天井裏から見詰めて
新たに書き始めましま。どうそ宜しく御願い申し上げます!同時進行で、書きます。
━━今回が何度目の侵入だろう。 愛太は、深呼吸をして気持ちを整えようとしながら考えた。 だが、とくに数えていた訳ではなかったし、記録のようなものを録っていたというのもなかったのだから、正確にその回数などわかる筈もなかった。 だいたい、三十回は越えただろうか。隣の住人を上から見下ろしてみた回数をなんとなく数えてみると、そんな位な気はした。天井の方向から見下ろした時の彼女のまだ幼さの少し残る顔立ちの鮮明な記憶は三十回分程、貯まっているような、そんな気がした。 そう、彼女の顔は忘れられない。 いつか見つかるんじゃないか、そんな恐怖心は侵入するたびにいつでも抱いてはいたけれど、そう思う以上には、彼女の顔を見たくて見たくて仕方なかったのだった。 みたいから見る、そこに彼女がいるから。そんな言い訳にもならない言い訳を念仏のように自らに向けて呟きながら、犯行を繰り返す内に、恐怖心にも罪悪感にも慣れっこになってしまって、もう、天井裏に忍び込んで彼女の部屋の上を目指したところでなにも感じなくなっていた。 新鮮なるどきどき感を得られなくなってしまっていたのである。 そんなふうに思い返す余裕が出てきたこたが既に油断であり、慢心であり、の表れであり、愛太の失態を予め象徴していたのかもしれなかった。 慎みの態度を欠いていたという何よりの証拠なのかもしれなかった。
見るからに安普請の外観の今時珍しくもある賃貸アパートに似合ったいかにも安っぽい不燃軽量天井材の天井板は、その上をそっと歩くだけで妖しくギシギシと音を立てて恐怖を煽った。 しかし、思っていた通り、アパート天井裏には人がしゃがんで通れる程のスペースを有しており、お陰で愛太は当初の計画通り、ちょうど真隣に当たる、愛太の部屋と同じワンルームの間取りである筈の居室の上空と思われる位置にまで歩を進めたのでたった。 到達地点は計算が間違っていないと仮定するならば、隣の住人、日野下 彩奈という少女の住む部屋のちょうどひと部屋であるワンルームの真ん中程、の真上である筈だった。 彼女の名前は共用の階段部の一回部分の脇に設置された郵便受けの彼女の部屋のスペースに溜まっていた彼女宛の郵便物の宛名を盗み見て知っていたのだが。 彼女、日野下 彩奈の姿を目にしたのは、たった一度きりに過ぎなかった。大学の講義を終えて帰宅し、早く帰宅して着替えてからバイトにでも行くか、と思いながら、急いで自室の玄関の鍵を開けようと焦っていた時だ。 ふと、ズボンのポケットの中から鍵を取り出そうともぞもぞやってた時。 気づくと、彩奈が愛太の方を隣のドアのところから見詰めていたのだ。偶然、彼女の方もドアを開けようと鍵を可愛らしい何らかのキャラクターのポーチの中に、探っているところだったのだ。 その視線に気付いた愛太も吊られたように顔を上げ、途端に顔を赤らめた憶えはあった。 ふわっと揺れる艶のある、肩まで届く長さのボブにまとめた黒髪の間に、ちらと覗いた鋭く細い顎のライン。頬は、走ってでもきたのか、逆上せたかのように紅味を帯びているように見えた。眼は漫画のように丸く、くりくりとよく動き回る性質のようであった。唇は女性の身體としてはまだ未発達なのを思わせた。唇には肉感はあまり感じさせず、どちらかと言えば淡い肌色に近く、大人の女性に感じるような甘い口づけの味の予感はなかった。からいかにもまだ、子供の女の子の顔立ちなのだけれど、それが歳を重ねればどれだけ美しく輝くかは、ひと目で予感させるに足る何かを持っているといった感じであった。 それからだった。ひと目だけしか見ていない彼女を好きになった。隣の部屋に住んでいるのだろうことしか知らない彼女のことを忘れられなくなった。 一方的で彼女にとって見れば迷惑でしかないだろうことがわなっていても、片時も考えるのをやめられなくなってしまった。年齢もわならない。セーラー服を着ていたように思うから、中学生か高校生であるのだけは予想できる。何で、そんな若いらしいのに、単身用のワンルームアパートに住んでいるのか…わからない。どうやって収入を得て、食事はどうしているのか・・・。何もかも。それでも気になって仕方のない存在になってしまったのだった。そして、それでも愛太は自分のようなモテた試しも生まれてこの方全くないない、冴えない!の代名詞のような男には彼女に男として好かれる運命など待ってないのを、愛の告白も何もしない内から悟ってしまったのだった。それで、犯罪のような、いや、犯罪そのものの行為に手を染めていったのである。
