ティータイム
お茶の時間です
「お嬢様。朝ですよ。」
そんな凛とした声で目が覚める。
重い瞼を無理やり開けて彼女の顔を見た。
「おはようルミナ。」
にこりと微笑んで、私の頬にキスをした。
「おはようございます。今日もいい天気ですよ。」
彼女の名はルミナ・グラシャ。
私より一つ年上で、小さい頃からずっと一緒にいる従者だ。
私が物心ついた時からそばにいたので、姉のような存在でもある。
剣と魔法が支配するこの世界で私ことジル・シャーロットはルミナと2人で暮らしている。
「お嬢様、朝食の準備が出来ておりますよ。」
ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
窓から差し込む朝日が眩しい。
「ありがとう。」
私は着替えるとすぐに食卓に着いた。
今日のメニューはパンケーキだ。
甘すぎず、それでいてしっかり甘い絶妙な味付けに仕上げられている。ふっくらした生地にはバターと蜂蜜がかけられていてその横にはサラダとフルーツが添えられていた。
どれも美味しくてあっという間に完食してしまうそんないつも通りの朝。
「ごちそうさまでした!」
食後は紅茶を片手に読書の時間だ。いつもなら市販だが少しだけ高級なお茶っ葉を使われるところだが今日は違うようだ。
「2年に1度しか花を咲かさないトレントの花が手に入りました!今日の紅茶は一味二味違いますよ!」
私は何も言わずに紅茶を口に含める。
最初は渋い苦味に眉を寄せるが次に私を襲ったのはまるで花畑の真ん中に立っているような香りだった。たまらずもう一口、もう一口とティーカップを口に運ぶ。最初は苦いと感じた渋みがその香りを引き立てる。
「まぁ、悪くないよ。」
ルミナはクスリと笑って紅茶のおかわりをカップに注ぐ。そんないつも通りのお昼時。
本を読んでいるとあっという間に時間が過ぎる。ルミナは街に買い出しに行ってまだ戻っていない。
たった一人で部屋にいる時間は嫌いでは無いけれど少し退屈だ。
かと言ってすることも無いのでもう何度も読んだ本をまた読んで時間を過ごす。
そうしている間にルミナが帰ってきて、夕食を食べて、お風呂に入って、また就寝する。そんないつも通りの夜。
そして明日も同じ日を過ごしたかったのだが、それも今日で最後だ。
※※※※※
「お嬢様。朝ですよ。」
「うん。」
とっくのとうに目覚めている。
「…出発なさいますか?」
私は無言で支度を始める。この屋敷…いや、小屋とも今日でお別れだ。
モノの発端ちょうど3日前。
ここは王都カルジールの郊外にある森の中心。比較的危険な魔物がうろつき、一般人はもちろん、冒険者ですら滅多に近づかない。そんな場所に私達は住んでいた。
その日突然ギルドの職員が尋ねてきたのだ。
『ジル様ですね?私は冒険者ギルドの者です。今日はご相談とお願いがあって来ました。』
端的に説明すると〝めっちゃお金あげるからこの小屋から出ていけ〟というものだった。
今度、王都カルジールにて冒険者の試験が行われる。
その試験の内容はこの森で行われるらしく、私たちのこの家は試験には邪魔なので早い段階で解体したいそうだ。
結局はお金の代わりに明け渡した訳なのだが突然の話だし幾らお金が貰えるとはいえ長い間住んでいたこの住処をすぐには手放せなかった。
が、だからと言って文句は言えない。
この森は冒険者ギルドの土地で勝手に住み着いたのは私達の方だ。むしろすぐに寿命が来る人間や獣人ならまだしもいつ居なくなるか分からない長命な種族である私達を黙認してくれていたギルドには感謝をしなくてはいけないだろう。
もう帰ってくることがない家を眺める。
「これじゃあゆっくり紅茶も飲めないね。」
ルミナはすぐに否定する。
「そ、そんなことはありません!また新しい住処を探せばいいだけの事です!」
ルミナの励ましを受け止めつつもこれからの事を考える。
幸いにもお金はあるから街へ移住しようか?
