一発以外は僕に命中せず、地面に穴を開けるだけに留まったが。


(ゴブリンの習性からすれば、この後は…!)


とっさに盾を上げてロングソードを構える。


間髪入れずゴブリンが棍棒を振りかざしている姿が見え、僕はそれに合わせるように盾を斜めに掲げ、攻撃を受け流す。

隙の出来たゴブリンを一撃で切り伏せると、後ろから他のゴブリンが襲い掛かるのが視界の端に見えた。


──これはちょっと怪我を負うかもしれないな。


冷静な視点で見つめる僕だったが、今日はいつもと違っていた。


ガォン!ガォン!


雷のような音が2つしたかと思えば、ゴブリンは横合いから叩きつけられた衝撃でもんどりうつ。


視線をそちらに向けると、そこには白髪赤目の少女が「ふふっ」と笑っているのが見えた。


彼女がいつもと違う理由だ。


ここ1年、僕は一人で依頼を受けていたが、最近になってパーティを組んだ。

その相手が彼女…、といっていいのか、いまだに僕の中では整理がつかない。


そんなことを考えていると、次の瞬間、また後ろから声がする。


「次、また投石がくるぞ!」

「わかった!」


彼女の声に応えながら、僕は一歩引いた。

ゴブリンの追撃が宙を切ったかと思えば、また雷のような音が一つ。


今度はゴブリンの脳天に穴が開き、一瞬で絶命させた。


「カツラギ! そっちから投石するゴブリンは狙える?」

「誰に物を言ってるんだ、任せろと言っておこう!」


僕の後ろにいる少女……カツラギが、3発装填式のサンダークラップ…、


というと分かり辛いかな。

いわゆるこの世界の拳銃を構える。


サンダークラップの轟音が響くと同時に、投石を行おうとしていたゴブリンに銃弾が当たり、またゴブリンが倒れた。


「3体目だ。 このまま半分以上貰ってしまうが構わないな?」

「それは、困るかなっ!」


カツラギが弾丸を装填している間、どうしても出来てしまう隙を僕がカバーする。


サンダークラップを持ってる葛城が放置できないと思ったゴブリンは、そちらに向かおうとするが、それをさせる訳にはいかない。


剣を振るい、ゴブリン2体を切り伏せる。


「討伐数の多い方が、分け前7で貰う約束、忘れてないな、イツキ!」

「もちろんっ。こっちだって冒険者として先輩なんだから…!」


15体いたゴブリンは、今切り捨てた分で、残り4体になった。


今のところ、僕が5体、カツラギが6体を倒している。


せめて先輩冒険者としてのプライドで、負けたくないと思いながら、僕は残り4体、投石から棍棒に持ち替えているゴブリンたちへと向かった。



◇◆◇◆




「ふふ、稼がせてもらった。悪いなイツキ」

「なんにも悪くないよ。それはカツラギが稼いだ分なんだから」


討伐任務を終え、ギルドから報奨金を貰った帰り道。


僕たちは日の落ちかけた街を歩いている。

改めて考えてみると、僕の隣には白髪赤目の…、アルビノと言っても差し支えない色彩、僕より頭一つ身長の小さい、とんでもない美少女が隣にいる。


装備はすべて僕がお金を出してあつらえたものだけど、それでも外見通りの美少女では、何を着ても似合っている。


ハーフツインにまとめられた白髪に映える金色のティアラ(防御力が上がるエンチャントがかけられている)、動きやすさの重視と防御力を両立させたズボンスタイルのバトルスーツ。

腰にはサンダークラップを収めるためのガンベルト、足元は特に大事だからミノタウロスのレザーブーツを買った。


女の子が着るには、一見すると少しちぐはぐなようにも見えるものだが、それでも彼女の素材の良さが際立ってしまうのは、本当にアドバンテージだと思う。

下手なチートスキルより、外見の良さの方がよほど即物的に有利に働くのではないかと思ってしまった。

だけど僕は、考えてしまう。


(今更だけど、彼女が…、カツラギだなんてなぁ…)


いまだに信じられない事実。

それは確かに事実であるはずなのに、今になっても僕はちょっと受け入れ辛かった。

だってそうだろう、異世界に行ったはずの僕が、その転移した先の異世界で、「すごいな」と思っていたクラスメイトの転生体に出会うなんて誰がわかるんだろう。


それこそ、この状況を仕組んだかもしれない「神様」の仕業なのかもしれないな、と考えつつ。

神様を見たことがないから、なんとも言えない状況でしかないのだが。


「ん、どうしたんだイツキ?」

「っ! なっ、何でもないっ!」


ふと、僕の状態が気になったのであろうか、カツラギが僕の顔を覗いてきた。


突然目の前に現れる美少女の顔に、僕は驚かざるを得ないし、それを隠そうと顔を横に逸らすのが精いっぱいだ。


「…むう。前にも言ったはずだイツキ、そんな反応されると折角の高揚感が台無しだ」

「あ、ご、ごめん…」


とっさに僕は謝ってしまう。


目の前にいる少女、カツラギ。本名葛城廉也(カツラギレンヤ)


彼は決して女の子ではない。

本当は男だったのだ。


それが今や、こんな美少女で。

しかも人間のようで人間じゃない存在になってしまっているとは。


さらに言えばカツラギは、今の美少女である自分を嫌っているというのだ。

「女の子を前にした男の反応」をされたとなれば、嫌な顔もするだろう。


「…はあ。変な気分になってしまった。 気晴らしを所望するぞ、イツキ」

「えっ、ちょ! 気晴らしってどこに!」

「『泥中の蓮』亭だ。知らないのか? あそこのピザは街一番と評判なんだ。わたしは前から是非とも食べてみたいと思っていたんだ。今日は報酬をすべてピザのトッピングに錬金するぞ! 」

「ぜ、ぜんぶって!? 確かにあそこ、すごい美味しいけど…っ」

「グダグダ言わないっ、ほら!」

「…っ」


そのまま僕は、カツラギに手を取られて『泥中の蓮』亭に引っ張られることになる。

本来ならそのまま振りほどけるだけの力はつけてると思っているのだが、それでも、僕の手を引っ張るカツラギの、女の子としての手の柔らかさを感じてしまい、意識してしまう。


きっと握り返したら怒るんだろうな、と思いながら、僕はそのまま葛城に引っ張られるまま、『泥中の蓮』亭に向かわされるのだった。



◆◇◆◇


改めて考える。


僕の名前は折上樹。

今年18歳になった、元高校生で今は冒険者だ。


正直なことを言えば、高校では平凡より下のランクに分類されていたと思う。

だってそうだろう、誰がオタクでコミュ障な人間と関わろうと思うのだ。


クラスメイトや女子達は、目立つ方に行く。僕みたいな奴に構っていられるほど、時間を無駄にしようと思う人間はそうそういない。


僕の友達はラノベやマンガ、アニメの世界といった「閉じた世界」だったのは間違いない。


それでも僕は17の時にある事故…、本当に何が理由だったのか分からないけど、地面に出来てた“穴”に落ちようとしていた少女を助けて、代わりにその“穴”に落ちた。


それはいわゆる「異世界への扉」…、言ってしまえば「神隠し」の原因みたいで、気づけば僕はこの、まるで愛読しているファンタジーラノベやアニメみたいな世界に飛ばされたのだ。


言葉はわかったけど身寄りもなく、何より身分を証明する手段もなかった。

あの時の苦労はなるべく思い返したくないが、それでも、両親に「真面目に生きていればいつか報われる」という事を教えられて、真面目に頑張った。


慣れない武器を握って、初めてモンスターを殺した時、景気付けと言われてたくさん食べた食事をすべて吐いたし、その日の夜は自分が命を奪ったのだという事実を抱え込んだことで眠れなかった。


それくらいに生々しい現実が、僕の目の前に広がっていた。

それでも、異世界に飛ばされてそろそろ2年目になる。


気づけばすっかり冒険者として生きることにも慣れて、細々とだけど生きることが出来た。

今では馴染みの食堂で、たまに一品オマケされることもあれば、ギルドの報奨金に色を付けられることもある。


真面目にやってきた事が少しずつ報われてきたと思い、決して優しくはないこの異世界暮らしも、少しだけ悪くないと思っていたところ、僕はカツラギと出会った。


──それは別の国で依頼を終えた時、憲兵が誰かを探していたという記憶が強い。


懸命に逃げている、ぼろ切れをまとった少女とぶつかって、謝ろうとした時、その少女…、白髪赤目の少女は、僕を見て言った。


「きみは…、樹…オリガミ、イツキか?」


最初の印象は、乱暴な言葉遣いをする女の子だな、だった。


それでもその表情には焦りが見えていて、困っている事だけは見て取れた。

どうするか少しだけ悩んでいたところ、その子は唐突に、僕に向かって言ってきたのだ。


「いきなりとは思うが、頼む! 助けてくれ! 君は、折上樹だろ? 私だ、葛城廉也だ!」


最初は、頭に「?」が浮かんだ。


次いで少しだけ冷静な部分が、「何でその名前を」と伝えてくる。


──葛城廉也。

忘れるはずもない。


僕のクラスにいた完璧超人。

僕とは全然違う、ルックスも頭脳も運動も、オマケにコミュニケーション能力も、そのすべてが秀でた存在であり、誰もが認める学年のヒーローだった男だ。


眼前の少女がいきなり、僕の知る、そして彼女が知るはずないだろう名前を出してきて、僕は混乱するしかなかった。


何で? と思ったし、読んでた本のジャンルから、もしかして、とも思った。


『どこだ、早く探せ!』

『東区は探したがどこも見つからん』

『路地裏も探したか?』

『当たり前だ、それでも見つからないんだ』

『北区と東区は終わった、西区と南区の調査結果待ちだな』

『ギルフォードの奴、ホムンクルス一体に何を考えてるんだか』

『知るか、あいつの事なんて。言われたことだけこなしてりゃ文句も言われないんだ』

『まったくだな』


遠くから衛兵たちの声が聞こえてくる。


会話の内容から、誰かを探しているというのはわかる。

…もしかして、この子を探しているのか?


