入学式
馬車の音。
僕はベットから飛び起き玄関へ向かう。
「ただいま、ハレファス」
「父様、お帰りなさいませ!」
「ハレファス、また大きくなったんじゃないのか」
父様は僕を抱き抱えてそう呟いた。
自分の成長を、なんだか褒められているような気がして、嬉しくってつい。
「もう5歳だから!僕がこの家と家族を守るんだ!」
と宣言した。
それを聞くと父様は嬉しそうに
「これなら安心してワイトラー家を継がせられるな」
と言ってくれた。
嬉しくて嬉しくて、ただただ守りたかった。
そして、僕は父様が大好きだった。
「もう、仕事に戻るのですか?」
「そうだね……また暫くは会えないな」
父様は困った顔をしていた。
それはきっと、今にも僕が泣き出しそうな顔をしていたからだろう。
それを見て、父様は、
「ハレファス、辛くても、悲しくても、男なら黙って押し殺さないと
お爺様に変わって仕事に行く私の代わりに誰が家を守るんだ?
このままじゃ、安心して仕事が出来ない」
僕は泣きそうになりながらも、両拳をぎゅっと握りしめ、歯を食いしばり、大きく上を向いて泣くのを堪えていた。
「よし」
僕の頭に手をそっとおき、ひと撫でして、父様は手を離す。
「それじゃあ、行ってくる。」
「行ってらっしゃい」
確かその日は雨が降っていた。
豪雨だった。
それにも負けないくらいの声で、僕は号泣した。
***
肩をトントンと、叩かれて目が覚める。
どうやら、随分と昔の夢を見ていたらしい。
父と会う、数少ない機会。
昔の僕からすれば、毎日でも帰ってきて、僕の話を聞いて欲しかったんだっけ。
僕にも可愛い時期があったんじゃないか。
なるほど、ミーシャが泣いているとわかったのは、どうやら昔の僕にそっくりだったかららしい。
ミーシャも父とはあまり会っていない。
父親への感情を僕に向けてくれているのかもしれない。
なんというか、歳の近い子供をもつとこんな感じなのかな。
「おはようございます、ハレファス様。
お疲れのところ申し訳ございませんが、学園に到着いたしました。」
「疲れてるのは君だろう? シンヤ。
徹夜でお疲れ様。ありがとう」
そういうとシンヤは感極まった様な顔で感謝を伝えてきた。
彼も大概だ。
馬車を降りる。
水溜まりのない場所に配慮したな。
周りにはあるのに、僕が降りたところには、水溜まりひとつない。
どこまでも気がくばれる、かっこいい男だ。
整備された道。
色とりどりの建物。
日が城の間から登り始める。
来た。
着いたんだ。
帝都カシミ、カシミ学園。
空にはでかでかと虹ができていて、厳かな雰囲気とは少し似合わないが、晴天は僕たちの入学を祝っている様だ。
あれだけ来たくないと思っていた僕ですら、この美しさには惚れ惚れする。
これから7年間、ここで暮らすんだ。
「シンヤ」
「ここに」
「直ぐに戻ろうとしているな? 少し休んでから帰りなさい。」
「……かしこまりました。それがお望みとあらば。」
シンヤは音もなく去っていった。
確か彼、元暗殺部隊の副隊長だったっけ?
