邪魔
今日、今日だよな。
今日なんだよなナキ様。
アルギリン公とヒュース閣下との会合は今日なんだよな。
なぜ、なぜいない。
「ダイラン殿。未だアルギリン殿の姿がお見えにならないのだが。」
三者による会談。
アルギリン殿には先の蜂起について全て知っていると手紙を送っている。
なのに、なぜだ。
なぜ現れん。
そんなの、おかしいではないか。
このままではヒュース殿を脅すこともできん。
アルギリン殿が所有しているという証拠とやらがなければ。
そうなればやつの、ハレファス・カシミーアス・ワイトラーの望む世界になってしまう。
なんとしてでも、それだけは阻止しなくてはならないのに。
「おかしいですな。アルギリン殿が約束を反故にされるとは。
何かよからぬ事態が起きているのですかな?」
もしこの場で脅すことができなければ、いつどのタイミングでヒュース殿を取り込めば良いのだ。
「わ、我々だけで話を進めるとするか。」
ナキ様はおっしゃられた。
ヒュース殿は臣民を唆した張本人であると。
ならば、決定的な証拠がなくとも内容を仄めかすようなことを申せば勘繰りこちらに要求を促してくるに違いない。
***
先ほどからダイラン公の様子が変だ。
ナキ様は言った。
ダイランアルギリン両者が私を脅しに来ると。
しかし、実際はどうだ。
アルギリン殿は会合場所には訪れない。
ダイラン殿もきっと焦っているのであろう。
「今日はとある事件の相貌について詳しく事情を伺いたくヒュース殿に来ていただいた次第でございます。」
「ほう。それはどのような事ですかな。」
もちろん、ナキ様のおっしゃられたように、帝都蜂起についてであろう。
今現在、私の方で管理している文書がワイトラー家に盗まれている。
なんとしてでも、取り返さねばならない。
「帝都蜂起のことです。なんでも、臣民を唆したのはカルノ前宰相ではなく、あなただと言うではないか。」
「ほう。」
私は今からその証拠を突きつけられ、彼の傀儡となるのだろう。
間違いなく、次の皇帝は第一皇子に決まりそうである。
「では、その証拠を見せてくれないかな。」
ダイラン殿はハァ、とため息をつく。
その後私を侮蔑したような目つきで睨んできた。
「この期に及んでそのような醜い姿を晒すなど、栄光ある帝国の宰相であらせられるお方のすることか。
潔く、己が非を認めるのがせめてもの態度というものではないのか?」
「なるほど。」
彼は、証拠を持っていないのではないのか?
仮にあるのであれば、こんなプライドに訴えかけるような真似などする必要は無かろう。
ここは、断じて非を認めてはならぬ場面であるな。
「仮にもし私が帝都蜂起の真犯人であるならば潔く非を認めるべきだな。
だが、そのような事実はない。
そちらこそ、証拠もなしに私を犯罪者のような扱いをしたこと、謝罪するべきではないか?」
そういうと、ダイラン殿はまた大きなため息をついて、今度は足を組んで私に話しかけてきた。
「今非を認めるのであれば、私はこの事実を公表しないでおいてやるといっておるのだぞ?
このことが世に知れ渡ればどんな末路を辿るのか。
聡明なヒュース殿にはお分かりいただけるであろう?」
確かに、公表されるのは厄介ではある。
今ワイトラー家にその証拠も盗まれていて、仮にダイラン殿が証拠を提示できなくとも、ワイトラー家が情報を出すだろう。
我々がすべきことを、彼の願いを突っぱね、ワイトラー家になんとしてでも公表しないように申し入れること。
「何度言われても同じこと。私は事実無根の噂話により頭を下げるほど安い男ではない。
あまりみくびらないでもらいたい。」
そう伝えると、ダイラン殿はわかったと吐き捨てるように去っていった。
彼は部屋をさる直前、絶対公表してやると残していた。
***
どういうことだ。
ナキ様の言っていたことは嘘であったのか?
