折れないためには
「それで、人事については決まったかね?」
昨日の五大公爵の会議で決まった僕が連れていく人事についてだ。
もちろん決まったが反論も出てくるだろう。
「はい、副外務大臣にはヴァルター・メドロオーク。参謀兼護衛としてルイス・ランドルフとその部下。それと、私の学園から優秀な魔術士であるミュートリナとルクシー・アクィナスを連れていくつもりです。
ご質問があればお答えしましょう。」
ダイランが真っ先に手を挙げる。議事進行は代理のドラグボルグ公だ。
「どうぞ」
「副大臣に就ける人間の資料を読んでいるがまったく理解できん。家柄も功績もさしてあるようには。
この人事はワイトラー公噂の贔屓人事なのではないか?」
私も手を挙げる。
「どうぞ」
「彼には卓越した頭脳と相手に合わせる能力。交渉能力もある。副外務大臣として私のもとで経験を積ませるために今回選びました。
贔屓人事などではございません。彼の能力を勝手なことです。」
ダイランが手を挙げる。
「どうぞ」
「その能力が問われているのだ。ワイトラー殿の目には優秀に見えても、私たちから見れば小僧も同然。もっとまともな人事候補は存在しなかったのか?
そこのところはどうなんだ。当然考えたんだろうな。」
僕も手を挙げる。
「どうぞ」
「もちろんですとも。他にも適した人材はいないかと考えました。しかし情報漏洩の観点から他の貴族に我々の動きを感知される方が危険ではないか。
それに信頼できる人間を副大臣に任命してもその人が実績も能力もあるなら今回の案件に乗り気にはならないでしょう。
なんせ、こんな危険な案件をしなくても自分は上を目指せると考えるのが妥当。
それでは100%の能力を引き出せるどころか逆に低いパフォーマンスになることも想像できる。
ならば最初からなにもない人間を当たる方が本人としても、国益としても損害はないでしょう。」
ダイランが手を挙げるが、止められる。
他の人の質問時間だってあるんだ。ダイラン1人に与えるわけにはいかないということだろう。
ウェアリアが手を挙げる。
「どうぞ」
「今回連れていく人間は全体的に若手が多いように感じる。ルイス・ランドルフ、彼もまだ20代とかではなかったか?
それに学園から連れていく2人。確かに優秀であることに変わりないが実戦に慣れているとはいえない。
せめて少しは経験のある人間を連れていくべきではないか?」
僕が手を挙げる。
「指摘されたとおり、今回連れていく人間はみな若く、最高齢でも47と懸念されることも重々承知しております。
しかし、今回の名目はあくまで領土問題についての訪邦。名の知れた手だれや相手を威嚇するような人事にすればかえって不信感を生み、最悪山賊に避けられる可能性もある。
ここは名の通っていない実力のある人間を使って速やかに結果を出すべきであると結論を出した。
それゆえ経験ある人間を入れることはできません。」
ウェアリアが手を挙げる。
「どうぞ」
「確かに相手に警戒される可能性もあるが、若手ばかりで全滅することの方がよっぽど問題ではないのか。
少し疑われるくらいなら邪推と言えばいい。
少しでいいんだ、少しでも経験のある人間を入れることを強く望む。」
僕が手を挙げる。
「どうぞ」
「先ほども述べましたように手だれを連れていくことはできません。それなら手だれでなくでもいいと言うかも知れませんが、今回連れていく人間は優秀です。
足を引っ張るだけの経験者など彼らの指揮を下げるだけ。
人命を優先するのであればますます人事を動かすことはできかねます。」
ダイランが手を挙げる。
「どうぞ」
「ならば名の通っていない私の優秀な部下を貸し与えよう。ワイトラー公の言いたいことは理解した。
しかし我々だって国難突破のために少しでも可能性の高い道を選びたいのだ。
その人事異動は許容してくれないだろうか?」
