突然の訪問
父が死んだ直後は本当に忙しい日々だった。
母が代理当主として約半年。
その間に僕たち家族と学校側とのコミュニケーションもあり、授業などは必要最低限のもので良くなった。
そのさらに半月後、僕は正式に当主になった。
14歳にして公爵家当主。
まあ間違いなく異例なことだ。
父の仕事の受け継ぎが主な仕事だがそれに加え学校もある。
自分でやっこととはいえ、実にハードなことで。
ワイトラー家の医療技術、治癒・解毒魔術の技術の高さは国外にも知れ渡っている。
そのせいか、やれ奇病にかかったから治してくれ。
やれ国王様が寝たきりでどうにかしてくれだの。
めんどうな案件だらけだ。
僕も暇じゃないから基本的に法外な値段をふっかけるんだけど、たまに借金してでも懇願してくる患者がいるから迷惑している。
領地内の病ごとはミーシャに任せている。
彼には僕が持っていた伯爵の地位とそれに見合った領地も与えてある。
11歳だが、それなりに使えるやつだ。
あと2年くらいは任せて良いだろう。
僕もそれくらいの歳から父に代わって領地で仕事してたし。
各国を飛び回る中、得られることもある。
患者の因子。
患者になり得る人間の家族まで消せる。
相手に悟られず自然に採取できる。
しかも、一度吸収させれば証拠は残らない。
僕に助けられたと思ってるやつの命を握ってるのが僕とは皮肉なこった。
デオキリボブレイクは本当に役にたつ。
政敵を簡単に消せるんだ。
第一皇子を次期皇帝に推している伝統派。
第二皇子を推している新体制派。
第四皇子を推している純血派。
僕は第二皇子を推す新体制派。
他の2派を削りながら、疑われない程度自分の派閥も消していく。
そんなことを続けて一年。
流石に異変を感じとったのか五大公爵たちが召集された。
証拠もなしに召集するなんて普通考えられない。
どうせナキが根回ししたんだろう。
無駄だとわからないのか?
***
呼び出された先は皇帝の住まう宮殿。
その一室で五公と宰相による話し合いを行うという。
「ワイトラー公、早いですね」
「宰相殿からの召集ですのでね」
ジョージ・ヒュース
十年も宰相として帝国を支える切れ者。
今年で56歳になる。
今回僕達を呼び出した人。
「他の方も時期に来ると思います。」
「そうですね。」
「おや、どうやら先客がいるようだ。」
「ゴーシュラーフ公。」
ウェアリア・グン・ゴーシュラーフ。
純血派で一応政敵にあたる人物。
同学年にあたるハヴァレアの父だ。
愚息とは違い優秀な人間と聞く。
少しして五人全員が集合し会議が始まった。
「今回皆さんに集まって頂いたのは、噂くらいは聞いているかもしれませんが、貴族当主たちの不審死です。」
不審死か。
まあ外傷も毒物も検出できず、急に人が死ねばそうなるか。
「このままでは国の一大事に繋がると感じ、皆さんを召集しました。
まず初めに、皆さんの見解を聞きたい所存です。
情報府アルギリン公、なにか識っておりませんか。」
「我々もその件に関して、調べておりますが、何一つ話が入ってこないのです。
アルギリン家としては、流行り病などではと考えてるのですが。」
アルギリン家。
五代公爵領情報府。
この国で彼らの目のないところはない。
どんなところにもアンテナを張ってどんな情報でも掴む。
伝統派の中でも一晩厄介な相手と言っていい。
「流行り病ですか。
病の類なのですかな。
ワイトラー公の意見を聞きたい。」
「病なら熱や吐き気をもよおすと言った何らかの症状が出るでしょう。
それに、彼らも普段から自身の健康には気をつけているでしょう。
腕の良い医者がそれに気づかないとも思えない。
病とは考えずらいのではないでしょうか。」
「どーでしょうな」
「ダイラン公。
自由な発言は困ります。私の許可を得てからにしてほしい。」
ロドリホフ・ダイラン。
五大公爵領経済府。
伝統派の人間だ。
「ワイトラー公はまだ若い。おいくつであったかな?」
「…15ですね。」
「まだまだ若輩者ではないですか。
彼の意見を鵜呑みにするより、病と見るべきではないか?」
「ワイトラー公は医学の専門家だ。
そんな彼が病ではないとの見解を出してる。
素人である我々が口を出す場面ではない。」
「本当に信じてもよいのですかぁ?
彼は一番に来たそうですな。
学校と仕事の両立であるにも関わらず殊勝なことでありますな。
それとも、仕事などサボっていて暇だから誰よりも早く来たとか?」
難癖つけたいようだな。
彼は当主になるのに苦労したという。
跡継ぎ候補が多く、簡単に受け継いだ僕に思うところがあるのか?