状況的に、詳しく話は聞けそうにない。


なにせ彼女は追われていると言わんばかりの立場だ。

衛兵たちの様子からして、確実だろう。


葛城廉也を名乗った少女は何かから逃げていて、衛兵たちは誰かを追っている。

冒険者としてすっかり頭の回転が速くなったが、それでも全容はわからない。


「頼む…! わたしをここから逃がしてくれ…!」


分かっているのは、この子が逃げたがっていることと、この世界では僕しか知らない名前を名乗った事。

その理由を知るために。


……だからこそ、僕は。


彼女をかばって、拠点にしているマハ国へ発とうとしている相乗り馬車に飛び乗ったのだ。



◇◆◇◆



マハ国に到着するまで、馬車を乗り継いで一週間。

その間に僕は葛城廉也を名乗る少女から、いろんなことを聞いた。


「最初に聞きたいんだけど、どうして君は葛城廉也って名乗ったの? …誰からか聞いたとか?」

「わたしがその葛城廉也だからに決まってるだろう。…たしかに、こんな姿だと説得力なんて無いが……」

「まぁ、ね…」


目の前の少女には、僕の記憶にある葛城廉也の面影なんてどこにもない。


何か共通点を探せと言われても、接点が無い身としてはどこから共通点を探せばいいのかわからないほどだ。


「こちらも、きみががどうしてこの世界にいるのか皆目はわからないのだが……」

「あ、それも、そうだったね…。…じゃあ、僕の方から話すよ」


と言って、僕は自分の身に起きた事のあらましを大分かいつまんで話す。


必要なのは、僕が異世界に転移してきた事と、冒険者をやって1年が経とうという位だ。

それを聞いた葛城(仮)は、驚きながら悔しそうな顔をしていた。


「そうか…、折上の方は異世界転移か…。はあ……わたしもそっちだったらどれほど良かったか…」

「そっちが、って、葛城の方は違うの?」

「見ての通りだ。わたしの方は………こんな様だと言うのに」


葛城(仮)の言葉を聞いて、しまったと思ってしまった。

こんなに外見が変わってしまう理由なんて、それこそ異世界転生とかになってしまうだろう。


…それはつまり、元の世界での葛城は…。


「ここに来る前の記憶はよく覚えている。小さな子供がボールを追いかけて道路に出て、そこにトラックが来て…」

「……」

「…危ないって思って飛び出して、子供は助けられたが…その後はまあ想像の通りだ。…はは、こてこてのテンプレだろう…?」

「…うぅん、そんな事ないよ。葛城は、子供を助けようと思って飛び出したんだろ。だったら、葛城はかっこいいんだよ」

「……この場でのお世辞は余計なお世話だが」

「お世辞じゃない。僕が知ってる葛城はかっこよくて、クラスの皆のあこがれだった。…たとえこっちの世界に来る理由があったとしても、葛城がそのままであった事が、ちょっと嬉しいよ」

「…そうか」


葛城は、少し顔を赤くしてそっぽを向く。

その様子は、本当に女の子にしか見えない。


いや、事実女の子なんだろう。道中の宿屋でも、彼女は女の子として扱われて僕とは別の部屋に泊まった。


そこに誰も疑問を差し挟まなかった。

あるとしたら、葛城自身だろう。

どうしてわたしが、とぶつくさ言いながら女性用のお風呂に入っていったし、女性の部屋で眠っていた。


僕も葛城も、一週間という時間をゆっくり使って、お互いの事を話していった。

そして僕が拠点にしているマハ国、イミダの街に到着して、アパートに帰宅した後、さてどうしようかと思った所、ふと葛城の方から声をかけられた。


「…実は一つ。わたしはきみに聞きたいことがある」

「…改まってどうしたのさ、葛城…?」

「…きみは、この世界、どう思う?」

「どうって…、…そうだね、住めば都ってわけじゃないけど、何とか生きられて…、そして楽しいかなって思ってる」


それは僕としては本当の事で。


帰れる手段を探しても、現状では見つからないのなら。

この世界にい続けるしか道はない。世をはかなんで自殺とか…、今の僕から見れば難しく感じてしまう。


そうすると、小さく舌打ちの音が聞こえてきた。誰がやったのかなんて、考えるまでもない。

今この部屋にいるのは、僕と葛城だけなのだから。


「……」

「…葛城は、嫌なの? この世界が」

「ああ。嫌悪感を覚えている。…死んでしまったのは仕方ないとしても、こんな姿になって、知らない世界に飛ばされて、…いっそ何もわからないまま転生してくれた方がよかったとさえ思える…、それに…」

「それに…?」


ベッドの上で、葛城がうずくまる。聞こえるかどうか怪しい声で、


「この世界は……怖い」

「……」


葛城の言いたいことは、理解できる。


この世界は恐い。

だって、アニメやゲームの世界で存在しているようなモンスターがいて、普通に生きてても命の危険がある。魔法なんて技術も存在している。


モンスターを倒して、アンデッドを土に還して、たくさん命を奪って。そうしなければ生きられない、僕らのいた世界とは全くの別物だ。


「それに、きみは、今のわたしがどんな存在なのか、分かっているか?」

「…それは、うん…。ちょっと聞きづらかったし、触れてほしくなかったのかも、って思うと、言い出せなくて…」

「…ちょうどいい機会だ、教えてよう。……これだ」


そういいながら、葛城は立ちあがり、服を脱ぎ始めた。

僕は驚いて眼を瞑り、さらに手で視界を遮る。


「ちょっ、葛城…っ!?」

「見ろ。…見てくれ」


葛城の声がとても真剣で。僕はおずおずと目を開けてそれを見てみる。


…そこには、確かに葛城が立っていて。

…女の子の体になっていて。


──その体中には、不思議な文様が走っていた。


「…今のわたしは、人間じゃない。きみは知っているか?人間を模して造られた人造生物。ホムンクルスの存在を」

「…うん」

「ホムンクルスは、錬金術師に作られた、いわゆる使い捨ての存在で。誰かの所有物として一生を終える……文字通りの生きた道具だ」


葛城は、どこか投げやりのような表情で続けていく。


「身体の模様がその証拠で、今のわたしは人間ですらない。こんな技術が存在する世界だって、それが自分なんだって分かって、吐き気がしたし、実際吐いた。ここは悍ましい世界だと、1秒たりとも居たくないと常に思っている」

「…………」


僕は、葛城の言葉を聞くことしかできない。

ゆっくりと服を着直しながら、葛城は続けていく。


「だからこそ、わたしは帰る手段を探す。この姿でも構わないけど、いつか絶対に元の世界に帰ってみせる。…きみはどうなんだ、樹?」

「…………」

「…そうだな。今のきみを見れば分かる。いい事なのかは判断が付かないが、今のきみの顔は以前よりもずっと生き生きとしている」


冒険者になって、少しずつ磨かれてきた感覚が存在している。


それは「相手の事をよく見る感覚」と、「直感」。

僕が僕なりに戦って、前を見たことで磨かれてきた、生き残るために必要だった感覚。


その感覚が今訴えているのは、葛城からの「失望」だ。

葛城からすれば、期せずして出会えた「元の世界の知り合い」で、もしかしたら自分と同じ考えを持ってくれるかもしれない、という期待があっただろう。


けれど僕はこの世界を悪くないと思えてしまっていた。

そこの意見は、もしかしたら埋めがたいものと、葛城は思っているのかもしれない。


僕の方からも、葛城に伝えなければいけない事があった。


「うぅん、そんな事ない。…僕だって、心のどこかで帰れたらな、って思ってた。…どんどんこの世界に慣れてきて、冒険者として独り立ちできて…、いいかなって思ってたけど…」