奴を脅せば操り人形にできるのではなかったのか?
そもそもアルギリン殿はなぜこない。
ヒュース殿と別れたその足でアルギリン殿の下へ向かう。
「アルギリン殿。マハト・ド・アルギリン殿はおらぬか!」
「ダイラン公、本日ご訪問の予定はありません。
突然訪問されては困ります。
どうか今日はご引き取りを」
「何を言うか!
こちらは予定を踏み倒されているのだぞ!
早くアルギリン殿を出さぬか!」
くそ、騎士メイド風情が。
邪魔であるな。
「ダイラン殿。これは一体何事であるか。」
「それはこちらのセリフよ。
アルギリン殿。さりとてアルギリン殿といえど許されぬ行為であるぞ。」
「ダイラン殿。ここは私の領地だ。
今日はもう帰ってくれ。また後日時間をとって」
「貴様は私との予定を踏み倒しておいて私には道理を求めるのか!」
「ダイラン殿! もし聞けないのであれば力づくで出ていってもらいますぞ。」
そういうと奥から一斉に騎士たちが姿を見せる。
くそ、忌々しい。
なぜ私がこんな目に。
「アルギリン殿。お主がどうなっても私は知らぬからな。
絶対に擁護しないからな!!」
***
捨て台詞を吐き、彼は領地に帰って行った。
まったく、証拠もないのに公表してどうするつもりなんだか。
彼の感情に身を任せて行動するところは本当に迷惑極まりない。
今までどれだけ伝統派に迷惑をかけてきたことか。
彼は同じ五大公爵として頼りにもしている。
だが、やはりそれだけでは上手く付き合っていくのは難しい。
ここで彼の力を削ぎ、私が伝統派の実権を握る。
それも悪くない。
「マハト様。ダイラン様とご予定があらせられたのですか?」
「ない。」
あんな私欲にまみれた男に力を与えては国がより悪い方向へと向かうだろう。
私が、私が実権を握りこの国を変えていくのだ。
そのためにも、今すべきことはヒュース殿と再度繋がりを強めなくては。
すぐに手紙を書き、早馬に届けさせる。
久々の大仕事であるな。
***
ナキとかいう悪魔は私、カール・ドラグボルグとハレファス殿を潰し合せるつもりであった。
ハレファス殿はそういっていたが、まあ確かに、その可能性もなくはないだろう。
しかし私には、彼が犯人であるように思われて仕方ない。
下衆な考えであるが、彼はサイコパスなのではないか?
医者でありながらどこか猟奇性を孕んだ、不気味な掴みどころのない人柄。
私の直感は割と正しいと思う。
おそらく、ナキとハレファス殿は対立していて、私たちは巻き込まれているのではないか。
そう考えると色々と辻褄は合う。
今回の件、私はこの二つの線を主とし、真犯人を見つけるつもりだ。
犯人がハレファス殿かそれ以外であるか。
もし犯人が誰であろうと、いつでも殺される可能性がある。
行動は慎重に、くれぐれも悟られぬよう。
「おお、参られましたか。ウェアリア殿。」
「待たせてしまいましたね。」
「そんなそんな、気にするほどのことではないですぞ。」
彼、ウェアリア・グン・ゴーシュラーフに私は呼び出されていた。
伝統派には絶対ばれてはならぬ話だという。
「しかし、ウェアリア殿がワイトラー公の領地、それもこんな辺境をしてきたときには驚きましたぞ。」
ここを指定したということは、ハレファス殿の監視下にあるということ。
やはり、犯人は彼なのか。
「絶対にバレてはならぬ話でしたので。」
「して、その話とは」
「これを見てください。」
そう言われて彼から見せられたのは契約書? だった。
その内容に目を通す。
「これは、、、本当であるのか?」
信じられない。
こんなことが、あっていいのか?