それとも、ただ性格が悪いとか。
「亡き公爵殿の言うことならまだしも、当主になってすぐの人間を簡単に信用するものでもないですぞ。」
「ダイラン公。口が過ぎるのではないか。」
「もしくは、病を流行らせているのがワイトラー公で、知られたくないとかですかな?
亡き公爵殿が浮かばれないですな。
このままではワイトラー家が落ちぶれるのも目に見えるもの。」
こいつ、、、そういうのは裏で言うべきだぞ。
悪い貴族のイメージまんまを具現化した男じゃないか。
「宰相殿、失礼。
ダイラン公、流石に失礼が過ぎるのではないか?
もし病を流行らせているのがワイトラー公なら我々が知らぬ訳が無い。
今の発言はワイトラー公だけでなく我々アルギリン家への侮辱とも取れる。
早急に発言の取り消しを求める。」
この二人、同じ伝統派だろ?
内部でも争ってんのか?
敵が味方同士で争ってるとか隙だらけなんだが。
それとも、単に見逃せなかったとかか。
「冗談ではないか。アルギリン公。
しかし、不適切であったな。取り消そう。
申し訳なかった。アルギリン公。」
僕に謝る気はないと。
「次からは気を付けてください。
他になにか知っておられる方はいらっしゃられますか。」
「発言よいですかな?」
「ドラグボルク公。」
「魔術印道具を用いた殺しなどの可能性はないですかな?」
魔術印道具か。技巧府を治める彼らしい意見だ。
それに、あながち間違いでもない。
「魔術印道具なら、遠隔でも人を殺せる。
しかし、微小の魔力が残る。
それを検出出来ていないだけではないかと私は考えているが。」
「確かに、その方が理にかなってますね。」
デオキシリボブレイクは魔力を必要とした魔術印道具ではない。
因子さえあれば人を殺せる神器だ。
どれだけ情報を探そうが無駄なんだよ。
せいぜい、気が済むまで頑張ってほしい。
彼らが気づくとは思えないが。
「ヒュース相公よ。ここは一つ提案をしても良いですかな?」
「聞きましょう。」
「我が国へ攻撃を仕掛けてきている不届ものを、我々で炙り出し打首にする。
と言うのはどうでしょう?」
ダイラン公は僕を見ながらそう発する。
今度の相手はお前か。
ナキも頼る相手を変えた方がいいぞ。
「そうですね。私もそれに賛成です。」
「相公殿、本気ですか?」
まさかジョージ宰相が賛成するとは。
思わず質問してしまう。
「ええ、他の方々はどうですかな?」
「他国の人間であれば宣戦布告ともとれるし、妥当だろう。」
「自国の民なら反乱分子として処理すれば良い。」
「そうですぞ。ワイトラー公よ、まさか犯人がそなたではあるまいし。
もちろん、賛成でありますな?」
なるほど。そうきたか。
俺以外を囲い込んだのか。
「そうですね。
皆さんが賛成するのであれば、私も賛成します。」
「決まりですな。」
頑張って俺を殺したいようだな。あの女は。
よっぽど恨みを買ったのか。
まったく、頭の悪いやつからの嫌がらせ。
低俗な足掻きが僕に通用すると思っているのか?
懲りないようだから心を完全に折ってやるよ。
この程度で殺せる相手ではないと刻め。
***
「やっほ。元気してた? ハレファス。」
「お陰様でね。ナキ。」
「なんだか大変そうだね〜。
父親の仕事に学校と。」
「ナキには厳しいかもね。」
来るだろうとは思っていたが、相当お怒りなようだな。
単純で読みやすい。
が、それは同時に自分から発生する出来事に対処する人間の行動が、より単純で読めうると言うこと。
それだけの知能があればの話ではあるのだが。
「ハレファスは頭いーよね〜」
「普通さ。君が特別バカなんだよ。」
思慮が浅い。
多分、強大だと思った人間を片っ端からぶつけるつもりだろう。
浅はかってこういうやつのこと言うんだな。
彼女がどれだけ政界の人間やら国やら武人をぶつけようとも、突き詰めれば相手は人間。
並外れた者だとしても物量ゴリ押しでなんとでもなる。
人を使うことを覚え始めた人間と、人を使うことを生まれた瞬間から定められた人間とでは地力の差が出る。
攻めれば攻めるほど、君は自分を曝け出す。
長生きしたいならできる限り情報を絞るべきなのにな。
「バカじゃないし。
それよりもさ〜あ? 大丈夫なの〜?」
「なんのことだい?
君を殺すための心の準備なら決意した日から揺るいでないさ。」
「まじでムカつくね。私のことそんなに嫌い?」
「嫌いだよ。
まあ殺してやるから待ってろよ。大人しくしてろ。」
「サイテー」
少しは年月が経ったはずだが、まるで成長してない。
成長過程に問題があるのか?
