権力の翳し方
カシミ=エルニワトン帝国の五大公爵は行政に強い影響力をもつ。その影響力から数々の家が参入し、腐敗していっては没落していくという歴史を繰り返している。
一番強い権力として国家元首たる皇帝陛下がもつ全権。その全権の概要は四つの権力。
司法権、立法権、行政権、統帥権。
そのどれもが形を変えて領地をもつ貴族に与えられている。
司法権と立法権に関しては、皇帝陛下から領土を納める領主に委任する形で与えられている。もちろん、陛下の一存で簡単に吹き飛ぶことは言うまでもないが。
法や条例は領地によって異なるということだ。
行政権は領土を治めること。統帥権は領民や領土内の兵士を持つことが許される権利。
では国土に範囲が及べばどうなるのか。基本的に貴族の領主に与えられている権力が国土全体に国家元首たる皇帝陛下が持つことになる。
しかし全てのことを陛下ご自身で行うのは至難の業。そこでそれぞれの権力に首班者をおき、その人物に仕事を手伝ってもらいながら国家を運営している。
その4人は皇帝陛下から指名を受けて初めてその地位につく。
司法では国家法務総長、立法では重要貴族議会委員長、行政では帝国宰相(内閣総理大臣)、統帥では国家防衛全軍総大将をそれぞれ指名する。
国家法務総長、略称として国法総長は皇族から指名する慣習がある。国法総長は第一皇子、ウィリアム・ヨハネ・ヘンペラーが就いている。
国法総長は全国裁判所の最高権威で主に重要裁判(貴族を裁いたり、首班者を裁く。)を執り行う場合に裁判長として仕事をしたり、全国裁判所で執り行われた裁判の結果の是非を審議する。
重要貴族議会委員長、略称として議会長は五大公爵家の当主が3年ごとに交代制で就いており、現職はロドリホフ・ダイラン。議会長の仕事は主に議会の議事進行であり、一見地味にみえるが議会長に強力な権力が与えられている。
それが議員指名権で、半数は国家への多額納税貴族だが、残り半数は議会長が決めることができる。
議員数は333人。そのうちの166人を指名でき、過半数を超えれば法案を通せるため、1人でも上位納税者に自陣営の人間がいれば法案を通すことができてしまう。
また自陣営の人間が宰相なら行政とも連携して国家を動かせるため議事進行だけの仕事に止まらない権力があることは自明である。
帝国宰相、略称宰相は13人の大臣、副大臣、2人の副宰相、国務参謀長と国務副参謀長の2人の合計30人を指名し組閣できる。
宰相は陛下から五大公爵家の当主を指名される。
指名されればその時の宰相の公爵は地位が逆転し、宰相だった人間は公爵に、公爵だった人間は宰相になる。
基本的に6人の当主が宰相になる可能性がある。
しかし、現在は元宰相と公爵家当主が内乱罪で捕縛されており、その対応に追われ宰相代理としてカール・ドラグボルグが就いており、五大公爵家としての地位も兼ねている。
国家運営を行う皇帝陛下を支えるポストで五大公爵家の花形。宰相に就けば他の公爵とは別格の地位になる。
しかし、その分就任するのは至難のもので、なれても汚職が発覚しすぐ辞めることも多い。安定した政権運営をできる人間は過去に稀に存在する程度。
国家防衛全軍総大将、略称国軍総大将は歴代ゴーシュラフ家の当主が就いている。
なぜそんな優遇されているかというと、治癒魔術の発展していたカシミ帝国と攻撃魔術が発展していたエルニワトン帝国がまだ併合される前、特にその研究に精通していた当時のワイトラー家とゴーシュラフ家が魔術協定を結んだことで二国の皇帝が親族になり、結果併合された歴史がある。
その時に組織として帝国衛生局、帝国軍事局の二つの局があった。そのうち帝国衛生局は後の内閣閣僚である内務大臣の直轄に行き、帝国軍事局は皇帝直轄となったことで帝国衛生局は事実上解体、帝国軍事局は国家防衛軍として形を変えて残ったことでゴーシュラフ家が代々その地位を受け継いでいるということだ。