葛城と出会って、「元の世界の存在」と出会って、僕の中に一つの忘れかけていた欲望が、鎌首を持ち上げていた。


「…なんか、葛城と出会って…、元の世界の事を考えたら…。…僕も、帰れるものなら帰りたいなって、思えてきちゃった」

「ホントか……哀れみは要らないぞ?」

「そんなんじゃないよ。この世界にも読み物とかはあるけど、ラノベは無いし、特撮もアニメもないし…。一人で過ごすのが、ちょっと辛い時もあったんだ」


この世界の事を知るために、図書館に行って歴史とか風土を調べたりはしたけど、それでも辛かった。

僕の知ってる娯楽が殆ど無いこの世界には、心の底から楽しめるものが無くて。


葛城と出会ったことで、「それ」があった事を思い出してきたのだ。


「だから、僕は葛城が帰るっていうなら、そのための手段を探すよ。…ちょっとだけ、冒険者としてやれているし、知り合いも出来てるから…、ゼロから探すよりは多分、方法もあると思う」

「折上…」

「一緒に帰れれば、いいね」

「…………あぁ、そう、だな」


僕は葛城の、つらそうな顔を見たくなくて。


…女の子の顔だって分かっているけど、直視するのがとても恥ずかしいけど、それでも精いっぱい、笑顔を作って笑った。


それがどれだけ伝わっているのかは、よくわからないけど。俯いて詳しく表情の見えない葛城の口元が、少しだけ微笑んだように見えたのは、きっと間違いじゃないはずだ。


「…ところで、折上」

「どうしたの?」

「……きみは、『七星刃ザンバスター』シリーズは知ってるか?」


七星刃ザンバスター。


僕の好きなヒーローもので、主人公が『七星刃ザンバスター』というヒーローに変身し、マドゥームと呼ばれる悪魔と戦う、という設定は変わらないけど、シーズンごとによって世界も時代もバラバラな、オムニバス形式の作品だったりする。


特撮だったり、アニメだったりと、メディアミックスもしているため、10作以上存在しているシリーズだ。


特撮6作品、アニメ4作品と、形態は変えても続けているヒーローシリーズだ。


「えっ、ほんとにどうしたの? そりゃもちろん知ってるけど…」

「何作目からだ?」

「見始めたのは『ザンバスターSaga』からだったかな…」

「3作目か! オムニバス形式になり始めた、3シーズン目!」


僕が応えると、葛城は“ぐいっ”と興奮気味に顔を近づけてきた。


「ってことはアレか? もしかして1期と2期は見てないのか?」

「見てみたいって思ったけど、ちょっと積んじゃってたな…」

「勿体ない! 絶対に見たほうがいい!  ザンバスターやマドゥームの設定も荒削りで、アクションも外連味は落ち着いてるが、その分“刺さる”ぞ?」

「えっ、えっ?」


…えーと、ちょっと待って。僕の中で思考の整理が落ち着いてない。

目の前の葛城が、まさかザンバスターの話題を振ってくるなんて。


それにこう、なんていうか。だいぶ熱の入り様がすごいぞ?


「…その、もしかして、葛城も好きなの? ザンバスター…」

「言うに及ばず! 1期と2期の主人公である星村七瀬ほしむら・ななせは、わたしのあこがれだよ! あんな風になりたいと常にリスペクトしてるからな」

「…確かに、星村七瀬がすごいっていうのは話に聞いて知ってるけど、『Saga』の七色星義なないろ・せいぎだって負けてないと思うよ」

「ふむ、七色星義の魅力も百も承知だ。しかしな、やはりザンバスターのすべてのテイストは1期と2期にあると思っている。初代があるからこそ『Saga』以降がある、とな」


なんか葛城の言葉がどんどん早くなっていく気がする。


これに僕は、一つの心当たりがあった。

アレだ、好きなことを語る人間特有のアレだ。


「『Saga』はアニメだったからアクションが派手に作られているが、無印は特撮だった。演者とスーツアクターと、カメラワークと、それらが一体になって魅せる芸術さ。きみは知っているか? ザンバスターのスーツアクター、十金とおがねさんはことを! 彼が七瀬役の河野こうのさんの動きを完コピしているという事実を。河野さんは無外流っていう剣術で段を持っているが、剣の使い方も素晴らしいのだが、十金さんはスーツを着て、その上で河野さんの剣術を真似しているんだぞ? アクションに制限のあるスーツで動くんだ、やはりスーツアクターの凄さもそうだし、役者の技術を取り入れるアクション監督の向ヶ丘さんの視点も目を見張るものがあると思う」

「え、えーと…」


ど、どうしよう。

僕は葛城の熱量と会話のスピードに負けてたじろいでいた。


まさか葛城がこんな、ザンバスターについて熱く語れるなんて思ってもみなかった。

それも特撮のエピソードとか、役者の事について知ってるなんて。


僕も多少はアニメ声優とか役者の事について知ってるけど、まだまだだと思ってた。


「…っむ、すまない。どうにも熱が入りすぎたようだ。非礼を詫びよう」

「え、いや、大丈夫だよ…。…でも、ちょっと驚いたな。まさか葛城がこんな風に語れるなんて…」

「…む。心外だな。きみは、わたしがこういうの好きじゃないとでも思っていたのか?」

「そういうわけじゃないけど…、…ちょっと縁遠いかも、とは思ってた」

「決めつけはよくないな。わたしの人生は全てがサンバスターへのリスペクトで構成されていると言っても過言じゃないのだが?」

「…そうなの?」

「あぁ、勿論だ」


そう、にやりと笑いながら、葛城は少しずつ話してくれた。


葛城は、幼少期から「天才」と言われている人物だったそうだ。

勉強も、運動も、何もかもできていたという。


末は博士か大臣か、みたいな事をよく言われていたが、葛城本人はそれをよしとしていなかった。


「…それ、少し気になったけど、どうして?」

「単純な話だ。1期の話の中で、ザンバスターのセリフにある。『どんな優れた武器だって、ダメにするのは自分なんだ。だけど、良くできるのも自分だけなんだ』……とな。これこそがわたしのオリジンと言っても過言じゃない」

「それで、ザンバスターに恥ずかしくないように?」

「無論、それだけではないがな。わたしが頑張れば、父や母が喜んでくれる。それが決して悪い事じゃないし、地道にやっていく事で出来る事は、きっとある筈だからな」

「…そっか。そうなんだ…」


こうして話して、僕は葛城の存在を少し考え直してしまう。


だって万能の天才と言われていた存在が、こんな感じで特撮作品が好きで、その作中キャラに影響されて自分磨きを行っているなんて、思いもしなかった。


「正直な話、皆が思う程、わたしは勉学が得意ではない。勉強は終わりが見えないから苦手だし、運動も正直それほど好きでもない。だが、その度にザンバスターの主人公…、星村七瀬の事を胸に抱き、わたしもあぁなりたいって思い、努力してきたんだ」

「……すごいな、葛城は。そう思えて、動けて、自分を奮い立たせることができるなんて」

「ん? わたしから見れば、折上の方が立派だと思うがな」

「え?」

「事実だろう。こんなに外見がなってしまい、見ず知らずの存在であるはずのわたしが名前を言って、下手しなくても怪しまれる筈なのに。きみはわたしを助けてくれた。手を取り、馬車に乗せて、信じてくれた。そうしてこの街まで連れてきてくれた。その上、帰る為の方法も探すのを手伝ってくれると言うんだ。どこからどう見てもきみはきみは立派な人間だと思うのだが?」


…確かに、そうなのかも、しれない?

いまいち僕としてはピンとこないけど、何も知らない女の子を、ともすれば誘拐するような形でイミダの街に連れてきて、こうして保護して、話を聞いて、信じて。


…客観的に見れば、いいように使われているのかもしれないけれど。

それでも葛城は、僕を優しいと言ってくれる。


それがちょっとだけ、嬉しかった。


「…ありがとう、葛城…」

「こっちこそ、ありがとう……折上いや、樹」


そう言いながら、僕たちは笑う。


同じクラスの近さで、ずっと遠くにいた筈の僕たちは、こうして何も知らない異世界で再開して、こうして友達になれたことに、お互い喜び合った。


 

◆◇◆◇



そこから、少しばかり事務的な処理が続いた。


今のカツラギがホムンクルスである事を差し引いても、このままではいられないという事を証明する為に、僕が暫定的な葛城の「マスター」として登録された。


驚かれたのは、ホムンクルスの存在という事。

本来のホムンクルスは自我が希薄で、言ってしまえばロボットみたいな事しかできないのだという。


だからカツラギのように自発的に動くことは、ありえないとまで言われている。

だからこそ驚かれたし、「どこで見つけたんだ」とまで、同業者たちに言われたりした。


その全てを言えるはずもないし、秘密、で済ませたけど。


そこから僕は、色んな伝手を使って「異世界から誰かが来た」という情報を集めたりしたが、結果としては梨の礫。

それっぽい事は見つからずに二週間が経った。


その間、…カツラギ、ホムンクルスのマスター登録の際に知った肉体の名前はレンフィールというらしい…、は、僕の取ってる宿で掃除やらをしていてくれたが、だんだんと表情が落ち込んでいくのが、日に日に見えて分かった。