何かしら生物として欠陥があるとか。
劣等生物ではあるし、妥当なのか?
劣等種でも成長はするよな。
それ以下ってことか。
おそらく、何もわからないんだろうな。
こいつ、生きててつまらなそうだよな。本当に。
「あんた、酷いよね。劣等生物だとか欠陥あるとか。」
聞こえてんのかよ。
「私は心が読めるのです!」
ならわざわざ会話する必要もないか。
どーせ覗かれているなら変わりない。
「てかそーゆーハレファスは成長してんの?
上から目線で語っちゃってさぁ」
昔の僕なら心の中で思ったこと口にしてたと思うぞ。
劣等種とか直接言ってた。
一応、配慮しとこうと思ってね。
「なにそれ、中身は変わってないってことじゃん」
なんとでもいいな。
僕から言わせてみれば、正当な評価を下しただけのこと。
君が変わっていればそんな評価しないさ。
「あんたって本当に嫌なやつよね。
自分が神だとか思ってるの?」
神なんて傲慢な存在だと思っていないさ。
自分より下の生物だと判断してるだけ。
さっきからそう説明してるだろ?
僕は自分が優れてるとは言ってない。
君が劣ってると言いたいのさ。
「否定してもしなくてもハレファスを褒めることになるのが気持ち悪いわ。」
んで、呼びつけた要件は?
おおかた予想はついてるが。
「あんたは今、5人の人間に狙われている!
許して欲しかったら」
宰相と僕以外の五公達だろ?
「なんでそれを」
ダイランのバカたれがわかりやすすぎたんだよ。
お前、人見る目ないよ。
人間舐めすぎ。
そんなうまく操れると思うなよ。
「ふ、ふん。
誰かわかったところであんたが死ぬ未来は変わんないから。
それが嫌なら私に」
死ぬ?
あの程度の障害で?
「なによ、彼らは権力者たちよ。
それも1人じゃない。5人。
いくら家柄がよく当主だからって」
同じレベルの相手、それも複数から襲われれば僕を殺せると?
「そ、そうよ。
今なら許して」
まあ、そっか。
「なによ」
強い駒を愚鈍な王が使っても100%役立つとは限らないぞ。
駒には駒なりの立ち回り方があって、できることとできないことがはっきりしている。
一見無敵のように見える駒でも、気付かぬうちに泥沼に突撃させられたら、、、
「私が彼らを操れてないっていいたいの?」
え、操ってるつもりだったの?
ばか?
「バカじゃないもん!
てか、強がってるだけでしょ!
本当は今にでも震え上がりそうで、泣きたいの我慢してんでしょ!
私に見られるのが恥ずかしいから!」
、、、
「あらあら、図星かしらぁ〜?」
そーだね。
図星だねー。
「なんなのよ。ムカつく。
そーやっていつも私のことバカにしてんでしょ!」
常にお前のこと考えてるわけないだろ。
考えなくても殺せるんだから。
時間の無駄だ。
君という生き物にさく脳のリソースは限りなく0に近い。
「流石に嘘だよね」
嘘だと思うなら心の中でも覗けよ。
見られても恥ずかしくないようにはしてあるから。
好きなだけ見な。
「んんん、わわ。」
見れたか?
「表面的な思考は見れるのに。深層心理がまるで見えない。
こんなのは初めて。なんか魔術張ってるの?」
知らないよ。まあ残念だったね。
策でもみせてやろうと思ったんだけど。
「きっも。
一度痛い目に遭った方がいいわ。
そしたらいい男になれるんじゃないかしら?」
痛い目に遭うとしたら、それは僕じゃないだろ。
遭っても成長しないだろうけど。
「もっとギラギラしてるかと思ってた」
そんな歳でもないだろ。
「鼻につくやつね。
生意気クソガキ〜! 死ね死ね!」
それに、元々僕はギラギラしてないさ。
「バチクソに煽ってきたくせに」
そんなことあったっけ。
結構記憶力には自信があるんだけど、覚えてないな。
絶対記憶違いだと思うよ。君の。
「えらい自信ね。」
僕と君。
どちらが記憶力が良いかななんて測るまでもないだろ。
「あんたが下よね?」
それでいーよ。
僕は明日も学校があるから解放してくれないか?
「えー、せっかくあんたに嫌がらせできると思ったのに、そんな簡単に返すわけないじゃん!」
僕のこと好きなの?
「な訳ないでしょ! 帰れ!!」
〜〜〜
「扱いやすくて助かる。」
ナキの言う通り、彼ら5人を葬り去るのは容易ではない。
秘密を知られている以上、誰1人生かしておくのはリスキーではあるが、残さざるを得ないと言うのは厄介ではある。
だが、僕の敵じゃない。
久しぶりのウォーミングアップには丁度いいんじゃないかな。