そして、そんな変態まがいの行為、いや変態そのものの行為を、慎重にも慎重を重ねて用心したつもりで来たのにも関わらず、である。 その日、とうとう愛太はやらかしたのであった。失態を。とんでもない誤ちを。 キリと電気ドリルとを駆使して根気よく、彼女の部屋にいない時を見計らっての隠密作業をこまめに繰り返した後にやっとの思いで貫通させたその天井の穴から、不覚にも不用意に、相手の視線も確認せずに心はやるが為に覗いてしまったのだ。それがどのような結果を導くとも想像もできざに。 そしてさらに悪い事に、愛太はとてつもなく動揺してしまい、ぎし、とただでさえ薄い造りの天井板の一部分を鳴らして仕舞ったではないか。これには愛太も犯行の一部始終の発覚を諦めざるを得なく、また同時に被害者である筈の日野下彩奈ちやんは、想像を絶するような恐怖と絶望に打ちひしがれているのに違いないのであった。 咄嗟に、というのだろうか。愛太は、突然細い穴から見下ろす先のピンク色の、カーペットの上に胡座をかく形をしながら、口をぽかんと開けて見上げている彼女に向かって声を掛けてしまったのだ。
「ひ、日野下彩奈ちゃん、だよね。は、はじめまして。ど、どうかお、驚かないで。驚かないのも無理かもしれないけれど。じ、実はこれはじめまして、じゃ、な、ないんだよね。実は僕の方は前から、前から、知ってたんだ。ごめんね。キモちわるいよね。びっくりしないで。御願いだよ」 いつでも何処でも誰に対しても、陰キャで通してきた愛太は、女の子と喋るというだけで精一杯、どもりまくるのである。 と、彼女は自らの唇に人差し指を立てるポーズで首を傾げて見せるではないか。まるでアイドル歌手のような仕草である。それにはさすがの愛太は、尚更動揺してしまい、穴の奥であたふたと口籠るしかなかった。 対して彼女は割りかし、このとんでも状況に平気な様子だ。彼女は、急に大人びたような表情で愛太の方を見上げた。そして、言った。「何であたしの名前知ってるのよ、何処の誰なの?ひとの名前知ってるのならせめて自分は名乗りなさいよ。でないとキモいわよ。あたしの名前知ってる理由が既にキモそうだから」 セーラー服から察するに は中学生か高校生、明らかに愛太よりは歳下の筈だ。なのに、愛太はすっかり気圧されてしまった。 それに答える訳にもいかず、一層口籠ってしまっていると、彼女からまた言った。
「でもね、○○ちゃん、って、ちゃん付けで呼んでくれるの、この歳になると他にいないのよ。だから嬉しい」彼女はわはり嬉しそうなのでる。愛太はどぎまぎしながら訊いてみるしかなかった。「は、恥ずかしくないの、君は?独りきりで油断して居るところを知らない男から覗かれちゃった訳じゃない。これは、と、というか、と、年頃の・・・」 と、途中で遮るように逆に彼女が訊き返したのだ。「お兄さんは恥ずかしくないの?だってお兄さんは、覗き犯さんなんでしょ?天井に穴開けてあたしを除あ覗いてたんでしょ?本格的なヘンタイさんなんでしょ?そっちの方がよっぽど恥ずかしくない?でしょ?違って?」愛太はぐうの音も出ずに、穴の向こうで顔を赤らめてしまった。彩奈はそれを知っていて面白がっているかのようだった。家の者の聞き耳を気にしてか、小声になって言った。 「でも、今のシチュエーション、良かったな。恥ずかしくないん?ってのね。のよねえ。あたし、もっと恥ずかしくでもちょっと物足りないでないとお母さんに言いつける。「あたし、恥ずかしいシチュエーションじゃないと興奮しないのよ」「え?」愛太は訊き返すしかない。「あたしね、実はね、超がつく程のどМなのよ」「は・・・、はあ」「恥ずかしい目に遭わないと興奮出来ないの。だからあたしを恥ずかしい目に合わせて気持ちよくしてあげて頂戴よ」口籠り続ける愛太に対して追い討ち。「でなかったら、ちし、今日のこと、いえ、今までのこと全部。ちし切ってたんだから。ずっと覗いてるのも。全部、洗いざらいママに報告する。勿論、お話は警察にだっていくでしょうね。いいこと?意味、わかる?」
御読み頂きまして、誠に有難う御座いました!