議会長、宰相、国軍総大将の三役をゴーシュラフ家の人間が全て兼任していた時代もあるが、その時の当主カルノ・イソナ・ゴーシュラフは冤罪で殺されそれ以降ゴーシュラフはじりじりと権威を失っていった。
「ワイトラー殿。全権を与えるのはやはりできない。それは君を皇帝にすることと同義だろう?」
ハレファスの求めた全権委任は他の公爵たちから反対で白紙になった。
権力を全て掌握される、それはたとえ国家の存亡がかかっていても譲れない。
ハレファスもそうなることは読めていた。しかし、もし全権委任されればラッキーくらいで言ったこと。
特にどうするとかというつもりはない。
「わかりました。しかし事態は急を要する。
私を外務大臣に指名して南パレントに送ってください。その時連れていく人事は私が指名してもいいですよね? それくらいの融通はね?」
そういうとドラグボルグは苦虫を噛み潰したような表情をしたのち、他の公爵に許可をとり、再度ハレファスと向き合う。
「わかりました。あなたを外務大臣に任命します。
南パレントに大臣として外交へ向かってください。
その時に、山を通る回り道をして向かってくださいね。」
「ありがとうございます。」
南パレントとは山間部で取れる変魔石の利権をめぐって長らく領土問題がある。
変魔石は魔術印道具の原材料であり、魔術印道具の研究が盛んなドラグボルグ領にとっては重要な問題だ。
外務大臣としてその交渉に行くと見せかけて山賊を潰せ、という指示である。
「口出しはしないが、人選はどうするつもりだ。」
「まだ決めあぐねております。なんせ、今決まったことですので。ですが明日の五公会までには選定しておきますよ。ですが、副大臣の1人は私が決めてもいいですよね?」
「ぐ、、わかりました。それに関しても許可します。ですが、必ず取り返してくれよ。」
「お任せあれ。」
***
政略結婚は流れた。父曰く、国内で起きてる貴族の不審死から私を守るために他国に逃そうとしていたが公爵の皆さんがその首謀者と証拠を見つけてくれたおかげで結婚しなくて良くなったと言う。
ヴァンパイアを捕まえてカルノさんを傀儡にした挙句、罪をなすりつけて自分たちがいいポストに就こうとするなんて、本当にひどい話であると思う。
しかも、周辺諸国から見れば父は飼い犬に噛まれたように映っていただろう。
面子が潰されたのだ。
あのアルギリン家とヒュース家は許さない。
どうして権力なんかに固執するの?
あなたたちは権力がなくてもなに不自由なく暮らせるのに。
私の結婚を間接的に阻止してくれたハレファス様に惚れ直してしまう。
とても出来すぎている、としか考えられない。
私の思い込みであることは重々承知しているが、どうしても結びつけたくなる。
考えれば考えるほど胸がキュンキュンするし、彼だけは私に邪な考えをぶつけてこない。
それに、最近は鍛えてるの? と思うほど間違えるように逞しくなっていく。
背も伸びてきたし今までのスリムな彼もハンサムだと思ってたけど、今は男らしさがあってこの前だって抱きしめられて完全に上がっちゃって、、。
「あ! ハレファスくん!
なんか最近筋肉ついたよね! 私もスタイル良くなりたいしよかったら一緒に運動しようよ!」
「ねえねえ! 勉強みてほしいな。ハレファスくんが教えてくれるといつもよりわかりやすいし、ハレファスくんが先生ならいいのになぁ〜」
「ハレファスくん、休日一日中私がもらってもいい? なんでって? そんなの言わせないでよぉ〜」
そこでハッとする。妄想が口に出ていた。ここが自室だからいいものを、教室なら確実にバレて恥ずかしすぎて死ぬ。
全身から変な汗をかいてきた。
ちょっと熱いし少し夜風にでも当ろう。
風に頭を冷やしてもらおう。
少しして気づく。こんな寝巻きな格好で外をほっつき歩いてていいのか?
