第2話 アルトの魔導書は覚醒する
見送る騎士達を背に僕は鬱蒼とした森を歩いていく。
ずっとこっちに目線を送っているのがわかる。
恐らく元父上に奥まで行っているか確認しろと言われているのだろう。
スキル以外にそこまで恨まれるようなことをした覚えがないのに何故と思いながらも、理不尽の塊であるあの人の考えを読むことをやめた。
無意味極まるからだ。
「流石に暗くなった。顕現せよ」
言葉と共に僕のスキル『叡智の魔導書」が発動し目の前に一冊の本が現れた。
「光球」
唱えるとさっきのように一つの光球が現れる。
ここは魔の森。周りに魔物がいるかもしれない。
魔物に気付かれないように光量を落として少し前を浮遊させる。
叡智の魔導書。
このスキルについて分かっていることは、魔法を使うスキルであるということだ。今のようにスキルを発動させると魔法が使える。
まぁ僕は光球だけだけど。
このあまりにも聞きなれないスキルは、もしかしたら他にも何かあるのかもしれない。しかし今はそれ以上の事は分からないし、分かっていない。
昔から現在に至るまでスキルの管理をしている教会で調べてみたが、記録にないスキルのようでわからないとの事。
よって独自で調べていたんだけど、途中で追放されてしまったというわけだ。
とある神学者が書いていた。
『スキルとは過去の人達の努力の結晶』だと。
彼曰くスキルとは、これまでの人類が積み上げてきた技術の結晶らしい。
つまるところ魔法や武技を次世代へ継承させるシステムの一つと説いていた。
となると僕のこれも故人の努力の結晶ということになるし、実際に僕のこの魔導書スキルも魔法を発動させるスキルの一つである。
加えて関する例を挙げるのならば『剣聖』スキル。
これはその昔剣聖と呼ばれていた人が鍛え上げた武技や体使いの集合体。
よってこれを得た人は『疑似剣聖』となることができる。
といっても単に得ただけなので本当の剣聖になるには厳しい修練が必要になるのだけれど、授かる側としてはありがたいこの上ない。
しかしながらこれが現在のスキル至上主義を構築しているのも確かなわけで。
被害にあう側としては迷惑この上ない。
スキルが技術の結晶ならばということで、過去に、個人に多くの上位スキルを宿すことができるのではないか、と説いた人がいた。
しかしそれはすぐに否定された。
何故ならば魂の容量を超えるためとか。
逆を言うと魂いっぱいまでスキルを得ることができるということにもなるが、それは人とスキル次第。
魂の容量を超えない、比較的下位スキルを複数持つ人は多くいる。しかし僕みたいに容量いっぱいのスキルを貰ってしまうと他のスキルは手に入らないわけで。
神をも恐れぬその論調に苦笑しながらも、「確かに」と思う所があるのも事実で。
よく焚書にならなかったよね、と思いながらもこれを焚書にしない辺り、事実なのではと考えていたりする。
そう考え歩いていると「コツン」と何かを蹴ってしまった。
「? 」
下を向く。
するとそこには黒い石のような物が一つあった。
! 魔石?! それもこんなに大きな!!!
驚きたじろぐ。
【魔石の上にかざしてください】
「! え?! 魔導書に文字?! 」
思わず声を上げる。
驚いた拍子に少し動いてしまった。
するとつられるように魔導書も移動し魔石の上に陣取った。
【魔石の吸収を始めます】
「え?! なに? ちょっと待って! 」
声を上げるも時すでに遅し。
魔石がどんどんと消えていき魔導書が輝きだす。
魔導書は輝きを放ちながら今まで開かなかったページを——開けた。
★
「なんだこれ」
今までにない現象に呆然としながらも呟いた。
魔導書の光は収まったけれど何が起こったかわからない。
一先ず確認のため、光球を近くにまで寄せてページを覗く。
するとそこには「火球」「土壁」「水生成」などの文字があった。
「これ一般魔法教本に乗ってる魔法だ……。だけど何でいきなり」
呟いていると気が付いた。
魔石か!