確かオカベさんは隊長だった気がする。
そう考えると、暗殺部隊上がりの使用人とか、物騒な家だな、僕の実家は。
まあそれくらい居ないと貴族なんてやってられない。
他の家と比べるわけじゃないけど、やはり暗殺部隊出身は野蛮だな。
さて、僕も早く行かないと遅れてしまう。
周りに合わせて向かうとするか。
***
まあ、そうなるよな。
身分がある以上仕方ないか。
同級生はみんな、僕の家柄にビビって挨拶だけして、他の子達のところに消えて行ってしまう。
話したそうに見ている子もいるし、話しかけてきたらいいのに。
邪険になんてしないぞ。
話しかけられるより、話しかけられない方がよっぽど辛いんだな。
孤独に暮らしていくつもりだったけど、こんなところで心労を抱えるなんて。
想定外だ。
まあ父親譲りの切れ長の目と、母親譲りの白髪、まつ毛も眉も白だと、なんか、うん、変だし怖いよね。
他の子達は金髪や茶髪が多く、白髪は僕くらい。
変な髪色なのは、良識のない人からすれば魔族のように見えるからね。
これから入学式だ。
入学式の座席は指定されている様だ。
当然だけど。
逆に自由席なら喧嘩の種になるだろうし。
どうでもいいことで、人は怒ったりするからね。
僕は左列の最前列の真ん中か。
こうも露骨に爵位で気を使われるのは、あまり気分のいいものでもない。
他の子はどうなのだろう。
家柄なんて、生まれた時から決められているものだから、覆しようのないものだから。
慣れるしかないのか。
僕はまあ、今以上に目立つことはないだろう。
目立つことに変わりないと思うが、今がピークだろう。
母様もそう言っていた。
きっと経験談だろう。
「これより、カシミ学園、入学式を開催します。」
結構しっかりしているな。
立食パーティーのようなものをイメージしていたからな。
「学園長挨拶」
「桜のつぼみが花開く時期になりました」
テンプレート。
まあ聞くか。
「本日、私たちの学園にもこれから才能を開花させるべく、多くのつぼみたちが入学されています」
こういう形式を守りたがるのも、貴族の特徴だな。
確かあのおじさんは候爵家の人だ。
見たことある。
そんなことを考えているあいだも話は進んでいる。
1≠2の証明みたいな話だけど。
「これから7年間、しっかりと学問に励み、偉大なカシミ皇帝陛下や、祖国に繁栄をもたらす一人一人となることを私はここで願います」
やはり、腐っているな。
「以上で私の挨拶とさせていただきます」
その後、割れんばかりの拍手喝采がまき起きた。
感動したような表情だ。
こいつら……頭大丈夫なのか?
同級生とは思えないほど腐った脳をしている。
憂鬱だ。
その後も順調に入学式は進んでいく。
そういえば、先生たちの表情が少し固い。
緊張しているのだろうか。
まあ、公爵なんて、皇族の次に偉い位だ。
僕も皇帝陛下を見かけたら、あんな風に固まるのだろうか。
いや、ないな。想像できない。
せいぜい、尊敬の心から怯んでいるふうを装うくらいだろう。
所詮、同じ人間だし、ビビる相手じゃない。
「最後に、」
まだあるのか?
いい加減、最前列で、しかも起立して礼して着席して拍手するのも嫌なんだけど。
わがまま言いたいのは僕だけじゃないだろう。
皆だって……あれ? そんなことない?
そんなことを考えていると、聞き捨てならない発言が飛び出した。
「新入生代表、答辞」
ちょっと待て、そんなの聞いていないぞ
もちろん僕ならアドリブでも完璧にこなせるだろうが、連絡は必要⋯
「テレスシーナ・カシミ・ヘンペラー様」
は? 僕じゃないのか? 誰だ?
いや、僕がしたい訳じゃないが身分的に後々問題にならないか?
そもそも今なんて言った?
カシミ………ヘンペラー?
皇族!?
嘘だろ!?
同級生に皇族がいるのか?
くそ、計画が!!