誰かに見られたら不味くないか?
そう思うとさっきとは違う冷や汗が流れてくる。
これ以上皇族が恥を晒してはいけない。
そうこうしている間にも誰かがこちらからやってくる気配がする。
「これは、テレスシーナ様。こんばんは。」
「は、は、は、ハレファス様!」
なんでこんなところにいる! いや、彼も五大公爵の1人で、学校も仕事もどっちもやってるんだった。
彼の服は普段見慣れない制服なんかよりずっと豪華で似合ってるなぁ。
あんなかっこいい人が他国のパーティとか参加したら絶対みんなの注目の的になる。
そこで振り返る。自身の服はフリルのついた殿方に見せるようなものではないピンクの可愛らしいパジャマ。
はっずかしい!!!
どんどんとハレファス様が近づいてくる。
やめて、それ以上は
「こ、こな」
来ないでと言おうとしたところで口を塞がれる。
そのまま優しく抱きしめてもの陰に隠れる。
口でシーというと奥から誰かの足跡が聞こえてくる。
だんだん近づいてくるに連れて彼が私を抱きしめる力も強くなり私の動悸も早くなってくる。
他の人にも見られたらやばいという思いと、彼に抱きしめられてキュンキュンしまくっていることで心臓が苦しい。
もう、やばい限界、、、
そのまま遠ざかると彼は私を解放してくれた。
「行ったかな。めっちゃ緊張しましたね。」
眩しい笑顔で私に問いかけてくる。
顔近い、、、!
まってノーメイクじゃない? 恥ずかしさで顔を隠す。
可愛くないって思われてないよね?思われたかな。
「すみません。そんなつもりでは。」
彼が謝ってくる。優しいなぁ。なんでこんなかっこいいの。
思わず抱きしめてしまう。
何考えてるの私!! 突然の自分の行動に自分で驚いている。
何にも言葉が出てこない。釈明しないといけないのに。
私がショートしていると彼も抱きしめてくれる。
「夜風に当たりすぎて寒くなられてしまいましたか? おっちょこちょいでとても可愛いですね。」
可愛い!!! 今可愛いって言われたの!!??
さらに心臓が加速していく、寒くない!むしろ暑い! てかバレてるよなぁ。
「風邪をひいてはいけませんし、夜も遅いですし部屋に戻りましょうか。」
そういうと彼は私を離し立ち上がる。
そのまま私を優しく立ち上がらせて、土を払ってくれ、そのまま待ってくれている。
私がいくのを待ってくれている。
いいの? こんなチャンス棒に振って。
そう考えていると言葉は出ていた。
「またさっきみたいに他の人にあうと恥ずかしい姿を他の人にも見られてしまいます。
私の部屋まで送ってくれませんか?
それで、もし他の人がきたらさっきみたいに隠れて、その抱きしめて、、」
言っちゃったああああ
恥ずかしくて前を見れずにいると彼が握ってくれている。
「任せてください。テレスシーナ様の寝巻きを見せしまった者として責任をとって部屋までお送り致します。」
んんん! やった!
思わず抱きついてしまう。これっていいのかな?
彼もその気ってことでいいのかな?
私のこと好きでいてくれてるってことでいいのかな?
それとも、ただ私に親切にしてくれてるだけ?
わからない、けどとっても幸せだ。
もっと抱きしめてほしい。かっこいい。すき。
いやまて、焦るな。こういうのは順序がきっと大事。気持ちが先行しすぎるがあまり、嫌われないように、今日はぎゅってしてもらうのと、送ってもらうので我慢しよう。
絶対にこの人と結婚するんだから。
もう決めた。他の人にはあげない。誰だろうと譲らない。