そうだ、魔石だ! 何で今まで気付かなかったんだ!!!
魔石をスキルに吸収させることで能力が、魔法が解放されていく仕組みなんだ!!!
だけど同時に僕がこのスキルを発動できなかった理由がよくわかった。
第二夫人である母上の息子である僕が長男であるのが気に入らなかったのか、あまりスキルに関する検証をさせてもらえなかった。
普通ならば、この叡智の魔導書みたいな希少なスキルは徹底的に調べ上げると聞く。
しかしながら僕が検証したのは、あくまで母上が持ってきた書物を読み漁るくらい。
それでも膨大な量になるけれど、魔石のような物質的な検証はまだだった。
なるほど。
ならやることは一つ。
どんどんと魔石を吸収させて魔法を解放させていくだけだ!
「あれ? ということはもしかして魔物を倒さないといけない? 」
周りを見て体が震える。
今まで本格的に戦闘をしたことがない。
しかもここは魔の森。魔物一体一体が屈強で知られる魔境だ。
そんなところに短剣と中級魔法までしか使えない僕が一人。
この状態で戦うのは自殺行為もいいところだ。
恐らくさっきの魔石は魔物同士の戦闘で負けた魔物の魔石だろう。
それを偶然吸収した。
これが何度も続くとは思えない。
実際にここに来るまでに魔石は見つかっていない。
ということはこの周辺に、少なくとも魔の森の魔物を倒せるほどの魔物がいるというわけで——。
ガサ......。
「! 」
物音に体が固まる。
『戦いの最中で動きを止めるな! 』
体中に傷跡を残しながら言われた言葉を思い出す。
ダメだ!!! こんな時に体を止めたら。
すぐに物音がする方から距離を取る。
「ギ! 」
飛び退いた瞬間緑色の魔物が飛びかかって来た。
シュ......ゴッ!
と地面に棍棒が叩きつけられる音が聞こえて来た。
危なかった……。
少し陥没した地面を見てひやりと汗を流す。
しかし魔物は躱されたのが予想外だったのか、忌々しそうに僕の方を醜悪な顔で見上げて来た。
ゴブリン。
だけど普通のゴブリンじゃない。
騎士達から受け取った短剣を構えながら観察する。
文献にあるような貧相な体つきではないね。筋肉質な体つきに大きな棍棒。
これだけの棍棒を作れるということはそれを作る技術職がいるということになる。
ゴブリン村。
時折魔物は集団を形成して村を作ると書いていた。
ならば恐らくこの魔の森のどこかに村を作っているのだろう。
まずい。
村があるということはこのゴブリン以外に多くの——このレベルの——ゴブリンがいることになる。
もしかしたらこのゴブリンは弱い方なのかもしれない。
そう思いながらも今使える魔法を確認する。
森の中で火属性魔法はご法度だ。
もし生き残れたとしても火事にやられるかもしれない。
ならば『風刃』が無難、だ。
ゴブリンを見る。
かなりフラストレーションが高まっているのか醜悪な顔が更に歪に歪んでいる。
躱されるかもしれない、と思いすぐに動ける準備をして魔導書を前にする。
ゴブリンが僕の方に飛びかかってきた瞬間――。
「風刃」
鮮血が飛び散った。
「え? 」
ザッ、ザッ、ザッ!
発動させた風刃は奥の木々も切っていき、一つの道を作った。
風刃ってこんなに強かったっけ?
木の隣に出来上がっている多くのゴブリン達の死体を見ながら呆然とした。
すぐに意識を戻して臨戦状態に戻るも、他から襲ってくる気配はない。
肩を降ろし正面のゴブリンを見下ろすと、完全に胴体と頭が離れていた。
「……一体何が」
そう呟くも答える人は誰もいなかった。
ここまで如何だったでしょうか?
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