「ご紹介に預かりました。
第6代皇帝の娘、第6皇女、テレスシーナ・カシミ・ヘンペラーです。」
すっかり忘れていた。
皇族はこの、カシミ学園入学式まで誕生を隠しているんだった。
盲点だった。
上がいないから挨拶しなくていいと思っていたのに……今のは僕の欲望だが
計画に支障をきたす。
第6皇女………テレスシーナ・カシミ・ヘンペラー
その後の答辞は全く頭に入らなかった。
今後の行動方針や、学園での生活の振る舞い、計画を1から見直さなくちゃいけなかったからだ。
***
入学式が終わり、それぞれの教室に向かう。
教室につくと、既に皇女の周りには人が集まっていた。
僕の時とは偉い違いだ。
この温度差は、やはり雰囲気だろう。
あの柔和な表情。
人を惹きつける振る舞い。
皇族とは思えないほどの物腰の柔らかさ。
対する僕は、鉄面皮。
突き放すような、堂々とした所作。
自他を区別し、足が遠のく要素ばかり。
少し見直すか。
僕はAクラスで28人クラスで、23人。
後5人はまだ来ていないらしい。
にしても、このクラスの担任は可哀想だ。
なんせ皇女と公爵家長男がいる。
生きた心地がしないだろう。
できるだけ気持ちが楽になるよう、トラブルは起こさないようにしよう。
僕が起こすんじゃない、起きないよう、周りを止める役割だ。
辞められても困る……腐った国の腐った学園で辞めるなんて無理か。
仕方ない、皇女に挨拶しておこうか。
僕が皇女の席に向かうと、海が割れるように道が開いた。
「お初にお目にかかります。
私、公爵家長男にして次期当主。
ハレファス・カシミーアス・ワイトラーと申します。以後お見知りおきを。」
こんな物騒なやつとは仲悪くするなんてありえない。
とびきりスマイルで言い放つ。
まあ仲良くするつもりなんて毛頭ないが。
それよりも、早く魔術研究室を見に行きたい。
「こ、こちらこそ初めまして。
テレスシーナ・カシミ・ヘンペラーです………」
なんだこいつ、皇女の癖に男に免疫がないのか?
最近は馬鹿な女にしか合わないな。
皇女は下を向いているが耳まで真っ赤だ。
まあ、初そうだし、好かれたとしてもアタック出来ないだろう。
そんな根性があるようにも見えない。
せいぜいこれからたくさんされる求婚で、免疫つけて僕のことを忘れてもらおう。
「ほら、他に皇女殿下に挨拶していない方は人声かけなさい。」
僕がそういうと、今まで不安そうに眺めていた子達が挨拶に来た。
全く、彼らの親は何を教えているんだ。
皇女が冷酷なら、即刻不敬罪で処刑だぞ。
すれ違うように僕は皇女から離れる。
「はぁ」
自席について少しため息をつく。
まさか皇女が同じ学年にいるなんて。
なんて不幸なんだ。
それにあの白に近い金髪。
青を思わせる紫の瞳。
正妻の娘だろう。
妾の娘ならどれだけましだったか。
本当についてない。
***
担任は伯爵家のいい人そうなおじいちゃん先生だった。
まあ、下手に若手や下位層の人を使えるクラスでは無いしな。
そう考えると、僕と皇女はセットで、このおじいちゃん先生が7年間担任か。
おじいちゃん先生と仲良くしよう。
すごく可愛い。
多分あの人は、脳が腐ってない人だ。
直感だが、そんな感じだ。
僕と同じ、仕方なく合わせている。
私利私欲のために精を出す腐った脳をもつ奴らとは違う人間だ。
「1年間君たちの担任をします、ロイ・アイコウです。
担当科目は実技が剣術、闘術。
座学が戦術論です。」
3科目も。
すごく優秀な方なんだな。
それにアイコウ。どこかで聞いたような名前だ。
どこの、いつだっけ?
僕が聞いたことがあり、かつ覚えていないということは、まだ幼く自我がはっきりしていない。
1歳くらいの時に会ってるのか。
多分、記憶に残ってるくらいなんだから、すごいなんて範疇を超えているかもしれない。
だが、周りはそう思っていないようだ。
まあ、著名な武家は総じて魔術一家だしな。
「今年の新入生は160人でした。
6クラスあります。
例年に比べるとちょこっとだけ多いですね。
本日はお昼から2次入学試験があるので、1組はこのまま闘技場に移動になります。
それじゃあ、ちゃんと着いてきてくださいね」
そう言い、先生は教室を出た。
僕たちも先生について行く。