いや、私たちが街に住み着いたら大騒ぎになるだろう。
ならば旅に出る?
いや、目的も無しに歩き回るのは危険だろう。
「ルミナ。」
「はい?」
私はルミナに提案した。
「私達もやろうか。冒険者ってやつ。」
ルミナは首を傾げ疑問を口にする。
「ですが自分から稼がなくてもギルドの人がくれたお金があれば暫くは遊んで暮らせますし王都の一等地に家を買えますよ?それに今採取系やお使い系の依頼はすぐにベテランに取られますから討伐系の依頼しかありませんしわざわざ必要のない危険を犯さなくても…」
私はチッチッチッと舌を鳴らし身長の高いルミナの顔を覗き込みながら分かってないなぁと言った。
「私達だって弱くは無いんだ!色々な場所を依頼をこなしながら回りつつ新しい住居を探そう!そのついでにお金を稼げたら一石二鳥じゃないか!」
それに…と私は手にあるポスターを見せつけ、ルミナに熱弁する。
「ちょうど今日、この日!試験があるからね!」
ルミナは優しく微笑んだ後、私の手の甲にキスをした。
「分かりました。では、王都へ向かいましょう。」
こうして私たちは正式な冒険者になるために王都へ行った。
王都カルジールは冒険者国家の異名通り、冒険者や武具屋などが多く昼夜関係なく明るい国だ。
多数点在する宿屋は基本的に立ち寄った冒険者や旅人、商人で溢れていて基本満員なんだそうだ。
そんなカルジールのメインストリートであるルージカ商店街の奥に存在する冒険者派遣ギルドカルジール支部。そこで試験の受付をしなければならない。ジルは憧れていた街に来れてウキウキしてはいるものの綺麗な見た目とあからさまな箱入り娘オーラのせいで若干浮いているので周りの視線を集めるのも仕方の無いことだった。
「ル、ルミナ…なんかすごい見られてないか?顔に何かついているだろうか?」
「気の所為ですわ。」
ルミナはそう即答したが実際かやり目立っている。
周りは魔法使い風の女性や鎧を纏った戦士がウジャウジャといる中で黒と赤を基調としたドレスを身に纏い、小さながらもどこか大人っぽさを覚える少女と高身長で一見男と見間違えるような美貌を持つ、バトラー風の服を着ている少女がキャッキャしながら歩いているのだ。目立たない方がおかしい。
ジル達は早足でギルドへ向かった。
…
……
………
冒険者ギルドはとても賑わっていた。
ギルドと言っても酒場と兼用しておりお昼時でもかなりの人が出入りしている。
しかし中にはガラの悪い者もチラホラと見える。
その者達は酒が入っているのか皆一様に下卑た笑い声を上げながら大声で騒いでいた。
だがそれも致し方ないことだった。何故ならこのカルジール支部は世界一の大きさを誇る。それはつまりそれだけ依頼も多くなるということなのだ。
そのためここには世界中から冒険者が集うため自然と柄が悪い者も増えてくる。
ジル達もそれを理解しているため絡まれないようにそそくさと受付に向かった。
そして受付のお姉さんに声をかける。
「あの、すみません。ここで試験を受けられるとお聞きしたので来たのですけど……」
「承知いたしました!それではこちらに必要事項をご記入ください!」
そう言うとジル達に紙を押し付ける。そこには名前や種族に年齢、得意武器や得意魔法などを書けばいいだけなのだがここで困ったのはジルだ。
名前は書ける。種族も年齢も少し驚かれるだろうがまぁ平気だ。問題は得意武器、魔法欄。
ここだけの話ジルの住んでいた森に魔物が来ることは今まで何度もあったが戦闘の全てをルミナに依存していたので多少の魔法は扱えるもののどれが得意なのか自分でもよく分からなかったのだ。