葛城としては、一刻も早く帰りたいんだろう。

「怖い」異世界に来て、自分さえ作り変えられて、何もできない状態なのだ。


鬱屈したものが溜まるのは仕方ない。


だから僕は、ある日こう言ったのだ。


「ねぇ、カツラギ。今日は気晴らしに出かけない?」

「なに…?」

「だって、最近のカツラギ、ずっと落ち込んでるように見えてるから…。少しでも気晴らしが出来ればと思ったんだけど、ダメかな?」

「…………」


カツラギは、少しばかり考えるように俯く。


自分の事を俯瞰できて、それでもなお磨き上げる事ができる葛城ならば、自分がどういう状態なのかは気付くだろう。


だから僕は少し前に身を乗り出して、カツラギの、友達の目を見て言うのだ。


女の子の顔という事で少し恥ずかしいけど、そこで気後れしてたら、今の葛城と一緒にやっていく事なんてできないと思ったからだ。


「僕は、1年くらいこの異世界で頑張って、…確かに怖い所もあったし、けどいい所もあるんだって気付いたんだ。だから、葛城に少しでもその『いい所』を知ってほしいと思ってる」

「…まあ理屈は分かる。きみは確かに学校にいた時よりそんな活き活きとしてる。だから、悪い事ばかりじゃないんだなとは分かるが…、本当にあるのか、いい所なんてもの…」

「あるよ。イミダの街だけで、両手で数えきれないくらいある」


他の街に行って知った事だってあるけど、まずはここの、拠点にしているイミダの街から知ってもらおうと、僕は考えていた。


視線を逸らしながら考えていたカツラギは、ゆっくりと僕を見つめて、


「了解した。そこまで言うなら、イツキの言う『いい所』を沢山教えてもらおうか? あと、お触りは厳禁だ」

「あ…っ、ご、ごめん。そうだよね、近かったよね」


カツラギに言われて、僕は改めて、美少女である今のカツラギに顔を近づけていたことを意識してしまう。


恥ずかしくなってしまったけど、顔を赤くしてしまえば葛城を嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない、と考えて、僕は精一杯顔に出ないよう努めた。


「……すまないな。…そんでは着替えるよ。少し時間をくれ」

「うん。僕は下の酒場にいるから、準備が出来たら声をかけてね」


そう言って、僕は下の酒場、拠点にしている『銀龍の鱗亭』に降りるのだった。


待つことしばし。


「待たせたな、イツキ」


階段を降りてきた葛城の姿は、改めて見るまでもなく美少女であった。


絹のような長い白髪、紅玉みたいに透き通る赤い目、通った目鼻立ちに、大きすぎず小さすぎず均整の取れた体つき。

顔立ちだって今まで僕が出会った異世界の人たちの中で、1・2を争う位の美人だ。


「…………」

「……む。どうかしたか?」

「ご、ごめん、何でもないっ。それじゃ行こうか」


平静に努めるんだ。

カツラギは男、カツラギは男…。


そうして、僕はカツラギを連れてイミダの街を沢山巡った。


いつも賑やかなローリマー通りの露店に行けば、僕たちの姿を見つけた馴染みであるお菓子屋の店主、ゴイさんがからかってきた。


ゴイさんは確か僕より少し年上くらいの立派な青年で、額にねじり鉢巻きをつけながら、白い歯を見せて笑ってくる。


「よぉイツキ、その子が噂のホムンクルスって子か。今日は一緒にお出かけか?」

「あの、確かにお出かけですけど、そんな感じで言われると…」

「知ってるよ。ホムンクルスにしては自我がしっかりしてるんだろ? だったらちゃんと人として扱ってあげなきゃ、失礼ってもんだろ」

「……」


カツラギは、少しばかりぽかんとした表情をしていた。


「君、お名前は?」

「……レンフィール。レンと呼んでくれ」

「オーケー、レン。ってことで、ウチの目玉商品である丸カステラ、おひとつどうだい?」

「いい、のか?」

「大丈夫さ。お代はイツキに払ってもらうからよ」

「えっ」

「そうか。それでは丸カステラ、一つ貰えるか?」

「あいよっ」


いつの間にか僕が奢る事にされて、あれよあれよという間にゴイさんから丸カステラの紙袋を貰うカツラギ。


ゴイさんは紙袋を渡すと、次は僕の方に向けて掌を見せてきた。


ちょっとだけの溜息と、これでカツラギが少しでも笑顔になれるなら、と思いながら、僕は丸カステラのお代を払った。


「毎度ありっ。イツキ、レンを大事にしろよ?」

「そ、それって…?」

「みなまで言わせんな。男として、うれし泣き以外で泣かせるなって事だよ」


ゴイさんに肩を叩かれ、そのまま見送られる。


「あむ。……! すごいぞイツキ、これは美味しいな!」


ローリマー通りを歩きながら、カツラギは丸カステラを食べて、顔をほころばせていた。


「そうだね、ゴイさんの丸カステラは美味しいんだよ。露店の他にもちゃんとお店があって、そっちは奥さんのキィコさんがやってるんだ」

「ほう…、イツキとそう年は変わらないように見えたが、所帯持ちなんだな」

「だいたい20歳くらいまでには結婚してる人が多い印象かな。冒険者やってると、そんなでもないんだけど」

「そうか。この世界は随分早いんだな…」


そんな事を話しながら、僕たちは通りを歩いていく。

ジュース屋さんで飲み物を買って、丸カステラを2人で食べ終えると、カツラギはある出店に視点がいってるようだった。


「……異世界にも、射的ってあるんだな」

「え? あぁ、そうだね。簡単な構造だけどこの世界にも銃があって、それを使う冒険者もいるね」


じっと、カツラギは射的の屋台を見ている。


何か気になるのだろうか。


「カツラギ、射的やってみる?」

「……いいのか?」

「気にしなくていいよ。カツラギの気晴らしになれば、僕の財布なんて気にしなくていいから」

「…すまない。後で返すよ」


そう言いながら僕たちは射的の屋台に向かって、一回遊ばせてもらう事にした。


渡されたのはマスケットみたいな銃身の長い銃。

この世界ではサンダークラップと呼ばれている物だ。


構造は僕たちの世界のものと対して変わらないけど、発射に使うエネルギーがマナクリスタルと呼ばれる結晶に蓄積されたエネルギー、だったかな。


…確か最初に遊ばせてもらった時、色々と説明された気がするけど、これを言ったりすると長いし省略する。


僕としては、マナクリスタルから放出される魔力で弾丸を飛ばす、という事が分かれば十分だった。


風のマナクリスタルで、コルク弾を飛ばすという所まで、僕たちの知る射的と同じなのは本当に驚いたけど。


「……っ!」


試しに僕が撃ってみるが、どうにも当たらない。

5個用意されたコルク弾で狙ってみても、一発も当たらず終わってしまうという結果になってしまった。


「…ふぅん…、なるほどね」


僕が撃っていた所を、カツラギはじっと見ていたようで。

よし、とばかりにサンダークラップを握った。


「概ねわかった、多分…、当たる」


コルク弾を先端に込めて、葛城は構える。

引き金を引くと、結果としては…。


「まあ、こんなもんか」


全弾命中。


当たって台から落とせば商品が貰える、という形式でお店をやってるのだが、葛城は見事に全部に当て、全部落としたのだ。


「……すごい」

「実はクレーン射撃をしたことがあったね。銃の撃ち方は分かっていた、後はコルク弾がどう飛ぶかの情報が欲しかんだが……イツキのおかげで概ね予測ができたから当てられた。助かったよ」

「そうなんだ…。…やっぱり、カツラギはすごいね」

「そんな大層なもんじゃない。前情報が無ければ外してたかもしれない。イツキがいてこそだ」


そう言いながら、葛城は美少女の顔で少年のように屈託なく笑う。


すると、足元で子供が葛城の方を見て、驚きながら目を光らせていた。


「ねーちゃんスゲー…! ぼくが欲しかったの当てた…!」

「なんだ少年。これが欲しかったのか?」


すると、カツラギは子供に、先程当てた景品を渡す。


冒険者バッジのレプリカで、一目で玩具と解る程度のものだけど、葛城は何を迷うことなく、子供に渡してあげたのだ。


「ありがと、ねーちゃん!」

「うむ。だがねーちゃんは止してくれ」


葛城は手を振って子供を見送り、微笑んでいる。


どこか優しさを湛えたその笑顔は、今度は少女の笑顔そのものに見える。


その後も、僕たちはイミダの街を巡り、様々な事をして楽しんだ。

気付けばすっかり日が落ち始める時間になって。僕は最後にある場所へカツラギを案内する事にした。



 * * *



「おぉ…!」


案内したのは、イミダの街の城壁、その見張り台だ。


ここからなら、街の外も、街も一望できる。

どんな状況にあったのか、カツラギは頑なに話してくれない。


カツラギはこの2週間、頑なに外に出ようとしなかった。


多分だけど、外に出る事に何かしらの嫌悪感があったのかもしれない。


だから少しでも気晴らしになれればと思って、こうして外に連れ出して遊びに出かけてみたけど、それは間違いじゃなかったみたいだ。


街の外、沈んでいく夕陽を見ながら、カツラギは笑顔になってくれている。


「…良かった」

「…? 何がだ?」


…いけない。


思っていたことが口に出てしまっていたみたいだ。

だけど聞かれてしまったのだから、誤魔化すわけにもいかないと思って。


「いや、その…、カツラギがさ、沈んだ雰囲気だったから…、ちょっとでも『いい所』を知ってほしいって思って、今日は連れ出したんだけど…。…その顔を見れて、良かったんだ、間違ってなかったんだ、って思えて…」