書面の内容に再度目を通す。
ヒュース家とアルギリン家を一撃で殺せる内容だぞ。
公約である。
間違いなく本物。
しかし、なぜそんなものがここに。
「ワイトラー公が?」
「その通りです。
ですが、なぜそう思われたのですか?」
まずいな。彼が取り込まれているのなら、私は失言してしまったかもしれない。
「この場を選んだということは彼の持ち得た情報かと思いましてな。」
「相変わらずの彗眼ですな。恐縮である。」
「こんなものを盗んできたワイトラー殿が一番怖いわ。」
場を和ませることには成功している。
もちろん、彼の目的はそういうことなのだろう。
いいだろう。他の派閥の力を削ぐにはもってこいな内容だ。
「では、配置はどうされますかな?」
「話が早くて助かる。」
***
概ね、問題なく進んでいるな。
こいつさえいなければ。
「ハレファスさん。お医者様ならルクシーの人生でも占ってみてよ!」
「医者はそういうのちょっとできないかな〜」
ルクシー・アクィナス。
15歳にして大司教まで上り詰めた天才。
の、はずなんだが。
「なーんでルクシーの授業をみんな効かないんだと思うー?」
「なんでだろう。ルクシー君はどう思ってるの?」
「それはあれよ。ルクシーが舐められてるからでしょ。」
そこはわかっているのか。
「舐められないようにしなきゃですね。」
「そーなんだよねー。ルクシーもルクシーなりに頑張ってるんだけどなー」
彼は学校でボッチだ。
変なやつだし。
こうして僕の部屋に訪れるくらいにはボッチだ。
今日も相談があるから部屋に行っていいかと聞かれたから部屋にあげたのに、一生戯言を言っている。
「あ! 相談!」
「あ! そういえばそうだったね!」
なんで忘れてんだよ。
「ルクシー恋愛相談したいんですよ。」
「ほほう。」
こういう時、話をぶった斬らないように気をつけような。
「ルクシー昔結構恋愛でよくない感じだったからさー」
「あー今回はその失敗を生かしてってこと?」
「別に失敗じゃないですけどね。
経験よ経験。」
「はあ。」
好きな人と仲良くなれず疎遠になったとかかな。
誰しも通る道だと思うから気にすることではないと思うけど。
「テレスシーナさんってルクシーのこと好きですよね。それで」
「え? 何? 何? え?」
何いってんだ?
「だからテレスシーナさんって、多分、てかぶっちゃけルクシーのこと好きじゃないですか。」
「はあ? え? どうして?」
怖いよ?
「え? 初めて会った時めちゃくちゃ話しかけてきてくれたじゃないですか。」
「あっ、あー」
な、る、ほど。
そうなるのか。怖いな。
「ルクシーも結構色んなこと聞かれて好きになっちゃった訳ですよ。
それでね、相思相愛じゃないですか。
だから、好きです! 一緒に駆け落ちしよう!
って言ったわけ。」
「は? え? 嘘でしょえ?」
「こんな、愛に嘘はつかないって」
嘘であってくれよぉ。
「ルクシー君、とりあえず一旦ステイだね。」
「待ちの時期? あ! ルクシーそれ知ってますよ。あれでしょ、押してダメなら引いてみなってやつでしょ。知ってます。」
「そうだね」
違うけどね? 全然違うけどね。
なーんでそんな能動的なのかなー。
こいつまじで余計なことばっかりしやがって。
皇女には僕からなんとか言ってみよう。
ルクシーは風邪でおかしくなってたと。
薬を与えたんでもう平気だと。
バカだから信じるだろ。
「それって具体的にどれくらい待てばいいですか。」
「んー、時が来たらGOサインだすよ。
それまでは絶対何もしちゃだめだよ。」
「わかってるわかってますよ。」
わかってない。
「絶対だめだよ。わかった?」
「もーわかったわかった。大丈夫だって。」
まったく、なんで僕がこんなことで頭を悩ませなくてはいけないんだ。
まじで余計なことするなよ。
「ルクシー君。僕からも一つ頼みがあるんだけど。」
「お! なんでも言ってくださいよ。」
「それは、、、」