ルミナは刀術と中級までの風属性魔法を扱えるのでスラスラと書いているがジルはペンが止まっていた。
幸いにも自由記述なので空欄にしておくことにする。
「これでお願い。」
「承りました!えっと…」
そう言って受付のお姉さんは私たちのプロフィールを読み上げる。まずは先に提出していたルミナだ。
ルミナ・グラシャ 人間族 21歳 女
得意武器は刀、得意魔法は中級風魔法全般。
「ふむふむ。とてもいいバランス型ですね!刀をメインで扱いつつ中級の風魔法が使えるのにまだ伸び代があるのはかなり将来有望ですね!いい結果を楽しみにしています!」
ルミナはべた褒めされて嬉しそうにしている。
次はジルだ。
ジル・シャーロット 半吸血族 567歳 女
得意武器は無し、得意魔法も無し。
「ふむふむ。半吸血族…半吸血族!?」
受付のお姉さんが突然大声を出したことで賑わっていたギルドは一瞬にして静まり返る。
少し驚かれるだろうと思っていたがかなり驚かれたようでジルは驚きを隠せなかった。
お姉さんが驚くのもそのはず半吸血族とは太古に絶滅した吸血族と人間のハーフだ。
数少ない寿命という概念が無い種族の1種であり死の間際に最も一定以上信頼しあっていた相手にその能力と記憶が引き継ぐことで種が受け継がれている。
だが人と共に行動をする半吸血族が少なかったり、そもそも受け継ぐ前に殺されたりなどという理由で年々数がすくなっていき魔法暦2503年現在の生存数は100を下回っていると言う。
そのため希少価値が高くなっているのだがそれを加味しても567歳の少女というのはあり得ないのだ。
そんなことを考えていたらいつの間にか周りには沢山の冒険者がいて口々に騒ぎ始める。
「おい嘘だろ?本物な訳ないだろ。」
「いやでも受付で嘘なんてつくか?あそこで虚偽の申告なんてしたら即逮捕だぞ…?」
周りの視線がジルに集中する。
しかしそんな中顔を真っ赤にして酔っている1人の男がジルの前に立つ。
「嬢ちゃん半吸血族なんだってなぁ〜。ちょうど良い機会だ。俺様と勝負しようぜぇ?」
ニヤリと笑いそう言った。
「…………。」
ジルは無言で睨み返す。
「こ、困ります!ギルド内での喧嘩や決闘行為は禁止だとあれほど言ったでしょう!」
ギルドのお姉さんがそう言って牽制してくれるが男は止まらない。
「うるせぇ!こいつがどれだけ強いのか試してやるんだよ!それにこんな弱そうなガキが半吸血族だなんて俺は信じねぇ!」
「……わかった。」
ジルは心底面倒くさそうに言った。
「はっ!物分りがいいじゃねぇか!表に出ろよ!」
ジルはなんやかんやで沸点が低い。まともに戦った経験も無いのにすぐにこういう挑発に乗ってしまうのが弱点だと自分でもわかっていた。だからこそルミナがいるのだ。
「待ってくださいお嬢様。」
ルミナは真剣な顔でジルを説得する。
「ここでの喧嘩や決闘が禁止されている以上そういった行為をした場合試験で不利になってしまいます。どうか落ち着いてください。」
ルミナは冷静に分析した上でジルを諭すように言う。
「……分かった。」
ジルは素直にうなづく。確かにここで問題を起こせば試験に受かる確率が減ってしまうかもしれないと考えたからだ。
ジルとルミナはそのまま男を無視して外に出た。
そのままギルドを出て訓練場に向かう。ここはギルド内にある施設の中でもかなりの広さを誇り、冒険者同士の模擬戦などが行える場所となっているが今回の試験会場のため1時間前にも関わらず受験者が既に多数集まっていた。
2人は端っこにあるベンチに座る。テーブルが付いているタイプのベンチなので簡単なお菓子くらいなら広げられそうだ。