「……そんな顔、わたしはしていたか?」

「してたよ。だから、少しでも気晴らしが出来たみたいで良かったなって…」

「……すまない、イツキ。気を使わせちまったみたいだ」


そう言いながら、カツラギは壁のほうにもたれかかる。

夕日が横顔を照らして、美少女の顔がより際立ってしまうように見えた。


「……確かに、沈んでた事は理解してた。今日だけで大分気晴らしが出来たと思うし、この街のいい所、沢山知れた」


そう言って笑う姿は、どこかで無理をしているようにも見えて。


「…だが、それだけじゃないんだろ?」

「うん。この街だけじゃない、僕がこの1年で知った、この世界のいい所、もっとカツラギに知ってほしいと思ってる」

「……そうな。なら、わたしもきみと一緒に冒険者になるしかないな」

「えっ?」


突然のカツラギからの言葉に、少しだけ驚いてしまうが。


…でも、僕の方も少し考えた。


僕が冒険に出て、その間カツラギを『銀龍の鱗亭』で一人だけ留守番をさせてしまうのは、よくないと考える。


それにカツラギの姿は、今はホムンクルスなのだ。

マスター登録した僕が一緒にいないと、どうなってしまうか分からない。


「……ダメ、か?」


考えていると、カツラギがじっと僕の方を見つめてくる。


折角、カツラギが自分で考えて決めたんだ。

僕はそれを無碍にする事なんてできなくて。


「わかった。明日、ギルドに冒険者登録しに行こう。そしたら、装備とかも整えないとね」

「ありがとう、イツキ。『銀竜の鱗亭』での手伝いで、いくらか貯蓄だ出来た。武器位は自分で考えようと思うのだが…」

「それなら、銃とかどうかな。今日の射的はすごかったし、きっと葛城に合ってるよ」

「ふむ、ならそれにしてみるか? 足りない分はちゃんと面倒見てくれんだろう、『マスター』?」

「…もう、ちゃっかりしてるんだから」


そんな事を言い合いながら、僕たちは夕日の落ちかける見張り台で笑い合った。


翌日から、僕はソロの冒険者ではなくなり、カツラギとのペアになった。

僕が前衛で敵を引き付け、葛城が後ろから銃で支援していく。


当然ながら、いくつも危険があった。


遺跡の中に潜って2人とも傷を負った事もあるし、予想外のモンスターと出会う事もあった。

でも、依頼を終えた僕たちは決まって笑い合い、笑顔でお互いの健闘をたたえて、そうして美味しいご飯を食べるのだ。


それが楽しくて。


僕は忘れていたのだ。


葛城がホムンクルスであるということ。

ホムンクルスであるということは、すなわち『造った人間』がいるということ。

そしてカツラギと最初に出会った時に、カツラギは『誰かに追われていた』という事実を。



◇◆◇◆


カツラギが冒険者になって、一緒に冒険して、ふた月が経った。


今日は二人ともオフの日で、僕は資料集めの為に図書館へ行って、カツラギは『銀竜の鱗亭』の手伝いをしている。


いくらかの資料を手にして読み、分かったのは、ある程度の規模を誇る国の王族は、異界から勇者と呼ばれる存在を呼ぶことができるという話だ。

その魔術も、神から伝えられたというものであるため、おいそれと使えないという事、国難を排する為にしか使えない事が書かれている位だ。


王国の人物…、裁定でも宮廷魔術師に掛け合わなければ、その魔術を使う事はできないだろう。

仮に使えたとしても、僕らを元の世界に戻すことができるかどうか、それは分からない。


でも、これで少し手掛かりがつかめた。

僕たちが拠点にしているマハ国は、商業によって大きくなり、国になった新興国だ。

神から伝えられた魔術が使えるかと言われたら、多分難しいだろう。


地図を図書館で借り、大きなテーブルに広げる。

場所としては山脈を2つ越えた先にある、「神が守る」と伝えられている国、ガーゼット。


数百年前から素材している小国で、伝承も深く残っている。


うまい具合にそこに行って、話を聞ければ。

その為には僕たちの冒険者ランクを上げる必要がある。


ストーンから始めたカツラギも、昇級試験のタイミングと重なった事で、最初期のストーンランクから1つ上がってスティールランクになっている。


確かその上のブロンズランクから、別の国の依頼も受けられるようになっている筈だ。


幸いにも僕はそのブロンズランク。

ガーゼットに行っても、依頼を受けられる筈だ。


そこでさらにランクを上げて、国家からの依頼も受けられるゴールドランクになれれば…。


「とはいえ、シルバーランクの昇級試験も受けなきゃいけないし…、ゴールドへの道は遠いな…。ゴールドランクの人たちに伝手が出来れば楽かもしれないんだけど…」


小さく呟きながら、僕は『銀竜の鱗亭』戻り、2階の宿屋に上がろうとする。

すると1階酒場の店主であるエバルさんが階段から降りてきた。


エバルさんはしっかりした体つきで、昔料理人をしながら旅をしていたという、気さくな人だ。


「よぉイツキ! レンちゃんの手を貸してくれてありがとうな! あの子がフロアにいるだけで、お客さんが増えてくれるからありがたいよ!」

「そんな事ないですよ、エバルさんの料理が美味しいからですって」

「謙遜するなって! レンちゃんが可愛い事くらい、素直に受け止めろ! その方がマスターとして誇らしいだろ!」

「…それも、そうですね」


レン…、いや、カツラギがホムンクルスであることは既に知られているが、自我がハッキリしているタイプのホムンクルスは誰も見た事が無いという。


だからこそみんな珍しく見るだろうし、葛城の事を気にかけてくれている。

僕がマスターで、葛城がホムンクルスという関係であるとしてもだ。


「…そういえば、ちょっといいか?」

「どうしたんです、エバルさん」


少し言いづらそうにエバルさんが声を潜めてきたので、僕はそれに応えるように声を小さくする。


「いや、レンちゃんに買い物を頼んで、それ自体は問題なく終われたんだが…。戻ってきたら様子がおかしいんだよ」

「…何かあったんですか?」

「それをイツキに聞いてほしいんだ。帰ってきたら、妙に物静かになっちまってさ。部屋に戻ってお前を待つって言って、出てきやしない」

「え…?」


…何かあったのかもしれない。

それこそ、僕の知らない所で何かを言われたりして…。

カツラギは芯も強いし、実力だってある。


ホムンクルスの体力は僕より高いみたいだけど、やっぱり…、女の子の体である事を気にしているんだろうか。

その事で何かを言われたりしたら、やっぱり落ち込んでしまうんだろうか。


「わかりました、ちょっと聞いてみます。エバルさん、教えてくれてありがとうございます」

「おう、頼むぜ。何かあったらちゃんとケアしてやんなよ?」


1階に向かうエバルさんにお礼を言って、僕は2階の宿屋に上がる。


そうして僕たちの取ってる部屋に入ると、


「…………君は、誰だ?」


確かに、カツラギの姿があった。

絹のような長い白髪、紅玉みたいに透き通る赤い目、通った目鼻立ちに、大きすぎず小さすぎず均整の取れた体つき。


見慣れてきた美しい顔。服は『銀竜の鱗亭』で支給されてる給仕服だけど、決定的に違う所がある。


──表情が無いのだ。


ただそれだけの、決して無視できない大きな違和感がある目の前の存在に、僕は慣れてしまった戦闘態勢に入る。


葛城と同じ姿の少女は無表情のまま立ち上がり、僕に一礼をする。

すると無防備にポケットから一枚の封蝋が捺された便箋を差し出して、こう言ってきた。


「我がマスター、ギルフォード様からのお手紙です」


無表情に違わぬ、無感情な声。


葛城と同じ表情で、声も同じだというのに、ここまで無感情だと違和感が凄まじい。


そうして便箋を差し出してくる姿勢のままで、彼女は微動だにしない。

僕が取らないと始まらないと言わんばかりだ。


恐る恐る便箋を受け取り、訊ねる。


「開けるよ?」

「どうぞ」


ただそれだけの短い会話。


僕は封蝋の捺された手紙を、ナイフで開く。

中には一枚の便せんが入っており、この世界の文字がつらつらと書かれている。


随分達筆で綺麗な文字だ。

