追放者サイド 2 安堵するザック
エルドと悪魔が話している頃、彼の父『ザック・レギナンス』は執務室で一人安堵していた。
「ふぅ……。やっといなくなったか」
「やけに時間がかかりましたね。貴方」
椅子に背を預け「ギギ」と音を鳴らす彼に、ソファーに座る女性がそう言った。
嫌味にとれるその言葉を受けてザックは眉を寄せる。
しかし「ふぅ」と息を吐いて彼女を見た。
「書類の改ざんに、証拠の隠滅。アルトの長子権を破棄してエルドがスムーズに代を継げるようにするには、時間がかかるんだ。分かってくれ」
「……まぁいいでしょう。ワタシのエルドちゃんの為ならば」
そう答えるのは金色の髪をクルクルに巻いた女性だ。
服は赤く派手でかなりの厚手。
化粧では隠しきれない皺やシミが見える顔の上には大きな黒いカチューシャがある。
彼女はエルドの母で、レギナンス伯爵家の正妻『カタリナ・レギナンス』。
財務系の家系であるアーベンゼルグ侯爵家の三女でこの家に嫁いできた害虫。
元々軍部に属するレギナンス伯爵家が彼女を受け入れたことにより、国でレギナンス伯爵家は『裏切り者のレギナンス』と呼ばれている。
しかしながら財務系の出である彼女がレギナンス伯爵家に嫁いだ事は大きかった。
カタリナが嫁いできたことにより、彼女の指示の元、傾いていたレギナンス伯爵家の財務状況は反転した。
彼女によって今この家はもっているようなものである。
「しかしあの女もしぶとかったこと。全くこれだからしぶといあばずれは気持ち悪い」
思い出し、まるで今も見ているかのように毒づき額に皺を作る。
それを制することもなくザックは彼女に聞いた。
「きちんと毒は分からないようにしたんだろな? 」
「私を誰だと思って? 当たり前です」
「ならいい」
「しかしあのあばずれ。『魔法』スキルがないのに何故こちらの毒を口にしなかったのでしょう」
「あの女は元騎士だ。スキルに頼らない独自の方法で検知してもおかしくない」
「魔道具はきちんと外させていたのですよね? 」
「もちろんだ」
「増々気持ち悪い」
嫌だ嫌だと言わんばかりに、口直しにカップを手に取る。
カタリナは紅茶を口にし、ザックは考えた。
(エルドはよくやった。まさか後天的に『賢者』を得るとは。エルドが『魔法: 初級』しか貰えなかった時はどうなるかと思ったが、これで軍部は俺達レギナンス伯爵家を無視できないだろう)
にやりと笑みを浮かべるザック。
その昔、財務状況が芳しくなかったザックは現財務大臣であるアーベンゼルグ侯爵家に泣きついた。
軍部に影響力を伸ばしたかったアーベンゼルグ侯爵家はこれ幸いとカタリナとザックを結婚させた。
だがそれを鋭敏に感じ取った軍部はアルトの母をザックに嫁がせて、アーベンゼルグ侯爵家の影響力を少なくしようと目論んだ。
そしてそれは成功する。
エルドよりもアルトの方が早く生まれたのだ。
しかしこれで面白くないのはアーベンゼルグ侯爵家率いる財務系派閥。
両派閥からの圧力で板挟み状態だったザックは励み、アルトが生まれて三年後エルドが生まれた。
同時にレギナンス伯爵家の経済状況は反転し、急上昇。
そして邪魔になったのがアルトの母と、アルトであった。
アーベンゼルグ侯爵家は積極的にアルトの母の暗殺を試み、そして十八年の歳月を経てやっと完了したということである。
どれだけアルトの母が強かったのかがよくわかる。
(ガンフィールド公爵家との関係は途絶えてしまった。しかし戦闘力において最上位に属する『賢者』のスキルを軍部は放置できまい。何かしらアクションを起こしてくるだろう。ならばこちらはアーベンゼルグ侯爵家側に腰を据えつつ、俺を見限ったあいつらが媚びを売りに来るのを見ているだけで良い)
そう考えて、ふと気が付く。
(いや近付いてきたやつらを同時にアーベンゼルグ侯爵家に鞍替えさせたらどうだろうか。これならば恩を売れる)
手の平を見て、握る。
やれる。
ザックは確信し決意した。
軍部に居場所が無くなったザックだが、現在財務系派閥に居場所があるのかというと疑問である。
元より裏切りで派閥にいる身だ。信用されなくて当然である。
加えて殆ど軍部に切り離された状態。
よってアーベンゼルグ侯爵家にとって必要な存在かと言われると、全く必要のない存在。
アーベンゼルグ侯爵家が望んでいたのはザック・レギナンスが軍部に影響力を残しつつ彼が軍部にとどまる事。
それを実行できなかった時点で、彼は財務系派閥にも居場所はないに等しい。
国内で貴族が居場所を確保するには、このどちらかに属さなければならない。
貴族の争いは予算の奪い合い。軍部と財務派閥の壮絶なる予算の取り合いで取り分が決定する。
つまり居場所のないこのレギナンス伯爵家は予算の取り合いにすら参加できず、必要予算すら削られる可能性のある危ない状態ともいえる。
全てこの男『ザック・レギナンス』のせいであるが。
ザックはエルドの『賢者』発現に活路を見出す。
後天的に、しかもいきなり発現したことに疑問を持たず、ザックは怪しく微笑む。
それを訝しめにカタリナが見るが、彼女も危ない状態なので特に言わない。
『賢者』を発現させた子の母。
これが、彼女が唯一生き残れる価値であると自分で理解しているからだ。
今、というよりもついさっきまで彼女の立場は危うかった。
第二夫人の子供に長子権を奪われた時より実家から圧力がかかっていた。
加えてそれぞれの息子は、方や使えるかはわからないがレアスキル、方や平民でも多く待っている者がいる『魔法: 初級』。
この伯爵家内はもちろんの事、実家でも立場がない。
いつこの伯爵家諸共見限られるかわからない状態からのエルドの『賢者』発現。
そして伯爵家の順調な乗っ取り。
浮かれない方がおかしいというものだ。
カタリナはもっているセンスで口元を隠す。
それぞれの思惑が交差するこの部屋に「コンコンコン」とノックの音が鳴り響いた。
いきなりの事で驚き跳ね上がりかけるが、二人は落ち着き、ザックが返事をした。
それに応じて扉が開く。
入ってきたのは一人の文官であった。
「用件は何だ」
ザックの少し声が裏返り文官の口元が軽く歪む。
彼は笑うのを堪えて要件を伝えた。
「エルド様が騎士達と訓練をしたいとの事でしたが、如何なさいますか? 」
「「訓練? 」」
訓練などしたことのないエルドの発言に驚く二人。
スキルを手に入れ向上心が生まれたのかとでも考え、軽く微笑み、ザックはそれを了承した。
そして、この日、この時間をもって、レギナンス伯爵家の没落が決定した。
ここまで如何だったでしょうか?
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