彼の思考は見て取れる。自分は危険に晒さず失敗を部下に、しかも無名だから簡単に捨てられる人間に責任を押し付け、かつ上手くいけば名をあげるいい機会にしようとしているのだろう。
そんなことは断固させるつもりはない。僕だってルイスに手柄を上げされるために連れていくんだ。ミュートリナやルクシーもそうだ。
そのために全力なんだ。
それを、国難だの国益だののためと嘯き、結局自分の利益しか考えてない奴には絶対に譲らない。
「どうぞ」
「相手がそれを予感したらどうするですか。
隠し球をここぞとばかりに出してきたと思われることだってある。
それならたとえ隠し球でも経験のない若手の方が同じ条件で適切でしょう。
ロドリホフ公の懸念されていることは私も熟議し、その上で結論を出しております。国難突破、目指すところは同じであることは間違いありません。
ですのでここは私ハレファスに任せてください。」
「時間です。人事に関する質疑に関しては打ち切らせていただきます。
最後に、ワイトラー殿から一言お願いします。」
「今回の作戦、これは本来起きるはずのなかった事態であります。我々五大公爵の失態が国家存亡の危機に瀕することとなったことを五大公爵家の一角として大変忸怩たる思いであります。
しかし、やられたままでは栄光ある帝国の公爵としての歴史ある名に傷をつけらことになります。
帝国、公爵両方の威信に懸けても今回我々に牙を向けた人間には天誅を下さなくてはなりません。
此度の失敗、全て我々の責任であります。ですが、必ずや国賊を征伐し、今一度力を示してきます。
しかし、何事にもイレギュラーは付き纏う。もし、今回の作戦が失敗すればそれは全て私の責任であります。私に付き従ってくれた人間の能力がなかったと思わないでいただきたい。
どれだけ争おうとも、天の致すところには人の力なぞ塵にも等しい。
天に見放された私の首一つで宝の変換を求める。」
そこまで言い切ると、全員が私の気迫にやられ目を丸くしてぽかん、としている。
きっとその程度の覚悟しかなく、私に意見していたのだろう。いつものことだな。
僕は真っ先に退出する。
すぐに学園に戻り、ヴァルターとミュートリナとルクシーを招集して領地で出発の準備をしてくれているルイスの元へ行かなくてはいけないから。
***
部屋を出るとすぐにウェアリアが出てきて僕を引き留めてきた。なにか言いたいことがあるらしい。
もちろん無視するわけにいかないし足を止める。
「ゴーシュラフ殿。もう会議は終わりましたよ。これ以上答えることはございません。何を聞かれても答えません。それでは。」
「まってくれ、今回の作戦、ハヴァレアも連れて行ってくれ。私からあいつにそう連絡する。頼む、あいつに経験を積ませたいんだ。」
どういうつもりだ。それは自分の倅が死んでもいいと言っているようなものだぞ。完全アウェイな状況にいくら同じ立場でも少しは躊躇するだろ。
どういう魂胆だ。それだけ自身の息子に期待しているのか? それならわざわざ危険な状況に送り込まないだろう。ならば逆か。彼は息子を不甲斐なく思い少しでも成長して欲しくて言っているんだ。
「ご子息を私に預けられても、」
「ワイトラー殿がついていれば万が一のことはないだろう。
それに、ワイトラー殿にまで届けばハヴァレアは生きて帰ってこない。そんなことは容易に想像できる。
頼む、連れて行ってやってくれ。」
ウェアリアの考えや気持ちもよくわかる。しかしこちらだって言わせてもらわねばならんことはある。
あれだけ身贔屓だの言われたのだ。同じことを自分がしているということをこちらも言わねば不公平。
だがしかし、彼はそんなことも承知で無理を言っていると自覚しているだろう。それをあえて突くというのもあるが、意味はないし平行線で時間の無駄だ。
「彼が断れば連れて行きません。しかし彼がついてくると言えば連れて行きましょう。」
「ありがとうございます。」
同じ立場の人間にございますまでつけるとは。この男は舐められてもいいのか?