けれどどこか力強い筆致がする。


手紙にはこう書かれていた。


『親愛なる盗人君へ。盗んだだけではいざ知らず、マスター登録までしたそうだね。ゲスめ。

 レンフィールはもともと私のものだ、返してもらうよ。泥棒として憲兵に突き出されないだけありがたいと思え。クズのブロンズランクが』


用件だけを告げた簡素な手紙だけど、言葉は汚い。

苛立ちを隠そうともしていない手紙だった。


だけど分かりやすく、そして許せない事がある。

この手紙の差出人…、ホムンクルスの子が言うには、ギルフォードというらしい…、は、カツラギを攫ったのだ。


僕が手紙を握りつぶすと、葛城と同じ姿のホムンクルスが無表情のままに部屋の外へ歩き出す。

僕の事など一切気にしていないと言わんばかりの態度だ。


ホムンクルスの肩を掴んで尋ねる。


「どこへ行くんだ」

「マスターの元へ戻ります」

「わかった、僕も一緒に行く」

「どうぞご随意に」


誰がついて行こうと、気にしないと言わんばかりの態度で、ホムンクルスの少女はそのまま歩く。


僕もそのまま彼女の後をついていく。


時間にして20分ほどは歩いただろうか。

着いたのは馬車の停留所。


乗合馬車は泊まっておらず、2頭立ての馬車が3台泊まっていた。

御者席には、やはりカツラギと同じ姿のホムンクルスが、メイド服を着て無表情で座っている。


そして中央の馬車から、男の声がした。


「……やはり、泥棒は一緒についてきたのか」


中から出てきたのは1人の青年だった。


僕より年上だろう、金髪で赤目をした青年で、顔立ちはかなり整っている。


女性が見たら声をかける事が多そうな位の美丈夫だ。


けれど表情はどこか苛立っているように見える。

胸元にはゴールドランクの冒険者バッジを付けていて、僕より高位の冒険者であることが分かる。


「泥棒じゃない、僕はオリガミ・イツキだ」

「泥棒だよ。私の作ったホムンクルスを盗んだ、れっきとした盗人だ」


そう言う、恐らくギルフォードと呼ばれるその男と、そいつのもとに戻るホムンクルスの少女。


「伝言御苦労。遅い」


労いと怒りの言葉を同時に言いながら、そいつはホムンクルスの少女の頬を力強く叩いた。

痛みさえ伝わりそうな破裂音が、停留所に響く。


「申し訳ありません」

「ふん、そんな事思いもしないくせに。…まぁいい、お前も準備をしろ、スノーフィール」

「はい」


スノーフィールと呼ばれたホムンクルスの少女は、馬車の方に向かっていく。

その様子を尻目に、そいつはこちらを憎々し気な目で見てくる。


「遅くなったが、こちらも名乗ろう。ギルフォード・バングスタインだ。…本来は泥棒風情に名乗る義理も無いんだがな」

「御託はいい。カツラギを放せ」

「カツラギ? …あぁ、レンフィールの事か。変な名前を付けたものだな、もうお前の物気取りか」

「カツラギは物じゃない」

「物だよ。私が作ったホムンクルスだ。お前もマスター登録をしたなら分かってるだろう、ホムンクルスは、マスターに仕える為に作られた人造生物だ、人間じゃない」

「そんな事ない。カツラギは人間だ」


ギルフォードの言葉を否定する言葉に、怒りが混じる。


本来ならもっと怒りのままに言葉を出せればいいんだけれど、モンスターと違って人間相手となってしまえば、うまい具合に言葉が出てこない。


人付き合いの少ない半生の、哀しい習性だった。


「く…っ、ははははは! 面白い事を言う奴だな、腹立たしい! いいか、ホムンクルスに自我はない! マスターの命令を忠実に実行するよう仕組まれた、使い捨ての存在だ! そんな錬金術の基本さえも分からない奴が、レンフィールの事を語るな!」

「お前こそ、カツラギの事を語るな! お前は葛城の何を知ってるんだ!」

「知ってるさ! 作った時から、フラスコの中から出した時まで、全てをな! だけどレンフィールは違った、今まで作ったホムンクルスと何もかもが違った! アイツは自我の希薄な連中と違い、ハッキリとした意識を持っていた。私の為に仕え、私の為に働き、私の為に死ぬホムンクルスが、『嫌だ』と発したんだ!」


ギルフォードがどんな性格かは詳しく知らないが、今こうして話しているだけでわかる。

コイツは嫌な奴だ。それだけはハッキリと解っていた。


「…違う事に驚いて、腹立たしさにゴミとして捨てたさ。それでも私は後悔した。確固たる自我を持つレンフィールに、主として否定されたんだ! 私の悔しさが、腹立たしさが、お前に分かるというのか!」

「わかるもんか!! お前みたいな奴の事なんか、解りたくもない!!」

「だったら口出しするんじゃあない!! これは私のプライドの問題なのだ、泥棒風情がしゃしゃり出てくるな!!」

「そんなちっぽけなプライドなんか知るもんか! 僕は友達を誘拐する奴の話なんて聞くつもりはない!」

「…チッ、穏便に済ませてやろうと思ったが、やはり泥棒か! 手にしたものは自分の物だと言い張る下劣な奴め!」


ギルフォードはガリガリと頭を掻きむしりながら、こちらを憎々しげに見てくる。

だけどそれもすぐに平静を取り戻して、右手を掲げる。


すると3台の馬車から、ぞろぞろと人が出てきた。

いや、人じゃない。その全てが同じ服を着て、同じ姿をしている。


先程馬車に戻っていたスノーフィールと、御者席に座っている存在と、同じ姿をしていた。

僕の目の前には、30人ほどのカツラギと同じ姿をしたホムンクルスが立っていた。


「だったらお前の言う“トモダチ”が、この中のどれかは解るよなあ!?」


憎悪の籠った眼で、「どうだ見たか」と言わんばかりに表情を歪めて、ギルフォードは笑う。


「犯罪者の討伐も冒険者の仕事だ。あぁ、ブロンズランクとはいえ冒険者が犯罪に走るなんてなぁ…! だがこれで、遠慮なくお前を処分する大義名分が出来たよ!」


そのまま右手を動かすと、ホムンクルス達が一糸乱れぬ動きでショートソードを構えた。


決して逸って攻撃する事はない。

全員が合図を待っている。


僕は背中に背負っていたシールドを構え、ロングソードを鞘に収めたまま握る。


「やれ! 『フィール』共!」


その合図を受けて、一斉にホムンクルス達が襲い掛かってきた。



* * *



そこからは、防戦をするしか手はなかった。

複数のショートソードを構えたホムンクルス達が、波状攻撃を仕掛けてくる。


僕はシールドで攻撃を受け止め、ソードで攻撃を打ち払う。

幸いにして一度に攻撃してくるのは3人が精々、それ以上になると僕が捌ききれない。


いや、もしかしたらギルフォードはそれを分かった上で、3人に纏めて攻撃させているのかもしれない。


「私は錬金術師で、ハッキリ言って冒険者としては非力でね。こうしてホムンクルスを作って、彼女等に行動を代行させている。操るのは少しばかり意識と魔力を持っていかれるけどね」


そして、絶対的な数の有利を持ったギルフォードは、叫んでいた時とは違う、落ち着いた雰囲気で滔々と、自分に酔うように語っていた。


「それが私の『フィール』達。そして、その栄えある1号として作ったのがレンフィール。そうしたらどうだ、作り上げたホムンクルスの目に、意志の光が宿って、ハッキリと私を拒絶した!」


一点に集中された3本のショートソードの切っ先が、盾を穿ってくる。

少女の姿とはいえ、普通の人間じゃない。


3人分の力強さも相まって、盾の下に構えた腕の骨が軋む。


「最初は喜んだ。私の技術でとうとうホムンクルスに意志を宿らせることができたのかと。これが応用できればもっと細かい指示を出せるホムンクルスを作れると。だができなかった…!」


横薙ぎに振るわれるショートソードを、右手のソードで受け止める。

刃の上を滑らせて盾の方に逃がし、そのままシールドバッシュで攻撃してきたホムンクルスを弾き飛ばす。


「意志を持ったのはレンフィール1人だけ。他のホムンクルスに意志が宿る事はなかった。私は嘆いたよ、被造物に裏切られた気がした! 怒りではらわたが煮えくり返りそうだった! そんなホムンクルスなど要らないと、私はレンフィールを捨てたよ…。あぁ、私はなんて可哀そうなんだ…!」