ルミナはどこから取りだしたのかカップと水筒を取り出すとカップに紅茶を注いだ。
ジルは何も言わずにそれを口に運ぶ。
「ぬるい。」
「申し訳ございません。少し時間が経ってしまっていたので冷めてしまいました。」
「別にいい。」
ジルはその一言だけ言うと再び紅茶を飲む。
幸いにも他のテーブルでは陽の下でピクニックがてらご飯やお菓子を食べている人も少なくないのであまり目立たないのがせめてもの救いだ。あとは…
「ルミナ、装備はどうする?ルミナは近距離で戦うから軽装が必要だろうし私も魔法を使いたい。ローブとかが欲しいんだけど……」
郊外での戦闘行為は全て自己責任だ。
例え誰かに襲われても全て自分の力で解決しなければならない。
いくら試験と言っても命に関わる。だから当然装備品が必要になるのだ。
しかしここで問題が発生する。
「わかりました。ですがいくつか問題がありますね。まずお嬢様に合うサイズの服が無いことでしょう。特に身長の問題がかなり深刻ですね。こればっかりは私の力を持ってしてもどうすることも出来ません。」
「貴様。私がチビだと言いたいのか?」
「はい。」
「そっか…」
ジルは肩を落とす。自分だって背が高い方ではないしむしろ低い方だと思っているが面と向かって言われるとショックが大きい。
「次に武器についてですがお嬢様の魔法はロッドや杖、魔法石を媒体としたものでは無く魔法陣。つまりご自身の魔力に依存しているので必要ないかと。」
この世界における魔法は2種類ある。
ひとつは魔法石や魔法式、魔法文字などで魔法を発動させる方法。
もうひとつは詠唱や魔法名を唱えながら魔力を消費することで魔法を行使する方法で、前者は威力は落ちるものの誰でも扱うことができるが後者に関しては才能が大きく関わってくるため扱える人が限られてくる。
だがジルの魔法はそのどちらでもない。
ジルは魔導書と呼ばれる特殊な本を杖や魔法石の代わりに使うことによって使うことができる。
しかし、元から効果や発動条件、消費する魔力量が決まっている魔法石や魔法式とは違いその本に書かれている魔法陣を中心に様々な効果を合成し、短時間で魔法を一から作成しなければいけないのでかなりの魔力を消費する。
しかもその本自体が貴重な品であり、ジルも長い間生き続けた結果やっと手に入れた3冊だ。
そのため使いこなすのはかなりの練習が必要だろ。
だがそれでも強力な魔法が多い。
「防具についてですがお嬢様は今着ていらっしゃるドレスが魔法により耐久が上がっていますのでこれも不要かと思います。」
「うん。まぁ確かにそうなんだけどね…。」
ジルは苦笑いしながらそう答える。
「私の装備に関しては戦闘用の服を既に持っていますので私のことは気にしなくて大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
「そうか…」
「私が言うのもなんですが周りの目を気にしていては何もできませんよ。」
気がつくと周りには受験者であろう人物が続々と集まっていた。そろそろ開始の時間だ。
「ルミナ、私のことはお嬢様じゃなくてジルと呼べ。」
「ですが…」
「ただでさえ私の種族のせいで目立ってるんだ。その敬語もやめろ。」
ルミナは不服そうだが仕方なく了承する。
「皆さんお集まりでしょうか!!そろそろ試験を開始いたしますので中央にお集まりください!」
「行こうか。」
「はい!…いや、うん!」
ジルとどこかぎこちないルミナは訓練場の中央へ歩き出した。
いかがでしたでしょうか!!
こんな汚い文章を読んでくれるあなたに感謝!!
評価、コメントお待ちしております!
次回、認定試験編!