貴族としてどうなんだそれは。いや、貴族だからか。
いい親を持ったなハヴァレアは。しかし、貴族としての対応は下の下。これ以上僕が断れば甲斐性無しのバカになるだけ。
ハヴァレアが断っても無理やり連れて行こう。まったく、この男は失ってでも願いを突き通す力があるのか。
*
「ハヴァレアくん。僕について来てもらうからね。」
「いや、まてよ。親父とお前がセットで俺を呼んでるっつうからどんな騒ぎかと思って、できる限り気取られないようにきたが、とんでもないことになってないか?」
ハヴァレアには今国内に起きている内容を話した。
そりゃそうだ。普通に生きてたら水が枯れるなんて想像しないだろう。
「もうお前に拒否権はない。話を聞いた以上関係者として組みいるか、機密情報を聞いたものとして処されるか。二つに一つだけ。」
それは一つしかないって言ってるようなものだ。
ミュートリナとルクシーには事前に話してある。
今日僕が迎えにくることも承知している。先に馬車に乗ってもらっている。
「ハヴァレア、はいと言いなさい。」
「なんでこんなことに、、、はい。」
「ワイトラー殿。我が息子のことを頼む。」
「責任を果たしますよ。」
2人で馬車に乗る。
そこであることを思いつく。
「ゴーシュラフ殿。他の五公に伝えておいてください。副大臣に指名した人間を政務官にし、ハヴァレア殿を副大臣に任命した、と。」
「よろしいのか、、、?」
「ええ。頼めますか?」
「任せてくれ。」
「え? ちょ? なに? え?」
***
いきなり訳のわからん話にぶち込まれ、馬車にぶち込まれ副大臣にぶち込まれた。
は?
「ハレファスよぉ、俺はぁなんでこんなことになってるかわっかんねぇよ。」
「君のお父さんからの強い推薦だ。よかったじゃないか。学生の間に功績を残すチャンスが来たんだぞ。」
「そりゃそうだけど。
そんなことより大事なことはあるだろ!」
聞くところによると俺やこいつ、ミュートリナやあのバカルクシーが大海の宝神を取り返しに行くらしい。
んな唐突に言われても俺はなんの準備もしてねぇし。
本当に盗まれてるって実感もねぇわけで。やっぱり壮大な勘違いとかじゃねぇのか?
どうしても納得できないのはこいつやミュートリナや、悔しいけどバカルクシーと共に戦うメンバーに俺が選ばれてるってことだ。
場違いだし、足を引っ張るだけなのは目に見えてる。
「ハレファス、俺は口ではああ言ったがな、お前の指示に従うつもりはない。確かに頭を使った話ならお前に軍配が上がることは認める。
だがな、戦いに関してはお前に引けを取るとは全く思わねぇ。戦闘になったら俺は俺のやりたいようにやらせてもらうからな。」
確かに最近体つきは良くなったと思うぜ? 俺にも引けを取らない筋肉量ではあると思う。だがそれでも誇りまで負けた訳じゃねえ。
こいつに従うくらいなら誇りと共に死ぬ。
死ぬ、、、こいつがいる状況で死ねるのか?
助けられてはそれこそ恥じゃないのか?
死にたきゃこいつを殺さなきゃならない。だかこいつを殺すのは部下が多くてできっこない。
ざっけんな! それでもやってやる。いざとやればやるんだ。
「そうにも行かないな。僕たちは護衛される側だし、そもそも戦うことは想定されてないし。その格好じゃ動きずらいだろ?」
「それでもやるんだよ!」
ハレファスの野郎には負けられない。少なくとも武術で負ければそれこそ終わりだ。
親父のくれた機会、利用して兄貴より出世して俺が優秀だって証明して、そんでテレスシーナ様に認めてもらうんだ。