盾で覆えない足元を狙ってくる気配がした。


グリーブを履いているから直撃は免れたけど、脚を打たれた事で重心がぐらつき、攻撃の受け流しが難しくなる。


「だが思ったんだ、レンフィールに私を主と認めさせる事ができれば、彼女に傷つけられたプライドは回復するとね!」


それでも。即座に後ろへ転がって、次の攻撃をかわす。

先程まで僕がいた場所にショートソードが突き刺さった。


しゃがんだままではいられない、すぐに立ち上がり、もう一度構える。


「憲兵に探させたが、見つけられなかった。もしやと思って周辺国に調査の手を伸ばした。そしたら見つけられたと同時に…、二度も私はレンフィールに裏切られた!」


盾を狙って突き出されるショートソードを、右手のソードで打ち払う。

ホムンクルスの手から離れたショートソードが一本中空を舞い、ガランと音を立てて落ちた。


「私以外がマスター登録をし、私以外と冒険をし、私以外にその自我で笑う! なぜ創造主である私ではなく、泥棒であるお前に!」


打ち上げた事で無防備になる右脇腹に、ショートソードがねじ込まれようとするのが見えた。

体を左に回転させて、火トカゲの皮鎧に突き刺さらないようにいなす。


「あぁ憎い! 私はお前が憎い! レンフィールに微笑まれるお前が! レンフィールのマスターに登録されたお前が!」


回転した事で顕になってしまった背中を隠すように、腕を背中に回して盾で覆う。

そこに攻撃が重なり、不自然なポーズで押し込まれた事により、腕が少し“みしり”といった気がした。


「だが安心しろ! マスターが死んだホムンクルスは、別の者がマスター登録できるようになる。そうしたら私がきちんとマスターになってやる!」


痛みに耐えながら即座に体を右に回転させ、追撃の刃を弾き落とす。


「これはその為の前段階だ! レンフィール本来の意識を一時的に鎮静化させて、普通のホムンクルスと同じように操るのは業腹だが、お前を殺すためだ!」


そうしてまた迫り来るショートソードの刃を盾で受け止め、受け流す。なるべく次に攻撃するホムンクルス達の前を通る様に、邪魔をするように。


「だから死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死んでしまえ盗人のブロンズ!! お友達の『レンフィール』に殺されてしまえ!」


そうして改めて、波状攻撃を仕掛けてくるホムンクルス達を見つめて、可能な限り攻撃をいなしていく。


その攻撃が、どれだけ続いただろう。


僕は1人、相手は30人。

どれだけ手加減をされても、これだけの人数差があって、僕は「この中にいるだろう葛城」を傷つけない為に、反撃はできない。


次第に押されていき、防具の上から、何度も斬りつけられていく。


5分もすれば、僕は傷だらけになって、剣も盾も構えるのが精一杯になっていた。


「はぁ…っ、はぁ、はぁ…っ!」


僕をなぶり殺しにするつもりなのだろう、波状攻撃は今は止み、それでも多数のホムンクルス達がショートソードを構えている。


「ははは! いいザマだ、無様だなブロンズ! レンフィールに傷はつけられないだろう? だがオリジナルのレンフィールがどれか分からないだろう! お前はそのまま何もできずに己の無力さを噛み締めながら殺されてしまえ!」

「……ふふっ」


不思議と、くっくと喉の奥から笑い声が漏れる。

僕の中に生まれた一つの考えが、自然と笑いを零れさせていく。


「……何がおかしい。死が直前に来た事で気が触れたか?」

「…そりゃ、ね。お前の事を思ったら…、随分“みみっちい”と思ってね…」

「何だと?」


だってそうじゃないか。


「どんなに取り繕っても…、お前は、カツラギにその性格を見透かされていたんだ…」

「私の性格だと?」

「尊大に振舞っても他人を見下すのをやめない…。一度手放した存在にみっともなく執着する…。しかも執着の仕方がストーカーのそれだ…。そんな人物が『自分に従え』と言っても、カツラギだけじゃない、誰であっても首を縦に振るもんか」


荒くなっている呼吸を少しずつ整える。

少しずつ余裕が出来てきた肺に息を吸い込み、思い切り叫んでやる。


「ギルフォード! お前こそ下衆だ! こうして自分に従うホムンクルス達に守られる事しかできない、裸の王様だ!!」

「き、き、貴様ァ…っ!! 殺せッ! もういたぶる必要は無い! 解体して狼の餌にしてやれ!!」


頭をガリガリと掻きむしりながら、ギルフォードはホムンクルス達に攻撃の指示を下す。

それより一歩早く、僕はホムンクルス達の中のある1人に向けて、盾を構えて突撃をした。


「何ッ!?」

「お前は言ったよな、カツラギがどれか解るかって!」


驚くギルフォードに向けて、突撃しながら叫ぶ。


「まさか、解ったというのか!? 操っている私にしか分からないオリジナルのレンフィールが!」

「あぁその通りっ! だから…、カツラギは返してもらうよ!!」


ギルフォードの右斜め前を守るように立っている、5列目のある1人。

そこに向けて、多少の傷も構わずに突っ込んで。


彼女の目の前に立つと、僕は思い切り葛城を抱きしめて、


「カツラギ! 僕だ、オリガミ・イツキだ! 目を、覚ませッ!」


そう叫びながら、ゴツンと、頭突きをした。


「…っ! ……っう…!!」


数瞬の後、自我が希薄なはずのホムンクルスからは出る筈のない、痛みを訴える声が漏れた。


「……え? なっ!! な、何だイツキっ! ち、近いぞ! お触りは厳禁だといつもあれほど──」

「良かった、目を覚ましたんだね、カツラギ…」


その様子に安堵し、笑みを浮かべながら、僕はカツラギを放す。


「ん?待て、何が起こった? 確かあの男がが突然現れて…、何か仕掛けて…。…っ?! こ、この子達は……わたしの姉妹たちか?」


カツラギは現状をうまく理解していないのか、目の前の状況に驚きっぱなしだ。

でも、僕はそれが、目の前の存在が紛れもない「葛城廉也」である事を証明していると考えて、喜んだ。


「……何故だ。何故だアッ!!!


その空気を壊すように、ギルフォードが叫ぶ。


「ブロンズッ! お前は何をした! 何故レンフィールが分かった! そうか、当てずっぽうだなッ? そうに違いない! 私の作った寸分違わぬフィール達から彼女を当てられる事など、それ以外考えられない!」

