第6話 アルトは神官少女を助ける
森から出ると、空気が変わった。
「こんなにも違うのか」
魔の森の、あの張りつめた空気とは違い空気が穏やかである。
一度緊張状態から抜けたせいか、体から力が一気に抜ける。
いけない。こういう時こそ気を引き締めないと。
魔の森ではないとはいえ道に魔物や盗賊や山賊が出ることはよくあると聞く。
この先ガンフィールド公爵領は比較的警備が行き届いている所だけれど、完全ではないだろう。
短剣を腰にしていつでも使えるように気合いを入れた。
因みに召喚した剣は持っていない。
抜き身の鉄剣をそのまま持ち歩くわけにはいかないから分解して置いて来たのだ。
「よし。行こう! 」
そして僕は道を行った。
★
道を歩いていると空気が変わるのを感じた。
道の向こうには何も見えないけれど、確かに今までとは違うものを感じる。
何だ? 戦闘?
どうやら僕の感覚は魔の森で相当ずれたようだ。
嬉しい事なのか、悲しい事なのか。
今となっては嬉しいが、嬉しい変化とは言えないのが悲しいところで。
そう思いながらも戦闘を確信した僕は叡智の魔導書を顕現させて、自身に強化魔法をかける。
「移動速度上昇、筋力上昇」
なにが起こるかわからないのは魔の森でよく学んだ。
慢心はしない。
「生命探知」
探知魔法で一先ず確認。すると先に一人、誰かいるのがわかった。
しかし戦闘にしてはおかしい。
なので——。
「魔物探知」
更に探知を重ねて魔物を探す。
すると一体の魔物が引っ掛かった。
誰か襲われている!
そう確信した僕はスキルを発動させたまま走った。
★
時は少し遡り、アルトが向かっている先で揉め事が起こっていた。
「何だよこれは?! 」
「こんなの聞いてない! 」
「皆さん落ち着いてください」
一体のミノタウロスに冒険者らしき人達がパニックになっていた。
ズシン、ズシンと近づいて来る魔物に軽戦士風の男は震え上がり、魔法使い風の女性は怒声を上げていた。
その二人に落ち着いて対処するよう神官の女性が言うも聞く耳持たず。
一歩、また一歩近づくにつれて——神官を除いた——二人は混乱の極みとなっていた。
「聞いてなくても......、予想の範疇です! 足止めしましょう! 」
「そんなこと言ってどうするんだよ! 」
「こんなの助かるわけないじゃない! 」
「貴方は魔法で牽制を。気が紛れている内に町へ戻りギルドに救援要請するのです」
それを聞き魔法使いの女が神官の女性に掴みかかる。
「私に足止めしろって? ふざけないでよ! 相手はAランクモンスターよ! 」
「そちらの男性が町に救援を出すまでの辛抱です。私も——きゃっ! 」
魔法使いが急に放り投げて神官が倒れ込んだ。
神官の女性が顔を上げるとそこにはニヤついた二人が目に映る。
「どうせ臨時で組んだパーティーだ。足止めするならお前がやれ」
「な、なにを言って……」
「そうよ。私達はこれから町に行ってギルドに報告するわ」
そんな二人を見て愕然とする。
回復役として臨時で入った彼女だが、それでもパーティーだ。
「これは重大な規約違反ですよ」
「貴方が死んだら、関係ないじゃない? 」
女のその言葉に言葉も出ない女神官。
魔法使いを見ていると急に足に痛みを感じて「いたい」と言葉を漏らす。
痛みの方を見ると男が足から血の付いたナイフをのけていた。
「じゃ、精々時間を稼いでくれ」
「町のためにね」
「神のご加護がありますように」
「「ハハハハハハ」」
悔しく拳を握り唇を噛む女神官。
二人は高笑いをし、強化魔法をかけて、風のように去っていった。
去った後、女神官は足音が近づくのを感じる。
少し先を見上げると、素手のミノタウロスが近寄っている。
ズシン、ズシンと音が鳴るも急に近づいてくる様子はない。
しかし着実に近づくその音に体が震えて竦む。
お尻をつけたまま後退ると、禍々しい牛の顔をはっきりとみた。
(怖い......。どうしよう)
恐怖で本来すべきことを見失う。
一歩近寄る度に涙が出て、更に後退する。
(どうしてなの……。今までこんなことはなかったのに)
そしてミノタウロスが目の前に、着いた。
体を浮かすも、落ちる。
カランと錫杖にお尻がぶつかり音が鳴る。
腰が抜けて動けない。
そんな中ミノタウロスの必殺の拳が振り下ろされ——「風刃」——鮮血をまき散らしながら吹き飛んでいった。
★
「Bumooooooooo!!! 」
無くなった両腕を振り、鮮血をまき散らしながら怒りの瞳を僕の方に向けて来た。
ミノタウロスは魔の森で何度も戦った。力以外はなんてない魔物だ。
加速した状態で女神官に声をかける。
「早く避難を」
「こ、腰が抜けて」
悲痛な声を出しながら僕の方を見る。
なら仕方ない。
「物理障壁展開」
即座に中位物理結界を張り彼女を保護する。
ミノタウロスは魔法を使わない。
なのでこれ一枚で十分だ。
「Bu……mooo……」
血が無くなっているせいかふらつくミノタウロス。
しかし一矢報いようとしているのか僕の方に加速してきた。
死を覚悟した一撃。これほど脅威な物はない。
よって手堅く戦おう。
「土拘束」
唱えた瞬間周りから複数の茶色い拘束具がミノタウロスを捕縛した。
振り切ろうとするが、振り切れない。
「氷槍」
ズシャッ!
ジタバタするミノタウロスの腹に大きな槍が突き刺さる。
少し動くも徐々に力を失っていく。
最後には膝をついて、「ズドン! 」という音を立てて完全に倒れた。
それを見届け神官に声をかける。
「大丈夫か? 」
「す、すみません。もう少し待っていただけたらと」
「了解」
どうやらまだ立てない様である。
なのでこのミノタウロスをどうするか考えることに。
「確か討伐証明部位は尻尾と……角だったよな。後は魔石か」
素材自動採取は使えない。
何故ならばオルディ空想魔法大全に載っているからで、大っぴらに使うわけにはいかないからだ。
よって手作業になるのだが、魔の森で手元に来たミノタウロスの素材を思い出しながら採っていく。
「っと。流石に大きい」
魔石を手に取り確認する。
叡智の魔導書は発動させない。
初めて魔石を吸収した時は勝手に進んだが、最近そのようなことはない。
というよりもあれっきりだ。
後から気付いたのだが自分でオンオフができるみたいで。
多分だがスキルを発動させる時ずっとオンだったのだろう。
そう思うと本当に、奇跡的に周りの魔石を吸収せずにここまで来たよね、と自分に呆れていたりもする。
「お、お待たせしました」
「こっちも終わった所だから待っていないよ」
そう返すと少し困ったかのような顔を向けてくる。
少し素っ気なさすぎたかな。
どうしようか頬を掻いていると軽く咳払いをして彼女が自己紹介を始めた。
「私は助祭の『レナ』と申します。この度はありがとうございました」
ペコリと頭を下げる彼女に僕は驚いた。
この子が助祭?!
ここまで如何だったでしょうか?
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