「……やっぱり、お前は裸の王様だよ。そんな事も分からないんだな」

「は…?」


驚愕の表情を見せるギルフォードを、僕は心の底から憐れみながら見やる。


「カツラギは…、凛々しくて、勉強も運動も自分を磨く事を怠らなくて、かっこよくて、ちょっとマニアックな事だって知ってる、僕の友達だからだ」

「……ッ」

「…とも、だち…? そんな、形のないもので…?」

「それを信じられないから、お前は何にも分からないまま、僕に敗れたんだ」


ギルフォードは、ぽかんとした表情を浮かべていた。

僕の言ってる事が理解できないと言わんばかりの態度で、次第に乾いた笑いを吐き出し始める。


「は、はは…っ、なんだそれは! なんだそれは! そんなもの信じる価値もない! 友達? 友情!? 私には必要ないものだ!」


ギルフォードの叫びの中に、次第に怒りが混じっていく。


理解できないものを目の当たりにして、子供のような癇癪を起しているように見えた。

そして腕を振るい、負け惜しみのようにホムンクルス達に指示を出そうとする。


あぁ、だから。


僕はさらに一歩を踏み込んで、振り上げようとしたギルフォードの右腕、肘から先を斬り飛ばした。


「…………、ッがああああああああ!!!????」


耳を覆いたくなるような劈く叫びが、停留所に響き渡る。


「わっ! 私の腕っ! 私の腕が!! 無いっ! 無いいいいっ!?」


自分が斬られた事を理解して、頭が混乱を起こしている。ホムンクルス達への命令もできないまま、みっともなく、情けなく、ひぃひぃと叫んでいる。


「うわ…っ」


その光景をカツラギが見ないように盾で隠しながら、僕は伝える。


「行こう、カツラギ。アイツは1人じゃ何もできない」

「……あぁ。そう、だな」


騒ぎを聞きつけて人が来る中、僕たちは何もできないギルフォードを置いて行こうとすると、


「ちょっと待ってくれ、イツキ」


葛城がそう告げて、僕を止めてくる。


「何かあったの?」

「いや、姉妹たちをこのままには出来ない。……お前たち! わたしについてこい!」

「「「「「「「「「「はい」」」」」」」」」」


カツラギが叫ぶと、残り29人ものフィールシリーズが一斉に唱和し、カツラギの後についてくる。


……あぁ、これはちょっと目立つな。

そう考えながら僕達は停留所から去っていった。


◇◆◇◆


さて、ここからは後日談だ。


ギルフォードは失血死こそ免れたらしいが、右腕は接続できずに冒険者も錬金術師も廃業という話を、ギルドから聞いた。


それどころか、ホムンクルス達を使って同業者の邪魔をするどころか、殺害を行っていたという事実まで明るみになり、冒険者資格は剥奪。

逮捕される事になった。


ギルフォードの逮捕によって、所属が宙ぶらりんになった29人ものフィールシリーズ達は、僕が責任を持って冒険者の知り合いや、人手不足のお店に預ける事になった。

イミダの街の人たちはいい人達ばかりだから、きっと誰も不当な扱いはされないだろう。


自我の薄いホムンクルスとは言えど、命がある限り、それは虐げられていいものではない。


これは幸いにして、カツラギの存在が大きかった。

「ホムンクルスだけど自我がある」という事を、僕達がイミダの街で活動した事で、住人のみんなに周知することができたのだから。


どんなに自我が薄くても、そこに確かに存在しているものを無碍に扱っていいわけではない。


カツラギがホムンクルスになっても、冒険者として、そして『銀竜の鱗亭』で頑張ってくれたから、少しずつ、そして確実に広める事ができたんだと思う。


そして僕の方は、カツラギに図書館で調べた事を伝えた。

勇者を呼ぶための魔術が存在している事実を話すと、葛城は少しだけ考えるしぐさを見せながら、


「ともするとだ。仮説だが、勇者を還す呪文もあるかもしれないな……」

「やっぱりカツラギも、そう考えるよね」

「あぁ。魔術は専門外ではあるが、この類の魔術が一方通行とは考え辛い。おそらく送還の魔術もあると踏んでる」

「じゃあ…、行先は決まりだね」

「ガーゼット国、行く価値はある」


こうして、僕達はガーゼット国に行く事にした。

実際に王宮に入って、その呪文の事を聞けるかはまだ分からないけど、手掛かりを探してはいオシマイ、では流石に良くない。


カツラギが帰りたいっていうんだ。

僕は友達として、カツラギの事を最大限尊重してあげたい。


やりたい事はさせてあげたい。

そう考えながら、僕達は『銀竜の鱗亭』から発つ為に、準備をした。


そうして、僕は一年以上お世話になった『銀竜の鱗亭』から離れる事になった。


「イツキ、レンちゃん、行っちまうのか…」

「1年ちょっと、ありがとうございました、エバルさん」

「ありがとうございました。お世話になりました」


僕もカツラギも、エバルさんに頭を下げる。

エバルさんは少し寂しそうにしながら、それでも僕たちに、道中のお弁当を渡してくれた。


「看板娘のレンちゃんが居なくなっちまったら、どうなっちまうかなぁ…」

「心配はいりません。積極のイロハはスノーフィールに叩き込みました。頼んだぞ、スノー」

「…がんばります」


カツラギが笑いかけるのは、フィールシリーズの内の1人であり、僕が最初に遭ったあの子だ。今は髪を短くして、皆からスノーの愛称で呼ばれ『銀竜の鱗亭』で新たな看板娘として頑張っている。


表情は大分硬いけど、カツラギの代わりに看板娘として立派に働いてくれるだろう。

スノーも両手を握って、やる気を見せている。


「それじゃ、エバルさん。行ってきます!」

「おう! 怪我してもいいから、無事に帰って来いよ!!」


エバルさんに手を振って、僕達は『銀竜の鱗亭』から旅立つ。


まず行先はマハ国イミダの街から、ガーゼット国のジンカ村。

最終目的地は王都だけど、補給もかねてちょこちょこ小さな村によっていく予定だ。


そうしてイミダの街の城壁を出ようとした時、ふとカツラギが僕に声をかけてきた。


「時に、イツキ。……今更なんだが」

「うん?」

「……妹たちからわたしを見分けられた理由、友達、って言ってくれて…、嬉しかったよ…」

「ホントは、それだけじゃ無かったんだけどね」

「……なに?」


そうして、僕はちょっとずつ口を開いていく。


「ほら、最初に僕たちが冒険に出た時、初心者が遺跡探索を練習するのに使う、コキリ遺跡があったでしょ?」

「あったな」

「そこで、仕掛けられてたトラップが解除されずに残ってて…、首筋にちょっと傷が出来ちゃったよね」

「…そうだったな。今でのあの時の痛みは覚えているよ」

「その時の傷、もう治ってるけど…、ちょっとだけ痕が残ってるって、知ってた?」

「何だと!? まだ残っていたのか!?」


そう言いながら、カツラギは自分の首元を抑える。

コキリ遺跡で出来た、しかしもう治った傷を確かめるように。


「多分気にならないと思うレベルだよ。…でも、思い出深いんだ。今までなんとか1人で頑張ってきて…、でも、カツラギと一緒に冒険に出て…、その一つ一つが楽しかった。ザンバスターの事も、スリーピー・ネムの事も、アニメに特撮にラノベに…、いっぱい話ができて楽しかった。全部…、楽しくて嬉しい、友達との思い出なんだ…」

「…………」


僕は、ガーゼット国がある方角を見ながら、言葉を続ける。


「だから、僕は攻撃されながら、必死で探したんだ。30人の中から、カツラギが僕と一緒に冒険してくれた証を。それだけは、他のホムンクルス達にはない、僕達だけの繋がりだから」

「……そう、か」

「あ、でも…、迷惑じゃなかったかな、僕なんかがカツラギの事を友達って言って…」

「…迷惑じゃ、ない」


ハッキリと告げられた、カツラギの言葉に。少しだけ嬉しくなって、僕は安堵する。


「良かった…。…僕達、友達で、良いんだ…」


どこか距離感を測りかねていた、カツラギとの関係。

それを新たに定義できた事に喜んでいると、


「…………なあ、イツキ」


背中に重みを感じた。

見えないから想像でしかないが、多分カツラギが俺の背中に頭を預けているのだろう。


「うん? どうしたの?」

「……以前、きみは言ったな。元の世界でのわたしは君にとって遠い世界の人間だったと」

「ああ、確かにそんなこと言ってたよね」

「あの時は否定したが……その認識は正しい。おそらく、こんな事が無かったら、きみとわたしは決して接点を持たずに人生を終えていた。……決して友達と呼べる仲にはなれなかったと、わたしは思う」


 背中越しのカツラギの声は、いつも言葉の節々に感じる自信を感じさせない、ひどく弱弱しいものだ。


「だから……そう、だからこそ。わたしはこの世界で今のわたしになったことで君と友情を築けたと実感している。だから……その」

「カツラギ?」


 カツラギは何を言いたいのだろう? 

 そう思っていると、突然頭を掴まれる。

 そして、視界がぐるりと反転すると、目の前にはカツラギの顔がアップで映り……


「カツラギじゃない。わたしは、レンフィールだ!」


 少し照れくさそうな彼女の顔が見えた。


「この世界で、君の友として、目の前にいるのは認めたくないがカツラギ・レンヤじゃない。レンフィールという名のホムンクルスだ!」

「カツラギ?」

「きみは知らないだろうがな! 女の身体はとにかく不便だ。いつも様々な不調に苛まれて、正直なところメンタルヘルスは男だった時と比べて最低なんだ。おそらく、わたしの事を知るものが見れば、誰もがわたしはカツラギレンヤとは認識できないだろう」

 

 彼女は自分で言って罰が悪いのか、照れくさそうに俺の胸元をボスボスと殴る。

 ちょっと痛い。


「だからきみの友いえるのはカツラギレンヤではなく、カツラギレンヤの魂を持ったレンフィールが正しいというか……いや違くて、そういう禅問答じゃなくて、わたしが言いたいのはだな!」

「は、はい……」


 段々と鬼気迫る表情になってきたので、自然と背筋が伸びて敬語になる。

 そして


「レン、だ」

「え?」

「いい加減、カツラギ呼びは止めてくれ。と……友達、なんだ。名前で呼んでくれた方がらしいじゃないか」

「あ……」


 そういえば、彼女はいつの間にか僕の事をイツキと呼んでいるのに、僕はずっとカツラギと呼んでいたのを思い出す。


「ごめん、えっと……レン」

「──ふふ! 分かればいいんだ、分かればな!」


 そういえば、以前の彼の名前はレンヤで、

 今の彼女はレンフィールという名前で、

 同じレンという音が入っているんだ。


「だから僕、もしかしたら遠慮していたのかな」


 僕にとって天上の存在であった葛城廉也。

 そんな彼の名前を呼ぶことに、もしかしたら心の底で抵抗感があったのかもしれない。


 名前を呼ばれた彼女はとても嬉しそうな表情だ。

 利発な少年のようでいて、その顔立ちは愛らしい少女のそれで。


 ちぐはぐな二つの要素が交じり合い、この世界で友人となったレンフィールという自我が形成されている。


「ついでにだが、意地を張るのも止めるので、そのつもりで」

「え、それってどういう──」

「こういうことだ」


 そう言ってレンは僕の手を握る。

 突然の彼女の行為と、握られた彼女の手の感触に一瞬脳がスパークする。


「この世界でのわたしはどうしても女性ということを受け入れる。だからきみはサンバスターの主人公たちが如く、わたしを扱うことを要求しよう」

「え、え、ええええぇ!?」

「代わりにわたしは歴代のヒロインたちが如くの立ち回りを心がけるつもりだ。どうだ? サンバスターオタク冥利に尽きるとは思わないか?」

 

 僕、レンほどサンバスターオタクじゃないんだけどな。


 でもそれを口に出すのは野暮だろう。


「あはははは!」


 レンは楽しそうに笑う。

 その姿は、彼女と出会ってから初めて見たと言っても過言じゃないほど、自然体な姿だった。


「それじゃあ、イツキ。改めて出発しようじゃないか」

「うん、そうだね」


 僕は改めて彼女の手を握り返す。

 掌越しに感じるのは、柔らかくて暖かな感触。


 それはこの世界に来て、元の世界では決して叶わなかった小さな縁で、


「だが必要以上のお触りは厳禁なので、そのつもりで」

「うん、分かっているってば」


 僕はこの世界が好きのだと、実感した瞬間だった。

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